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第6話 やがて現実になる

もうすぐ家に着くというのに、男の子はその場に立ち止まりました。

「どうしたんだ息子、忘れ物でもしたか?」

「僕、やっぱりこんこ様にお礼を言いたい!」

男の子の言葉に、お父さんは目をそらしました。

「俺も言いたいさ。だがな、こんこ様は人が住めない山奥にいるという言い伝えがあるんだよ」

お父さんは、昔を懐かしむように言いました。

「俺も、お前と同じくらいの時に迷子になった時があってな。俺が困っていたら、こんこ様が助けてくれたんだ」

「そう、なの?」

男の子は目を丸くしました。何故なら、自分と同じ境遇でこんこ様に出会った人がいるとは思いもしなかったからです。

「俺も、その時お母さんに言ったんだ。こんこ様にお礼を言いたいから、もう一度雪山を登ってもいいかってな。けどお母さんに断られちまった」

お父さんは拳をギュッと握りしめました。

「俺だってもう一度こんこ様に会って、礼のひとつくらい言いたいさ。でも、人間とこんこ様では住む世界が違う。……無理なんだよ」

男の子は悲しそうに唇を噛みました。

それは、こんこ様にお礼を言えないというだけでなく、あの時に出会ったこんこ様とはもう会えないんじゃないか、という寂しさもありました。

男の子は、こんこ様と仲良くなりたかったのです。

でも、それはもう一度も叶うことはありません。

もう一度遭難する勇気も出ず、男の子は家に帰りました。

ある日、目が覚めて枕で遊んでいると、枕の下から手紙が現れました。

「なんだろう、これ?」

男の子は不思議に思いつつ、手紙を読みました。

そこに描かれていたのは、こんこ様とゆきだるまでした。

それも、インクでも絵の具でもなく、なんと粉雪で描かれていたのです。

男の子は手紙をギュッと胸に抱いてこう言いました。

「ありがとう、こんこ様。いつかまた、会えますように……」

男の子は涙を流しながら、こんこ様を想うのでした。


「ーーおしまい。……どうでしたか?」

物語が終わると、クフリートと白狐は自然と拍手をしていた。

物語の続きがあるのもそうだが、それ以上にナナの朗読があまりにも上手くて、クフリートは驚きを隠せない。

「ナナ、読むの上手だね」

「大袈裟ですね〜。おじいちゃんの真似をしただけですよ」

おじいちゃんの真似をしただけで、あそこまで物語を楽しませられるナナは、ある意味凄いのかもしれない。

クフリートは白狐をチラリと見てから、ナナへ視線を戻した。

「結局、こんこ様には会えなかったんだね」

「う〜ん、私はそうは思いませんよ」

「え?」

ナナは絵本を膝に置いて、愛おしむように撫でる。

「確かにこの絵本では、もう会えないと結論づけています。実際に、主人公より何十年と生きているお父さんの願いは未だに叶っていませんから」

「当たり前だよ。妄想は現実になれやしない」

もし、簡単に妄想が、夢が、言い伝えが叶うのだとしたら、クフリートは今のように現実に苦労しないし、幸せに生活することができるだろう。

病が治り、外に出てモンスターや動くゆきだるまと遊んだり。魔法使いになって家族を守ったり、他国に行って家族と美味しいものを沢山食べたり……。

「ナナだってそうでしょ。妄想が現実になったことなんてないよね?」

「いいえ、ありますよ。それも、何度も」

「……え?」

まるで当たり前かのように言うナナに、クフリートは驚きを隠せない。

「嘘、つかなくていいよ。僕は一度も叶ったことがない。この絵本の登場人物だって、夢見るだけで叶いやしない」

「どうして叶わないのか、クフリートは分かりますか?」

「分かるわけないよ」

ーー分かっているなら、こんなにも苦しむはずがない。

ナナはどこか懐かしむかのように天井を見て言った。

「私も小さい頃は、というより、現在進行形で夢ばかり見ています」

「叶わないのに?」

「叶いますよ。例えば回復術師になったり」

「…………」

「私、小さい頃は身体が弱かったんです。外出することもできなくて、毎日毎日熱にうなされて。家族がいないと死んでいたかもしれません」

「こん……」

暗い表情の白狐に、ナナは優しく微笑んだ。

「でも、回復術師さんのおかげで、私はこうして生きることができているんです」

本当に感謝しかない、とナナは絵本のページを巡りながら言った。

「私もクフリートのように、妄想をやめ、夢を諦め、現実ばかり見るようになった時もありました。叶わないのに願い続ける自分がバカバカしく思ったからです」

ーーあぁ、バカバカしいよ、本当に。

何故、皆、現実を見ないのだろう。

何故、皆、妄想できるのだろう。

