第1話 もしもいるのなら
あけましておめでとうございます! 新作小説です。よろしくお願いします!
「あぁ、今年もこんこ様が来て下さる時期になった……」
「ねぇねぇ、パパ、こんこ様ってなに?」
ビュオービュオーと冷たい風が吹く中、子どもは不思議そうに首を傾げた。
父親は子どもの頭を優しく撫でると、楽しげに話した。
「こんこ様は危機に瀕するこの国を助けて下さった、言わば救世主なんだ」
「だからこんこのくにってよばれているんだね! こんこさますごいなぁ〜」
子どもの反応に気を良くしたのか、父親は熱い息を吐いて饒舌に話す。
「毎年風が強く吹くこの時期に、こんこ様は吹雪の中雪山から降りてくるんだ」
「おりてきたら、ありがとうっていえるかな?」
父親は一瞬言い淀んだが、すぐに笑みを浮かべる。
「あぁ、何せ、パパはこんこ様に沢山会っているからな! さぁ、そろそろ風がさらに強くなる。家に帰ろうか」
「うん! えへへ、たのしみだなぁ……」
子どもは父親の手をギュッと握ると、上機嫌に鼻を鳴らしたのだった。
ーーよくもまぁ、他人の家の前でべちゃくちゃと話せるもんだよ。
子どもと父親の会話を聞いていた少年はいかにも不機嫌な顔で枕をぽむぽむと叩いた。
少年は白髪で、虚ろな目をしている。よろよろの身体は、きちんと食べ物を食べているのか不安にさせる。
心地よい枕の音に耳を立てることすらせず、少年ーークフリートはじっと窓の外を見た。
ーーあの嘘つきっぽい奴が言っていた通り、確かに風が強く……というか吹雪じゃん。あの家族は大丈夫なのかな。
なんてクフリートはぼんやり考えている(その間にも枕は叩いている)。
ーーこんこ様ねぇ……。
クフリートは枕を叩くのをやめて、ベッドに寝る。
それから、布団の奥に隠していた絵本を枕元に置き、ページをめくった。
「しろぎつねさまのものがたり。むかしむかしーー」
むかしむかし、ある寒い地域に、迷子の男の子がいました。
「うぅ、ここどこなの?」
男の子は今にも泣き出しそうな顔で、その場にうずくまりました。
男の子はひとりぼっちで怖くて悲しくて仕方がありませんでしたが、決して涙を流そうとはしませんでした。
男の子は、お父さんと約束したのです。
「僕、お外が寒くても今度からは絶対に泣かないよ」
「分かった。お父さんとの約束だな」
「うん! やくそく!」
さっきまでお父さんと一緒に歩いていました。
しかし、気がついたら握っていたはずのお父さんの手がなかったのです。
当然、お父さんもいません。男の子は困り果ててしまいました。
「このままひとりぼっちなのはいやだよ……」
男の子が諦めかけていた、まさにその時……。
「こんこん」
「ーーえ?」
男の子の前に、何と白い狐が現れたのです。
「いつからいたの……?」
そんな男の子の疑問に答えることはなく、白い狐はそそくさと歩いていきます。
「ま、待ってよ。君、もしかして……」
「……こん」
白い狐はぽつりと呟きましたが、当然男の子には分かりませんでした。
「とりあえず、ついて行けばいいのかな……」
男の子は震える足を懸命に上げて、白い狐の後を追います。
「ーーこんこん」
しばらく歩くと、白い狐はその場に立ち止まって、男の子に振り返りました。
今まで下を向いて歩いていた男の子でしたが、
「……息子、なのか?」
男の子はゆっくりと前を向くと……そこには鼻を真っ赤にしたお父さんがいました。
「お父さん!!」
「息子よ!」
男の子はお父さんに抱きついて、再会を喜びます。
しばらくして、男の子はお父さんから離れて、後ろにいる白い狐にお礼を言おうとしました。
「あれ? 狐さんは……?」
しかし、そこには白い狐さんはいませんでした。足跡もなく、まるで最初からいなかったようです。
「どうしたんだ、息子。何かあったのか?」
