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覚え鹿  作者: 輝野 和己
序章
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はじまり

(ここはどこだ?)

 ぼんやりする記憶を思い出す。


 俺は、東京で働くサラリーマンである。

 現在、休日を利用して山口県に旅行に来ている。

 旅行中、トラックに轢かれそうになった鹿を助けるために、道路に飛び出し、なんとか鹿を突き飛ばしたところまでは憶えているのだが、次の瞬間、謎の光に包まれ、ふと気づいたら森の中にいた。


 すわ、死後の世界かとパニックになりかけたが、ふと、サブカルチャー好きの友人から聞いた話を思い出した。

 友人の話では、誰かを庇ってトラックに轢かれると異世界に転生するのだという。

 そんなオカルトあるわけがないと笑い飛ばしたものだが、今の状況は、まさしくそれなのではなかろうか。


 とにかく状況を確認しようとして、おかしなことに気づいた。

 自分の手足が人間のそれとは異なっているのだ。

 細長い四本の脚が獣のような身体から伸びている。

 顔を確認することはできないが、どうやら四足歩行の獣のような身体になってしまっているようだ。


 ますますオカルト染みた状況になってきたが、まずは現状を確認する必要がある。

 辺りはうっそうとした木々に囲まれているが、近くを川が流れている。

 ここがどこだかわからないが、水場があるのは安心できる。

 どんな生き物だろうと、水があればしばらく生き残れるだろう。

 

 川幅は五メートルほどで、水深はかなり深そうだ。

 流れは比較的速く、足を滑らして川に落ちないように気を付けなければならない。


 喉の渇きを潤すため、川に近づいて水を飲もうとすると、川の水面に自分の顔が映った。

 なんとなく、そうなんじゃないかと予想していた通り、水面に映る顔は、人間ではなく、鹿だった。

 立派な角のある雄の鹿である。


 鹿を助けたら自分自身が鹿になってしまうとは、とんだ笑い話である。

 とはいえ、本人にとっては笑い話どころの騒ぎではない。

 これでは、人間を見つけたところで助けてもらえるかわからない。

 コミュニケーションを取ることは絶望的だし、最悪、獲物として狩られてしまうだろう。


 絶望に打ちひしがれていると、ガサガサっと茂みをかき分ける音がする。

 音の方に目を向けると、犬のような四足歩行の動物が木々の間から姿を見せた。


 最初、犬かオオカミかと思ったが、すぐに違うことに気づいた。なぜなら、頭から五十センチぐらいの角が生えていたからだ。

 角の生えた獣は、こちらを睨みつけると、グルルと威嚇するような唸り声を上げる。


 体格的には自分より一回りぐらい大きく、戦って勝てる気はしない。

 それは、直感的に感じ取ることができる。

 鹿になったからか、獣の本能とでもいうべきものが、一刻も早くこの場を逃げ出すように訴えてくる。


 じりじりっと後ずさりしようとして、後ろ脚が水に触れた。

 運の悪いことに、後ろは川が流れている。まさしく背水の陣というやつだ。

 

 角の生えた獣は、慌てることなくこちらにゆっくりと近づいてくる。友好的な気配は微塵もなく、完全にこちらを捕食対象として見ているのがわかる。


 俺は覚悟を決めて、背後の川へと足を踏み入れた。

 入ってすぐに足が川底につかなくなったが、五メートルほどの川幅だったため、なんとか向こう岸に泳ぎ切ることができた。

 

 すぐに振り返って、獣が追ってきているか確認すると、不思議なことに、川の手前で立ち止まっていた。

 もしかすると、泳げないか、水に入るのが苦手なのかもしれない。


 九死に一生を得たと安心していると、なにやら様子がおかしい。

 獣が大きく口を開けているのだ。

 何をしているんだと疑問に思ったその時、獣の口から赤く燃え滾る炎の玉が発射された。


 避けなければと、横っ飛びにジャンプする。

 しかし、恐ろしいほどのスピードで発射された炎の玉は、俺の横っ腹に被弾した。


 被弾と同時に感じる痛みと熱さ。

 あまりに強烈なそれにより、俺は意識を手放した。

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