ダークフルムーン
日が暮れて月が東の空に現れた頃、ナリと千里が店に現れた。
「朝日!来たよ!」
人間の姿のナリはとても元気そうだったが、千里の方はとても眠そうだった。
「どうも。こちらがお2人のピアリデイ・ストーンです」
朝日が綺麗に切り出された2人分の黒い宝石を渡した。ナリはそれを受け取り「ありがと!」と自分の鞄に入れた。
「特定の行動だっけ?光が集まらなかったらやればいいんだよね?参華と亥李から聞いたよ!」
「ああ、その話回ってるんですね。はい、お願いします」
朝日が頭を下げると、千里がため息をついた。
「ただでさえ新学期で疲れてるのに……中学校ってこんなに疲れるものなの?」
千里が呟く。ナリはその様子を見て笑った。
「前は中学校行ったこと無かったんだっけ?結構大変なんだよ〜、元気な男子中学生虎前千里くん?」
「う、うっさい猫!津金澤朝日もそんなこと思って通ってたの?」
千里が話題を逸らすように聞いた。朝日はきょとんとして答えた。
「いえ……僕は中学校には通ったことありません」
「……え?中学校に通ったことがない?」
「はい。そもそも学校には行ったことなくて……」
ナリと千里は心配そうに顔を見合わせた。朝日はその2人の様子を見て「ああ、いや、」と慌てて否定した。
「違いますよ。小学校に上がる前に死んだんです」
「あ、そうなんだ。良かった、てっきり……」
「ええ。それに、学校自体はさすがに分かります。ブランキャシアでリーガリーには通ってましたから」
リーガリーと言われ、ナリは首を傾げた。隣の千里は納得したように頷いていた。
「リーガリーか。すぐに廃校になったよね」
「えっと……あのさ、リーガリーって何?」
ナリが恐る恐る聞くと、千里達がびっくりした顔をして言った。
「リーガリー学園、知らないんですか?日本で言う小、中、高の範囲が学べる国立の学校です」
「ブランキャシア王が通う学園の一つとして有名なんだけど、先代バレアデス王が通わなくなってから人気が無くなって廃校になったんだよね。僕達が転生して最初の年に」
「え?いえ、4年目ですよ。ちゃんと覚えてます。5回目の建国記念日の前に廃校になりましたから」
ナリは話を聞いていてますます混乱してきた。千里は少し考え込んで聞いた。
「……津金澤朝日は、何回分の建国記念日の記憶があるのさ」
「6回ですね。4回目の年に廃校になりました」
「ナリは?」
「私は1回分しか……」
「じゃあ、もしかして全員で転生した時期が違うってこと?」
千里は訳が分からず唸った。ナリもその場で考え込む。そして、ナリは2人の顔を見て、パッと閃いた。
「もしかして……皆が転生した時期で変わるんじゃない?私は、去年の11月に死んだんだ」
「僕は去年の夏です。具体的には覚えていませんが……」
「僕は去年の10月だったはず。11月かもしれないけど」
「つまり……朝日、千里、私の順番で死んでるから、その順番で転生してるってこと?でもそれにしては千里と私、あんまり差がないよね」
ナリが首を傾げた。しばらく3人で悩んでいたが、納得出来る答えは見つからなかった。
「サンプルが足りない……もっと他の人に聞かないと」
やがて千里が呟いた。それを聞きながら時計を見て、ナリが「私達、そろそろ行くね」と言った。夜10時を過ぎた頃だった。
「いや、まだ時間は……」
「さすがにこれ以上お店にいると、朝日のおうちに迷惑かかっちゃうし。行くよ、千里」
「分かった。明日の朝に来るから、また」
ナリと千里が手を振って店を出ていった。朝日は独り店の中で考え込んでいた。
(僕しか6回目の記念日を知らない?時期的な問題なのかな……)
立ち上がり、1階の方へ向かう。ちょうど、帰ってきた制服姿の夜宵とばったり出くわした。
「夜宵……おかえり。あの……」
朝日が声をかけたのだが、夜宵はすぐに逃げてしまった。「ただいま」の一言も言われなかった。
(まただ。夕也の時と同じ、武器のアイデアが欲しいなんてとても……)
朝日はそう思いながら、自分の家の方へ歩いていった。その背中の後ろで、カタン、と物音がした。振り返ったが、誰もいなかった。
(……?今の音……2階から?)