「う、うん。あのね、白い狐さんが、お父さんの所に案内してくれて……」
男の子が事情を説明すると、お父さんは目を見開きました。
「それは……、それは、本当なのか?」
「そ、そうだよ?」
「そうか……。なら、その白い狐に……いや、こんこ様に感謝せねばな」
男の子は頷くと、どこにもいない白い狐に……いいえ、こんこ様に手を振りました。
「ーーおしまい」
一通り絵本を読んだクフリートは、はぁ、と、白い息を吐いた。
ーーこの絵本、お兄ちゃんは大好きだって言っていたけど……僕は普通かな。
ちなみにこの絵本は、兄の部屋から勝手に持ってきたものである。もしもバレたりしたら、怒られること間違いなしだ。
ーー大体、こんこ様なんてこの世に存在するかも怪しいじゃないか。そんな妄想が好きなんて、お兄ちゃんも疲れてるのかな。
確かに言い伝えはあるし、大人から散々こんこ様について聞かされてきた。
けれど、クフリートが産まれて十年、一度たりともこんこ様に会ったことがないのだ。嘘なんじゃないか、ただの妄想なのではないかと思うのも無理もない。
まぁそれは、クフリートが年がら年中家にこもっているからなのかもしれないが。
ーー外に出たくても、こんな弱っちい身体じゃ、あの絵本の中の少年のように、歩くことすらできないよ。
クフリートは生まれつき身体が弱い。それに加えて、原因不明な症状が起きている。
触れた相手の温もりが分からないのだ。ついでに、クフリートの体温すら何も感じない。
クフリートは布団を頭まで被せる。
ーーもしも本当にこんこ様が目の前に現れたら……。
クフリートはぶるんぶるんと首を振った。
ーーって、いつから僕はそんな妄想好きになったんだ。お兄ちゃんになるのか? そんなのごめんだよ。……でも。
でも、本当に、本当にこんこ様が存在するのなら、クフリートはどうするのだろうか。
この病を治して欲しいと願うのか? いいや、こんこ様は願いを叶えるために存在するわけではない。じゃあ何もしないというのも、それはそれでどうかと思う。
ーーこんこ様は触れられるのが好きじゃないって言う言い伝えがあるけど……。一番欲深いのはこんこ様なんじゃないのか?
きっとこんこ様は相手の温もりを知っている。だというのに、それを嫌うとは贅沢ではないだろうか。
「こんこ様、ね……」
クフリートはぽつりと呟くと、そのまま眠りについた。
「ん、ぅ……」
翌朝、目が覚めると、クフリートは窓の外を見る。
あぁ今日は吹雪だ、今日は晴れてるんだ、と確認するのがクフリートのルーティンである。
今日は吹雪。昨夜、久しぶりに気持ちよく眠れたが、夜はどうだったのだろう。
「なんて、外のことなんてどうでもいいか……」
クフリートはベッドに座ると、本棚から一冊の本を取りだした。
ーーこの絵本、何回読んだんだろ。
一ヶ月に一度、国外から本を持ってくる商人が来るが、今年は吹雪が多いせいか一度も来てくれない。
ーー新しい絵本、読みたいのになぁ……。
と、クフリートがほうけていると……。
「…………ん?」
何やら布団の中からモゾモゾ、モゾモゾと奇妙に動いた。
ーーまさかモンスターじゃないよね……。
思いつつ、クフリートは布団をゆっくり床に落とした。
「こん!」
「…………」
「こんこん!!」
「…………へ?」
こんこんという鳴き声、雪のように白い身体。そして狐……。
いやそんなはずがない、と、もう一度見るが、やはり、このモゾモゾは……。
「おーい、クフクフー朝だそ〜」
「こんこん!!」
「…………ぶっ」
兄は湯のみを持ったまま、その場に固まってしまった。
そう、このモゾモゾは……。
「こ、こんこ様あぁぁぁ!?」
クフリートは吹雪も驚くほどの大声を上げたのだった。
読んでくださりありがとうございます! 毎日投稿予定ですのでお楽しみに!