第28話 すべては己の選択次第
「――以上が事の経緯になります」
「2人とも説明をありがとう。最後に質問などがある者は? いないのならば録音はここまでだ」
「はい。録音停止させていただきました」
ダンジョン5階層で遭遇した顛末を洗いざらい吐き終わり、一段落がつく。
このようなことを説明するのは初めてだったが、古太刀さんの誘導が上手かったこともあり、順当に説明ができたのではないかと思う。
「しかし、癒やしの水か。この水を私たち公人が活用しても構わないだろうか?」
「え? いや、私たちに聞かれましても?」
「オレたちのもんじゃねぇからな。好きにすりゃいいじゃねぇか」
タケくんの言う通り、私たちに聞かれても困ってしまう。
「いや、効果を知らされなければ活用もできない。君たちはあの水を売るという考えは?」
「あ、なるほど。それは無いですね」
「理由を聞かせてもらっても構わないだろうか」
確かに金がほしいならそれはそれでありなんだろうが、私的には無しである。
即答してしまったせいか、理由まで尋ねられてしまった。
「私たちの活動は金儲けのためではないですし。あの水を自分たちのために集めてストックするならまだしも、金儲けのためだけに危険な外に出て手間をかけるつもりは一切ないですね。効果は有用なので、検証した後は情報を出す予定でした」
これは上層から帰りがてら4人で相談し終えている話だ。
噴水から採取した後の効果持続時間などを検証した後、ダンジョンの立地と効果を公開しようという話になっている。
これで生き残れる人が増えれば、それだけ地球陣営として有利になるのだから出し渋る理由はないだろう。
「そうか、助かるな。ここの管理を役人がするのも構わないだろうか? 情報が出れば人が殺到する可能性も高い。できればこの水は枯渇させることなく利用し続けたいと思うのだ」
「だとしたらそちらから情報を出してもらったほうが良いのでは?」
管理も別段構わないと思うし、私たちから情報を出すことにこだわりはない。
いっそのことちゃんとニュースなどで公的に管理されていることを伝えたほうが混乱も少なくなるのではないだろうか。
「ふむ、では私たちと君たちで、情報を出すタイミングを同じにするのはどうだろうか? 恥ずかしい話、君たち自警団のほうが話題になりやすそうだ」
「そちらとしては枯渇はさせたくないが、利用はどんどんしてほしいって感じになるんですか」
「そうだな。それで負傷者が少しでも減ってくれればと思うよ」
うわ、表情も言い方もすべてが切実そう。
そんなに負傷者とか多いのか……。
「そしたらその形で。内容とかタイミングはまた後で話合わせてもらえればと思います」
「ああ、よろしく頼む。では最後に遺体の移し替えをして終わりにしようか」
お互いの落とし所も決まり、さて最後にというタイミングで別の場所から騒ぎが聞こえてくる。
「何があった」
「どうやら気絶していた少女が目を覚まし、騒いでいるようです」
後ろを振り向いて確認すると、確かにストレッチャーの周辺が騒がしい。
あと今になって気がついたが、少年と少女のご家族らしき人たちも来ていたようだ。
「古太刀さん。私たちは向こうに向かいましょうか?」
「遺体を移したりするのに触れる分には弾かれたりはしないんだったか。では一緒に同行してもらってもいいだろうか」
「はい」
不思議なもので、遺体を入れるときに箱のほうを目的にしなければ弾かれたりはしない。
なんとなくだが、私の作った服が着ている状態で他人が触れても跳ね飛ばさないのと一緒の原理なのだろう。
箱の蓋さえ開けておけば後はお任せできる。
そもそも、さきほどは自分たちで遺体を回収し収めたが、できればやりたくないものだ。
私たちと入れ替わりでご家族と思われる面々が棺桶のほうへと向かっていく。
どうやらご家族との対面も同時にやってしまうつもりのようだ。
身元確認も兼ねるのだろうが、あの変わり果てた姿を見て家族は正気でいられるのだろうか。
「殺した! そいつが皆を殺したのよ!!」
