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覚え鹿  作者: 輝野 和己
戦争編
24/34

閑話 警備隊長の受難

 俺はサリオン。森人の村で警備隊長をしている。

 警備隊長といっても専属の部下がいるわけではなく、村人が持ち回りで警備につくのを取りまとめているだけだ。

 元々人を率いるタイプではないし、戦闘では、最前線で剣を振り回している方が性に合っている。


 その日も門の近くの建物で、日中の警備当番に、担当箇所を説明していた。

 すると、建物に四足歩行の動物が入ってきた。

 最近アレンが村に連れてきた『聖獣様』だ。

 

 聖獣様と言われても、大昔の御伽噺のことであり、俺としては半信半疑だ。

 とはいえ、アレンの命を助けてくれたのは確かであり、感謝はしている。


 俺が聖獣様を見ているのに気づいたのか、アレンがくそ真面目に俺のことを聖獣様に紹介し始めた。

 動物に説明したって通じるとは思えないが、指摘するのも野暮なため、アレンのしたいようにさせる。


 アレンが北の見張り台に向かうと、聖獣様も一緒に付いていった。

 アレンの話によると、聖獣様は魔術が使えるらしいので、戦力になりそうである。

 とはいえ、動物はきまぐれだ。アレンには懐いているようだが、いつも助けてくれるとは限らないだろう。


 俺は日中の警備説明が終わったので、建物の裏庭で若い森人の戦闘訓練を行う。

 村の戦力を向上させることも警備隊長の仕事だ。

 教えるのは、武器の扱い方や格闘術などで、仕事の指示をするよりよっぽど俺に向いている。


 ブオーという警報が風に乗って聞こえてきたのは、訓練が終了し休憩している時だった。

 音は村の北側から聞こえてくる。

 俺は訓練を終えた村人に北の見張り台へ向かうように指示をした。


 俺自身は門に向かう。北は陽動の可能性もあるし、堀と柵に囲まれていて、簡単には侵入できない。

 対して、門の前は跳ね橋のようになっているわけではなく、陸続きである。

 門には閂がかけられ、簡単には破られないようになっているが、大型の獣が体当たりしたら破壊される可能性はある。


 門に着くと、いつものように見張り台に門番が二人いる。

「隊長! 先ほどの警報は?」

 見張り台から声をかけられる。

「様子を見に行かせた。こちらは異常はないか?」

「こちらは異常なしです」

 門番からの返答があったが、念のため、俺も見張り台に上がる。


 しばらく目を凝らして森を見つめるが、特に異常は見当たらない。

 俺も北側に向かおうと思った時、森の奥から丸太のようなものが動くのが見えた。


 それは丸太のようなというか、丸太そのものだった。

 ゴブリン達が丸太を持って村に向かってきている。

「ゴブリンだ! 数が多いぞ!」

 門番も気づいたのか、風の術を使ってブオーと警報を鳴らす。


 丸太を持ったゴブリン達とそれを守るようにして盾持ちのゴブリン達、そしてその後方に弓持ちのゴブリン達の姿もある。

 全部で二十匹ぐらいいるだろうか? 弓持ちのゴブリン達の中央には、ゴブリン達より一回り体の大きなホブゴブリンまでいる。


 丸太は門を破るのに使うのだろう。あれで勢いをつけて叩かれたら門が破られてしまう。

「あの丸太を持っている奴を狙うぞ!」

 俺の指示に従い、見張り台から矢が飛んだが、盾を持ったゴブリンに防がれてしまう。

 尚も近づいてくるゴブリン達に矢を飛ばし、いくつかは盾持ちゴブリンの体を掠めたが、奴らの歩みを止めるには至らない。

 そして、ついには、丸太で門を叩かれてしまう。

 ドーンという音と共に門に衝撃が走る。一度目は平気だったが、何度か続けられたらまずい。


 ふと気づくと、聖獣様が見張り台からゴブリン達を見ていた。

 だが、今は聖獣様を気にしている余裕はない。


「隊長! 北の見張り台でゴブリンの襲撃がありましたが、撃退しました!」

 先程、村の北側に様子を見に行った村人が駆けつけた。

「そっちもゴブリンだったか……」

 俺は呻いた。二地点をほぼ同時期に襲撃するなど、組織的な行動だ。

 ゴブリンにしては、知恵の回るやつがいるらしい。


 その時、再びドーンと丸太で門を叩かれる音がした。衝撃で閂が外れそうになっている。

「門を抑えろ!」

 俺が叫ぶと、数人の村人が閂を手で押さえながら、体を門に押し当てて、門が破られないようにする。


 聖獣様は水の術を使ってゴブリン達を攻撃してくれたようだが、盾持ちのゴブリンに防がれている。

 村を助けようとしてくれるのは好感が持てるが、御伽噺のように万能の力を使って、森人を救うことはできなさそうだ。


 またしてもドーンという音と共に、門に衝撃が走り、ついには閂が壊れてしまった。

 まずいと思った次の瞬間、聖獣様がゴブリンうごめく門前に降り立った。


(無茶だ!)

 やはり獣か、血迷ったかと思ったが、聖獣様は耳を前方に向けて、まばゆい光を発生させた。

 後方から見ていた俺でさえ、一瞬眩しいと目をまたたいたほどである。至近距離で光を受けたゴブリン達はたまらないだろう。

 案の定、聖獣様の近くのゴブリン達はまぶしさから目をつぶった。

 その隙を逃さず、聖獣様は雷を纏うと周囲のゴブリン達を倒していく。


 だが、目つぶしから立ち直ったゴブリンが石斧で斬りかかり、聖獣様は背中を斬られてしまう。

 しかも、聖獣様を危険と見たのか、後方にいた弓持ちのゴブリン達が味方もろとも、聖獣様に向かって矢を放ってきた。


「聖獣様を助けるぞ!」

 俺は叫ぶと、門を開いて、聖獣様の前に飛び出した。俺の後に武装した村人達も続いた。

 俺は剣を構えて、前方のゴブリン達を威嚇する。


 すると、隊長格らしきホブゴブリンが何か叫び、ゴブリン達は撤退していった。

 撤退した敵を追撃することも頭をよぎったが、門前に倒れているゴブリン達に止めを刺すことを優先した。

 せめて、ゴブリン達を追跡して奴らの寝床を発見したかったが、既に辺りは夕方で、これから夜目の効くゴブリン達を追って、森の中に入るのは危険すぎた。


 それにしてもと、俺は背中に傷を負いながらも勇敢に戦った聖獣様を見た。

 確かに、御伽噺のように神のごとき万能の力は持っていないだろう。それが証拠に、ゴブリン達の攻撃で危うく死にかけていた。

 だが、だからこそ、村を救おうと危険を覚悟して戦った姿は胸を打つものがある。

 俺は聖獣様に深い尊敬の念を禁じ得なかった。


 それから、ゴブリン達の死体を処理し、広場に集まってきた村人達に状況を説明した。

 長老のメルロス様とも相談して、しばらくは警備体制を強化することになる。


 ゴブリン達の住処を襲撃するのはどうか、という意見も出たが、それをするには彼らの住処を見つけなければならない。

 村の狩人達に話を聞いてみたが、彼らの活動範囲にゴブリン達の住処は存在しないという。

 そうなると、森を広範囲に探索する必要がある。

 辺りはもう暗くなってきているので、探索するにしても明日、日が昇ってからになるだろう。


 俺はその後、門の近くの詰め所で仮眠を取りつつ、夜間の警備を続けた。

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