愛の秘密
「え?む……娘?」
参華が聞き返した。愛の容姿からその言葉が連想出来なかった。
「愛さんって……お母さんなの?……ですか?」
「あはは。かしこまらなくていいんですよ、参華さん」
愛はそう笑って、参華に教えてくれた。
「私は、昔……訳あって、娘を授かったんです。その子は私が生きている間に亡くなってしまったんですが……彼女も、転生しているみたいなんです。だから、一目でも見たいな、って。私、今の参華さんよりも若かったですよ」
「え?そうなの?ごめんなさいね、私てっきり……」
「いえいえ。そう思うのは普通ですよ」
そう言って愛は立花の方を向いた。そして聞いた。
「立花ちゃん。それで……時の回廊の門、開けてくれる?」
「それはまあいいけど……すぐ帰ってきてよ。大人に見つかったら面倒だし……他の子が出ちゃうかもしれない」
「うん、分かってるよ。立花ちゃん」
「じゃ、娘さんによろしく伝えといて」
立花がそう言うと、愛は手を振り、「じゃあね」と言って去っていった。立花はそれを見ながら、門に向かって鏡を構えた。
「《大人になろう》!」
立花が唱えると、鏡から「はいはい、開いてやるぜぇ!」とベルの声が聞こえた。
そして、鏡の中から紫色の触手のような光の束が溢れ、それがまっすぐ門の方へ向かっていった。しばらくして、門が開くような音がした。
「よし、開いたっすね。全く、突然外に出たいなんて、一体何が……行きましょっか、参華さん」
立花がくるりと振り返り、また坂を上り始めた。参華もまた、彼女の後を追った。
「愛さんって、普段からあんな感じなの?」
「いや……普段は割とオドオドしてる人っすけどね。結構積極的な時は積極的なんだなぁ……」
立花はそう呟き、そして参華に向け、笑って言った。
「さて、それじゃあ……お教えしましょっか。私の悲願」
立花が、子供じみた笑顔を浮かべ、参華の方を見た。
詩乃に呼ばれて近くの交差点まで来たナリ達は、その交差点に集まっている人集りの中に、詩乃の姿を見つけた。詩乃はナリ達を見つけると、慌てて手招きした。
「この人集り……一体何があったのかな」
《異形》で人間になったナリが呟いた。
「おい、見てみろよ。事故ったみたいだぜ。バイクが車に突っ込んだみたいだ」
亥李が指さした。亥李の言う通り事故が起きたらしく、車のフロントガラスは割れており、バイクはひしゃげていた。
近くには警察や運転手と思わしき人物が立っていた。ヘルメットを被っていた運転手と鍵を持った運転手が話し合っていたが、ヘルメットを被った運転手はほとんど無傷だった。
詩乃に近付くと、詩乃は人差し指を口に当て、ヘルメットを被った運転手の方を見た。
「だから……バイクが突然暴走して、僕はそれをなんとか離したんです。わざとやった訳ではありません。本当に、なんとか間に合ってよかった……」
ヘルメットを被った運転手が、額の汗を拭いながら言っていた。
(間に合ってよかった……凛が言ってた話と似てる気がする。もしかして、この人も幸運な人……?)
ナリはそう思いつつ、その運転手を見ていた。彼は怒り心頭なもう1人の運転手と、宥めるように話し合いをしていた。詩乃に肩を叩かれ、ナリは零達と一緒に現場を離れた。
「詩乃。いい加減、俺達を呼んだ理由を教えてくれないか?」
零が詩乃に尋ねると「もうちょっと待って」と言った。そして、彼女がどんどん歩いて進んだ先で、彼女は立ち止まった。
「よし、もう大丈夫だね」
詩乃はそう言いつつ、くるりと振り向いた。ナリ達の目をじっと見つめ、そのまま言った。
「めるが皆を呼んだのはね?さっきの運転手、最近流行ってる幸運な人だと思うんだけど……参華と関係あるかもなーって思っただけだよ」
「それ……たまたま目に入ったから呼んだとかじゃねえよな?点と点を無理矢理線で繋ぐな」
「やだなあ亥李、そんなこと無いって。まあ確かに、参華を探しててたまたま目に入ったのは事実だし……もしかしてあんま当てになんなかった?」
詩乃が頭をかき笑って謝った。そのまま彼女は、ナリ達の後ろを見た。
「で?そこのお嬢ちゃんは何か用?」
ナリ達も後ろを向いた。そこには、優しい瞳をした少女がいた。ナリはその少女が誰なのか、知っていた。
「ごめんなさい……匡史くんを見つけたからどうするのかなって思ってたら、皆さんのことを見つけてしまって……知ってる顔を見つけたから、ちょっと追いかけてみたかっただけなんです」
彼女が顔を上げた。ナリと目が合う。彼女はナリを見て、ニッコリと笑った。
「えっと……ところどころ違う気がするけど……有ちゃんだよね?久しぶり。元気にしてた?」
彼女は――福島愛は、そう言って笑った。
「愛……」
ナリは、思わずそう呟いた。全員がナリの方を見た。
「ナリ……知ってるのか?」
零が聞くと、ナリは頷いた。その名前を聞いて、愛は「やっぱり」と安堵のため息をついた。
「良かった……雰囲気がちょっと違う気がしたから、有ちゃんじゃないかもって思ってたんだ」
「愛……今の私は、山門有じゃ……」
ナリが顔を伏せた。愛が首を傾げた。