……叶いやしないのに。

「私の小さい頃の夢は、病を治して、家族と一緒に外の世界を見ることでした。それが叶うことができたのは、六年前のことです」

「六年前……」

「私はとても嬉しかった。初めて外に出た時は、まるで子どものようにはしゃいで、泣いて、笑いました。あぁ、ようやく私の夢が叶ったんだと」

ナナは目尻に涙を浮かべていた。本当に嬉しかったのだろう。

「私はその時気づいたんです。私が見たかった妄想をは、夢は、もしかしたら叶うのかもしれない。妄想は時に現実になり得るんだって」

ーーお母さんもそんなこと言ってたっけ……。

「もちろん、全てが叶うことは難しいでしょう。妄想は日々増えていきますからね。裏切られるのは仕方がないことです」

ナナは指を折りながら苦笑した。

「でも、もしその中から一つでも叶えられることができたのなら、とても面白いと思いませんか? 偶然が偶然を重なって、やがて現実になる。……とても浪漫があると思いませんか?」

ーー浪漫……妄想に、現実では起こらないことに浪漫がある?

クフリートは笑った。ケラケラと、乾いた笑みを浮かべた。

「何、それ。ナナは面白いことを言うね」

「…………」

妄想は裏切る。叶わない夢は、諦めるしかない。

『偶然が偶然を重なって、やがて現実になる。……とても浪漫があると思いませんか?』

ナナの言葉が胸に響いて鳴り止まない。

それは心臓が毎秒、毎日ドクドクと鳴るように、ずっと、ずっと鳴いている。

「あ、れ?」

気づけば涙が頬を伝っていた。

何故なのだろう。あぁ、これはきっと欠伸だ。それで涙が出て……。

「うっ……ぐす……」

いや、違う。これは欠伸じゃない。……泣いているのだ。

「絵本の後のお話、一緒に考えてみませんか? 妄想してみませんか?」

「こんこん!」

「ほら、白狐さんも一緒に妄想したいようですよ」

「こん!」

白狐はぴょんぴょんと跳ねて、空中に粉雪を出す。

そこには、以前よりも上手に作ったゆきだるまが微笑んでいた。

「……わ、分かったよ。そこまで僕と妄想したいなら、やってあげるよ」

クフリートは涙を拭いて起き上がると、頬を薄く染めてそう言った。

「そういえば……どうしてナナは回復術師になったの?」

「あぁ、言ってませんでしたね」

ナナは頭を撫でて、少し恥ずかしそうに言った。

「私と同じように、病を持っている人を治したいというのもありますが……」

ナナは人差し指を左右に動かした。

「その人に浪漫を持って、夢を持って生きてほしい……それが一番の理由ですね」


ーークフリートは思っていた以上に妄想好きなんですね……。

ナナがアドバイスしてからというもの、クフリートは早口に妄想を口にした。

ついさっきまではぶっきらぼうで無愛想な顔をしていたというのに……とナナは苦笑した。

クフリートは疲れたのか、ナナの膝ですやすやと寝ている。

まるで弟が出来たような気がして、ナナは頬を緩めた。

「こんこん」

「あ、白狐さん。もしかして起こしてしまいましたか?」

「こんっ」

さっきまでクフリートの隣で寝ていたのだが、どうやら起こしてしまったらしい。

白狐はナナの前に行くと、ぶるぶると身体を震わせた。

「……クフリートは否定していましたけど、あなた、こんこ様ですよね」

「こん!」

「どうしてこの吹雪の中、ここまで降りてきたんですか? ひょっとして、両親とはぐれたりしたんですか?」

「こん?」

ーーなんて言っても、あまり分からないですよね……。

クフリートよりモンスターに慣れているナナだが、どう頑張ってもモンスターの言葉を理解することはできない。

ーーそれこそ、産まれた頃からモンスターさんと触れ合っていないと難しいのかもしれませんね。

ナナは魔法使いの帽子をそっと被る。

「おそらく、明日からはこんこ様と不器用ながらも接してくれるでしょうが……クフリートは知っているのでしょうか」

ナナはクフリートの髪を弄び……ふと、違和感を覚え、額に触れる。

「熱い……。おかしいです、回復魔法をかけたのに……」

ここに来てから、何となくクフリートの様子がおかしいことはナナも分かっていた。

やけに眠そうだったり、身体が重そうだったり……。

念の為いつもより時間をかけて回復魔法をかけたが、効果は薄かったようだ。

ーークフリートは体温を感じないから……と、とにかく、家族に報告を……。

「こんこ様、皆さんを呼んできてください。クフリートの体調が急変しました!」

「こ、こん!」

こんこ様は頷くと、ドアを強引に開けて、リューノモたちを呼びに行った。

読んでくださりありがとうございます!

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