サンライズ
日付も変わり、街灯だけが外を照らす3時頃。
朝日は家の前で、遠くからやってくる2人を待っていた。零と陽斗だ。
辺りは真っ暗で、遠くの2人もよく見ないと見えないほど暗かった。零と陽斗は登山の格好をして、物音をなるべくたてないように慎重にやって来ていた。
「おはようございます。お待ちしてました」
朝日が静かな声でささやいた。
「おはよ、朝日。早く出発したいから、例の宝石、くれるか?」
零に催促され、朝日は黒い宝石を手渡した。零が「サンキュ」とカバンにしまうと、陽斗がぼんやりとした声で言った。
「今から登って……間に合うのかな?」
「間に合うだろ、計算したんだし。じゃ、行ってくるぜ!」
「ええ、行ってらっしゃい。お気をつけて。ああ、もし光が集まらなかったら――」
「特定の行動、だろ?聞いてるぜ。じゃあな!」
零と陽斗は受け取ってすぐに山の方へ向かっていった。朝日はやれやれといった風に溜息をつき、自分の部屋に戻っていった。
いざ山を登り始めると、夜の山道は非常に危険で、足を踏み外すかと思った場面が何度かあり、零はひやひやしながら山を登った。光源は零と陽斗の持つライトしかなく、2人はそれで道を照らしながら山を登っていた。
そうして2人が五合目に辿り着いたのは、朝の4時15分ほどだった。五合目、という看板が見えたところで、前を進んでいた陽斗はやっと「休もうか」と声をかけた。
「あー!疲れたー……」
すぐの場所に腰を掛けられる切り株があったので、零は迷わずそこに座った。ふくらはぎがパンパンに腫れていた。
陽斗が隣の切り株に座ると、登山バッグの中から暖かいお茶を取り出し「いる?」と聞いてきた。零が「欲しい!」と言うと、陽斗は笑って水筒のカップにお茶を注いでくれた。
「あー……美味い。体にしみるわー……」
「ふぁあ……良かった。日中まだ暑いから要らないかと思ったんだけど、結構寒いよね」
零が「確かに」と木々を見上げた。晩夏であるからか、最初の頃は少し肌寒く感じて山を登っていた。だが途中から汗だくになってしまい、せっかく買ってきたウインドブレーカーを脱ぐ羽目になってしまった。今になって、冷たい風が汗の流れる肌に触れて寒いと感じてきていた。
「陽斗、眠いのか?」
「いや……もうだいぶ眠くなくなったけどね……」
陽斗は低血圧気味に呟いた。零はその言葉でなんとなく陽斗が今どういう状態か察して、何も言わないことにした。
だが、何も言わないと逆に気まずくなってしまった。零は貰ったお茶を飲みつつ、内心焦りが生まれていた。
(……なんか話すことねーかな……陽斗とあんまり会話することがねえ……)
陽斗の方をちらっと見ると、彼はぼんやりと木々を見つめ、お茶をゆっくり飲んでいた。零が何かを話そうと口を開いた、次の瞬間。
「バキバキッ!」
急に頭上から音がして、2人とも同時に空を見上げた。待ってみたが何も変化がない。しばらくして、陽斗の後ろに細い枝が落ちてきた。その一部始終を見て、零の背筋は無意識的に伸びた。
「うお……鳥か何かか?」
「みたいだね。登山者がいないとこんなに音が響くのか……」
「陽斗……早く行こうぜ。また枝落ちてきたら危ないし」
「分かった。怖いの?」
「怖くなんてねーよ!精霊人の随一の攻撃力を持つアッシュ舐めんな!」
「あはは、ごめんごめん。行こうか」
2人はそう言って立ち上がり、また山を登り始めた。
やがて空が薄く白に染まっていき、木々の隙間から光が漏れてきた。ライトで照らしていた山道が、天然の光に照らされる。風で葉と葉が擦れる音が山の中で響いていた。
そうして2人は8合目まで登っていった。岩肌が目立つようになり、勾配もきつくなってきた。岩で出来た階段一段一段が高くなり、2人の体力を奪っていった。
「……あー!ちょっ……ちょっと待ってくれ……!」
後ろで歩いていた零が音を上げた。陽斗も笑って「じゃあ少ししたら休憩しよう」と、また階段を登り始めた。零はげんなりして、陽斗の後を追いかけた。
陽斗に追いつくと、そこはちょっとした広場になっていた。丸太で出来たベンチがあり、その近くに看板が立っていた。
「この先山頂、だって。また階段だね」
陽斗がベンチに座り、先程のお茶を零に差し出してきた。看板の隣には階段があり、その階段の先は鬱蒼とした林だった。
「げぇー!まだ山登んのか!?」
「みたいだね。そろそろタイムリミットも近付いてきたし、頑張ろうか」
