石の上の花
「うにゃあああああ!《朝有紅顔》!」
《異形》で獣人族の姿になったナリが、後ろから右の拳でベルに殴り掛かった。だが、ベルはそれに構うことなく走り続けていた。
「ぎゃぁっはっはっは!」
特徴的な笑い声と共に、ベルはナリ達の周りを走り回っていた。彼の両手に持つ鎌が振るわれるごとに鎌鼬が飛び出してくる。亥李はそれを盾で防ぎ、他3人はそれを避けて躱した。
「どうしたどうしたぁ!?攻撃が当たってねえぞぉ!?俺に勝って!愛しの姫君を助けに行くんじゃなかったのかぁ!?」
ベルがそう叫びながら鎌を振り回す。刃が腕の横に来るように柄の部分を横に持ち、彼は鎌を振り回した。
「どっ……どうすんだよ!こいつ速すぎて捉えらんねえぞ!」
零が叫んだ。鎌鼬を既のところで避け、近くに来た鎌鼬を剣で逸らしていた。火花が散っていた。
「同感!《瑠璃光線》!」
詩乃が叫びつつ杖をベルに向けた。杖の先の宝石が黒く染まり、黒と紫の混じるレーザーがほとばしる。しゃがんで躱すナリ達の頭上を通り越し、走り回るベルに向けて放たれたが、それは砂埃を上げるだけに終わってしまった。
「どこに向かって打ってんだぁ!?俺はこっちだぜ!ぎゃぁっはっはっは!これじゃあお前らサンカの所に行くどころか、俺に殺されてジ・エンドじゃねえか!」
ベルが笑って鎌を構えた。
「こんなのすぐに終わっちまうなぁ!《旋風の雛鳥》!」
ベルがそう叫びながら、空中に切り傷をつけるように鎌をある一点に向けて振り回した。鎌鼬がその場で留まり、白い花のような模様を空に作り上げる。8つに重なったところで最後の1回が放たれ、8方向に鎌鼬が飛んでいった。
全員が後ろに下がってそれを避けると、亥李は剣を握り、技を出す為に止まっていたベルに向かって走り出した。
「《勇者霊魂》!」
剣をベルに向かって振り下ろした。零もそれを見てベルに近付き、「《魔力魔撃》!」と唱えながら白いオーラを纏った剣を下ろした。
「ハッ、遅すぎなんだよ、お前らの攻撃はぁ!」
ベルが鼻で笑って1歩引き、その攻撃を避けた。
「あー、もー、どうすんのさ亥李!あいつ速すぎてめる達の攻撃全っ然当たんないじゃん!」
詩乃が怒りを露わにして言った。彼女の周りにはエラがぷかぷかと浮かんでいた。
「このまま攻撃が当たらなかったら、こっちが段々パワー負けしていくにゃ。一体どうしたら……」
ナリが亥李の方を見た。盾を構える亥李の腕には、プレゼントに渡されたライフブレスレットが巻かれていた。
「こういう素早い敵は……隙が生まれるのを待つ。そして隙が出来たらすぐに叩き込む!これだな」
「それが出来たらよかったなぁ!《暗黒の牢獄》!」
ベルが話に割り込んできた。見ると、息を切らしていたベルは、オレンジの光に包まれていた。それが消えると、すでに彼の息が整い、疲れた顔も回復していた。
「俺が「鬼」になった瞬間、俺の中の「鬼」はどっか行きやがったのに……俺が「鬼」を辞めたら帰ってきやがった!鬼宿しの家系なんてくそくらえと思ってたがぁ……案外良い家系かもしんねえなぁ!?ほらほら次行くぜぇ!隙を見て叩き込むんだろぉ!?」
ベルがまた笑って、ナリ達の周りを回るのを再開した。鎌鼬が真一文字に、斜めに、様々な角度で飛んでくる。
「亥李!どうすんのさこれ!隙なんて出来ないじゃん!」
「実際、それを信じて闘った奴らは多いだろうな……1回しか負けたことがないんだから、隙は出来なかったってことだろう、がっ!」
詩乃と零が亥李に向かって叫びながら避けた。
「うっせえ!隙が出来ないなら作ればいいだろ!《絶対命中》!」
亥李が盾に剣を当て、滑らすように投げた。ベルは亥李が向いている方と逆の位置にいた。剣がまっすぐ空を飛ぶ。走りながら鎌鼬を放つベルに丁度のタイミングで向かっていった。だが、ベルは減速することなく鎌鼬を放ち続け、剣に当てて勢いを相殺してしまった。
「ああ、くそ!」
亥李が鎖を引き、剣を回収した。それを見て、ナリは何かを思いつきそうだったが、案は思い浮かばなかった。
「ほらほらほらほらぁ!さっさと攻撃しないとお味方がどんどん減ってくぜぇ!司令官を殺したらすぐに俺を倒せなくなるぞ……!ああ、楽しいよなぁ!虐殺はぁ!!」
ベルがまた笑った。彼は一段とスピードを上げ、鎌鼬を8方向から2個ずつ放った。それはまっすぐ亥李の方へ向かった。
「まずっ……!《回復精霊》!」
詩乃が亥李に向かって杖を振った。白い光を放つ精霊が現れ、亥李の周りを回転しながら飛び回っていく。その瞬間、亥李に向かって鎌鼬が飛んできた。2方向は盾で防げたが、それ以外の方向から来た鎌鼬は避けることも出来ずに、当たってしまった。
「《さざれ石》!」
決め台詞でも言ったかのように、ベルが言った。
「亥李!」
ナリが叫ぶ。亥李は精霊のお陰で大丈夫そうだったが、息が切れていた。あまりにも速いスピードで飛んできた為に体力が減ったのだろう。
(どうしよう……このままじゃ本当にベルに傷一つ付けられずに負けちゃう。亥李の言う通り隙が出来ればいいんだけど、難しそうだし……一体どうしたら……)
