第29話 特別な取引
「はぁ……いや、本当にすまなかった。首に手をかけたことは、見なかったことにする。跡も付いていなかったしな」
「いえ。なんだかこちらこそすいませんでした」
ぶっちゃけ首絞めたのは衝動的でしたとか言い出しづらい。
自業自得なのに人のせいにされてイラッとしたわけよ。
彼女たちがあそこに居なければ、あるいは自力で生き延びていてくれれば。
私たちだってたった4人でゴーレムと戦うなんて危ない橋を渡る必要は無かったんだからな。
しかし改めて思い返すとめちゃくちゃ魔王ムーブだったかな私。
あとで絶対アリスにすっかり魔王さま~って弄り倒されるやつだわ。
別にあの子を廃人みたくしたことは一切後悔してないから弄られても笑い飛ばすけど。
「圭さんは気になさらず。彼女は遅かれ早かれ、ああなっていたでしょう。あのような人物はそのようなものです」
思わずといった感じでため息が溢れる古太刀さんに謝罪をすれば、溝内さんからフォローが飛んでくる。
なんだかすごい実感を伴っているようで、同様のような件に何か心当たりがあるのかもしれない。
私たちは茫然自失となった彼女からは離れ、今は再び長机のところで座って会話をしている。
途中、遺体となった彼らのご家族が代わる代わる私たちの元へ訪れ感謝の言葉を告げられた。
嘔吐したり泣き腫らしたりで一様に酷い顔色をしていたのだが、こちらからなんと声をかければいいかも思い浮かばず、私たちはただ言葉を受けとった。
「遺体の引き渡しも終わって使ってた箱も消滅させたし、ここでやらなければならないことは全部終わりましたかね?」
「そうだな。帰りは許可してもらえる場所まででいいので送らせてくれ。使うのは警察の護送車だがね」
「護送車!」
あれだよな、テレビとかでよく見る犯罪者のせてるやつ!
特別感があってめちゃくちゃ気になるんだけど。
「なんで圭くんはテンションあがってるんだい。僕は悪いことしたみたいで嫌だと思うんだけど」
「え、そう? 救急車とかパトカーとか特別感あって乗ってみたいと思ったことない?」
この17年の人生、両方とも無縁だったが。
「別にパトカーなんて特別でもなんでもねぇだろ」
「武くんの意見は無視するとしてだよ?」
タケくんは一番荒れてた中学のころ、お巡りさんによくお世話になってたらしいもんな……。
なんかソウくんがちょこっとだけイラっとしてるから、もしかしたらタケくんと一緒に乗せられたことがあるのかもしれない。
「もう日暮れだし、車で送ってもらうのは賛成だよ。待ってる皆にも簡単に事情は連絡してあるけど、心配してるだろうしね」
「夜になったらいきなりモンスター増えるしね~」
そうなんだよな。
結局このあたりの外に出てくるモンスターは雑魚ばかりではあるのだが、日が暮れた途端に出現率が上がるのだ。
あいつらは走る車に対しては逃げるんだけど、歩いてる人とか、民家の中に居る人が見えた時には襲いかかってくるらしい。
それを思うとやはりダンジョンへと早々に引っ越したのは正解だったな。
「それじゃあお言葉に甘えさせてください。運転してくれるのは……」
「溝内くんが。同乗するのは私たちだけだな」
「そうしたら、どうせなので家までしっかりお願いします。一応直接そちらとやり取りしてる人たちにも会っておいてもらいたいですし」
書類のやり取りとか、直接依頼のやり取りをしてるのは拠点にいる大人たちなのだ。
「招いてくれるのはありがたいが、構わないのかな?」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、です」
「はは、そうか。では送らせてもらうとしよう」
私たちの内情を知っていると思われる古太刀さんたちは拠点としているダンジョンへ招き入れても良いだろう。
古太刀さんだけなら断ったかもしれないが、溝内さんも一緒ならばという思いもある。
というのも、世界大侵攻が起こってからこの一週間。
覚醒者による亜人狩りと呼べる騒動も起こっているのだ。
私たちのメンバーは亜人変化してる率がかなり高い。
これまでのやりとりで悪い人ではないと思う気持ちもあるが、絶対はない。
そのなかで同じ亜人変化をしている溝内さんが一緒なら、そういう観点からは安牌だと思うのだ。
私たち4人と古太刀さん、溝内さんが車に乗り込むと、家に向けてすぐに車が発進される。
いやー、家の位置とか住所一切口にしてないんだけどな。
ほんと完全に色々と把握されてるわこれ。
「ダンジョンの調査ではいきなり大変な思いをさせてしまったが、できれば引き続きよろしく頼みたい」
「えっと? それは、はい。引き続き調査は続ける予定ですよ」
「君たちの活動原理としては、ダンジョンの調査や踏破にはあまり積極的ではないだろう?」
ああなるほど。
なぜ依頼されていることに対してさらに重ねて頼まれたのかと思えば、ダンジョン探索自体に消極的な団体だと思われているからか。
「それは半分正解ですけど、半分は間違いですね」
「ほう、そうなのか」
「無理するつもりはありませんけど、他のダンジョンに向かう必要性があると思ってます」
そういえばコミュニティにはダンジョンに関する詳細を乗せてないな。
それで私たちのダンジョンに対するスタンスが分からずにいたのか。
「……他のダンジョン、ですか?」
「ふうむ……」
私の他のダンジョン発言で溝内さんが疑問を投げかけてくるし、古太刀さんは低く唸る。
おそらく私たちの拠点ダンジョンがダンジョンとして認識されておらず、意図を掴みかねてるのかもしれない。
タケくんとソウくんが知り合いに送った勧誘メールにはダンジョンの話は出していたのだけど、さすがに個人のメールまではチェックしてないのね。
今どき衛星写真とかあるし、拠点の存在自体は把握されてる気がする。
なにせ何も言わなくても家に向かってくれてるぐらいだし。
ただいきなり温室が出来たり、地下空間が出来たのは、なにかそういうスキルとか魔法だって思われていそうだ。
「この後もお2人は時間あるんですか? 大丈夫なようなら、顔合わせついでに情報のトレード、しませんか? お金はいりません」
そちらは私たちのもつ情報に興味津々のようだったが、私たちだって同じだ。
普通に過ごしてるだけでは手に入らないけど、知りたい情報なんていくつも存在する。
「なるほど、情報の販売ではなく、トレードを希望するか。特別報酬の要求といい、君たちは思っていた以上にしたたかだな」
古太刀さんは面白いものを見るかのように笑いながら私たちのほうを見る。
この言い方、こちらから要求しなければ金も情報も出す気はなかったという雰囲気だ。
「情報は何よりも武器になる。だがそれ以上に私たちは今、信頼ができる協力者の存在にも餓えているのだ。これを機に、もっと特別な取引をしないか?」
「……何をさせたいんですか?」
古太刀さんは首を緩く横にふる。
「何を、と決めるようなことではない。私はね、君たちとはすべての情報と戦力を融通しあえる関係を築きたいと思っているんだ」
「え。ええっ?! すべてですか?」
「そう、すべてだ。君たち自警団と、対策チームは運命共同体になりたいという希望だな」
「ひえ」
「こ、古太刀さん?」
ちょっと、古太刀さんの横で運転してる溝内さんだってめちゃくちゃ困惑した顔してんぞ。
かくゆう私も大混乱中だ。
なにがどうしてそうなった。
思わず横に座っているアリスの顔も確認するが、目があったらきょとんとして小首を傾がれてしまった。
アリスは事の重大さに気づいてないな!?
そうこうしているうちに、車は地上にある如月家の前まで来てしまうのであった。




