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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
小さな少年の武器屋
97/159

レッドサンセット

 眞昼に武器のアイデアを教えて貰った後、朝日は夕也の部屋へ向かった。


「夕也……入っていい?」


 扉の前で聞いたが、返事は無かった。もう日が傾き始めていた。

 朝日が扉を少し開けると、そこは真っ暗な部屋だった。パソコンの画面だけが部屋の光源だった。夕也はヘッドホンを着け、「倒しといて」「は?なんで負けてんの」とぶつぶつと話していた。流行りのゲームでモンスターを仲間と倒しているようだった。

 廊下から光が漏れたせいか、夕也はすぐ朝日の来訪に気付いた。その途端、彼はキーボードから手を離し、ヘッドホンを置いてこちらへ向かってきた。


(もしかして、ケルベロスアイのダンバーみたいに、引きこもってるけど友好的なタイプかも……!それなら、僕のお願いも聞いてくれるかもしれない……)


 朝日がそう思っていると、夕也は言った。


「またやりに来たの?」


「や……やりに来た?」


 朝日はその言葉で一気に不安になった。夕也は「違うのか」と呟き、扉を閉めた。


「でも違ってもいいでしょ。俺に会いに来たってことは、そういうことだから」


「あ、あの……何を言ってるのかがよく……」


「分からないの?前は自分からよく来た癖に。忘れるなんて、酷いね」


「ゆ、夕也……?扉なんて閉めてどうしたの?僕はただ、武器を――」


 朝日が言いかけたその瞬間、朝日は夕也にいきなり肩を掴まれた。

 戸惑いを隠せないまま、ベッドに座らせられる。

 そしてそのまま、夕也の腕が朝日の肩から腹に移動するのを見た。一瞬の出来事だった。


 最初に来たのは衝撃だった。その次に腹を殴られた痛み。そして最後に壁に叩きつけられた痛みが現れた。朝日は思わず悲鳴が出てしまったが、夕也に枕を押し付けられ、大きな声が出なかった。

 その後も夕也は右手で殴り続けた。左手で枕ごと口を押さえつけられ、朝日は何度も壁に頭を打ちつけられた。

 枕に涙が染み込んだ。中身のない吐瀉物が枕に押し付けられる。朝日は声一つ上げられないまま夕也に殴られ続けた。


「なんでこんなのも出来ないんだ!!俺の!俺の息子なのに!!」


 朝日は殴られている間、そんな言葉が聞こえた気がした。若い男の声だった。

 しばらくして、夕也は殴るのをやめた。枕を外され、朝日は壁に倒れるようにもたれかかった。過呼吸を起こしていた。いつの間にか失禁していたようだった。


「それ、何とかしといて。汚さないでよ、ベッド」


 夕也は冷たくそう言って、部屋を出ていった。その顔は声に反してとても楽しそうだった。ガタン、と扉が閉まる音が聞こえた。


「綺麗に出来るでしょ?お願いだから汚さないで、ニケ……」


 今度は若い女の声が聞こえた。ニケというのがなんなのか、彼には分からなかった。だが彼は、その言葉がとにかく恐ろしかった。


(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!)


