忍び寄るもの
その存在に気づけたのは運が良かった。
かすかに木の枝が揺れるのを目の端に捉えたのだ。
(何だ?)
一瞬、近くの木の枝が風もなく揺れた気がしたのだ。
だが、枝には生物の姿は見えない。
気のせいかと思った次の瞬間、枝が揺れた。
俺は異常を感じて、とっさに木から離れるが、何かが俺の近くを通り過ぎるのを感じた。
通り過ぎる瞬間、頬を薄く斬られる。
間違いなく何かから攻撃を受けているのだが、姿が見えない。
相手は透明になる能力でも持っているのだろうか?
俺はここで戦うのはまずいと思い、風を纏ってスピードを上げ、川の方に向かった。
川に辿り着くと、水の中に飛び込む。
相手が追ってくるなら水しぶきで居場所がわかると考えたのだ。
だが慎重な相手のようで、川の中に入ってこない。
俺は顔だけ水の上に出して、森の方を窺う。
そして、「ピィィィ!」と鳴いた。
相手に動きはない。俺がしばらく鳴き続けると、透明化を解除したのか、川の近くに黒い猫のような生物が現れた。
手には鋭い爪がある。先ほどは、あの爪で頬を斬られたのだろう。
魅了がかかっているのか俺が近寄っても攻撃してこない。
今のうちにこちらか攻撃しようとすると、魔の悪いことに、森の奥から一匹のゴブリンが飛び出してきた。
黒い猫はゴブリンを脅威と感じたのか自身を透明化する。
そして、何を思ったのか俺の体に触れてきた。
何をするのだろうと疑問に思ったが、猫が触れた部分から俺の体が透明になっていった。
驚くべきことに、他者を透明化することもできるようだ。
親が子供を守るときなどに使う能力なのかもしれない。
これはラッキーだった。この透明化の術を習得できたからだ。
透明化した黒猫は、ゴブリンと戦い始める。
そろそろ魅了も解けるだろう。漁夫の利で、二匹が戦ってる隙をついて攻撃することも考えたが、今のうちにこの場を離れることにした。
先に攻撃されたとはいえ、結果的に透明化の術を得られたので、あえて黒猫を殺す気にはなれなかったのだ。
とはいえ、透明化する生物もいると知れて勉強になった。今後は、音や匂いに注意を払って行動しなくてはならない。
風を纏って川沿いの道を駆け抜ける。そもそも鹿自体が動物の中でもかなり足が速く、その上で風の術でスピードアップしている。追いつけるものはそうはいないだろう。
走り続けて息切れしたので、走るのを止めて歩き始める。
もう十分距離は離した。あの黒猫が追いつくのは難しいだろう。
一応、頬の傷を回復の術で治した。放っておいても大丈夫そうだったが念のためだ。
川で水を飲んでから、川の先の方を見ると上空に鳥人間達の姿が見えたので、透明化の術を使ってみた。
そのまま歩き続けるが、鳥人間達のすぐ下を通り抜けても気づかれなかった。
鳥や人間は視覚に頼ることが多いので、透明化の術は有効そうだ。
対して、犬系の動物は、匂いや音に敏感なので見破られるかもしれない。
俺は良い術を習得できたことを喜ぶのだった。




