魅了
幸いなことに、二匹のゴブリンと戦った後は、別のゴブリンに遭遇することなく歩き続けることができた。
川の上空を見ると、危険そうな鳥の姿はない。
俺は川に近寄って水を飲んだり、体を水に沈めて水浴びをしたりした。
日は真上にきている。
俺は川から出て、川岸で草を食べる。
下流の方向を見ると、川は先の方で緩やかに右側にカーブしているようだった。
川の左右には、依然として木々が立ち並び、まだ森の終わりは見えない。
ふと、下流の方の空からこちらに近づいてくる姿があった。
あれは何だろうと、目を凝らす。大きな鳥のように見えるが、鳥にしては違和感があった。
近づいてくるにつれ、人間の頭に鳥の体をした生物だとわかった。
体は人間よりだいぶ小さいが、翼はかなりでかく、空を飛ぶ姿は迫力がある。
森人の村で見た図鑑で見かけた気がするが、名前は思い出せなかった。
人間の女性の顔をした鳥人間は、俺の近くに降り立つ。
友好的かどうかまだわからない。
ただ、鋭い爪を持っているのが気にかかる。
鳥人間は、口を開けると、「ピィィィ!」と鳴き始めた。
随分長いこと鳴き続ける。
仲間でも呼んでいるのかと思ったが、そもそも俺こそが仲間じゃないかと思った。
なんだか懐かしい友達に出会ったような感情に支配され、ようやく鳴き止んだ鳥人間が近づいてくるのを違和感なく見つめていた。
(痛い!)
激痛に我に返る。見れば、鳥人間が鋭い爪で俺の肩の辺りを斬り裂いていた。
続けての爪攻撃を横にステップして回避する。
何で俺は、こいつのことを仲間だと思ったのだろうと考えていると、例の感覚が頭に走る。
俺は先ほどの鳴き声を学習して使えるようになっていた。
つまりは、あの鳴き声は何かしかの術なのだ。
俺が陥った状況からすると、相手を自分の仲間だと思わせるような魅了の術だろうか。
俺はぞっとした。強くなった気になっていたが、こんな相手の心を支配するような術を食らったらどうしようもない。
とはいえ、術を食らわなければ良いのだ。俺はすぐに黒いもやを纏った。
鳥人間は上空に飛び上がり、再び、「ピィィィ!」と鳴き始める。
今度は黒いもやのおかげで、心を保っていられる。
俺は相手を油断させるため、ぼーっとした顔をして相手を見つめる。
すると、鳥人間は地面に降り立って、ゆっくりと近づいてくる。
相手が爪で攻撃する前に、俺は電気を纏って鳥人間の体に触れ、電流を流した。
倒れる鳥人間、念のため様子を観察するが息絶えたようだ。
人間のような顔をしたので、油断してしまったが恐ろしい相手だった。
俺は回復の術を使って、肩の傷を治す。
魅了の術を使えるようになったが、どの程度使えるかは検証が必要だろう。
俺が術にかかった時は、かなり長いこと鳴き声を聞いていた。
俺は友好関係を築けないかとこちらから攻撃をしなかったが、普通は攻撃されるだろう。そうなると、逃げ回りながら鳴き続ける必要がある。
それに、痛みですぐに魅了が解けた。俺にとっては幸いだったが、使う側からしたらいつ術が解けるかわからないと使いづらい。
強力な術だが注意点は多そうだ。
俺はとりあえず、その辺にいた虫やトカゲに「ピィィィ!」と鳴いて魅了の術を使ってみたが、効いているようには見えなかった。ある程度の知能がないと効かないのかもしれない。
一旦、検証を止めて、森を抜けるために下流方向に歩き始めると、ちょうど良く二匹のゴブリンを見つけた。
さっそく「ピィィィ!」と鳴き始めると、ゴブリン達は石の斧を振り下ろしてくる。
今のところ、この術を使っている時に、他の術を使うことはできないようで、鳴き続けながらゴブリン達の攻撃をかわすのに苦労した。
しばらくすると、一匹のゴブリンが魅了にかかったのか攻撃を止める。
その後も鳴き続けたが、もう一匹のゴブリンは目を血走らせて攻撃をし続ける。
さすがに鳴き続けるのがつらくなってきたので、鳴くのを止め、魅了の効かない方のゴブリンを炎の玉で倒した。
魅了にかかったゴブリンは、鳴き声を止めてもこちらを攻撃してこない。
しかし、しばらくすると、我に返ったのか斧で攻撃してきた。
俺は攻撃をかわすと、炎の玉でゴブリンを倒す。
ゴブリンを使った検証で、魅了が効く相手と効かない相手がいることがわかった。
また、効くといってもかなり鳴き続けないといけないし、一旦、効いても時間経過で解除されてしまうことがわかった。
痛みなどの刺激でも解除され、時間経過でも解除されるとなると、思ったより使いづらい。
魅了が効く相手と効かない相手の違いは良くわからない。
同じゴブリンでも違いが出たので、体質や性格によるのかもしれない。
例えば、独りよがりで仲間意識の低い個体には聴きづらいとかありそうである。
俺はまた一つ強力な術を手に入れたが、使うタイミングは気を付けようと思うのだった。




