第5話 治癒術師のナナ
「では改めてーーお久しぶりです、クフリート。体調は良好のようですね」
「あ、うん。一応は」
クフリートがこくこくと頷くと、ナナはホッと胸をなでおろした。
「先月来た際は、とても体調が悪かったので……。ちゃんと寝ていますか? ご飯は食べていますか? 外に出られないからと言って、少しは身体を動かしてくださいね。それから……」
と、まるでクフリートのお母さんのように色々言ってくるナナに、クフリートは苦笑した。
ナナは、サラサ王国という国を拠点に活動している治癒術師だ。
治癒術師の他にも回復術士と呼ばれる職業もある。
治癒術師は怪我や骨折などの外部の治療を、回復術師は精神的な治療をするという違いがある……とは、以前ナナが来た時に言っていたことである。
「どうしてナナはわざわざこんこの国まで来るの? サラサ王国? にも治癒術師を必要としている人がいるでしょ」
クフリートの質問に、ナナは天井を見上げる。
「治癒術師も、回復術師も、世界的に見ても数が少ないんです。だから、時には他国に行かないといけないことがあるんですよ」
「僕が言うのも変だけど……大変じゃないの?」
ナナはクフリートに目線を合わせて、乾いた笑みを浮かべる。
「えぇ、とても大変ですよ。……でも、私の力が誰かのためになるなら、それはとても嬉しいことなんです。それに、治癒術師は私の生きがいですから」
ーー生きがい……。
それを聞いて、クフリートは疑問に思った。
ーー僕の生きがいってなんだろ……。
クフリートは、ナナのように治癒術が使えるわけでもないし、お父さんのように他国へ行って力仕事ができるわけでもない。リューノモのように手伝いもできなければ、クラルのように料理ができるわけでもない。
ーー僕、誰の役にも立てないのに、生きがいを見つける資格なんてあるのかな……。
そんなクフリートを察してか、ナナはベッドに座って、魔法の杖を本棚の上に置いた。
「生きがいに資格はいりませんよ。必要なのは、見つける努力と、挑戦する勇気だけです」
「努力と勇気……」
「そもそも、クフリートはまだ十歳です。そんなに深く考えなくても良いのではないですか?」
十歳という言葉に、クフリートはじとーっと目を細める。
「ねぇ、ナナって何歳なの?」
「はい?」
「何歳なのって聞いてるの」
まるで人生経験豊富な大人のようにナナは色々とアドバイスをしてくれる。
それはとてもありがたいことなのだが、それにしたって小柄ではないかと思うのだ。
ーー十歳の僕と同じくらいの背丈だし、多分大人じゃないよね。
「こう見えても一八ですよ」
「え?」
「こう見えても一八ですよ」
一言一句間違えずに、ナナはもう一度言った。
その瞳はなんだろう、笑っているはずなのに、どこか闇を感じる。
ーー話題変えよっかな。
「ナナはどんな旅をして来たの?」
「どんな旅、と言われましても……」
「どんな国に行ったのかなって」
クフリートは別に他国に興味があるわけではない。
どうせ行けないし、仮に行けたとしても倒れるのが目に見えているからである。
だから、せめて知識くらいは身につけたいなと思っているのだ。
「そうですね……先月はロリポップ王国と呼ばれる国に行きましたね」
「ロリポップ……どんな国なの?」
「お菓子のお家で主食はお菓子。どこへ行っても甘い匂いがする、可愛い国ですよ」
ーー聞いただけでお腹いっぱいになりそう……。
以前、お父さんがお菓子をくれたのだが、その甘い匂いが、クフリートには耐えられなくてすぐに吐いた記憶がある。
以降、お菓子に対してあまり良い印象がない。
ーーあれのどこが美味しいんだよ……。
「ロリポップ王国は頻繁にお祭りが開催されていまして、私が行った時は、丁度王女の誕生祭でした」
このままお菓子の話をされるのも正直苦痛だったが、こちらから話を振ったので言えるはずがない。
ーーお菓子のことは考えないで、とにかく聞いてよっと。
「お祭りか……。この国はほとんどやらないから新鮮だよ」
「私もあんなに盛大なお祭りがあるなんて思わなかったので新鮮でしたよ」
ナナが鼻歌混じりに話す中、クフリートは変な違和感を覚えた。
ーーそういえば、白狐がいないな……。
ついさっきまで床で踏ん張っていた白狐だが、ずっと姿を見ていないような気がする。
狭い所が好きだから、多分家具と家具の間にいるのかな、と思って確認したがいなかった。
リューノモの部屋にでも行ったのだろうか?
