Evening.
「お嬢様、お待たせしました、こちらで大丈夫でしょうか。」
そう言ってドアを開く召使と一緒に甘い薔薇の香りがした。
「あら、とってもいいにおいじゃない。これは……薔薇?」
「すみません、摘み取ってはいたんですけど少し時間がたって萎れてしまって……」
そこにはバラの香りのするクロワッサンと、萎れた赤いバラが添えられていた。
眺めると萎れたのは時間じゃなく、熱の問題のようだった。
「う~ん、これはきっと、焼き立てのクロワッサンの熱で萎れてるように見えるわよ、つまりそれほど熱々でおいしいのね、ゆっくりいただくわ。」
「なるほど、お嬢様は本当に賢いですね……」
「でしょう、一生懸命お昼間も勉強したの。また気になったら調べてみて頂戴」
「わかりました、では失礼します。」
ふふん、と誇らしく思いながら私は一口、クロワッサンをほおばった。
薔薇の香りをしみこませたシロップに、中にサワークリームが挟まった不思議だけど美味しい味で、まるで薔薇の花畑にルシアと二人でいる気分になった。
「ねえ、見てよ、これ、全部私が焼いたの。すごくない?味付けは向こうに任せちゃったけど、いびつな形のなんて少ないわ。」
すごいね!と彼女は言う。何も聞こえないけれど。
「ほんと、あなたと一緒に過ごせてとっても楽しいわね。」
こくり、こくりと彼女はいつも通り頷き、私を見つめる。
「ルシア、もう食べられないかしら?私が食べてしまうわよ」
そう言って残ったクロワッサン二つを一気にほおばった。
「食べ過ぎじゃない?って思うわよね、うふふ、平気よ。」
口の中を薔薇の香りでいっぱいにしながら、私は彼女に語り掛けた。
「そろそろ、夕方の勉強にしましょうか。ルシア、応援して頂戴ね。」
がんばれ、がんばれ、と彼女は見つめてきた。