ナリは冷や汗を手で拭いながら、ベルを見つめていた。
参華が目を開けると、そこは時の回廊とも8年前の世界ともとれない、真っ白な世界だった。隣にいた愛が「ここは……」と呟く。他に誰もいなかった。影が遠くに向かって伸びていた。
(皆は……それに、立花とベルはどこ?少し……準備した方がいいかも……)
参華は辺りを警戒しながら、《魔源収納》を握りしめ、槍を取り出した。
「や……槍、出すんですか……?」
愛が心配そうに尋ねた。
「ええ。愛、昔冒険者だったりした?出しておいた方がいいかもしれないわよ。武器」
「い、いや……冒険者ではあったんですが、すぐに辞めてしまって……魔法は使えますけど……」
「魔法が使えるなら上出来よ。さて……」
参華が周りを見渡していると、目の前に立花が現れた。立花は腰を低くして、参華にナイフを突き出してきた。参華は槍でそれを受け止めながら、突き進んでくる立花に押され、後ろに退避していた。
「参華さん!」
愛が叫んだ。
「りっ……立花!」
無表情でナイフを突き出してくる立花の目は、参華を刺すかのようだった。それをやめると、立花はバク転で後ろに引き、ナイフを回転して構え直した。
「……ベルが私に言ったんだ。やってきたお仲間は引きつける。リッカはリッカの殺したい奴を殺せ、ってさ。それでこんなおあつらえ向きな場所を用意してくれたんだ。私の思いで変わる世界、だって」
立花は静かにそう言った。周りの風景が端から端へと変化していく。そこは安城不動産の会議室だった。安城兵二郎、と書かれたネームプレートが、デスクの上に置かれていた。
「でも、ここは時の回廊じゃない。時の回廊にいると、私が怪我したら昔の私も怪我するから、って。だから、今ここでお前を殺したって、過去が変わる訳でもない。でも、お前を殺すにはいい場所だ。そう思わない?お姉ちゃん」
「……立花ちゃん……?」
愛が呟いた。立花がデスクの上に飛び乗った。
「……いい場所、に見えるの?」
参華が聞いた。愛が困惑の表情を浮かべて2人を見ていた。
「見えるよ。お前の墓場に丁度いい場所だ。ここは父さんが死んだ場所であり、安城兵二郎が死んだ場所でもある。ここはこの腐った未来の、結末だ」
立花がそう話すと、デスクの上に蔓が生え始めた。椅子も蔦に絡め取られていく。床の上は土や瓦礫が現れ、天井が所々崩れていった。机の上に落ちてきた大理石の瓦礫に蔓が生え、1輪の花が咲いた。白いアネモネだった。
「お姉ちゃんもそうだけど、愛、私はあなたにも怒ってるんだ。なんでか分かる?」
「え?わ……私?」
「何をとぼけてるの?私の悲願を全部台無しにしたのは愛じゃん。愛の為に時の回廊に連れていって、愛の為に外に出した。なのに、なんで愛は私を裏切るの?」
「裏切ってなんか……ないよ」
「じゃあ、亥李さんとかその他諸々を連れてきたのは一体誰だったの?福島愛だったの?プライヤ?山川和葉?それとも、他の誰かだったの?」
「……それは……私が案内すれば、参華さんを助けたい皆の願いを叶えられると思って……」
「じゃあ、愛は私を助けてくれないの?」
愛が申し訳なさそうに目を伏せた。立花はその様子を見て、机を足で叩いた。空気と空気の振動を参華達は感じた。
「ああ、ベル……やっぱり、頼れるのはベルだけみたいだよ。勿体ぶらずに、もっと早く殺しておけば良かった。そうすれば私は悲願を達成出来るし、ベルはもっと早く自由になれたのにね。本当に、それだけが私のミスだ」
「……もう……何の善悪も感じないのね」
参華が呟いた。立花は参華を睨みつけた。
「分かってるよ。私がやりたいことが悪いことだって。でも……何度も言うけど、お前が死ねば皆が幸せになる。私は皆を幸せにするヒーローになるんだ。私は最も憎い相手を殺して、私の幸せを手に入れる。その為なら、何をしてもいいんだ。それはもう、有り得ない未来の話だから」
立花の足元から、太い蔓が伸びてきた。茨のようにも見えるそれは、参華と愛の方に向かって、真っ直ぐ飛んできた。
咲くはずのない白いアネモネが咲いていた。
「遠谷参華。福島愛。お前らを殺す」
立花は静かに、低く呟いた。
(立花は転生者じゃない。普通の一般人だ。だから、私の槍も、愛の魔法も当てちゃいけない。もし当たってしまったら、負の連鎖が生まれてしまう。愛がどういう魔法を使うのかは知らないけど……私に出来ることはただ一つ。耐久戦だ。立花の言うことを信じるなら、亥李達はベルの相手をしている。ベルが倒れるか、立花が倒れれば、この勝負は勝てるんだけど……出来るのかしら。私に……)
参華は、蔓の根本に立っている立花を見つめた。立花の目に光はなかった。
(そんな長い時間、逃げずに自分の為だけに耐えるだなんて……)
参華が槍をくるくると回した。ぶんぶんという音だけが、参華の緊張を解いてくれた。
ベルの「魔法」は、日本語での意味→英訳→英語での意味→そこから意味が逸れないように言葉を抽出、という感じでルビを振っています。
次の金曜日と月曜日は忙しいのでお休みさせてください。
次回は3月4日です。




