第16話 魔法とは
「ささ、どうぞご遠慮なく」
「うぁあやだよ恥ずかしい! あと水鬼ってイメージがそもそもできない!」
おや、イメージが沸かないか。
私なら瑞々しい青いお肌をした若い女性の鬼を思い浮かべるな。
水と女性は相性がいいと思うんだ。
着てる着物がはだけてたり、裸足だったらなお良しである。
「ここで恥ずかしがってるようじゃあ戦闘の時に役に立てないよ!」
「アドリブで決めれたほうがいいんだからやってみろや」
「ちょ、2人の押しが強い!!」
「ただちょっとコップに意識集中しながら"水鬼よ力を。コップに飲み水を満たしたまえ"って言う……だけ。ほ、ほ、ほらぁ!」
ソウくんの目の前に置いていた空のコップはあっという間に水で溢れかえりそうになる。
「ほらぁじゃないよなんで!? 空のコップだったのに水がいっぱいなんだけどっ!?」
「あん? なんだよ、圭も魔法使えるんじゃねぇか」
なんででしょうねー?
ちょぉっとこんな感じで言うだけですよって実践したらできてしまった。
「アドリブで魔法が使える証拠だよ、うん」
「圭くんの場合だとあまり参考にならない気がするよ!」
「じゃあおめぇがやってみるしかねぇだろ」
「ぐう正論!」
「さー検証どんどんいこうか」
まずは詠唱を決めて、設定なしの状態で試してもらう。
しかしそれはうまく発動ができなかった。
そのため今は魔法一覧画面をいじって、同じ詠唱文句を設定をしてもらっているところだ。
私がコップに満たした水はタケくんがグビッと飲んでくれた。
物怖じせずに一気飲みしたところが男らしすぎるけど、心臓に悪いからやめて欲しい。
魔法で生み出した水とかそれ本当に安全な水かどうかわからないじゃないか。
一応飲み水指定してたけどさ。
ちなみに味は割と美味しかったらしい。
「圭の場合は設定いらずで魔法はなんでも使い放題か?」
「ん-どうだろう。あぁでも、少なくともソウくんが言ってた超音波による周囲の探索ってのはできないなって感覚がある。身体的な問題だよね。あと威力とか範囲が大きすぎる魔法もきつそうに感じるかも」
「へぇ。素人が格闘技をしっかり決められねぇのと一緒か?」
「あーそんな感じかも? 筋力もなければ技もない、みたいな」
おそらくレベルや技量が問われる問題なのだと思われる。
魔法を使い慣れてくるとできることや範囲なども広がるのだろう。
スキルと魔法の違いは個人技量によって効果などが大幅に変わってしまうといったところか。
スキルがピッチングマシンなら魔法がピッチャーという感じだ。
いや、この例えで解りやすいかどうかは微妙なところだが。
しかし魔法か。
私はたしかに魔法一覧のタブ自体がないので設定する必要はない。
ただ咄嗟のときに頭が真っ白で思いつかないとかありそうだ。
あとでネットに乗ってる魔法一覧を参考に、各属性のフレーズを決めておこう。
とりあえずちゃんと他の属性も使えるのかは確認しなくては。
「水は使えた。その水と相性が悪そうといったら火か。そうだなぁ"火鬼よ力を。我が指先に灯火を宿せ"」
イメージしたのはマッチョな赤肌の鬼が火の玉を操っている様子だ。
すると立てた指の先にボッという音とともに火が灯る。
「ライターっぽいな。それ熱くねぇのか?」
「このぐらいなら全然。しかし火も使えると。一応全属性行けるのかも」
火はなんだか生き物のようにゆらゆらと左右に揺れている。
もしかしたらイメージがただの火ではなく、火鬼という存在が扱う火だからなのだろうか。
イメージ次第ではある程度魔法自体に志向性をもたせることが可能なのかもしれない。
その分魔力を多く消費しそうだが、要検証だな。
「よし。設定終わったよ」
「お。やっとか」
「ん。それじゃあやってみて」
ソウくんの準備が整ったようなので私の手元で揺らめいていた火は消し、ソウくんの前に置かれている空のコップに目を向ける。
「"ウォーターエレメントよ我が声に応えよ。コップに飲み水を注げ"」
「おお~!」
