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「アリア!」
暇をもらってその場を後にしようとしたところ、キッチンの奥からとことこと可愛らしい足音が近付いてきた。
やがてミノアの脇から顔を覗かせた声の主は、今年で六歳になった一家のひとり息子――リオだ。
「アリア仕事おわったの?」
「ええ。ちょうどいまね」
リオの視線は私を向いていたけれど、代わりにミノアが答えた。
「アリア、良かったらまたこの子と遊んでくれる? 仕事じゃないから無理にとは言わないんだけど」
「アソブ、ワカッタ」
頷くと親子は揃って笑顔を見せる。裏表のないまっさらな表情や顔立ちはよく似ていて、そんな些細なことに少しだけ心が洗われるようだった。
鳥人の住処として与えられているツリーハウスの屋根の上、リオたちの家に背を向ける形で腰を下ろす。小高い丘の上に位置するこのツリーの上からは、夕陽で色付く街の景色がよく見えた。
ここは広い敷地の中央ということもあり、リオたちを除いて人の目に触れることはまずない。牧場長と言えど樹上に建てられたツリーハウスまで上がってくることはないから、実質的に私を含む六人のプライベートな空間だ。
プライバシーに敏感な鳥人なんていないに等しいけれど、私にとっては心休まる数少ない場所の一つでもある。
そんな場所にリオを連れ込んだ、もとい連れてこさせられたのもこれが初めてではない。
――きっかけは半年ほど前。
リオ、ひいてはミノアにどうしてもと頼まれたのが始まりだった。
『それじゃあお願いね』
決して私だから頼まれたわけではない。
その日、たまたまそういう気分のリオと居合わせたのが自分だっただけ。リオの興味はツリーハウスという未知の中にあって、私には向いていなかった。
それなら別の誰かで良かったのに。そう心の中で毒づいたのが間違いだった。
『どうしたの?』
リオは鋭かった。
断りたくても普通を装うためには断れないお願いだった。だからみんなと同じふりをするため、顔には出さないでいたはずなのに。
ミノアが気付かなかった私の何かに、六歳の彼は気付いたらしい。
純新無垢なまなざしを向けられた私は取り繕うこともできず、リオを抱えて逃げるようにツリーハウスへと飛んだ。私が過去に犯した過ちの記憶がとめどなく蘇り、生きた心地がしなかった。
私が隠そうとしていたもの。
それは、他の鳥人とは違うこと。
平穏に暮らすには決して気付かれてはいけなかったのに、たった六歳の子供に見抜かれてしまったのだ。子供相手には口止めもままならず、「アリアが変だ」のひとことでも大人に伝わればお終いだった。
拉致するようにリオを連れ上がったツリーハウスの上。また路頭に迷うのかと打ちひしがれる私を見て、リオは宥めるように話しかけてくれた。
それは子供ながらに私の事情を察しているかのようで。
彼は私が想像するよりもずっと、聡明な子だった――