 朝日は、言葉に出来ない言葉を必死に唱え続けた。



 しばらくして、店に亥李と詩乃が現れた。呑気に「来たよー!」と声を上げ、エラを呼んでやって来ていた。


「ああ、どうも……」


「あれ?朝日なんか顔色悪い?」


 詩乃が顔を近付けて尋ねた。「気にしないでください」と顔を背け、朝日は2人の分のピアリデイ・ストーンを渡した。


「これに光を集めてください。もしかしたら、特定の行動が必要かもしれません」


「特定の行動……ああ、参華から聞いてるぜ!分かった、光が集まらなかったらなんかやってみるぜ!」


「ああ、そうですか。なら話が早い。ではお願いしますね。行ってらっしゃい」


 朝日に見送られ、亥李と詩乃は店を出た。


「……言わなかったね、朝日」


 しばらくして、詩乃が店を横目で見ながら呟いた。


「誰かの感情を集めたなんて言わねえだろ。本人は光を集めてると思ってるって、参華も言ってたし……んじゃ、行くか」


「行こ行こー。さっさと終わらせてご飯食べよ☆」


「お?いいな、それ!詩乃の奢りな」


「いーやーだー。亥李の方が年上なんだからめるに奢ってくださーい」


「無理だな。お前の方が稼いでるだろ?」


「お小遣いをね?亥李の方が稼いでるって」


 2人はそんなくだらない話をしながら、目的の場所に向かった。



 2人がビル街に着いた時、辺りはオレンジと紫の光に包まれていた。ビルとビルの間から夕焼けが見える。17時45分のことだった。


「あと15分あるけどー……どうする?」


 詩乃がスマートフォンを片手に聞いた。


「まあ、待ってればいいだろ。その特定の行動とやらが何か分かんねえし」


「それもそうだね。あー、そっか、もう9月なのか……」


 2人の傍を学生たちが通り過ぎて行った。近所の高校生だろうか、課題や部活の話をしていた。


「その課題、また届けに行くのか?」


「そーそー。あいつ俺嫌いなんだけどよー、学校じゃ被害者ぶるし」


「分かるー!卓球でもそんな感じでさー!でもあれだろ?ユウヤって――」


 その会話を聞きつつ、詩乃が腕を伸ばし、呟いた。


「なんかさ、める前は高校生だったからかもしれないんだけど、8月過ぎるの早くない?」


「確かにな。俺も前は高校生だったしなぁ……」


 2人が他愛のない会話をしているうちに、太陽が地平線に沈んでいき始めた。亥李が宝石を確認したが、まだ光は集まっていない。


「まだ集まってないな。まあまだ特定の行動は何もしてないしな……」


「そうだね。エラ?」


 詩乃が空中に向かって呼びかけると、詩乃の《魔源収納(マナシェルター)》からエラが飛び出してきた。


「びっくりしたぜ。突然詩乃が独り言を言い出したのかと」


「そんな訳ないでしょーが!ね、エラ。エラは元々生き物の負の感情から生まれたって言ってたじゃん?何をすればいいかとか、分かる?」


 エラは少し悩んだ素振りを見せ、言った。


 “分からない。その石が僕らのようなツライやカナシイを集めているのは分かったんだけど、かといって僕を取り込むようなことはしないんだ。もしかしたら、ツライやカナシイじゃないのかも”


「エラ、なんて言ったんだ?」


 精霊語が分からない亥李が聞くと、詩乃は「えっとね」と前置きして説明した。


「感情を集めているのは分かったって。エラ、それってプラスの感情を集めてるってこと?」


 “それも違う気がするんだ。人間でいうなら、タノシミニシテルネとか、マッテルネとか……”


「楽しみにしてるとか、待ってるとか……?」


 その呟きを聞いて、亥李が「期待してるねってことか?」と聞いた。

 その時だ。急に辺りが暗くなった。


「ええ!?」


 亥李が周りを見回した。忽然と周りにいた人物が誰一人としていなくなってしまった。


「参華から聞いてはいたけど、あれマジだったのかよ……!おーい!詩乃!エラ!」


 名前を呼ぶが、返事はない。亥李は車道に出て、ビルとビルの隙間から見える夕焼けを見つめた。宝石にはまだ光が集まっていなかった。


「特定の行動……俺何かしたか?直前だろ?んー……」


 その場で立ち止まり、腕を組んで考える。すぐに答えは見つかったが、亥李自身納得はいかなかった。


「期待してるね、か?」


 その言葉をもう一度呟いた、次の瞬間。


「お兄さんはそれ、言われたことある?」


 聞いたことのない声が、後ろから聞こえてきた。心臓が飛び跳ねるかと思った。


(きゅ、きゅっきゅきゅ、急になんだよびっくりしたじゃねえか!全くもう、誰なんだよお前は!)


 亥李はそう思いつつ、後ろを振り返った。そこには、亥李より少し小さめの影がいた。影は男の形を作り上げていた。


「あ……あ、ああ。言われたことあるぜ。直接はないけど」


 心臓をバクバクと鳴らしながら答えた。亥李の脳裏に、かつての父が背中を向けて新聞を読む姿がよぎった。期待しているとは言われなかったが、その無言の姿こそが去間空にとってのプレッシャーだった。


「そうか。俺はあるよ。何度も、何度も」


「へえ……そうか。というかお前誰だよ」


「俺は……俺の名前は、津金澤夕也。お兄さんは?」


 津金澤夕也、という名前で亥李はすぐにピンときた。朝日がそんな弟がいると前に言っていたような気がする。


「俺か?俺の名前は志学亥李!バレラグの王になる男だ!」


 どや顔で宣言したが、影はあまり興味なさそうに言った。


「お兄さんはそれ、本気でなれると思ってるの?」


(痛いところを突くなよ毒舌朝日の弟め……!)


