遭遇
川からだいぶ離れたところまで森の中に入る。
ウナギガエルは追ってきていない。
回復の術を使いつつ、辺りの葉っぱを食べながら、どうするかを考える。
今の自分の力では、やつに勝つのは難しい。
とはいえ、水を飲むために川から離れ過ぎるのもまずい。
どうしたものか、悩ましいところである。
とりあえずは、川から一定距離を保ちつつ、森の中を進むことにする。
ある程度先まで進めば、奴の活動範囲から外れて、川に近づいても大丈夫になるかもしれない。
ようやく腹の傷が治ったので、回復の術を止める。
この術は、体中が光るので、薄暗い森の中だと目立ってしょうがない。
森の中にも危険な生物はいるので、この術を使うのはかなりリスクがある。
辺りを警戒しながら森の中を進む。
時折、上空から鳥か何かの鳴き声が聞こえる。
確認のため見上げるのだが、うっそうと生い茂る木々に阻まれて確認できない。
あの耳でか犬達と一緒に行動していれば、周囲の警戒は任せることができたのにと残念に思った。
同族が見つからなければ、彼らや角兎を率いて生活するというのもありかもしれない。
そもそも同族を探してはいるが、自分が普通の鹿なのかというとだいぶ怪しいところである。
普通の鹿は、人間のように考え、人間のように色鮮やかに物を見ることはできないはずだ。
相手の術を学習する能力まであるのだから、地球の鹿とは別の生き物と考えた方が良いだろう。
この世界の鹿がみんな自分のような能力を持つのか、自分だけが特別なのか、鹿自体が存在しないのか、今はまだわからない。
そろそろ喉も乾き始めた頃、うっすらと鼻につく匂いを嗅ぎ取る。
昨日から嗅ぎ慣れた匂いのため、すぐにわかった。……血の匂いだ。
すぐに警戒度を最大限まで引き上げる。
匂いの方向から離れることも考えたが、一応状況を確認しておくべきだと思い直す。
友好的な生物が負傷しているなら助けたいからだ。
それは偽善的な思いではなく、協力関係を築きたいという打算的な考えからである。
匂いを辿って慎重に進む。
争っているような音は聞こえない。しかし、血の匂いに誘われて肉食獣が集まってくる可能性があり、油断はできない。
血の匂いは段々と濃くなってくる。足早に進むと、やがて大木を背にうずくまる何かが見えた。
それは、人間のように見える。かなり細身で、下を向いているので顔は確認できないが、青みがかった緑色の服を着ている。
俺は警戒を解かずに慎重に歩み寄る。人型だからといって、安心はできない。昨日の猪人間のように狂暴な場合もあるのだ。
近づくとこちらに気づいたのか顔を上げる。見たところ人間の男性のようだ。
年の頃は二十台前半ぐらいだろうか? 金髪碧眼でかなり整った顔をしている。
地球の人間と比べると耳が長く尖っているのが特徴的だが、それ以外はこれといった違いは見受けられない。
「〇×△〇?」
男性は、俺に向かって何かしゃべったが、何と言っているのかわからなかった。
男性としても思わず呟いただけで、反応を期待したわけではないのか、再び力なく俯いてしまった。
良く見れば右足と脇腹に刃物で斬り裂かれたような傷があり、今も血が流れている。
この傷が原因で身動きが取れないのかもしれない。
俺は角を光らせて、うずくまる男に近づく。
突然の光に驚いたのか、男は顔を上げ立ち上がろうとするが、傷の痛みのためかうまく立ち上がれない。
怯える男の体に角を押し当てると、いつものように光が伝播して男の体を包む。
「△△×〇〇△!!」
男が驚愕の表情で何かを叫ぶ。やはり知らない言語のようだ。少なくとも日本語や英語ではないだろう。
鹿の体のため、こちらが言葉を話すことはできないが、相手の言葉さえわからないというのは残念である。
とはいえ、害意がないと判断したのか、おとなしく回復の光を受け入れている。
かなり重症だったのか、傷を治すまで多少時間がかかった。
男は立ち上がって右足と脇腹の具合を確認している。
さて、彼とどうやってコミュニケーションを取れば良いだろうか?
なんとか協力関係を築きたい。
人間達と仲良くなれば、奈良公園の鹿のような生活が送れるかもしれない。そうすれば長生きできそうだ。
しかし、一歩間違えれば、狩の獲物として夕飯の食卓に上がることになりかねない。
俺は貴重な機会を生かすべく、頭を悩ませるのだった。