「あの、クフリート、氷魔法使っていませんか?」
「いや、僕、そもそも魔法使えないし……」
「そうですか? ……何だか私の頭上が冷たい気がするのですが」
クフリートは疑心暗鬼しつつ、チラッと視線を上げる。
すると、そこには、空中でプカプカと浮かぶ白いモンスターが……。
「白狐、そこにいたのか」
「なんですか? 何かいるんですか?」
「モンスターが浮かんでるだけだよ」
「なんだ、モンスターですか。……って、ちょ、ちょっと待ってください!」
ナナはクフリートから離れて、プカプカと浮かぶ白狐とクフリートを交互に見た。
「クフリート、一体いつからモンスターと過ごすようになったんですか? ……そもそもこのモンスターの名前は……」
「つい最近だよ。名前は……名前は、白狐だよ」
こんこ様と言おうか迷ったが、こんこ様は現実にはいないのだ。
ーーいるわけないよ、絶対に。
「ほほう、白狐……。私、このモンスターと似ているモンスターなら知っていますよ」
ナナは頬に手を当てて、髪を人差し指にクルクルと巻く。
「たしかこんこ様……」
「こんこ様は存在しないよ」
ナナは、意味深に笑い、「そうでしたねー」と棒読みで言った。
それから、ナナはベッドに座ると、トントンと叩いた。
隣に来い、ということだろう。クフリートはナナの隣に座る。
白狐は構わず粉雪を生み出して遊んでいた。
「さて、それでは、治癒魔法をしますね」
「痛くないよね?」
心配するクフリートに、ナナはポンポンと頭を撫でた。
「安心してください。私は国にも認められた治癒術士です」
ナナは魔法の杖を持つと、クフリートに向けて詠唱する。
ーー何を言っているのか分かんないけど、何だか癒される。
クフリートが脱力していると、ナナは「そういえば」と前置きした。
「先程、本棚に私も読んだことのある絵本があったんです。タイトルは確か、『しろぎつねのものがたり』でしたっけ」
クフリートは頷きたかったが、治癒術をされている最中は動いてはいけないので、ナナの話に集中した。
「あの絵本、実は続きがあるんですよ。聞きたいですか?」
「こん! ここん!」
「おや、白狐さん聞きたいですか?」
「こんこん!」
「そうですか。では、終わったら話しますよ」
数分後、クフリートの治癒が終わると、ナナは魔法の杖を置いて、床に正座した。
クフリートも床に座りたかったが、ナナから安静にしていなさい! という目つきで睨まれたため、渋々ベッドに横になった。
「クフリート、もし具合が悪くなったら遠慮なく言ってくださいね」
「……わかった」
ナナは白狐とクフリートを交互に見てから、ほふぅと吐息をつく。
「あ、最初からの方がいいですか? それとも続きから?」
「……続きからがいいな」
あの絵本は、もう何度も何度も読み返した。もう一度知っている物語を聞かされるより、新しい物語を聞いた方が新鮮味がある。
クフリートにとって、物語は一種の憧れだ。
どんなにページ数が少ない本でも、起承転結があり、どきどきわくわくする。
ーー僕の生きがいって、これなのかな。
「それではいきますね」
ナナは魔法使いの帽子を床に置いてから、目を閉じた。
「『しろぎつねのものがたり』ーー」
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