2階にはトビー商店しかない。朝日が上に様子を見に行ったが、特に何もなかった。朝日は変だなと思いつつ、夕飯を食べに食卓へ向かった。
夜の11時を過ぎた頃になって、ナリと千里は町の端にある草原に辿り着いた。風に揺れる草がさらさらと音を立てる。湿地なのか、土は少しぬかるんでいた。
「着いたにゃー!いやー、月が綺麗……!」
《異形》で猫の姿になったナリがうーんと腕を伸ばした。隣にいる千里は、非常に眠たそうに立っていた。時々寝かけてハッと目を覚ます、というのを繰り返していた。月が2人の頭上から照らしていた。
「千里、そんなに眠いのかにゃ?別に帰っても……」
「いや……いい。僕も頑張るから……」
その声が既に眠そうだった。ナリは笑って「さっさと終わらせようにゃ」と呟き、黒い宝石を見つめた。宝石には光は集まっていなかった。
「うーん……参華も亥李も、どうやって光を集めたんだろう。どうしようかにゃ……時計持ってないから時間が分からないにゃ。何かするかにゃ?」
「ん……時間的に今は11時15分とかだと思う。えっと……あと45分か。あー……なんか、目覚めることとかないかな……」
「目覚める?水でも探すかにゃ?」
「泥でもかけに来る気?いや……暇だからバトルしよう。それなら目覚めるでしょ」
「ええ?本気で言ってるのかにゃ?」
千里が数歩下がり、杖を取り出した。そしてそれをナリに向けて言った。
「ほら、よく戦ってたじゃん、アッシュと。その時目覚めたりしたでしょ?」
「いやまあ、確かに目覚めはしたけど……」
「1回やってみたかったんだよね、猫とバトルするの。本気で来ていいからさ、1発攻撃当てられたら勝ちで」
千里の眠たそうな目と、少しわくわくしている顔がナリの目に映った。ナリはやれやれと思いつつ、《魔源収納》からグローブを取り出した。
(好奇心だけは強いよね、千里って……)
ナリはそう考えながらグローブをはめ、準備運動を始めた。
「にゃー……うん、分かった。やろっか。1発だけね」
「分かった。容赦はしないから」
2人の間を風がビュウと吹いていった。満月の光が2人を照らしていた。
「よーい……」
ナリが低い姿勢で構えた。そして千里の元へ走りながら叫んだ。
「はじめ!」
その瞬間、急に風の音が無くなった。目の前にいたはずの千里が居なくなっている。ナリは驚いて立ち止まり、辺りを見回した。
「なっなな……なにこれ!?千里!いつの間に詠唱なしの魔法なんて……!」
ナリが後ろを振り向くと、そこには千里がいた。千里は項垂れていた。
「見つけた!千里、本気出しすぎだにゃ!」
千里の肩を叩いた。すると、その顔はゆっくりとナリの方を見て言った。
「本気ならいつでも出してるんだ、私」
ナリは言葉を失った。千里はそんな話し方をしない。
「せ、千里……?千里なのかにゃ……?」
「千里?違う。私はそんな名前じゃない。私の名前は津金澤夜宵。画数の多くて嫌になる名前」
その名前を聞いて、ナリはすぐにそれが朝日の妹の1人だと気付いた。そして尋ねた。
「夜宵……さん。なんで千里の体に……乗っ取ってるのかにゃ?」
「そうだね。ちょっと借りた。こっちの方が動きやすいから」
「そっか……一応それ仲間だから、返して欲しいけどにゃ」
「なら、ちょっと話そうよ。寂しかったんだ」
千里もとい夜宵が優しく笑った。ナリは不気味に思いながらも聞いた。
「夜宵さん。夜宵さんはいつからここにいるのかにゃ?」
「私?私は……ずっとここにいた。ここはおじいちゃんとに……兄と一緒に来た場所だから」
「おじいちゃんと……兄?朝日のことかにゃ?」
「そう。もうだいぶ前の話になるけど」
「だいぶ前からずっとって……なんでそんなにここにいるんだにゃ?家族は?」
「さあ……なんでいるのかな。分からないや」
夜宵が月の方へ向いた。そのまま夜宵は続けた。
「もうほとんど話してないから、家族が何してるのか分かんない。眞昼姉とはたまに話すけど、夕也とはほとんど……兄とも話さないし」
「兄って……私兄弟いたことないから分からないんだけど、お兄さんのことそう呼ぶのが普通なのかにゃ?」
「いや。小学生の時はちゃんと呼んでた。でも……今は恥ずかしいし。中学生になってからは呼んだことない」
ナリはそれを聞いて、反抗期かと勝手に納得した。そして聞いた。
「寂しかったのかにゃ?それなら、皆のいるところに帰ったら……」
「違う。それじゃあ意味が無い。私はに……兄が居なくても出来るんだ。眞昼姉の力も夕也の力も要らない。私一人で出来るんだ」
