閑話 アレンの過信
私の名はアレン。魔の森に住む森人だ。
森人は魔術を得意とし、長命で森を住処とする種族である。
森人は、その昔、各地の森を住処にしていたそうだが、草原の民による侵略により、今では魔の森に住みかを移している。
魔の森に生い茂る木々は、魔素という物質を吐き出す。
魔素は、我々森人には無害だが、草原の民には有害で、魔素を吸い込み続けると死に至る。
そのため、魔の森の中まで草原の民はやってこない。
また、木は、生きている間は火に強く、燃えにくいという性質があるが、魔の森の木は、普通の木よりさらに燃えづらい。森を燃やして開墾するという手段も難しく、草原の民が魔の森を開拓できない理由の一つとなっている。
じゃあ、草原の民がいないから魔の森が安全かというと、そんなことはない。
魔の森に生息する生物は、魔素の影響か、強力な術を操ったり、身体能力が恐ろしく高かったりする。
そんな危険な魔の森なので、村から外に出るときは、二人以上で行動するのが推奨されている。
私も元々は友人と二人で狩りをしていたのだが、先日、その友人が病気で亡くなった。
新たに一緒に狩りをする仲間を作ろうかとも思ったが、私は村でも腕の良い狩人で通っているため、自分なら一人でも大丈夫だと過信してしまった。
そして、弓を持ち一人で狩りに出かけた私は、魔の森の生物との闘いで負傷し、今や死を待つばかりという状況である。
戦った相手は、鬼のような顔をした種族……ゴブリン族である。三匹のゴブリンに奇襲を受けた私は、何とか相手を倒すことに成功するが、脇腹と右足を斬られてしまった。
そのうえ、血の匂いを嗅ぎつけたのか、他の獣が集まる気配を感じたので、矢の回収もできずに、その場を逃げ出した。
意識が朦朧とする中、なんとかその場を逃げ出すことに成功したのだが、出血の為か、ついには立っていることもままならなくなり、大木を背に蹲ってしまった。
血の匂いを辿って来たのか、目の前に四足歩行の獣が姿を見せる。
見たことのない獣だった。頭には立派な角が生えている。
「私を食べに来たのか?」
もはやこれまでかと死を覚悟したが、なんとその獣は角を光らせて私の傷を治してくれたのだ。
「聖獣様!!」
この獣は、森人の伝承にある聖獣様に違いない。
伝承によると、森人が危機に陥った時に、精霊王に遣わされた聖なる獣が現れ、救ってくれるという。
まさに今の状況がそうである。
「感謝します」
私は、笑顔で歩み寄り、聖獣様の腰を撫でて感謝を伝えた。
するとどうだろう、聖獣様は地面を蹄で削り、絵を描き始めたのだ。
「これは!! 聖獣様からのお言葉!!」
普通の獣がこんなことできるはずがない。やはり、聖獣様なのだろう。
聖獣様が描いた絵を読み取ると、聖獣様を私たちの村に連れて行けということらしい。
聖獣様が村に来てくれるとは、大変光栄なことである。
「こちらです!」
私は先導して村の方向へ歩き出した。
聖獣様の方を見て、手招きすると、私の後をついてきてくれる。
聖獣様は、大変優しいお方のようで、私の喉が渇いているのを気遣って、道中で川に寄ってくださった。
そのうえ、戦闘能力もかなり高く、二匹のゴブリンに襲われた際には、雷を纏って、瞬く間に相手を倒してしまった。
私達森人も魔術を使うことができるが、水や風の属性魔術を使うものがほとんどだ。
雷属性の魔術はかなり珍しい。ましてや、回復と雷属性を使いこなす者など見たことがない。
村に着くと、門番のヒューとギルが出迎えてくれた。
二人に事情を話し、聖獣様のことを紹介する。
私と同じく、見たことのない生物のようで、長老様なら知っているのではという話になり、ヒューが村の長老であるメルロス様を連れてきた。
メルロス様は、魔の森に移住する前から生きている森人で、数百歳を超える。
まさに、村の生き字引的な存在である。
メルロス様によると、聖獣様は鹿という動物に似ているとのことだった。
鹿は、魔の森では見たことがないそうだが、ここ以外の森ではわりと生息しているらしい。
だが、普通の鹿は、魔術を使わないとのことだ。
それに、人のことを助けたり、意思疎通を図ろうと、地面に絵を描くなど、ありえないという。
メルロス様も聖獣様なのではないかという私の意見に賛同してくださった。
広場に集まる村人の中には、斧を持ち聖獣様を狩ろうとする不届きものがいたが、メルロス様が一喝すると大人しくなった。
広場での話し合いの結果、聖獣様であるかどうかは別として、村人の命を助けてくれたことに変わりはないため、敬意をもって接するようにと周知された。
日も暮れてきたので、私の家に聖獣様をお連れした。
何もない粗末な家だが、聖獣様は不満を見せることもなく、地面に横たわると眠ってしまった。
自分の油断のせいで、命の危機に陥ったが、結果として聖獣様に出会うことができた。
私はこの出会いを精霊王に感謝するのだった……。




