森の村
小鬼を倒してからしばらく森の中を歩くと、細長い水路に出くわした。
どうやら川から取水しているようである。
この水路の流れる方向に進めば、男の住処に着きそうだ。
その考えは当たっていたようで、まもなく木の柵が見えてきた。
木の柵は二メートルほどの高さがあり、進行方向の領域を囲っているようである。
左右に広がる柵の中央部分は、両開きの門になっている。
あの門から中に入るのだろう。
「△〇〇×〇!」
門の前で男が叫ぶ。しばらくすると、門が開き、二人の男が出てきた。
一人は弓を持った小柄な男で、うれしそうな顔で俺が助けた男に歩み寄ると、肩をバンバン叩いている。
再会を喜んでいるようだ。
もう一人は、槍を持った長身の男で、無表情に俺のことを見つめている。
二人とも整った顔をしており、耳は細長く尖っている。そういった特徴の種族なのかもしれない。
「〇×△〇×〇?」
長身の男が俺のことを指差して、何か質問したようだ。
俺が助けた男は、待ってましたとばかりに二人にしゃべり始める。
話を聞く二人は、驚いたり、首を傾げたりしていたが、とりあえずは納得したのか門の中に招き入れてくれた。
門から中に入ると、個性豊かな住居が点在する村があった。
木の洞をそのまま活用したような家や大木の上に建てた家など、自然をうまく活用したような建物が多い。
一応、農業もやっているらしく畑らしきものもある。
三人は会話を続けながら歩く。
会話の内容はわからないが、俺が助けた男がアレン、小柄な男がヒュー、長身の男がギルと呼ばれているのがわかった。
それが本名なのか愛称なのかはわからないが、どうせ俺がその名を呼ぶことはできないのだし、細かいことはどうでも良かった。
広場のような場所まで来ると、小柄な男……ヒューだけその場を離れ、残った二人は会話を続ける。
俺は村の中を探検したかったが、その場に留まった。知らない人と出会ったら弓矢で撃たれかねないからだ。
早めに自分がアレンを助けた恩人(恩鹿?)であると村の人達に周知して欲しいところである。
しばらくすると、ヒューは老齢の女性を連れてきた。
穏やかな顔をしたお婆さんである。右手に杖を持っているが、足腰はしっかりしているようで、杖に頼ることもなく歩いている。
村の相談役的な存在だろうか?
アレンとお婆さんが話を始めたので、近くで見守る。
ヒューは暇なのか俺に近づいてきて、角に触ろうとしたので、ひょいとかわす。
しつこく触ろうとしてきたが、嫌がっているのが分かったのか長身のギルがヒューの服を引っ張って蛮行を止めてくれた。
ギルは不愛想だが、良いやつかもしれない。対して、ヒューは小柄な見た目も相まって、子供みたいな印象である。
一通り話し終えたのか、お婆さんが俺に近寄って来て、腰のあたりを撫でる。
どことなく懐かしそうな顔をしているのは気のせいだろうか?
とりあえず、友好的なところをアピールするため、お婆さんの体に頬をすりすりした。
ふと気づくと、俺のことが珍しいのか、広場に人が集まり始めた。
中には斧を片手に、俺に歩み寄る男もいて戦々恐々としていたが、お婆さんが広場に集まった人たちに向けて、しゃべり始めると、そのような振る舞いをする人はいなくなった。
たくさん人が集まったので、俺は試しに、地面に「HELLO」と文字を書いてみた。
集まった人達は、蹄で文字を書く俺にびっくりして騒ぎ出すが、意味は伝わっていない気がした。
お婆さんもびっくりしていたようだが、杖を使って地面に何かを書き始めた。
(文字だ!)
俺は久しぶりに文明に触れてうれしくなった。
だが、お婆さんが書いているのが文字だというのはわかるが、漢字でもひらがなでもアルファベットでもなく、どんな意味なのかはわからない。
「〇×△〇〇」
俺が首を傾げていると、アレンが何かしゃべった。
すると、村人達は、お婆さんを中心として相談を始める。
時折こちらを指差したりしているので、俺の処遇でも話し合っているのかもしれない。
いつの間にか日は傾き、辺りは暗くなってきた。
「××△〇×△〇△」
やがて結論が出たのか、お婆さんが何か言うと、村人達は、広場から立ち去っていく。
村人達の様子を眺めていると、アレンが俺の腰をポンポンと叩いた。
「△〇△×〇×△」
そう言って歩き始める。「こっちにおいで」的なことを言ったのかもしれない。
アレンに連れられ、広場から歩く。
苔むした細道を踏み分けて進むと、その先にポツンと草ぶきの小屋があった。
ここがアレンの住居だろうか?
アレンが小屋の中に入っていくので、お邪魔することにした。
小屋の中は、四畳半ほどの広さである。
床は地面がむき出しで、一部にござのようなものが敷いてあった。
周囲を見回すが家具のようなものはない。隅の方に狩の道具らしきものが置いてあるぐらいだ。
質素を通り越した住居を目の当たりにして、こんな環境でも生活できるものなんだと、俺は感心するのだった。