「出来る?出来るって……何をだにゃ?」
「包丁作るの」
それを聞いて、ナリはハッとした。ナリはてっきり朝日がつがねを継いでいるものだと思っていた。夜宵はナリに構わず続けた。
「おじいちゃんのこと、私は大好きだった。おじいちゃんが包丁を打つ姿はとてもかっこよくて、素敵で……私はずっと見ていたかった。私だけじゃない、皆だってそうだった。私は、絶対におじいちゃんのつがねを継いでやるって思ってた。それが夢だったんだ。でも……」
「でも?」
「おじいちゃんに言われたんだ。店は朝日か眞昼に譲ろうって。おじいちゃんから手解きを受けたのはその2人だけだからって。夜宵ちゃんは古臭い鍛冶なんかじゃなく、真っ当に生きなさいって。そしておじいちゃんから打ち方を教えて貰えないまま、おじいちゃんは死んじゃったんだ」
「それは……ご愁傷様だにゃ」
「その後すぐ、私は中学受験をすることになった。店はウチが継ぐから安心して受けてきなよ、って眞昼姉に言われたけど……許せなくて。どうして私が継いじゃいけないのか分からなくて。そんなこと思ってたら……全落ちしちゃった」
「全落ち……」
公立の風ノ宮高校の受験しかしたことのないナリにとって、それは縁のない話だった。夜宵は続けた。
「公立に行ったけど、皆に笑われた。お前受験したんじゃなかったのかよ、って。授業もつまらなくて、よくサボってた。暇な時は図書館に行って鉄の打ち方を調べたけど……実際にやってみないと分からないところが多かった。でも、だからってお父さんに頼るのも眞昼姉に頼るのもダサいじゃん。だから、ずっと動画見てた。真っ赤な鉄を力強く打つ動画」
「朝日には……頼らなかったのかにゃ?」
「兄は大学のコンパやら合コンやらで忙しいし……それに、頼りたくなかった。一番おじいちゃんに教えて貰った癖に継がなかったんだもん。羨ましい限りだよ」
「今は、武器作ってるみたいだけど……」
「武器?そういえば最近家に居るな……でも、いきなり教えてなんて、恥ずかしくて言えない。おじいちゃんの鍛冶屋継ぎたいなんて、周りの皆思ってないじゃん」
ナリは朝日の姿を思い浮かべた。ただひたすらに鉄を打ち続ける朝日は、とても集中して打っているに違いない。彼はストレートな人だと、ナリは知っていた。
「きっと……今の朝日は、周りがそんなこと思ってないからって、鍛冶を辞めるような人じゃないにゃ。ただ必死に、自分がしたいことをする……そうじゃないと、自分がやりたいことなんて出来ないにゃ」
「でも、したいことをしたら、皆になんて言われるか……」
「うーん……今の朝日なら、そんなこと考えないと思うにゃ。私達も武器作ってるって聞いてびっくりしたけど、本人気にしてなかったし」
夜宵はそれを聞いて、俯いた。
「そっか……にぃには今、自分がしたいことをしてるんだ……」
そんな呟きが聞こえた気がした。そして何か覚悟を決めたように、ナリをまっすぐ見つめて言った。
「ねえ、お姉さん。この人と……何か勝負しようとしてたよね。よーい、はじめって言ってたでしょ」
「うん、まあ……」
「それ、私が代わってもいい?」
「…………え?」
ナリの笑顔が固まった。夜宵は言った。
「何をしようとしてたかは分かってる。喧嘩なんて夕也とぐらいしかしたことないけど……お姉さんはエキスパートなんでしょ?」
ナリは冷や汗をかいた。断ろうと思い口を開く。だが、夜宵のそのまっすぐな目を見て、ナリの口からは断りではなく「分かった」という言葉が出ていた。
「1発攻撃当てられたら勝ち。それていいかにゃ?」
「うん」
ナリと夜宵は数歩下がり、距離を取った。夜宵が杖を振り回し、「いつでもいいよ」と大声で言った。
(夜宵は一般人だから……1発殴って終わりにしよう。どうせ千里の体だし、丈夫でしょ)
ナリはそう思いつつ、また低い体勢を取った。そして言った。
「よーい……はじめ!」
その言葉と共に、ナリは夜宵の元へ走った。今度は瞬間移動などない。ナリの顔から笑みがこぼれた。だが。
「やあ!」
夜宵が杖で間合いギリギリの範囲にいるナリを突いてきた。ナリは驚いてそれをジャンプして避けた。
「うっ……う、《有無創生》!」
両足で着地し、ナリは思わず叫んだ。左手で拳を作り、夜宵に殴りかかった。夜宵はそれを杖で防いだ。ナリは目を疑った。
(千里の体を乗っ取ってるからか、結構速い!でも……千里の体だったのが運の尽きだよ、夜宵さん!)
