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斜陽を背に  作者: 遠山千佳
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ページ 8

 リオに続いてガラス戸をくぐる。

 壁の方をみれば天高く本棚が続いている。注意深く見てみるとわずかに傾斜がついていて、上に行くほど棚が壁の方に寄っていた。

 適当な間隔で落下防止用のネットが張ってあって、安全への配慮も見て取れる。


「アリア」


 リオにつつかれ振り向いて見れば、通路側にはソファが用意されている。

 いや、リオが指さしたのはその先、大樹の枝に腰掛けている人影の方だった。


 この施設でようやく目にした鳥人たちの姿。首からは職員の証を下げている。

 どこで働いているかと思えばなるほど、納得のいく采配だ。手の届かない場所にある本を見たい時には抱っこ用のハーネスで抱えて飛んでくれるらしい。そうでもしないと八割方の本がただの飾りになるから、当然と言えば当然のサービスとも言える。

 気付かせてくれたお礼の意を込めて小さく頷くと、リオは私の意図を汲んで得意げに微笑んだ。


「ふふ」


 リオは私のことを本当によく理解してくれている。

 外では私がまともに話せないこと。それだけではなくて、私がどんなことを気にしているか、どんな気持ちでいるかまで。

 感性が鋭いだけでなく、その上で気を使ってくれるのは優しさの現れと言えるだろう。


 外出先でリオと二人になったのは今日が初めてだけど、居心地はいつもと変わらない。他人の目を気にはすれど、慣れているものをいまさら必要以上に意識することもなかった。


「すいません」


 本棚を見るより先にリオは手近な鳥人に声をかけた。

 私より若そうな鳥人の男の子がすぐに反応し、ハーネスを片手に近付いてくる。


「それ、貸してくれませんか?」

「ドウゾ」


 リオが尋ねかけると彼は二つ返事で差し出してくれた。

 迷う隙もなかったあたりハーネスの貸し出しもマニュアルにあるのかもしれない。まさか私たちのような客まで想定されているなんて。


「ありがとうございます」

「アトデ、カエシテ」

「わかりました」


 短いやり取りを済ませて彼は元いた枝の方へ帰っていく。

 ハーネスを受け取ったリオの意図は聞くまでもなかった。


「いっしょにさがそう」


 本来なら職員である鳥人たちが担う役割を私がこなす。その是非が気になって受け付けの方を向けば、司書の女性はにこりと微笑むだけだった。どうやら咎められることはなさそうだ。

 ハーネスをつけているあいだ、リオは受け付けで手渡された案内用紙をじっくり眺めていた。

 背後から盗み見ると書棚のジャンルが大きく六種類に分かれていることがわかる。中でも学術書の占める割合が高く、半円分ほどが学術書の棚になっている。その中での細かな分類は裏面に書いてあるようだった。


「ずかん、ずかん……」


 振り返ったリオが指さしている棚はここと反対側。図鑑や雑誌などを集めたところだ。

 ドーナツ状の館内見取り図に振られた数字と対応するように、棚のあちこちにも数字の書いたプレートが設置されているからわかりやすい。

 利用者に限らず職員たる鳥人のためでもあるのだろう。思っていたよりも鳥人への歩み寄りが見られて施設へのうがった印象はやや薄れたけれど、複雑な気分だった。


「ここ。行ってくれる?」

「ワカリマシタ」


 人間が鳥人に歩み寄るなんて綺麗事でしかない。幾星霜も関係性が変わらなかったのは相応の理由があるからだ。それをいまさら変えられるはずも、そも変える必要もないはずなのに。


 くだらない。金と時間と労力の無駄遣いだ。


 そう思うのに、微かな希望を捨てられない自分もいる。あわよくば息苦しさもマシになるだろうかと、希望を抱く自分が。

 腹立たしい。ただ望む未来を願って傍観するだけの自分に、私という個人のために行動を起こすだけの知恵と力がない自分に嫌悪感が募る。本当の意味での同族がいれば何かが変わっていただろうかと、鳥人らしく宙を漂いながら思案した。


「あ、それ」


 リオの声で我に返り、本を取りやすいよう棚に寄る。

 図鑑にも豊富な種類があるけれど、リオが手にしたのは生き物の図鑑だった。ぱらぱらと中身を確かめるようにページを捲り、リオは納得したように頷いて振り返る。


「これにする」


 目当ての本を見つけたらしく、それだけでもう幸せそうに笑っていた。何を思っても暗く沈んでいく私と違い、リオはいつでも陽だまりのように温かい。この関係がいつまで続くかはわからないけれど、リオにはいつまでも変わらずにいて欲しいと切実に思う。

 つられて頬を緩めながら棚から距離を取り、ざっと辺りを見渡して腰を落ち着けられそうな場所を探す。

 と、通路に設置されたソファだけでなく、太い枝の上にも座れるスペースがあることに気が付いた。

 樹上にも点々と人影があって、ゆったりと読書に耽る人間のそばにはハーネスをつけたまま器用に眠る鳥人の姿が見える。


「ドコガイイ?」


 リオも気付いていたようで、ぐるりと様子をうかがった末に視線は上を向いて止まった。


「いちばん上にしよう」


 ああ。この子はまた気を利かせてくれている。

 そう思うのは私のエゴで、実際はそこに魅力を感じただけなのかもしれない。けれどもそこが私にとって一番良い場所であり、リオにとってもいちばんの場所であるのには変わりない。それだけで満たされる心地だった。


 私たちが座れる一番上の枝は大樹のほぼてっぺんにあった。あまり上に行くと注意されるかとも思ったけど、枝にはきちんと座るための加工が施されている。ここも想定内というわけだ。

 外からちらりと見た時にはわからなかったけれど、天井はきちんとガラスで塞がれている。雨が降れば本も濡れてしまうし、当然と言えば当然のことだ。私たちのような客が持ち逃げするのを防ぐ意味もあるのだろう。


「しずかだね」


 天井が近いこともあってかリオの声が少し不思議な響き方をした。下まで反響することはないだろうけど、少し怖くて私は黙って頷いた。

 出先である以上は緊張を解けない。けれども人の目を気にしないでいいだけで、随分と気が楽だ。


 リオは膝の上で図鑑を開き、一ページずつじっくりと時間をかけて目を通していく。ただ綺麗な生き物たちの写真を眺めるだけではなくて、生態を解説した細かな文章まで読み込んでいるのが隣から見ていてもわかる。そんなリオの様子を観察しながら、私も同じように図鑑の中身に見入った。


 リオの選んだ図鑑は哺乳類に限らずその他広範な生き物を収録している。もちろん人間と鳥人も、それぞれ哺乳類であるとの簡易な記載があった。

 間に生まれた私も哺乳類であるのは間違いない。身体的な特徴から言えば鳥人に分類されるのかもしれない。厳密なことを考えたって仕方がないけれど、こうして区分けされているのを見るとつい考えてしまう。

 長い歴史の中で私のようなハーフが産まれることは少なくなかったはずだ。人間の気性を考えればよくわかる。それなのにこれまで触れてきたあらゆる本の中で、ハーフについて触れる記述は見たことがない。おかげで私に人並みの知能があるのが普通なのか異常なのかもわからない。


 その答えが分かる日は、いつか来るのだろうか――

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