立花の夢
「…………え?」
参華は言葉を失ってしまった。唇が震える。頬はつり、全身から汗が吹き出た。殺害予告は初めてだった。
「気付いてなかったの?安城兵二郎に似て鈍感なんだなあ……」
立花が肩をすくめて笑った。楽しそうだった。
「私がお姉ちゃんを殺すと決めたのは、今年の8月の最初くらい。誰を殺そうか悩んだんだよ。安城兵二郎を殺してしまうと、その親友である父さんに申し訳が立たないと思った。お姉ちゃんにも仕返しされそうだしね。当然、父さんは殺せない。だから、お姉ちゃんに決めたんだ。お姉ちゃんが、全ての原因だから」
「わ……私が、全ての原因……?」
立花はその発言を聞いて、目を見開き、睨みつけた。彼女は低い声で言った。
「まさか……この期に及んで被害者面してるの?思い出しなよ、安城友香。8年前で見た真実を。お姉ちゃんさえ生きていなければ、安城兵二郎は父さんを殺さなかったんだよ?」
「そんな……そんなの……」
「あはっ、もしかして分からないとでも言いたいの?もう少しお姉ちゃんは頭がいいと思ってたんだけどな……安城兵二郎は、お姉ちゃんに流れている血が父さんのだって気付いて、父さん達を殺そうと決めた。全ては父さんへの恨みを晴らす為、そして全ての真実を娘に知らせない為。だったら、最初から安城友香が死んでいれば、安城兵二郎は父さんを殺さないで済むでしょ?」
「り、立花だって……犯人が立花だって、すぐに分かるわよ!」
「分からないよ。この時代の私はまだ小学1年生だよ?包丁も持ったことの無い普通の女の子が、明確な意志を持って人を殺したなんて誰が考えるのさ。特に父さん世代の人は」
「だ、だからって……立花が殺すことないじゃない!それに、どうやって私を誰にも見られずに……!」
「どうやって?最初に説明したじゃん、お姉ちゃん。この世界では、自分の体は前の体と同一だって。今は遠谷参華だけど、同時に安城友香でもあるんだ。今お姉ちゃんが死ねば、安城友香も死ぬんだよ。それに、私達の姿は周りには見えない。ほら、出来るでしょ?」
立花は、自分の手を切ったナイフをまた取り出した。切っ先は鋭く、立花はそれを愛おしく見つめていた。
「最初にそのことを知った時、歓喜で涙が溢れそうだった……ここにお姉ちゃんを呼び込めば、簡単に殺せるって。私は安城友香が誰か分からなかったから、直接実験と言って呼んでくるしかなかったんだよ。そもそも死んでるなんて知らなかったしさ。なんにも真実を教えないで殺すのは、安城兵二郎の手の平で踊ってるみたいでムカついたし……」
「だから……色んな人を連れ去って……」
「連れ去って?人聞きの悪いなあ。私は皆に、過去を変える方法を教えただけだよ?ああ、あの人には使わなかったなあ……お姉ちゃんの大切な人なんでしょ?亥李さんは」
参華はその言葉を聞いて、自分が飛び上がったような気がした。立花はその様子を見て笑った。
「ほらやっぱり。あの人には時の回廊は教えてないよ。その代わり、自分の人生に後悔してない奴を紹介して、って言ったんだ。取引だね。それで、ようやくお姉ちゃんに出会えた。しかも自分から実験に乗り気になるなんて、私、凄い幸運だと思わない?」
「私を呼ぶ為に……亥李を利用したの!?」
「そうだよ?今まで何人にも《あなたは誰?》って聞き回ったんだけど、手掛かり1つなくてさ。それで、ちょっと取引を持ちかけたら……まさか、こんなに早く見つかるなんて。やっぱり、私ってばなんて幸運!」
立花は手を広げ、高笑いを響かせた。参華は流れる汗も拭わずに、立花を睨みつけていた。
「安城友香が死んでるって知った時は、本当にショックだったんだ。自分の足元がぐらついたのはあの時が初めだった。お母さんに言われて保険金目当てで自殺したんだっけ?その話を聞く度に思うんだ、私……逃げんなよ畜生、てさ」
立花が参華の方を見た。その目は笑っていなかった。
「本当さあ……お母さんの言いなりになって、それで逃げれたつもりでいるの?滑稽だね。無様だね。知ってたんでしょ?自殺じゃ保険金貰えないって。でもそれでも自殺した……お母さんを裏切れなかったんでしょ?救えなかったお母さんに顔向け出来なくて」
「……やめて……!」
参華が睨みつけたまま言った。立花が鼻で笑った。