「お、落ち着いて! アナタなんとかして頂戴よっ!」
「い、いや、俺に言われてもっ!」
目を覚ました少女のほうへと向かうと、私の顔を見た瞬間にそう叫ばれた。
ソウくんとアリスは私たちが向かうより先にここに居たので、どうやら最後彼女の前で少女の首をはねたときの話だろうか。
彼女の横では両親と思われる人たちが言い争いをしている。
「鎮静剤は」
「打ちましたが、あまり効果がっ……」
「そうか……。君、よく聞きなさい。彼らは君を保護してくれたうえに、友人の遺体を回収までしてくれたのだ。感謝することはあれど罵倒するなど言語道断だ」
古太刀さんは苦い顔をし、少女に物申す。
しかし彼女は大人しくなるどころかヒートアップし始めた。
「違う! そいつが私の眼の前で殺した!! 皆が死んだのは全部そいつのせいよ!!」
おっと聞き捨てならないな。
「事実じゃないことまで私のせいにされるのは御免被りたいな。確かにあんたの前で死にかけて苦しんでる子の首をはねたけど、根本的な問題はゴーレムに無謀に挑んだからだろ」
私たちが到着してすぐのゴーレムの様子を思い返すも、彼女たちはゴーレムに対してほぼダメージをいれられていなかったように思う。
「違う違う違う!! こいつらが来なかったら私たちはちゃんと逃げてた! ちゃんと友達みんなで生きて帰れた!!」
「はっ。ありえねぇな。ゴーレムと直接やりあってたガキがオレたちに対して横殴りすんな失せろって叫んでたじゃねぇか」
間髪入れずにタケくんが彼女の主張を否定する。
もしも話をしても仕方がないが、タケくんと同様に彼女たちが生きて帰れた可能性はほぼ無いように思う。
「私たちが到着したときにはすでに1人横たわり1人の足が折れていた。その状況でいまの発言だったからね。撤退する気があったようには思えない」
あのとき誰も救助要請をするどころか、彼の発言を咎める言葉すら聞いていない。
ゴーレムが鉄塊を飛ばす土魔法を使う前に何かしらの発言をする時間ぐらいはあったはずだ。
「首をはねたことに関しても、私たちは隠してない」
人道的処置の判断だったとし、問題にしないことを名言してもらっている。
そもそも遺体の状態を見れば彼女の首だけ鋭いもので切り離されたことがわかるのだ。
隠せば隠すほどやましいことがあったのではと勘ぐられてしまう。
これは世界大侵攻から、この世界の生死感は大きく変わってしまった一幕だといえるだろう。
「違う違う! 私たちは悪くない、悪くない!! こいつらが! そいつが!」
少女はすごい形相をしながら叫び続ける。
あまりにヒートアップしすぎて周りの人たちが体を押さえつける必要があるほどに暴れている。
私は彼女の首を掴み、少しだけ力を加え、顔をこちらに向けさせる。
「ぅ、ぐぅ……! 女子に手あげるなんてっ……!」
「あ? 女だぁ?」
女だからなんだってんだ。
周囲の人間が私の行動に焦るのを感じたが、私はそのまま続ける。
「あんた、ダンジョンに何しに来たんだ? ニュースみてない? ダンジョンどころか、不要な外出は控えろって散々言われてるだろ?」
首を絞められているのとは別の感情で彼女の表情が歪む。
自覚はあるのだろう。
「こんなところに来るぐらいだ、覚醒者なんだろう。物語に出てくる勇者にでもなったつもりだったか? ダンジョンに来たのも、ゴーレムと戦ったのも、私たちに助けを乞わなかったのも、早々に逃げなかったのも、全部! あんたが選んだ選択だ」
私たちのせいでも、一緒に来ていた友人のせいでもない、他でもない自分自身の選択だ。
力を込めてた手を離して解放すれば、彼女の顔から表情が抜け落ちていく。
「ぁ……ああ……あ゛ぁぁあああああ!!!」
虚ろな目で人のものとは思えないような声を上げ続ける。
しばらくすると声は止み、彼女はただ無表情で天井を眺める抜け殻となった。
どれだけ友人たちが大切だったのかは知らない。
だが事実を突きつけられただけで茫然自失となるぐらい大事な友人だったのなら、彼女は何が何でも友人たちをダンジョンへ行かせないことに全力を尽くすべきだったのだ。




