精霊人のお買い物
零は、かつて自分の仲間であった千里を見て、感動したように言った。
「おお、お前もやっぱり来てたのか!アルケミス!トビーが来てたってこともそうだが、やっぱりソルンボルのやつが現実に来てるのは、確定的なんだな!」
「え、零、今めるのこと無視した?ねえ?零?ねえってば?」
詩乃が零の目の前で存在感を出すように手を振ったり背伸びを繰り返したりとしていたが、零は全て無視した。
「僕も、会えて嬉しいよ。そこのナリ以外には」
「はあ!?うっさいアルケミス!あんたとは会いたくなかったわ!」
「僕だって会いたくなかったよ。こんな血の気の多い猫になんか」
「うっさいうっさい!木に登ることも出来ない犬風情が!」
「僕達犬の獣人族は猫とは違って木は登れないけど、猫とは違って働き者で賢くて草原を早く走れるのさ。分かったかい?猫」
「キー!やっぱこいつ嫌いだわ!」
ナリと千里が喧嘩している中、朝日は詩乃を見かねて言った。
「精霊人のアッシュ、精霊人のメルヴィナが拗ねてるけど」
詩乃はというと、アピールをやめ、杖の置いてある場所で軽く装飾の着いた杖を手にしていた。黄色の宝石が着いた白い小さな杖だ。
「あー……メルヴィナ、無視したのは悪かったって、謝るから拗ねんなって……」
零が近くに寄った。詩乃が口をとがらせ、杖をまじまじと見つめながら言った。
「拗ねてなんかないもーん。アッシュは今も昔も意地悪ー。クリスみたいにメルってよびゃあいいのにさ、いっつもメルヴィナメルヴィナ……ノリが悪いよー」
「いや……メルって呼ぶのなんか変な感覚だし……つか、なんでお前、今の名前詩乃なのに、めるって自分の事呼んでんだよ」
「めるはめるだもーん。体は違えど魂は同じなのだ。そしてメルもメルヴィナも相沢詩乃もみーんな可愛い!可愛い心は可愛い体に宿るんだね☆」
詩乃がそう言ったので、零は呆れて詩乃の元を離れた。
「あ、ねえ零、なんで遠ざかるのさ、ちょっとー、める間違ったことなんて言ってないよ?」
詩乃がそう言う中、零はというと、
(……本当に、メルヴィナだけはうるさい)
と静かに考えていた。
「あの、感動……感動?の再会してるとこ悪いんですけど。うっさい」
朝日が少し大きな声で言った。未だ喧嘩していたナリと千里は黙り込み、全員で朝日の下へと近づいた。
「皆さん、声が大きいんですよ。僕の家族は普通の人間です、ソルンボルから来たことがバレるようなこと言わないでください。それと、なんか買いに来たんじゃないんですか?まさかトビー商店を待ち合わせ場所に選んだわけではないでしょう?」
「ん?あ、そうだ!危ない、僕達は武器を買いに来たんだ。ほら詩乃、さっさと杖選んで」
千里が詩乃の元へと寄り、杖を選び始めた。
「ふふーん。零が意地悪してるあいだ、めるは杖選んじゃったもーん。当初の目的を忘れてなかっためる、皆よりなんて偉い!朝日、これちょーだい!」
朝日に、先程の白くて黄色い宝石のついた杖を渡した。
「ああ、それですか。こっちに来て新しくひらめいた、精霊使い専用の杖、ホワイトロッドです。お値段は……7千円です」
「7千?んー、そこそこの値段……まあいいや、ほらどうぞ!」
詩乃が1万円を渡し、お釣りの3千円を財布にしまった。
「ねえ、契約の儀式の場所、ある?」
「そこの奥に」
「ありがとねー!じゃ、行ってきまーす。千里、終わったら呼んでねー」
「はいはい」
詩乃が、朝日に指をさされた扉の奥へ向かった。ナリの目には、青いチョークで大きく魔法陣が描かれた床のある小さな部屋が見えた。詩乃が扉を閉めてしまったのでよく分からなかったが、しばらくして、ナリには分からない言葉を唱えているのが分かった。
「契約の儀式?何それ」