陽斗からお茶を受け取り、グイッと一気飲みした。返したカップに白い光が当たる。その光景が、どこか零には嬉しく見えた。
「なんかさ……家出してるみたいだと思わない?」
「え?」
陽斗がカップをしまいながら呟いた。陽斗は笑って説明し始めた。
「ほら……小さい頃とか、家出したいとか、思ったことない?」
「まあ……あるけどよ」
「俺もだよ。小さい頃は何も考えずに、家出してやる!って思ってさ。やってみようとしたんだけど、家出する時間帯って大体父さんが起きてて。どうしたんだ、って言われちゃったから止めたんだよね」
「へえ……」
陽斗にそう言われ、零は心の中で感心した。陽斗にそんなイメージはあまり持っていなかった。
「家出かあ……したことねえな。思ったことはあるけど、中々実行しなかった。俺の決心が鈍かったんだろうな」
零はそう苦笑いして、上を見上げた。
「家出……してみたかったかもな」
零がそう呟いた、その時。
急に辺りが静かになって、零は辺りを見回した。ベンチで座って休んでいたはずの陽斗が、どこにも居なかった。
「は……?は、陽斗!?おい、陽斗!」
零が声を張り上げたが、返事はない。叫び声が山の中に木霊した。だが、声に驚くような鳥はどこにもいなかった。
(いやいや……マジかよ。ナリとかが言ってた誰もいない空間って、本当の事だったのか……誰もいないって、すげえ寂しいもんだな……)
零がそんな風に思っていると、後ろから足音がした。振り返ると、そこには全身が影に包まれた人影がいた。影の身長はそこまで高くなかったが、それが男性であることはすぐに分かった。
「家出、なんでしなかったんだ?」
影は低い声でそう言った。零はすぐにその正体が朝日だと分かった。
「朝日……か?」
「正解。でも俺はお前らの知るような朝日じゃない」
「俺らの知るような朝日……確かに、口調とか違うもんな」
零が勝手に納得していると、影は「それで」と話し始めた。
「なんで、家出しなかったんだ?」
「いや……次の日には忘れてたしよ。母さんとよく喧嘩して、家出の準備までして夜まで待ったけど、やっぱり今日はいいやって思って寝たら、もういいかって思って起きるんだよな」
「そうか。俺はお前が羨ましいよ。家出をしたいと思うのに、止められるところが」
「羨ましい?ただの根性無しだぞ?」
零が苦笑いを浮かべた。影はゆっくりと階段の方へ登り始めた。
「あっ、おい!どこ行くんだ?」
「着いてこいよ。面白いものを見せてやるから」
影の足は速く、零は慌てて影の後を追いかけた。影は話しながら階段を登っていった。
「俺も家出をしたいと思ったことがあった。でも家出なんてしたら心配するだろう?だから出来なかった。俺は期待されてたから」
「期待されてた……ああ、長男って言ってたっけか」
「ああ。じじいも眞昼も父さんも母さんも、皆俺が家を継ぐもんだと思ってた。弟には疎まれた。一番下の妹とは話さなくなった。でも、そこまで来ても……俺には出来ない」
「出来ないのか?期待されてるってことは、それだけお前には……」
「いいや。出来ないんだ」
影が立ち止まった。横から白い光が差し込んでいた。だが影に光が当たっても、光は影に吸収されたように無くなっていた。影はゆっくりと口を開いた。
「俺は……出来なかったんだ。じじいになんべん教えて貰っても、俺には鉄が打てなかった」
零は驚いて影を見た。影は続けた。
「皆に隠れて何度もやったけど……俺は絶望的に何も作れなかった。眞昼も知らなかったと思う。だから家を次ぐ気は無かったんだ。でも、外堀を勝手に埋められたから……皆に勝手に失望された」
「失望……その、眞昼とかからか?」
「眞昼には冷えた目で見られた。朝日にはじいちゃんのこと聞かないって言われたんだ。夜宵にはもうほとんど話さなくなって、俺が居ないみたいな扱いをされた。夕也には殴られるようになった。最初は不意打ちだったけど……あいつの鬱憤が晴れたような顔を見て、もう……」
零はなんとなく影が泣いているような気がして、背中に触れた。影の背中は震えていた。
「俺は……もうどうすればいいか分からなくて……逃げ出したくても逃げ出せない。家出したくても家出が出来ない。夕也を満足させるようにすればいいのか?眞昼に冷めた目で見られればいいのか?夜宵ともう話さなければいいのか?俺はどうしたら……どうしたら、俺はこの苦しみから解放されるんだ?」
「……辛かったな」
