最終話 夢運ぶこんこ様と未来見る僕
クフリートとリューノモが雪に見とれている中、クラルはナナに声をかけた。
ナナがきょとんと首を傾げると、クラルは笑みを崩さずに言った。
「ナナちゃん、私、分かっちゃったのよ」
「分かった……? 一体何がわかったん……」
「あのこんこ様、ナナちゃんと一緒にいる子でしょ?」
「…………」
ナナの顔は途端に固まる。それが答えだった。
「……どうして分かったんですか?」
「だって、ナナちゃん、こんこの国出身じゃないのに、やけにこんこ様について知っているじゃない」
「あ……」
ナナはあちゃー、と額に手を当てた。
こんこ様は、基本的にこんこの国出身の者しか知らず、他国出身の者は研究者を除けば調べる者は極わずかだ。
そもそもの話、こんこの国から他国へ行こうとする者はあまりいない。何故なら、山脈に囲まれているからだ。
人もモンスターも、突然降る吹雪に注意しながらこの国を出なければいけない。
そんなリスクを背負ってまで行く者は、果たしてどれほどいるだろうか。
そのため、こんこ様の言い伝えは、他国で知っている者は滅多にいないのだ。
「それと、昨日、私たちを呼びに来たのってこんこ様だけど……あれって、ナナちゃんが指示したんでしょ〜?」
「は、はい」
「こんこ様はクフリートの言うことはあまりよく分かってないみたいだったから……あ! こんこ様と意思疎通できるから、仲良しなのかな〜なんて。いつから一緒にいるの?」
「……大体五年くらいですね。クラルさん、凄いです」
「そんな〜照れるじゃない」
クラルは満更でもなさそうに笑った。
ちなみに、先月まで一緒に来なかったのは、単に仲間に会いに行っていただけだったらしい。
「そういえばこんこ様が先に来ていたけれど……」
「あはは……途中までは一緒に来ていたんですよ? でも……」
「でも?」
ナナは罰が悪そうに冷や汗をかいた。
「私が、その、迷子になってしまって……。こんこ様が先に来たんですよ」
「あらまぁ……」
ナナとこんこ様は、この吹雪の中来ていたのである。
雪が大好物で、ここら辺の地理はある程度知っているこんこ様がはしゃぎながら、ナナを置いて走って行ったのだろう。
もうこれ以上掘らないで……とでも言いたげな目で見てきたため、クラルは話題を変えた。
「クフリートに、本当のことを言わなくていいの? 私が言っちゃおうかしら?」
「私が直接言わなくても、来月もこんこ様と一緒に来るんですから何となく気づくと思いますよ。それに、言ったらつまらないと思うんです」
「そうかしら? 私は早く事実を伝えた方が良いと思うけど」
「クラルさんのおっしゃることも理解しています。でも、私、何となくわかるんです。今言ったら、クフリートは不機嫌になるって」
ナナは手を広げて、音もなく落ちてくる雪を掴んで、胸に触れた。
なんだか絵になるな、とクラルは思った。
「少し恥ずかしいですけど……私、クフリートに元気になってほしいのもありますが、同時に成長するところを見たいんです」
「まるでお姉さん見たいね〜」
お姉さんという言葉に、ナナは少しだけ口元を緩ませた。
「お姉さんですか……ふふっふふふっ」
クラルが微笑ましげに見ているのに気付いたのか、クラルは頬を赤くして、わざとらしく咳払いした。
「わ、私は、クフリートと旅がしたいんです。治癒術師をしつつ、彼と一緒に浪漫を求めたいんです」
「さっきから気になってたけど……どうしてクフリートにこだわるの? やっぱり好きなのかしら? 」
「ないない絶対にないです」
ナナは思いっきり手を振った。
「そうですね……簡単に言えば……」
ナナは両手を背中で繋いで、眉を下げて照れたように笑った。
「クフリートと親友になりたい。それが一番の理由なんです」
「綺麗だね、お兄ちゃん」
「あぁ、外の雪にも負けてねぇよ」
「こんこん!」
こんこ様はぴょんぴょんと跳ねてから、息を吐いた。
やがて天井から雪が降って、静かに落ちる。何度も何度も繰り返されていく。
それはこんこの国にとっては当たり前だが、他国ではそもそも雪が降らない国もあるし、雨ばかり降る国もあると聞く。
ーーもしかしたら、虹で作られた国とか、雲の上を歩ける所とかあるのかな。
もしもそれが実在するのであれば、とてもとても面白くて、浪漫に溢れている。
クフリートは、こんこ様に触れて、ようやくこんこ様は実在すると、信じることができた。
ーー言い伝えでもなんでも、夢は叶うんだ。