「なんだナリ、知らないのか?あそっか、ケルベロスアイには精霊使いないもんな。新しいジャンルの魔法……炎、水と氷、土、風、光、闇、純エネルギーの魔法を覚えたいときや、装備を変えた時、ああやって近くの精霊と契約をするんだよ。「召喚したら魔法を放ってね」ってな」
「そう。僕達にも得意不得意があるように、精霊達にも得意不得意がある。自分が使いたい魔法のジャンルが得意な精霊に、魔力を与えることで召喚を行い、魔法を放ってもらう。そして契約の証明が、宝石。精霊達は自分の好きな宝石っていうのがあって、特定の色の宝石でしか契約しない精霊もいる。そういうのを、カラー精霊というんだ。で、津金澤朝日、あの黄色い宝石はどんなカラー精霊と契約できる?」
「あの色は……土ですね。土魔法の精霊が契約しやすいです。勿論、宝石の取り換え可能。精霊人のメルヴィナに伝えておいてください」
零と千里、朝日が教えてくれた。ナリは「そうなんだ」と相槌を打ち、黒いグローブと茶色の編み上げブーツを取り出した、
「朝日、これちょうだい!」
ナリはそう言ってレジスターの前に置いた。
「ああ、それですか。合計で4580円です」
朝日がそう言った後、ナリは零の方に振り向き、きらきらとした目で見つめた。零は財布の中身を確認し、「……朝日、ちょっと待ってろ」と声を低くして言った。ナリのグローブとブーツを買う資金はぎりぎりあったらしい。
「ナリ、月島零に買ってもらうだなんて、なんて情けない。自分で働こうと思わないの、猫」
千里が呆れた様子で言った。
「うるさーい!私猫だもん、正真正銘の猫!働けないんだからしょうがないじゃん!ほら!《異形》!」
ナリが猫の姿に変身する。服は全てなくなり、毛皮が彼女を包み込んだ。
「にゃー、人間の姿よりもこっちの方が落ち着くにゃー……」
「ははーん……なるほど、面白いな。お前はたった一人、人間になれなかったのか、ナリ」
「にゃーん!?うっさいうっさいにゃ!お前だってやろうと思えば犬ににゃれるんだしおんにゃじにゃ!」
「にゃあにゃあうっさい奴。あ、朝日、これ欲しいんだけど」
千里がそう言いながら、近くにあった杖を一つ取り出した。木で出来ており、装飾は何もなく、先はキャンディーのようにくるくるしていた。
「ああ、ソーサラーロッドですか。それはいい、魔法を打つとき魔力の消費を抑えられます。そちらも7千円です。精霊人のメルヴィナと会計は一緒で?」
「違うよ。確かに詩乃は、今の僕にとって保護者だけど」
千里が5千円と1千円2枚を渡し、杖を右手に持った。そしてそのあと、「《魔源収納》」と言って、千里の手元に小さく青い水晶体の正八面体を作り出し、それに杖の先端から押し入れた。正八面体は物体が変わることなく、杖は正八面体に引き込まれるように完全に中に納まった。
「保護者?あ、そうだったな、従姉って言ってたか」
「あんなんでも、僕にとっては保護者だからね」
「へー、そうにゃんだにゃあ……にゃら今度詩乃と会うときは、千里にも情報がいくわけにゃ。へーにゃ……あ、元の姿に戻るにゃ。《異形》!」
ナリの体が光り、最初に変身した時よりも短い時間で、今度は獣人の姿になった。
「あ……ありゃ?ちゃんと人間の姿にしたと思ったんだけどにゃ……」
「種族スキルを使うのに体力はいる。獣から獣人族よりも、獣から人間の《異形》の方が体力を使います。つまりそういうことです。残念でした。とりあえずキャスケット貸すんで、それでごまかしてください。まあよかったじゃないですか、獣人の方が人間社会に溶け込めない分、火力は出ますよ」
「うう……朝日、ありがと……」
ナリが悲しそうにブーツとグローブをはめ、渡された茶色いキャスケットを被った。