「どうすれば良かったんだ?どうやっても出来なかったんだ。全て諦めて普通の生活をしたら、兄弟達は俺に失望した。俺だってじじいの遺産を継ぎたかった。俺だってつがねが好きだった。でも……俺にはどうしても出来なくて……言葉で取り繕うことしか出来なくて……」
優しく背中をさすった。涙声の影は、静かに言った。
「こんな状態で全てを明け渡したあの男の子が可哀想で仕方ない。でもそれこそ、俺にはどうにも出来ないんだ。俺はあの小さな男の子ですら救えない。俺は一体どうしたら……」
小さな男の子、と聞いて零は一瞬誰のことを言っているのか分からなかったが、手に伝わる震えがいたたまれなくなって、零は言った。
「……お前は長男だからって、すげえ重圧がのしかかって……大変だったんだな。俺にはその気持ちがよく分かんねえ。でも……きっと、つがねの為に出来たことがあったと思うんだ」
「つがねの為に……出来たこと?」
「ああ。すぐには思いつかねえけど……きっと、お前の秘密を守りながら失望されないようなことがあるはずだ……と思う。あ、例えば接客するとか……どうすればいい、なんて悩んでたら何も出来ないから……何か方法はないかって、手当り次第やってみるしかないと思う。俺もそうだったし」
影は自信がなさそうな零の声を聞いて、ふふふと笑った。そして、目の前の光を指さして言った。
「この先に行ってみろよ。俺の代わりに……家出の景色を見て欲しい。綺麗なんだ。すっごく」
影は零を先に行かせた。零が階段を登ると、影は笑った。
「ありがとう。話を聞いてくれて。そうすれば良かったなって、ちょっと納得したよ」
影はそう言うと「後ろは振り向くなよ」と呟いた。零は安心したように頷き、その言葉に従うまま、階段をまた登り始めた。
無限にも続く気のする階段を、零は一段ずつ登っていった。流れる汗を拭い、たった1人で山道を登る。目の前に輝く光を目指して。
そしてついに最後の階段を登り切ると、そこには開けた場所があった。周りには障害物はない。遠くに大きな山があり、全面に町の風景が見えた。山風町だ。
「おっ、零!遅かったね」
その場所に出てすぐ隣に、消えていた陽斗がいた。
「陽斗!?お前、一体どこに……!?」
「え?いや、ずっとここにいたよ。零こそ遅かったじゃないか、何してたんだ?」
陽斗のその反応を見て、朝日には会っていないとすぐに気付いた。零は笑って「悪いな」と言った。
言ってすぐに、山と山の間から赤い光が見え始めた。それは空を赤く染め上げ、ゆっくりと、そして確実に昇っていく。赤の光に合わせて、風が2人の頬を撫でた。
零と陽斗は自分の武器を取り出し、地面に突き刺した。剣と斧は光を反射し、もう1つの光源だと言わんばかりの眩しさを放っていた。
日の出だ。
「きれー……」
零が呟く。陽斗は感無量で何も言えないようだった。
(朝日……お前の憧れてた家出の景色って奴、めっちゃ綺麗じゃねえか)
零は自慢したくなるような気分で、しばらく昇りゆく太陽を見つめていた。2人の間に言葉はなかったが、今度は気まずさは感じなかった。
ピアリデイ・ストーンは、赤と黄色の光を集め、太陽に負けんばかりの輝きを放っていた。
朝の10時頃になって、ナリが4人分のピアリデイ・ストーンを運んできた。曰く、零と陽斗は足がパンパンでここまで来れないから代わりに、だそうだ。
朝日は4種類のピアリデイ・ストーンを眺め、その美しさに見惚れていた。
(これを……これを、僕が加工出来るなんて……!あまりにも綺麗だ。このまましばらく眺めていたい……)
朝日はうっとりとしてその宝石達を眺めていた。
「……ねえ、朝日」
後ろから突然声が掛かって、朝日は我に返った。眞昼だった。
「あっ、あっああ、眞昼?どうしたの?」
「……そんな宝石、一体何に使うのさ?」
眞昼が冷えた目で宝石を見た。朝日は頬を緩めて答えた。
「いや……綺麗でしょ?これからこの宝石達を武器にはめるんだ。ほら、この前アイデアくれたでしょ?あれに――」
「そんな宝石、前は要らないって言ってたじゃん」
朝日は普段と違う眞昼の様子に驚いた。いつもより真剣な目付きで、眞昼は言った。
「朝日。朝日は一体、誰なの?」
次回は4月15日です。第100話になります!
【追記】
アンケート→https://twitter.com/asana_writer__/status/1513508099336081412?t=c0rlrY__Em_ZzNkU8HteCA&s=19