それが必ずではないことも、クフリートは知っている。
今まで沢山妄想し、沢山裏切られて来たのだから。
「ねぇ、こんこ様も妄想とかするの?」
「こん〜」
「なんて、分かんないか」
友だちになりたいとは言ったものの、未だにどう意思疎通ができるのか分からない。
「うぅ、こんこ様がいなくなる前に、どうにかして仲良くならないとね」
「ほーん、ふーん」
「な、なんだよ、お兄ちゃん」
「いや。前より明るくなったなって思っただけだ。やるじゃねえか」
リューノモは、クフリートの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。
「こんこ様のおかげだよ。僕は何もしてない」
「クフリートが自分を変えたいと思ったからこそ、今のクフリートがあるわけだ。な?」
「な? って言われても……」
こうして変われたのは、そばにいてくれたこんこ様や、大事なことを教えてくれたナナ。それに、いつも見守ってくれていたリューノモやクラルのおかげなのだ。
「僕はなーんにもしてないよ」
「ったく、素直じゃねえ所は変わんねえな!」
「ふ、ふん! 素直だよ!」
「こんこん!」
「ほら、こんこ様もそう言ってる!」
クフリートはこんこ様をチラリと見て、じーっとリューノモを睨みつけた。
リューノモは「どうだかな……」と、クフリートに聞こえないように言った。
クフリートはベッドに座ると、こんこ様の頭を撫でた。
「こんこ様、疲れたでしょ? えっと、一旦休んだら?」
「こんこん!」
こんこ様は尻尾を振って、さらに勢いを上げた。
ーーや、やっぱり意思疎通できてないか……。
しかし、ここで諦めるわけにはいかない。
こんこ様が帰るまで、何としてでも話せるくらいにはなっておきたいものである。
「クフリート、あまり急ぐ必要はありませんよ」
「ナナ……。で、でも、いつ帰るのか分からないし、今のうちに……」
「私の言葉を信じてください。ほら、もう二度と会えないというわけではないでしょう?」
「そうかもしれないけど……」
落ち込むクフリートの手を、ナナは安心させるように握った。
「偶然が偶然を重なって、いつか現実になる」
「……ん、そうだったね」
前までのクフリートなら、それは嘘だと否定し続けていただろう。
けれど、今ここには会いたいと願っていたこんこ様がいる。
だからクフリートは、信じることができた。
「でも、少しくらい仲良くなりたいよ。僕はこんこ様と友だちになりたいし」
「そうでしたね……」
ナナは懐かしそうに微笑んだ。
「クフリートと会って五年……。あなたも成長しましたね」
「僕だって成長するに決まって……ん? まだ一年だよ?」
「まぁ、あなたの中ではそうかもしれませんね」
「……?」
クフリートが首を傾けても、ナナは答えてくれなかった。
「ねぇ、ナナちゃん、もう少しここに居られるかしら?」
「確かに、クフリートの体調はいまいちだからな」
「そうですね……」
クフリートはよく分からない魔道具を出してから、すぐにポケットに入れた。
「最長で五日といった所でしょうか」
「そんなにいていいの?」
「一人の患者に一週間までなら大丈夫ですから」
「ふーん」
ナナは今まで二日で帰っていたため、クフリートはてっきりそれくらいしか一緒にいられないと思っていた。
「よし、こんこ様ともっと仲良くならないと。お兄ちゃん、お母さん、ナナ。見てないと許さないからね」
「弟の成長を見るのがお兄ちゃんの役目だからな。あったり前だ!」
「私も応援するわね〜」
「絶対に見てますよ」
「こん!」
こんこ様は雪を作るのをやめると、クフリートの肩に乗った。
「君と絶対に仲良くなるからね」
「こん!」
こんこ様は分かったのか分かっていないのか、何故か自信満々に声をあげたのだった。
夢は、妄想は、言い伝えは、現実になれやしない。
何度も何度も裏切られて、でもたまに見たくなる。
夢は、妄想は、言い伝えは、約束なんてしない。
でも、それを見続けることで、ひょっとしたら、もしかしたら、偶然が偶然を重なって現実になるかもしれない。
それはとても不思議なことで、とても面白いことではないだろうか。
夢や妄想は、現実を楽しませてくれるエンターテインメントなのだ。
ーーだから僕は、夢や妄想を信じ続ける。
最終話です! 最後まで読んでくださり本当にありがとうございました! 次の作品もよろしくお願いします!!