ナリは左の拳で杖ごと夜宵を押した。夜宵の体制が崩れた。ナリはその状態で体をひねり、右足で杖を蹴り飛ばした。筋力のない腕はすぐに杖を手放した。「きゃっ」と悲鳴が聞こえた。
そしてナリはくるりと回転し、夜宵の顔に右の拳を近付けた。夜宵の頬を汗が伝う。寸止めしたところで、「ここまでだにゃ」と腕を引っ込めた。
「こっ……怖かった……」
夜宵がその場にへたり込んだ。ナリはふうと安堵の息を漏らした。そして言った。
「びっくりした……意外と速かったにゃ、夜宵さん。運動あんまりしてない千里じゃなかったら負けてたかもにゃ。喧嘩慣れしてないなんてとても思えなかったにゃ……」
ナリがそう言ったのを聞いて、夜宵は目を白黒とさせた。ゆっくりと千里の体が草原に横たわる。千里の体の後ろに、セーラー姿の影が見えた。
「夜宵さん、かにゃ……?」
「ありがとう。こんな所まで遠回りした甲斐があった……したいことをしないと、自分のやりたいことが出来ないよね」
夜宵が笑った気がして、ナリも笑い返した。影がゆっくりと、ナリの胸に触れた。
「――い。おい、猫」
千里の声が耳元で聞こえて目が覚めた。ナリが起き上がると、目の前に座り込む千里がいた。
「急に消えたと思ったら突然倒れててびっくりした。遠谷参華や志学亥李も倒れてたと土屋美波達が言っていたけど、そういうこと?何があったの?」
千里はそこまで言って、自分の耳を手で押さえた。手にはべっとりと泥がついていた。
「ねえ、本気で泥かけたの?」
ナリはむすっと怒る千里を見て、にゃははと笑った。そして2人分の宝石を確認した。宝石は緑色と黄色の光を集め、輝いていた。
「そんなの気にしないでさ、帰ろうにゃ。もう光も集まったし」
「え?いや、教えてよ」
「教えにゃーい。ほらほら、早く帰ろ。明日の朝早くに届けに行こうか」
ナリはそう言いながら立ち上がった。
(夜宵さん……おうち、帰ろうか)
目覚めたらしい千里の罵倒も気にせずに、ナリは帰路に着いた。その顔はどこか笑顔だった。
夜中だというのに、店内はまだ明かりが付いていた。朝日は机にかじりつき、鉛筆を握ったまま動きが止まっていた。紙は4枚分あったが、どれも真っ白なままだった。「剣と盾」「精霊使いの杖」「グローブとブーツ」「魔術師の杖」とそれぞれに小さく書かれていた。
「……ううん……」
ずっと悩んでいても何も思い浮かばなかった。誰かにすがろうと階段をチラッと見たが、誰もいなかった。
(まあ……いないよね。こんな時間に救世主は)
朝日が諦めたようにため息をついた。また白紙をじっと見つめる。アイデアは何も思い浮かばなかった。
鉛筆が動かないまま時間だけが経過した。朝日が諦めて寝ようとした、その時。
「これ……何?」
後ろで聞いたことの無い声がして、朝日は驚いて振り向いた。夜宵だった。彼女はパジャマ姿で「グローブとブーツ」と「魔術師の杖」の紙を持っていた。
「やっ……よい!?」
「そんなに驚くこと?ねえ……これで何してるの?」
心臓がバクバク鳴るのが聞こえた。朝日は答えた。
「えっと……武器を作るんだ。今はアイデアを練っていて……進展はしていないんだけど……夜宵は別に興味ないで――」
「興味ある。ねえ……」
夜宵が頬を赤く染め、そしてか細い声で言った。
「あの……えっと……にぃにがしてるの、私もやってみたいんだけど……何すればいい?」
それだけを言ってすぐに夜宵は「おやすみ!」と踵を返した。朝日は「待って!」と時間も気にせず叫んだ。夜宵が振り返る。恥ずかしさで耳が真っ赤になっていた。
「あの……武器をどんな形にデザインするか、決まってないんだ。ちょうどさっき夜宵が見てた紙、真っ白だったでしょ?それを考えて欲しいんだ。2つでいいから」
朝日が恐る恐る言うと、夜宵は嬉しそうに笑った。そしてすぐにそれを隠すと、「1日ちょうだい」と言って先程持っていた紙を奪い去っていった。
(……にぃに、か)
朝日は少し恥ずかしそうに、自分の手を見つめた。
今回の章「小さな少年の武器屋」は「こびとのくつや」をモデルにしています。
次回は4月11日です。




