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「すごいね!」
今日見た中で一番嬉しそうな顔をしてリオがはしゃぐ。
いや、ここまではしゃいでいるのを見たのは初めてかもしれない。ただ驚くような光景を目の当たりにしたばかりでなく、本が好きだというのもあるだろう。五階の図書館がこうだと知っていたのなら途中の階を素通りしたのにも頷ける。
飲食禁止のためにリオのオレンジジュースが一時没収されたことを除けば、受け付けはスムーズに済んだ。館外への本の持ち出し手続きを除いて保護者の同伴は必要ないようで、鳥人の同行も問題ないらしい。
労働に関わる場合を除いて鳥人はあらゆる施設の利用が制限されているから、こんなことは珍しかった。
「わくわくするね」
私を見上げるリオの言葉に小さく頷く。本当は大きく頷きたいぐらいだけれど、受け付けの司書がいることも考えて最小限の動作に留めておいた。
――私も本が好きだ。
世の中に本というものがあるのを知ったのはいつだったか。母さんのいた牧場を追い出され、二つ目の牧場に流れ着いてしばらく後のことだったと思う。
母さんの元を離れるきっかけとなった最初の失敗は単純なもので、私が普通に話してしまったことだった。
当時一歳の私に世の中の普通なんてわかるはずもなく、ただ自分の頭で理解できることを話すのは当たり前だと思っていた。
たった一度。
ただその一度は、人間様の世界で許容されるものではなかったらしい。
何を口走ったかなんてもう覚えていないけれど、鳥人が人間よろしく豊富な語彙で意思の疎通ができるという事態は気味が悪く、人間にとって不都合であるらしかった。
そんな異端を牧場側が抱えてくれるはずもなく、私はすぐさま野に放り出された。
野生の鳥人などついぞ見なくなったいまの社会において、野良になるというのは命に関わる事態だ。
食いつなごうにも野生の動植物を手にかけることは許されず、許可なくその命を糧にしようものなら問答無用で銃殺される。そんな最低限のルールだけは物心つく前に教えこまれていた。
残された道は残飯を漁るか、人間に目をかけられていない虫なんかを探して食い扶持にすること。それすらも見つかってしまえば石を投げられる始末。ただ、殺されないだけマシではあった。
文字通り泥水をすする生活をしていくらか経った後、気付いた時には二つ目の牧場に拾われていた。
経緯も何も覚えていないのは空腹で意識が朦朧としていたからだと思う。いっそ朧気な意識のまま死んでいたら楽だったのかもしれないと後になって思うこともあるけれど、実際に死を目前にすれば本能的に生きたいと足掻くのは想像がつく。もしものことなど考えても仕方がないけど、想像して楽しむ分にはいい。
二つ目の牧場ではまず話さないことを徹底した。
あるべき鳥人の会話レベルがどの程度かを見極めるため、簡単な身振り手振りだけでコミュニケーションをとることに終始した。
幸いというのか嘆くべきなのか、鳥人の生活はそれだけで成り立ってしまう。
指示された仕事をこなし、報酬として与えられる食事にありつき、寝る。鳥人どうしでのコミュニケーションと言えば浅くも深くもスキンシップをとるぐらい。人間のように食事や衣服の善し悪しまで判断する感性はなくて、腹が満たされ生きていられれば十分らしかった。
だから簡単な人語を扱えるとはいっても、それが活きる機会なんて無いも同然だった。
わかるのに話せない。
わからないことがあっても訊けない。
理不尽を感じても耐えるしかない。
他のみんなには無いストレスを抱えて生きる日々のなんと辛いことか。必要以上の知能と感性を与えられなければ夜な夜な思い悩むこともなかったのにと、どれだけ我が身の特異さを恨んだだろう。
鬱憤を吐き出すこともできない、そんな私を救ってくれたのが本だった。
初めて手にしたのは古びた歴史書。引越しの荷運びの仕事が終わったあと、回収を忘れられた廃棄予定の本の束を「邪魔だから」と押し付けられたことをよく覚えている。
あの当時、内容は半分も理解できなかったけれど、人間と鳥人の関係がずっと昔から変わらずに続いていることを学ぶには十分だった。
本は訊きたくても訊けなかったことを教えてくれる。新しい知識を授けてくれる。
働いていない時間の、気が遠くなるほどの退屈さを忘れさせてくれる。
それでいて、本は私を咎めない。語りかけて返事が返ってくることこそないけれど、それを補ってあまりあるほどの情報を、喜びを与えてくれる。
だから私は本に救われ、おかげでいまの私がある――