 亥李がそう思っているともつゆ知らず、影は続けた。


「俺は朝日になりたかった。あんな図太い奴が羨ましくて、憎たらしかった」


「え?羨ましくて……憎たらしい?」


 亥李が聞き返した。今の朝日からは想像がつかなかった。


「そうだよ。あいつは長男の癖に姉ちゃんに家業を押し付けて、自分の家を継がないと堂々と宣言した。その上であいつは何でも出来た。勉強、家事、スポーツ、遊び……俺が勝ったことは一度もない。姉ちゃん達とも俺より仲が良いし。俺は何をしても、あいつの劣化版だった」


「そんなことは……」


 その後の言葉に詰まってしまった。自分が去間空だった頃、空は同じことを上位の5人にいつも感じていた。


「でも、皆そうだとは知らずに、俺に期待しているねと声をかける。先生だって、親だって、姉ちゃんと妹だって、そしてあいつだって……頑張れよと俺に声をかける。朝日みたいになりなさいって。俺には朝日と同じ力なんてなかったのに」


 頑張れ、というのがプレッシャーになる。その思いは亥李にはなかった。だが気持ちは痛いほど分かった。


(きっと、いつでも比べられるのが辛かったんだろうな。確かに俺も、5位から上がれなかったのが本当にキツかった。上位のあいつらと比べて、俺が優れているところなんて1つも見つからなかった。頭も、スポーツも、人格も……)


 亥李はそう考えながら、影の言葉を待った。影は自暴自棄気味に叫んだ。


「だから、俺は勝ったんだ!あいつは俺より弱いんだ。あいつを潰せば潰すほど、あいつは弱くなっていった……俺はあいつより強いんだ!」


「潰す?お前、どうやって朝日に勝ったんだ?」


「ん?簡単だよ。殴ったんだ」


 亥李はその言葉を聞いて急に寒気がした。影は高笑いをして言った。


「部屋に呼んで、初めて殴った時は本当に気持ちよかった……あいつが俺に懇願したんだ。やめて、夕也って。殴らないで、助けてって。あいつが吐いたりちびったり倒れたりするから部屋が汚れるのは嫌だったけど……敗者としてあいつに片付けさせたんだ。そしたらあいつ惨めでさぁ!本当にスッキリした」


「いっ……いやいやいやいや!そんなのずりぃだろ!もっと正々堂々と……!」


「正々堂々?ちゃんとしてるだろ?」


 さも当たり前のように聞いた影が、亥李はすっかり恐ろしくなってしまった。亥李は思わず叫んでしまった。


「してる訳ねーだろ!同じ土俵で勝負するってのが正々堂々って言うんだよ!いっぺん帰って辞書ひいてこい!」


「でもあいつ、何度も俺の部屋に来たんだ。殴ってくださいとでも言わんばかりに。今日だって、久しぶりに来たんだよ。それじゃあ駄目なのか?」


「何度も、部屋に……久しぶりっていつぶりなんだ?」


「2か月ぶり。初めて枕を使ったんだけど、それで口を塞いだのは正解だったよ。悲鳴を聞かれて近所の人に通報されたりすることがなくなった。これは使えるね」


 亥李はそれを聞いて、朝日が殴られる光景が容易にイメージ出来た。恐らく昼間の朝日は、何も知らずに夕也の部屋に入って殴られたのだろう。そして、何度も自分から殴られに来たということは、恐らく……先程会った時の様子と一致し、亥李は勝手に納得した。


(なんつーか……胸糞悪いな、こいつ。俺もこうなってたかもしれねえのが余計に)


 亥李はそう思いながら、影を睨みつけて言った。


「そんなもん二度と使うな。いいか……そんなんで手に入れた勝利なんて、嬉しくもなんともないんだよ。気付かなかったのか?朝日の弟の癖に」


「……お前……っ!」


 影が拳を構えてこちらへ向かってくる。そのまま影は亥李の腹めがけて殴り掛かった。それを亥李は両手で受け止めた。勢いが強く、痛みと衝撃が伝わってくる。「ゴッドハンド、ってな」と苦し紛れに笑った。


「話は最後まで聞けよ。朝日の弟、津金澤の弟……そうやって期待されて、辛かったんだろ?それは分かった。でもだからって、兄貴に不意打ちかけて殴っていいもんじゃねえ。兄貴をサンドバッグにするな。それはズルで失格だ。お前の負けだ」


「まっ……負けだなんて……!あいつだって俺の部屋に来たんだ!失格じゃ……!」


「違うな。朝日は知ってたんだろ、お前が苦しんでるって。だから、これで苦しくなくなるならって勝ちを譲りに来たんだ。そうすればお前は勝ったって錯覚するし、苦しまなくて済む。今みたいにな」


