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斜陽を背に  作者: 遠山千佳
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   ◇


「ココデ、イイ?」


 翌日。外からの依頼がなかった私は、ミノアとリオを連れてとある商業施設に向けて飛んでいた。

 前に二人を連れて飛んだのは二ヶ月ほど前だっただろうか。その頃と比べても運搬用のカゴの重みが増していて、リオの成長の早さを実感する。三歳頃には労働力になる鳥人ほどではないにしろ、人間の子供も成長が早いらしい。


「そう。降りてもらえるかしら」

「ハイ」


 二人の乗ったカゴが揺れないようゆっくりと高度を落とす。ミノアからの前情報に加えて、とてもわかりやすい建物だったから迷うことはなかった。

 街外れにある円柱状のひときわ大きな建物。五階建てとは聞いていたけれど、ひと目見た印象としてはそれ以上の高さに見える。背の高い建物の多い街の中心部でもひときわ目を引く大きさだ。

 上空からのぞけば円柱の中心はぽっかりとくり抜かれていて、穴を埋めるように一本の巨大な木が屋上まで顔を出している。話題性を持たせるためだろうか。どんな理由であれ、必要以上に大きなものを作りたがる人間の感性はよく分からない。


 大型施設らしく広大な駐輪場の脇には、鳥人向けに丁寧に枝が間引きされたとまり木があった。下に人がいないことを確認してゆっくりとカゴを下ろし、二人が降りたのを確認してカゴをとまり木の足元に置く。

 買い物のあいだ、私はここでひと休みだ。


「イッテラッシャイ」


 見送りの意味で手を振るとミノアがきょとんとした顔をする。


「あら、アリアも行くのよ?」


 さも当然のように。ミノアが放ったひと言に私の方がきょとんとさせられた。

 内心慌てているのが顔に出ないよう、今朝ミノアから聞いた依頼の内容を思い出す。『今日はエッセに行くの。場所は……』と、確かに字面だけ汲み取れば矛盾はしていないかもしれない。まさか「連れて行け」という依頼ではなく「中までついてこい」という依頼だったなんて。

 天然なミノアのことだから他意はないのだろうけど、心の準備もしていなかった私からすれば心臓に悪い。


「ワタシモ?」


 不自然のないよう確かめてみた。簡単なお遣いは頼まれこそすれ、ウィンドウショッピングに鳥人が同伴することなんて普通はない。聞き間違いであれば良かったけど、私の耳や脳はまだ衰えていないみたいだった。


「そう。カゴはそのままでいいから、行きましょ」


 裏のないミノアの笑みに気が重くなる。善意で私に何かしようとしてくれているのはわかった。

 気持ちは嬉しいけれど、あんまり突飛なことをされると普通の鳥人らしい反応を考えるのも一苦労だ。相手が二人だけならまだしも、こうも賑わった場所では衆目が気になって仕方ない。

 思わず逃げるようにリオへと視線を向けてしまったけれど、「行こうよ」とでも言いたげにうずく様子を見て余計に退けなくなった。息のひとつも吐きたくなるのをぐっと堪えて、先を行く二人の後ろについていくしかなかった。


 エッセ・ウーナ――俗にエッセと呼ばれる、円柱の周上に様々な店を擁したこの建物はここ一、二年のあいだにオープンした新しい施設らしい。食料品店や衣料品店、生活用品店などあらゆる店を集めた大型施設は珍しくもないものの、エッセはただそうした店を集めただけの施設ではない。

 と、ミノアは"私"に向けて説明してくれた。私が理解できない前提で話していることはなんとなくわかったけれど、その裏に隠れた真意はまだ読めない。

 玄関をくぐってすぐ、外からも見えていた大樹が目の前に現れた。間近で見ると一段と迫力があるけれど、ただ大きいだけの木ではなかった。


「見て。この木はエッセ専属で働く子たちのツリーハウスなの」


 見上げれば枝は程よく間引きされ、大小様々なツリーハウスがいくつも建っているのがわかる。うちの五倍以上の規模はあるだろうか。しかし営業時間のいまは全員が出払っているのか、見上げても鳥人の影は見えなかった。

 ミノアが意図して私に話しかけている理由がなんとなくわかった。


「人間と鳥人の関係をより密接に。挑戦的だけど、そんな願いも込めてこの施設は建てられたんだって。エッセ・ウーナって名前も共存を意味する言葉らしいの。……ほら、あなた達って人間と比べたら待遇が悪いでしょう? いままでそれが当たり前だったけど、改めて関係を見直す必要があるんじゃないかって言う意見もあってね」


 納得したような顔はしない。鳥人には理解しえない話だし、取り上げて喜ぶことでもないはずだから。

 牧場の善し悪しも多少はあれど、鳥人たちはそもそも待遇の向上なんて望んでいない。興味が無いというのが正しいだろうか。たとえ人間の目線で待遇が向上したところで、鳥人たちにそれを享受し切れるかどうかも怪しい。

 言い出しっぺは誰なのやら。もっともらしく鳥人の福祉を唱えているみたいでいて、実のところ鳥人のことを思いやる自分に酔っているだけだと本人は気付いていない。

 もしくはわかっていながら、何かのパフォーマンスに利用しただけか。

 いずれにせよ、本当に寄り添う意思があるのならまず鳥人への理解を深めるべきだ。それをしない辺りたかが知れていると、どちらにも属さない私は思う。


「私も経営側としてみんなの待遇を改善したいところではあるんだけど、取引相手との折り合いをつけるのも難しくて。だから今日は視察も兼ねて来てみたの。お父さんも来れたら良かったんだけどね」


 牧場経営の一端を担うミノアまで同調してしまうあたり、鳥人という種族の実態が世に浸透していないことがよくわかる。身体の構造を研究されることはあっても、社会性までは研究されてこなかったに違いない。研究されていたとして、その情報がさして広まるはずもないのは想像に難くない。

 異種間の理解なんて所詮そんなものだ。かく言う私も鳥人とほぼ同じ生き方をしているだけで、彼らの考え方や感じ方を完璧に理解しているわけではないのだけれど。

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