「やめないよ。だって許せないもん。お母さんを救えなかった罪からも、メディアから逃れられない辛さからも、全部自殺して逃げようと考えてたんでしょ?卑怯だよね。私は必死に生きてきたのにさ。私は悲劇のヒロインです、何もかも辛いので逃げます、みたいな?」
「……やめてよ、立花……!」
「じゃあなんなのさ。私には逃げたようにしか見えなかった。自分の人生辛かったんでしょ?分かるよ、すっごい分かる。お母さんを救えなかったんだもんね。分かるけどさ、許せないよ。被害者みたいな顔して、本当は自分が原因なのにさ。その全ての責任を取らずに死んじゃって。取り残された私の気持ちが分かる?何度涙を流したことか……」
「逃げてなんて……ないわよ!最初から、ずっと!」
参華が叫んだ。その目には涙が溜まっていた。
「ただ……立花の言う通り、顔向け出来なかったんだ。私が死んだら、今度こそやっと救えるって、思ったの。お母さんの心が壊れてるのも知らないで、私はのうのうと生きてきて……お母さんが変な宗教に貢いでいた時も、止められなかった。だから……!私は、今度こそお母さんの為になりたかった!生命保険が自殺に適応されないのも知ってた!でも……!私の死で少しでもお母さんが救われるのなら、私はそれで……!」
参華のその涙の演説を聞いて、立花は笑い始めた。参華が「え……?」と呟くと、立花は言った。
「あっはっはっは!!じゃあ本当に無駄死にだね!」
「え……?無駄死に……?」
「そうだよ!む、だ、じ、に!あのね、お姉ちゃんのお母さんはね……死んだんだよ!お姉ちゃんが死んでからすぐに!」
立花の笑い声が聞こえてきた。参華の膝ががくりと崩れる。涙がゆっくり流れ落ちていった。
「それ……本当に……?」
「本当だよ。私はずっと真実しか言ってないよ?」
「……どうして、お母さんは……」
「そんなの簡単だよ。お姉ちゃんのお母さんは、お姉ちゃんが死んでからすぐに気付いたんだ。お姉ちゃんが自分のせいで死んだって。そして、家族が自分1人しかいなくなったって。きっと、お姉ちゃんのお母さんにとっては、追いかけるのが普通だったんだろうね。貴族ってほんとよく分かんない」
「……お母さんは、それで死んだっていうの……?」
「そうだよ。最終的にはマッサージ店に行くのをやめたんだし、お姉ちゃんにとって大満足だと思うけどね」
立花はまだ笑っていた。参華はその言葉がまだ信じられなかった。
(お母さんが……死んだ?じゃあ、私は……何の為に……)
涙がアスファルトの上に落ちていった。立花は追い打ちをかけるように言った。
「でもさ?お姉ちゃんが今ここで死んじゃえば、お母さんもお父さんも皆死なないで済むんだよ。私も幸せな暮らしを送ることが出来る。最高だと思わない?」
「……そんな簡単に、過去は変わらない」
「変わるよ。今まで他の人が皆変えてきたように、私だって変えてみせる。私が幸せになる為にね。だから……」
立花は口調を強くして、言った。
「死んじまいなよ、安城友香。お前なんて生きてこなければ良かった」
その言葉は、参華の心に深く突き刺さった気がした。
「お前が生きてこなければ、父さんは殺されずに済んだし、安城兵二郎もお前の母親も死なずに済んだ。全部お前が生きていたせいだったんだよ。お前は自分の行いで母親を不幸にしたと思ってるみたいだけど……本当は、お前は生きているだけで皆を不幸にさせるんだよ。よく今まで気付けずに生きてこれたね。本当に、安城兵二郎に似て鈍感だ」
参華は俯いた。涙がとめどなく溢れてくる。立花は更に言葉を浴びせた。
「遠谷参華に生まれ変わって、真実を知らない悲劇のヒロインになって……それで私が許すとでも思ってるの?私の幸せを全部奪いやがって。お前は私から奪った分、これから私に返してくれるんだよね?」
参華は黙っていた。その言葉を受け止めるのに精一杯だった。
立花は「だんまりするの?」と聞きながら、ナイフを取り出した。刃先が、参華に向いた気がした。
「はっ……あっ……!」
言葉にならない悲鳴を、参華は上げていた。押さえつけなければいけない程手が震える。本気で立花は自分を殺すつもりだ。