「で?月島零は何か買わないの?」
千里が零の方に振り向いた。
「ああ、今ナリが《異形》してる間に悩んでたんだけど、決めた。朝日、これくれ」
零が指さしたのは、刃が細身の、鍔の先がクローバーの形になっている剣だった。
「それですか?ああ、そういえば精霊人のアッシュは両手剣使いでしたね。クレイモア、お値段8千円です」
零がそれを聞いて、渋々1万円を取り出した。お釣りの2千円を、財布にしまう。
「《魔源収納》。月島零、僕は優しいから君にこれをあげるよ。僕が作った魔法の収納箱だ。なんでも入る。全部で1メートルくらいの刃物なんて、見ていて落ち着かない人もいるだろうからね」
千里が、先程作った正八面体と同じものを零に渡した。
「お、サンキュー!銃刀法違反になるかもしんねえしな!」
「あ、それについてなんですけど」
朝日が、零に言った。
「魔物がいないこの現実において、敵となり得る者……人を斬るということはタブーです。だから、刃がある剣、斧、あと鋭い槍は、全部刃がないように作っています。まあ要は、そのクレイモア、斬っても斬れないし、当たったら物理的に痛いだけです。大丈夫、刃こぼれしてるとか、僕が手を抜いたとか、そういうわけではありませんから」
「ほー……まあ大丈夫だろ。あくまで自衛の為に買ったけど、これを使うことなんてそうそう……」
零がそう言って笑いながら、正八面体に剣をしまった、その時。
「朝日くん!零くんとナリちゃん、いる!?」
美波が大慌てで階段を駆け上がってきた。階段を駆け上がった勢いで胸は揺れ、もの凄い熱量と汗を、ナリと零は感じた。
「いますけど、どうかしましたか」
朝日が答えた。少し耳が赤くなっていたが、平然としたふりをしていた。
「誰……?」
「ふいー、土、光、炎の契約終わり!あれ?その人誰?」
千里、そして扉を開け出てきた詩乃がそれぞれ反応する。
「どうした?美波」
零が聞いた。
「あ……あの、あのね……陽斗くん、知らない!?」
「陽斗?陽斗がどうしたのかにゃ?」
「あの……実は、昨日からずっと家に帰ってきてないらしくて……3人とも、何か知ってる!?」
少しの沈黙の後、零とナリは「ええー!?」と、同時に声を発した。
小さく、だが大きなステンドグラスを通して照らされる光が神聖な場所を包み込む、ホワイト教の教会。
「俺……親父に、保険金かけられて、包丁を……!」
「私、どうしたら……もう一度現実でなんて生きたくなかった……!」
「なんで学生なんだ……俺、またいじめられて……!」
白いローブを着た安寿を中心に、パイプ椅子が並べられ、順番に話していった。話す前は皆虚ろな目をしていたが、話し始めると、詳細に話し出し、最終的には全員泣いてしまった。
安寿はそれを、何も言わずに聞いていた。そして話し終わると「怖かったですね」「もう大丈夫です。我らが神ホワイトは、あなたを見捨てたりなどしません」と言って、頭を撫でた。虐待やいじめを受けていた人には、抱きしめた。話した人は全員もう一度泣いた。陽斗はそれを、黙って聞いていた。
(俺以外にも、辛い思いをしている人がいるんだな……頭に残っていく……もがいても、もがいても、辛くて、悲しくて、痛くて、苦しくて……)
陽斗はそう考えるうち、不意に涙が流れてしまった。
「あ……」
陽斗がそう言って涙を拭ったのを、安寿は見逃さなかった。
「陽斗さん……あなたはとても優しいのですね。あなたの話を聞かせてくれませんか?」
安寿は、ニヤリと笑ってそう言った。陽斗にはそれが見えていたが、見なかったことにした。
「……俺は、元々会社員で……」
陽斗はそう言って、かつて自分が「青桐勇吾」であった時のことを、思い出していた。
誕生日プレゼントの新しいスマホに慣れません。