設定したのが答えよ、のところまでで、後半がアドリブ部分か。
「やりゃできるじゃねぇか」
「で、できたー! あっ! あああ!」
「あーこぼしてるし」
成功したことに安心して制御が疎かになったんだな。
「詠唱も、注げってだけだと意識して止めないと止まらないんだねこれ」
「戦闘のときは必ず制御しろよ。巻き添えとかごめんだぜ」
「やっぱり咄嗟に使うの怖すぎるよこれ!!」
そう言われても、これで対応の幅は無限大といっても過言じゃないのだから慣れてもらうしかない。
とくに遠距離攻撃ってこちらの被弾を最小限に留めるためには必須事項だと思うし。
あとは更に詠唱を短くできないかとかも検証が必要か。
「とにかく設定することが必要な以上、土台の設定は必須でしょ。ある程度は定番の魔法を設定しておくのもいいと思うけどね。そのほうが咄嗟のときには使いやすいだろうから」
戦闘中にもたもた魔法を新規設定とか死ぬでしょ。
「あと魔法使えそうなのってアリスと……兄貴か。今スキルも何もないんだし使えてほしいとこだな。あとは真奈美がどうかってところか」
スライムの種族説明には魔力を生成する生物って出てたから魔力はあるはずだけどな。
とりあえず魔法に関しては後々対応していくとして、今は荷物の移動か。
さて重い腰を上げて手伝いに――。
「戻ってきたぞー」
「けーちゃんの部屋から必要そうなもの持ってきたよ~! 確認して~」
おお。
もしやこれはもう動く必要がない。
「アリス、ありがとう。どれどれ」
さすがしょっちゅう泊まりに来てただけある。
タブレット端末から始まりハンドクリームまで。
普段使っている色々な小物や雑貨がしっかりとダンボールの中に収まっている。
しかも私が持ってた男物のジャケットまである。
「さあさあ、圭はそれをしまってきなさいな。そろそろお昼にしましょ。お昼はサンドイッチ作って皆で食べましょ」
「15人分か。手伝うわ」
これ一応、家族別々に食事取れるようにと思ってたけど、しばらくは全員一緒に食事になるか?
食器はそれぞれの家庭で置く棚は変えた。
でも冷蔵庫4個は微妙だねってことで、業務用のようなサイズ1つにまとめることになったんだよね。
個人でキープしておきたいものは名前を書くか、各自の部屋にミニ冷蔵庫を置けってことに。
そういえばと思い、熊吾さんを見ればしょんぼりしている。
小坂家に関しては食事を作れるのが熊吾さんだけになるのだが……。
「ボクも手伝いたいところなんですが、体毛が……すいません」
「おとうさん……。わたしもおかあさんもこのカラダじゃてつだえないし……」
「あーまぁ。どうしようもないことで落ち込んでもしょうがないでしょ。それぞれ出来ることをやればいいよ。そのための協力関係なんだし」
そんな話をしているとタケくんの祖父母、相馬家の匠さんと楓さんが話しかけてくる。
「そうですよ。もしよければお食事のご用意はなるべく私達に任せてくださいな」
「え、でも」
「私達夫婦はもう年金暮らしで外に働きには出てませんし……私は元々、社員食堂で働いてたんですよ」
「それは心強いですけど」
「ふん。お前さんが今言ったんだろう。出来ることをやれと。儂らはただのお荷物になる気はないぞ」
「うふふ。こんな言い方ですけど、匠さんは昔シェフになりたかったんですって」
「そ、その話は別にいいだろうしなくても。だが儂らもまだまだ動けるということだけわかりゃいいんだ」
「あらぁ、お2人が手伝ってくださるなら心強そうだわ。圭、とりあえず早くその荷物は置いてきなさいな」
「っと。わかった」
ふぅむ。
この情勢だと非戦闘員という立ち位置の人たちは内向きなことが役割になるんだな。
なんだか皆を守るという意識が強いせいなのか、戦うことに意識が向きすぎてるのか。
どちらにしても戦えない人たちをないがしろにしていたのかもしれない。
そうと分かれば意識を変えていかなくては。
全員で協力してよりよい日常を送れるようになりたいものだ。