「勝ちを譲りに来たのなら、俺は……!」


「ちげえよ。お前の負けだ」


 その言葉が影は信じられないようだった。影が構えを解いたのを見て、亥李は背を伸ばし、まっすぐ影の方を見た。


「相手が情けをかけた時点で、お前の負けだ。それが分からないようじゃ、お前はいつまで経っても「朝日の弟」止まりだな」


 影がよろめいたのが見えた。亥李は追い打ちをかけるように言った。


「それが嫌なら、あいつも出来ることで勝つんだな。勝利ってのは切磋琢磨してやっと手に入れるもんだよ。むしろあいつが得意なことでもいい。1人でもズルしても手に入らない勝ちこそ、お前が誇れる勝利だ」


 俺も手に入れられなかった、とは言わなかった。影はゆっくりと背を伸ばし、呟いた。


「俺が誇れる勝利って……何があるのかな……」


「え?んー……あ、あいつ包丁作れないって言ってたし、それとかどうだ?あとは、今のあいつは――」


「分かった。ありがとう」


 影がそうバッサリと切り捨て、亥李の方に近付いてきた。亥李は呆れた声を出した。


「夕也……お前、本当に話聞かねえな」


 亥李がそう言うと、影が不意に笑った気がした。そして辺りを見渡して言った。


「それ以外は俺が見つけるから、聞かない。思い出したんだ。昔、ここで兄ちゃんと競走した。後ろの夕焼けが綺麗だった。あの時みたいに、俺も勝てたら……」


 影が亥李の宝石の中に吸い込まれるようにして入っていった。亥李はそれを、どこか安心したように見つめていた。



「――い、かーいりー。おーい!」


 詩乃の言葉で亥李は我に返った。もう日は沈み、夕闇が辺りを包んでいた。


「え?あれ?夕也は?」


「夕也?誰それ。それよりさ、急に宝石の色が変わったんだけど、何したの?」


 詩乃に指摘され、亥李は自分のピアリデイ・ストーンを確認した。見ると、赤と青の混じった光が宝石の中で混じっていた。


「お!綺麗だな……」


「ねね、何したのさ。急に皆いなくなったと思ったら、また急に帰ってきたんだよ。ねえ、亥李」


 詩乃が口を尖らせる。亥李は答えを言うのが野暮な気がして、その場を立ち去った。


「あ、ちょっと、亥李!」


「終わったんだからいいだろ。ほら、店主の負担を減らしに行こうぜ」


「いや気になるじゃん!待ってってば亥李!いやはっや!ちょっと、教えろや亥李!」


 詩乃の怒声を笑って聞き流しながら、亥李は朝日の店に向かった。



 朝日に光の集まったピアリデイ・ストーンを見せると、朝日は「お疲れ様でした」と言って受け取った。


「全くだぜ。冷や汗かいた……」


「冷や汗?なんの話です?」


 朝日が尋ねると、亥李は忠告するように言った。


「お前さ、弟は大切にしろよ。あいつが自分より勝っていると思ったら、素直に褒めてやれ」


「え?お、弟?なんで夕也が……」


 朝日が聞いたが、亥李は「じゃ」と手を振って店内からいなくなってしまった。詩乃も後を追い「武器、ヨロピク!」とピースサインをして帰っていった。


(な、なんだったんだ……夕也?自分より勝っている?)


 先程掃除をしに行った時に見た夕也の顔を思い出した。その顔は愉悦といった表情だった。


「今度は汚さないでよ、ニケ。汚したらたたじゃ済まないんだから……!」


 また女性の声が聞こえてきた。顔も思い出せないその声が、彼は好きだった。だが、「汚さない」という言葉を思い出す度に、胃がキリキリと痛んだ。


(頼みに行くのは……明日にしよう……)


 朝日は心の中でそう呟いた。



「朝日、武器のアイデア聞き回ってんだって」


 普段あまり聞きなれない姉の声がして、夕也は思わず手を止めた。

 暗闇の部屋に差し込む光は、相変わらず扉と床の隙間だけだった。扉の先で、眞昼は言った。


「煮詰まってるらしいよ。ウチにも聞きに来た」


「俺が……アイデアを出せばいいのか?」


「そ。じゃ、それだけだから」


 眞昼はそれだけ言って去っていった。夕也の手はまだ止まったままだった。


「俺がアイデアを出せば……いい?」


 借りを作るのもいい気分だ。夕也はそう思いつつ、紙に手を伸ばした。

番外編の方にプロフィールを載せています。まだナリ・零・陽斗・美波しかありませんが、ぜひご覧下さい。

次回は4月8日です。

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