あの日の真実
周りに浮かぶ光は、参華がよく知る光景を映し出していた。楽しかった母親との思い出、前を向けるようになった記憶……この全ての思い出ですら母親を救えなかったことが、参華には重くのしかかった。
「参華さん……参華さんの目には、一体何が見えてるんすかね?ここは7年前。安城兵二郎の事件から1年後の時空っす」
しばらく歩いていると、立花が品定めするように光を見ながら言った。
「そうね……何の変哲もない、ただの母子家庭、って所かしら……この頃はお母さんも普通だった。どうして、私はお母さんの心の変化にも気付けなかったんだろう……」
参華がぼやくように言った。立花はそれを、物憂げに聞いていた。
「そっすか。私は……私には、母さんの死に際を見た私が見える。私が小学校から帰ってきた時に、母さんは家の中で倒れてたっす。なんべん揺すっても起きてくれなくて……たまたまお隣さんが様子を見に来てくれなければ、母さんの遺体はあの家の中で腐って消えたっすよ」
立花が急な坂を上り始めた。参華は何も言えずに後を追いかけた。立花は続けた。
「だから、真実が知りたかった。私がこんな目に合う理由が知りたかった。それで時の回廊なんて作ったんすけどね。参華さんも同じでしょう?」
「……ええ。最初は実験と聞いてあまりピンと来てなかったんだけど……今は、お父さんが人を殺した理由が知りたい。お母さんが壊れてしまった理由が知りたい」
立花がそれを聞いて、参華を一瞥した。そして、ニヤリと笑った。
「よし。着いたっすよ。参華さんの始まりの場所。8年前のあの日っす」
立花が目の前の光を指さした。参華は頷くと、立花と共に躊躇いもなく向かっていった。
「あれ?立花ちゃんも入るの珍しいね」
「いつも見送るだけなのにねー」
遠くで話す子供達の声を聞きながら、参華は光の中を進んでいった。
進んでいった先に、大きな家があった。広い庭に大きな屋敷。かつて友香が育った、安城家だった。
参華が懐かしみながらそれを見ていると、声が聞こえた。庭の木に隠れて見ていると、それは中学一年生の友香と父親だった。
「お父さん、早く車乗りましょうよ」
「ああ。今日は部活なのか?」
「そうよ。今日は初めて試合をするの!」
普通の会話を交わしながら、2人は車の中に乗り込んだ。参華と立花は、その車の後をゆっくりとついていった。
「先に言うっす。私達は誰にも見られないっすけど……今の私達の体は、この時代の自分と同化してるっす。もう少し詳しく言うなら、自分の魂が元々入っていた体っすね。だから……」
立花はそう言いながら参華を見つめた。そして、どこからか取り出したナイフを握り、それで軽く、立花は手の平に切り傷をつけた。立花は悪戯っぽく笑った。
「ちょ、ちょっと……!」
「ほら、見てくださいっす、あそこ」
血が滴る手を握り、立花が車とは違う方向を指さした。そこには、何人かで登校している小学生が、横断歩道を歩いていた。
「あれー?りっかちゃん、怪我したのー?」
「あれ?うーん、怪我してないんだけどなー」
「ね、学校着いたら保健室行こうよ!」
女子小学生3人が、1人の女の子の手を見ながら歩いていた。手を怪我した女の子は、どこか立花に似ていた。
「あの子は、この時代の私。ほら、あんな感じで同じように傷が付くんす。分かったっすか?」
「ええ、まあ……でも、わざわざ実演しなくてもいいじゃない」
「まあまあ、実演した方が分かりやすいってこともあるっすよ。さて、それじゃあ追いかけますか」
立花がまた車を追いかけ始めた。参華は立花を不安に思いながらも、車を追いかけた。
車は友香を学校まで送り届けた後、安城不動産のビルに向かった。この日は会議で、幹部と社長の会議が行われる予定だった。
会議の内容は、新しい事業展開の決定などを話し合う、普通の会議だった。参華はこの場で殺人が起きるのではないかとドキドキしていたが、それは杞憂に終わった。
3時間ほどの会議が終わり、幹部達は部屋を出ていった。その中で、副社長の肩書きを持つ人物が、兵二郎に近付いた。
「今日もお疲れ、社長」
「これはどうも、副社長」
冗談めかして笑う兵二郎の顔を見て、参華は思い出した。副社長の鍵本俊一だった。
「って、あれ?鍵本って……」
参華が立花の方を向いたが、そこには誰もいなかった。廊下を見渡しても居なかった。探しに行こうかと思ったが、俊一と兵二郎の方に動きがありそうだったので、そちらに注目した。
「安城不動産もかなり拡大してきたし、これで不景気なのも解消するだろう。今日は早く帰れそうだな」
