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覚え鹿  作者: 輝野 和己
序章
9/34

手助け

 何かが動く気配で目を覚ます。

 どうやら角兎達が活動を始めたようだ。


 洞の外を見ると、まだ薄暗く日は登っていない。

 睡眠時間としては、かなり短い気がする。

 とはいえ、人間のように夜に長時間眠るという習慣はないのかもしれない。

 

(そういえば)

 角兎達の接近に気づけなかったことを振り返る。

 たまたま友好的な相手だったから良かったものの、肉食の獣だったら命は無かっただろう。


 俺はぶるりと身震いした。

 寝込みを襲われないように、今後は浅い睡眠をこまめに取る方が良いだろう。

 人間と違って夜間でも視界を確保できるので、活動時間を夜に移しても良いかもしれない。


 木の洞から外に出る。

 角兎達は食事中のようで、付近の草を食べている。

 そう言えばかなり腹が空いている。

 俺は彼らでは届かない木の下側にある葉っぱをむしゃむしゃと食べることにする。

 

(なかなかうまい)

 昨日食べた草よりも気に入った。

 この広くて平べったい葉っぱをこれからの主食にしよう。


 のんびりと食事をしていると、いつの間にか角兎達は茂みに姿を消していた。

 自分もそろそろ出発することにする。

 とりあえず川まで歩くと、水を飲んでから下流に向けて歩き始める。


 徐々に日が昇ってきた。

 空に雲はほとんどなく、今日は良い天気になりそうだ。


 歩きながら周囲の警戒は怠らないようにする。

 視覚だけではなく、聞こえてくる音、漂う匂いにも注意を払いながら進む。


 そんな時、キキーという威嚇するような声が聞こえてきた。

 声は、川を挟んだ向こう側の森の中から聞こえる。

 何か争っているのだろうか? キキーキキーと断続的に声がする。


 警戒を続けていると、森の奥が眩しく光った。

 しばらくすると、森の中から昨日見た耳でか犬が飛び出してくる。

 飛び出してきたのは二匹だ。昨日は三匹いたはずだが、もう一匹はどうしたのだろうか?

 二匹とも体に噛みつかれたような傷がある。

 あの森の奥で何かに襲われて逃げてきたに違いない。


 二匹の耳でか犬は、川を渡ろうとしたようだが、そこで躊躇するように立ち止まった。

 川の向かい側に俺がいるからだろう。

 しかし、俺の方がましだと思ったのか、意を決するように川に飛び込むと、こちら側に泳ぎ始める。


 俺は川の向こうの森を警戒して見つめる。

 すると、森の中から猿のような見た目の生物が次々に現れる。

 

 猿に近い生物なら友好的な関係が築けるのではないかと思ったが、すぐにその考えは捨てた。

 見た目は猿に似ているが、口からサーベルタイガーのような凶悪な牙が生えているのだ。

 耳でか犬達は、あの牙にやられた可能性が高そうだ。

 自分のような草食動物は格好の獲物だろう。


(川を渡ってくるか?)

 俺は牙の生えた猿達の動向を窺う。

 水に濡れるのを嫌う動物は多い。

 川に入るのを嫌って引き返してくれるのを期待したが、その思いは裏切られた。

 牙猿達は、何のためらいも見せずに川に入ると、こちらに向かって泳ぎ始める。

 

 先に川に入った耳でか犬達は、傷が痛むのか力のない泳ぎだ。

 水流に流されながらよろよろとこちらを目指しており、このままのペースでは追いつかれそうだ。


 俺はどうしようか迷った。

 今から逃げれば、耳でか犬が襲われている間に安全な場所まで避難することは可能だろう。

 耳でか犬達には気の毒だが、弱肉強食の世界である。弱いものがやられるのは自然の摂理だ。


 だが、昨日、耳でか犬達と出会った時を思い出す。

 二匹が逃げ出す間、足止めをするために一匹がその場に留まった。

 今回、牙猿達に襲われた時も同様に、一匹は足止め役をしたのではないだろうか?

 そういえば、耳でか犬が森から出てくる前に、森の奥が眩しく光った。

 きっと、あの耳を光らせる技を使ったのだろう。

 しかし、現在、牙猿達が追ってきているのを見ると、足止め役は犠牲になってしまったのだろう。


(気に入らないな)

 牙猿達に恨みはないが、このままだと犠牲になった足止め役が浮かばれない。

 あの二匹が逃げる手助けをすることに決めた。


 俺は、口を開け、牙猿達の先頭を泳ぐやつに向かって炎の玉を放った。

 身軽そうな見た目をしているが、さすがに泳ぎながらかわすことはできずに、顔面に命中する。

 キキーと悲鳴を上げるが、すぐに水中に潜って画面を覆う火を消す。

 

 この状況だと当てるのは簡単だが、水場にいるためすぐに火を消されてしまう。

 炎の玉で致命傷を与えるのは難しいかもしれない。


 それでも、牙猿達は警戒したらしく、こちらに泳ぐのをやめて引き返していく。

 炎の玉を食らった牙猿を見ると、顔は焼けただれており、それなりのダメージを負っているようだ。

 さすがに、それを見て、七メートルはある川を無防備に泳ぐのは危険だと思ったのだろう。


 牙猿達は、対岸まで戻るとこちらを睨みつけ、キキーキキーと威嚇してくる。

 だが、俺が炎の玉をもう一発放つと、慌てて森の奥に駆け込んでいった。 

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