「大丈夫。次起きた時は、お前も幸せな世界に行けるからさ……皆幸せになれるんだから、ちょっと違う世界な事ぐらい、目をつぶってよ。だから、そのままじっと……!」
「ま、待って!」
参華が必死の思いで叫んだ。立花がナイフを構えた。
「何?遺言なら聞いてあげるけど?」
「わ、私を……殺す、以外に……方法は、無かったの?皆が幸せになって、誰も死なない方法が……」
「それ、お前は思いついたの?」
参華はそう聞かれ、黙って俯いてしまった。彼女の頭には何も思い浮かばなかった。立花はその様子を見て、怒鳴った。
「じゃあ死ねよ!!なんも思いつかないなら提案すんじゃねえよ!情に訴えるみたいに泣きやがってさ!お前のそういう態度、本っ当に大っ嫌いだ!今すぐ死ね!!私の幸せを返してくれ!!」
参華は立花に涙を隠すように顔を下に向け、立ち上がった。手は震え、体はふらふらと揺れていた。まるで、的を与えたように。
涙をすする音だけが、誰もいない住宅街に響いていた。
「……遺言も、残さないの?」
立花が尋ねると、参華は泣きながら頷いた。
「だって……遺言を言ってしまうと、私、皆に会いたくなっちゃう……きっと、安城友香が死んだ時のように、私は今、逃げてるんだと思う……でも……立花が幸せになれるのなら……私は、これで……」
参華は声を上げて泣いた。
「最後まで悲劇のヒロイン気取りだね。まあ、これで幸せになれるのだから、責めはしないけどさ!」
立花は笑って、天を仰いだ。
「さようなら、安城友香。恨むなら、生まれてきた自分を恨むんだね。
私は雛鳥の囀り、喜びの化身、若さの象徴。
私は、今からピーターパンだ」
立花がナイフを構え、走ってくる。参華は目を閉じた。立花の不気味な笑みと、自分の悲惨な姿を見たくなかった。
彼女の脳裏に、今までの過去が思い起こされる。これを走馬灯と呼ぶのだと、彼女は1回目の人生で思い知っていた。
父親だと思っていた父親。最期まで救えなかった母親。2人と過ごした、安城家の穏やかな日々。本当の父親と遊んで、楽しかった思い出。父親の殺人事件。母親とメディアから逃げ続け、疲弊した日々。母親を救えなかったことを自覚した、大人になってからの衝撃。母親に死んで欲しいと言われ、自殺を選んだ日。
クリスに転生した時。メルヴィナと出会い、精霊人を結成した夜。アルケミスとアッシュが加入して、精霊の謎を解き明かさんと精勤した日々。ケルベロスアイと出会った場所。精霊の謎が解けると確信した時に、現実に戻ってきたその日。
参華になって、バイトと酒に明け暮れた日々。仕事を辞めて飲んだくれていた亥李と、居酒屋で出会った夜。仲間と再会した日。稲子谷奏太を皆で倒して、世界の謎に触れた日。皆と一緒に出かけた旅行。亥李と一緒に酒を飲んで、亥李の過去を聞いた日。亥李を助けたいという純粋な思い。自分の生来に関わる真実。
その全てが、血が巡るように思い出されていった。
(馬鹿……余計に涙が出てくる。嫌だよ……納得なんてしてないよ……あの時も、今も……皆が幸せになるんだ……私の死だけで、何人もの命が救えるんだ……そんな風に思ってないと、生きたくなっちゃうよ……!)
目を開けて、すがるように立花の後ろを見た。そこには誰もいなかった。
涙で世界が歪んだ。スローモーションがかかったみたいに、ゆっくりと世界が動いていく。自分にナイフが突き刺さるのは、凄く遠くのことに思えた。距離は、心臓から刃の先まで数センチも離れていないと言うのに。
(亥李……!!)
また、目をつぶった。痛いのは嫌だった。立花の笑い声が、参華の鼓膜に張り付いたように聞こえた。
その時。
「《絶対命中》!!」
参華にとって聞き馴染みのある声が、横から聞こえた。
「あんたは……!」
驚いて目を開けると、立花が信じられないという風に横を見ていた。ナイフは遠くに飛ばされてしまっていた。
鎖に引きずられて、参華の横を抜けていく剣が、彼女の目に映った。
「…………うそ……」
参華だって信じられなかった。今まで、自分が誰かを望んだ時に、願いが叶ったことは1度も無かったから。
「うっし!ラッキー!」
ガッツポーズをして、参華に駆け寄ってくるその姿が、彼女には王子か何かに見えた。
「亥李……!」
参華はそう呟いた。涙が静かに落ちていった。
次回は2月18日です。