「ああ、そうだな。君の娘さん……立花ちゃんだっけ?今日はお互い娘と話せるな」
兵二郎が笑うと、俊一が乾いた笑みを見せた。
「友香ちゃんはもう中学生だっけか。俺にはもう近付かないかもな。思春期だから」
「さあ、どうだろうな?鍵本には懐いていただろう」
参華は懐かしい姿である俊一をじっと見ていた。俊一の笑みに、影が落ちた気がした。彼は何かを決意したように頷いて、黒いファイルの中に入っていたA4サイズの紙を机の上に見せた。
「なあ、安城。友香ちゃんの事なんだが……これを見てくれ」
「どうしたんだ急に、一体……」
兵二郎が渡された紙を見た。それを見た兵二郎の顔が急に青ざめる。兵二郎が俊一を見た。俊一はその目に答えるように言った。
「お前は血を気にするだろう。だから、知らせておこうと思ったんだ。友香ちゃんももう大人だからな」
「……いや、なんなんだこれは……DNA鑑定?」
その言葉が聞こえた時、参華の心臓がどくんと飛び跳ねた気がした。俊一は言った。
「安城が、理恵さんのことを俺に紹介した時……俺と理恵さんは、お前に内緒で連絡先を交換していたんだ。何かあったら相談したいって」
理恵は友香の母親の名前だ。参華はそっと近付き、父親が持つ紙を見た。
そこには、俊一と友香のDNAが半分一致すること、親子関係である確率が99.9%であることが記されていた。参華はそんなこと聞いたことがなかった。
「それで、お前に内緒で理恵さんと会っていたんだが……理恵さん、嘆いていたぞ。お前と子供が出来ないって」
兵二郎は黙っていた。俊一は続けた。
「だから、喜んだんだろう?友香ちゃんが生まれた時は。念願の子供だからな。それが、俺と理恵さんの子供とも知らずに」
俊一が一呼吸置いてから、堂々と宣言するように言った。
「安城。友香ちゃんは俺と、理恵さんの子なんだ。安城が理恵さんと子供を作っている間、俺と理恵さんも子供を作っていた。その子が、友香ちゃんだ。まだ妻と出会う前の話だけどな。けれど、この秘密をいつか公表しなければならないと思って、今した。それだけだ」
誰もが息を飲んだ。参華は何故か涙が溢れそうだった。
「……この情報を、誰が知っている」
手を震わせ、兵二郎が聞いた。紙のペラペラと震える音が、社長室の部屋に響いた。
「俺と、調べさせた俺の部下2人。あと伊賀さんと内田さんだ。2人はお前とも親しい幹部だから、伝えておいた。まだ友香ちゃんには言っていない」
「……けれど、友香にこれから言うんだろう?」
「ああ。安城を悪い父親だと思ったことは無いが……友香ちゃんにも、真実を知る権利と父親を選ぶ権利があると思う。それに、名前も知らない大人の女性に友香ちゃんの髪の毛を集めさせたことを、謝らないといけないからな」
俊一はそれだけ言って、社長室を出ていった。
参華が俊一を追いかけると、そこには俊一ではなく立花がいた。
「父さんより、兵二郎に注目した方がいいっすよ」
立花がどことなく寂しげに言った。参華が言われた通りに目を向けると、兵二郎は頭を抱え、唸っていた。
「友香が……友香が、鍵本の子……!?やけに仲が良いとは思ったんだ……まさか、そんな真実が……ああ、そんな話が、もし友香に伝わってしまったら……!
その声は震えていた。昔の父親の様子からは想像もつかない動揺っぷりだった。
「友香は……俺を選ぶのか?それとも鍵本を選ぶのか?いや、この際どちらでもいい……友香は鍵本の子だ。友香が俺の会社を引き継ぐのならば……俺の会社は、鍵本の血が引き継ぐことになる……!俺の血を、誰も引いてくれなくなる!」
兵二郎が叫んだ。そして立ち上がり、ぶつぶつと呟きながら部屋を出ていった。
「隠さなければ……友香が全てを知る前に!」
参華は背中がぞくっとした気がして、振り返った。そこには立花がいた。
「はい。もう分かったと思うっすけど……安城兵二郎が5人を殺害したのは、むしゃくしゃしてやったんでも、恨みがあったんでもない。秘密を守り抜く為っす。参華さんが……安城友香が、安城兵二郎の娘では無いという真実を」
立花がそう言った瞬間、血の匂いが漂ってきた。参華が慌てて振り返ると、そこには包丁を手に持った兵二郎が、倒れ伏す俊一や、俊一の女性の部下の狩野、糸川、そして幹部の伊賀と内田を見下していた。彼の持つ包丁は血が滴っていた。彼の目は、どこか満足そうだった。
「参華さん。いや、お姉ちゃん。これが、お姉ちゃんが知りたかった真実だよ。どう?知って、満足した?」
立花が、参華を試すかのように笑った。
次回は2月11日です。




