第2話 妄想は現実になるのか?
「クフリート、これはどういうことなの?」
「どうって言われても……」
クフリートは枕に寝転がる白狐ーーこんこ様をチラリと見てからため息を吐く。
改めて見ると、言い伝えで聞いた幻想的なイメージとは真逆で、(失礼だが)どこにでもいそうなかわいい小型モンスターといった印象だ。
毛並みは雪のように白く、澄んだ青い瞳をしている。
時折しっぽをぴょこぴょこと揺らしては、眠たそうにあくびをこぼした。
ーー嘘だよね……? こんこ様は言い伝えや絵本に出てくるモンスターのばすなのに……。
まさか本当に実在するのかとクフリートは驚きを隠せない。
母親ーークラルは興奮しているのか混乱しているのか分からないが、何故か、もこもこなセーターを五枚程着用していた。
床には未だに泡を吹いて気絶している兄ーーリューノモが白目を向いていた。
ーーごめんお兄ちゃん。今はお兄ちゃんに構っている暇はないんだ……。
……中々冷たい弟である。
クフリートは長ったらしい説明が嫌いなので、簡潔かつ早口で説明した。
説明を聞いたクラルは、なるほどなるほど……と頷いて、こてんと首を傾げた。
「クフリートが魔法で生み出したとか……」
「僕、魔法使えないよ」
「ならリューノモが……」
「お兄ちゃんは剣の方が得意だけど」
「あ! ぬいぐるみよぬいぐるみ! きっと商人さんが置いていって……」
「こんな吹雪の中、商人さんが来るわけないよ」
「…………」
クラルは無言でこんこ様へ視線を送り、再びクフリートへ視線を戻した。
「夢でも見ているのかしら」
「自分のほっぺでもつねってみたら? 僕は夢だと思うけど」
クフリートの提案に、クラルはこくこくと頷くと、「えいっ」
「いっだああああ!?」
リューノモの頬を思いっきりつねった。
リューノモはクラルの攻撃に驚くと、情けない悲鳴をあげて、素早く立った。
「何すんだよ母さん!」
「うん、痛くないわね。夢じゃないみたい」
「何が何だかよく分からんが、確認するなら母さんのほっぺにしろ!」
「あら……」
クラルは目を丸くさせて、頬に手を添える。
「リューノモ、もう反抗期なのね? あらま〜お父さんが帰ってきたら連絡しなきゃ〜」
「俺の! 話を! しっかり! 聞け!」
リューノモがこめかみを抑えて言っても、クラルはどんどん妄想を膨らませていく。
ーーうるさいなぁ……。
などと思っていても、口元が緩んでしまうのは何故なのだろう。
ーーひとりぼっちじゃないからかな。
例え病を持っていても、例え外に出られなくとも、家族がいるから、クラルはこうして毎日を生活できている。
何も話さない静かな家族より、クラルはうるさい方がいい。……毎日はちょっと嫌だが。
「それで、クフリートは、こんこ様と一緒に暮らすのかしら?」
「え」
「だって〜、あの伝説のこんこ様がいるのよ? それに〜この吹雪の中、外に出すのも可哀想だと思わない?」
前半が理由になっていない気がするが、気にしたら負けである。
クラルの言う通り、確かに窓の外は吹雪で何も見えない。
そんな中で外に出されても、こんこ様は困ってしまうかもしれない。
「俺だったらこんな寒い中行かせねえけどな」
「…………」
正直な話、クフリートはこんこ様と生活をするつもりがない。というより、想像できない。
仮に共同生活をしようとしても、モンスターとお喋りをしたことがないクフリートにとっては苦痛でしかない。
ーーそもそも、本当にこの白狐がこんこ様なのか?
こんこの国にも多種多様なモンスターはいるものの、白狐のモンスターはこんこ様だけなのだが。
ーーいや、絶対に信じない。どうせ嘘っぱちだよ。
「……僕は、こんこ様といたくない」
「クフリート……」
クフリートの言に分かったのか分かっていないのか、こんこ様は「こんこん……」と寂しそうに鳴いた。
「それに、信じない。僕は現実しか見ないんだ」
ここにこんこ様が現れたのも、きっと病で疲労したクフリートの幻覚だ。
きっとクラルとリューノモは、そんなクフリートの幻覚にノッてあげているだけなのだ。
きっと、昨夜絵本を見たせいで、妄想してしまっているだけなのだ。
ーーいっくら妄想したって、僕の病が治ったことなんて、一度もないじゃないか。
クフリートはギュッと拳を握りしめる。
「ねぇ、クフリート」
クラルに名前を呼ばれ、クフリートは面倒くさそうに目を合わせた。
「お母さんも分かってるわ。クフリートは現実しか信じなくて、おとぎ話や妄想は絶対に信じないってこと」
クラルは「でもね」と前置きして、片目を閉じる。
「妄想だと思っていたことが現実になり得ることだって案外あるのよ?」
その言葉に、クフリートはなんだそれ、と笑いたくなった。
けれど……何故だろう、口元は自然と緩んでくれない。
クフリートはクラルの言っている意味がよくわからなかった。
けれど、とても大事なことのような気がした。
ーーよくわかんないけど……とりあえず、今はこんこ様がいるって信じなくていい。こんこ様だと思わなくていい。……どこにでもいるようなモンスターとして接すればいい。
クフリートはベッドにちょこんと座った。
「僕はこんこ様を信じない。憧れも持ってない」
クフリートの言に、リューノモは意味深にニヤニヤと笑みを送る。
「ただのモンスターとして一緒に暮らすよ。……今はね」
そう言った途端に、リューノモの笑みは一気に消失する。
「いや、いやいやいや。せめてこんこ様にしてくれよ。クフクフが信じてねぇのは百も承知だが、言い伝えに残り、国名にまでなってだな……」
「リューノモ、別にいいじゃない」
「でもよ、母さん……」
なお反論しようとするリューノモに、クリルは目を半開きにして言った。
「……リューノモはクフリートの気持ちを尊重しようとは思わないのかしら?」
「……いや、そんなことはねぇ」
クリルの目が半開きになった時ーーそれは、あと少しで怒りますよ〜という合図である。
ーーほんと、お母さんって掴みどころがないなぁ。
「それじゃあクフリート、私たちはそろそろ失礼するであります」
「…………」
「これね、一ヶ月に一度来る商人さんの語尾の真似よ」
「あ、そう」
クフリートは興味無さげに棒読みで相槌を打って、ドアを閉めるまで、クリルとリューノモに手を振った。
「さてと」
クフリートは大きく伸びをして、こんこ様ーー元言い、白狐を見てため息を吐いた。
「あぁ……なんで一緒に暮らすとか馬鹿なこと言ったんだ僕は……」
白狐はこんこん! と嬉しそうに鳴いた。
一方その頃、毛糸の手袋を編んでいたリューノモは、手を止めて手袋を床に置いた。
ーークフクフ……大丈夫かなぁ。
リューノモの言う大丈夫は、クフリートとこんこ様が仲良くなれるのか心配……というわけではなかった。
ーークフクフはきっと、妄想が現実になるとは思ってない。
今よりももっと小さい時のクフリートは、毎日のように妄想をしていた。
リューノモが部屋を入れば、色々な妄想を聞かせてくれた。リューノモはそれを聞くのが毎日の楽しみだった。
けれど、いつからだろう。クフリートが現実しか見なくなったのは。
ーーこんこ様、お願いだ。また、クフクフに……クフリートに、夢を見させてやってくれ。あいつはまだまだちっせえ子どもなんだ。
クフリートは白い息を吐いて、手袋を編み始めた。
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