「あ、あれ?私の記憶だと、有ちゃんって死んでなかったはずじゃ……あ、そういえば行方不明って凛ちゃんが……」
その言葉を聞いて、ナリは顔を上げた。そして、意を決して聞いた。
「ねえ、愛。私のことと、凛のこと……なんて呼んだ?」
「え?えっと、有ちゃんと凛ちゃん……え?なにかおかしかった?」
「いいや……何もおかしくないよ。でも……」
「でも?」
「……昔の愛は、私のことを有、凛のことを凛って呼んでたよ。あなたは誰なの?」
愛はそれを聞いて、しばらく呆然としていた。そして、笑った。悲しそうな笑顔だった。
「……有ちゃん。今の私は、有ちゃんの元同級生、福島愛だよ。でも……」
愛は一呼吸置いてから、言った。
「私は……山川和葉。高校三年A組37番。これも……1年前の話だけどね」
ナリと零はしばらくしてから「ええ!?」と叫んだ。亥李と詩乃は何が何だか分からない様子で、お互いに顔を見合わせていた。
「かっ……和葉先輩!?和葉先輩が……愛!?」
ナリが叫ぶと、愛は笑って「いつも通りでいいよ」と言った。
「私は山川和葉だけど……今は福島愛なんだ。私は、今のことを大切にしたい。有ちゃんだってそうでしょ?」
「それは……そうだけど……」
ナリは周りを見回した。愛はニッコリと笑って続けた。
「今だって、会いたい人が居たんだけど、見知った顔が居たから見に行って……」
「見知った顔?」
「えっと……バイクの運転手の人。匡史くん。彼とはとある場所で知り合って……」
愛がそう言うと、詩乃が「とある場所?」と聞いた。愛は頷いた。
「うん。でも……そこを管理してる人に、言っちゃダメって言われてるから、あんまり教えられないんだけど……」
それを聞いて、詩乃は肩を竦めた。そして、くるりと向きを変え、歩道を歩き始めた。
「あ、おい、詩乃!どこ行くんだよ!」
零が呼び止めると、詩乃は言った。
「あーあ、皆のこと呼び出したけど結局手がかり無しじゃん。参華を探す手がかりになると思ったんだけどなー……」
詩乃のその言葉を聞いて、愛が驚いたような顔をしていた。ナリがそちらを見ると、愛が聞いた。
「参華って……遠谷参華さん?」
「そうだけど……知ってるの!?愛」
「うん。その、さっき言った場所で出会って……」
「それ、本当か!?どこなんだそれ!?」
亥李が食いつくように聞いた。詩乃も足を止め、愛に近付く。愛は引き気味に聞いた。
「えっと……なんで参華さんのこと探してるの?」
亥李はそれを聞いて、俯いた。そして。
「……参華は……獣になっていく俺を助けてくれたんだ。確信はねえんだけど……俺はそうだと思ってる。だから、俺の為に行方不明になっちまったあいつを俺は探し出す……もし、危険な目に遭ってるなら俺が助ける!それが俺の、俺なりの恩返しなんだ!」
亥李は愛に、自分を鼓舞するように言った。愛は驚いてその顔を見ていた。
「……私は、あの頃とは違うんだ。自分に降り掛かる災厄を、周りへの被害を、全て顧みずに……自分のやりたいように生きてきたあの頃とは、もう違う。私は私から学んだんだ。戻れない過去を悔やむ為に」
愛が呟いた。ナリ達は黙って聞いていた。
「有ちゃん。お仲間さん。参華さんは、時の回廊に行ったよ。多分、鍵本立花ちゃんに言われて。私、案内するよ。今なら時の回廊の門が開いてる。参華さんは少し遠くの過去を変えるつもりだから……今なら間に合うかも。行きながら説明するから、行こう!」
全員は驚いたような顔で愛を見ていた。愛が言った言葉はあまり理解出来ていなかった。だが、亥李は決意表明のように1度深呼吸して、言った。
「参華が……参華がいるのなら、俺はどこでも行くぜ!愛!その時の回廊ってやつに案内してくれ!」
亥李が叫んだ。愛は頷いて「こっちだよ!」と山の方へ走り始めた。
「私、ずっと真実を知りたかったんすよ」
立花は歩きながらそう言った。
「真実?」
「はい。実はですね……私、親がいないんすよ」
参華が「え……」と呟いた。立花はその反応を見ながら続けた。
「父親は殺されたっす。母親は父親の死で弱っちゃって、病気で死んじゃったっす。それが小学生の頃の話で、私はその父親の死の真実が知りたかったっす」
「たしか……鍵本って苗字よね。どこかで聞いた記憶があるんだけど……」
その参華の呟きを、立花は聞き流すように聞いていた。立花は参華の方を見なかったが、彼女の目は睨みつけているかのようだった。立花は元の楽しげな表情に戻して、言った。
「私はおじいちゃんとおばあちゃんに育てられたんすけど……2人とも、私に甘かった。私が陰で裏路地に通ってたのも、受け子や売人して金を稼いでいたのも、2人は何も知らなかったっす」
「受け子や売人って……犯罪じゃない!なんで……!」
「そりゃあ、真実を知る為っすよ。真実を知るのにお金がいる、常識っすよ?高校生になったのも最近だし、中学生じゃバイトとして雇ってくれないっす。それで……父親が上司に殺されたって知ったところで、ベルに会ったっす」
「ベルに……」
立花は手を広げ、上を向いてくるくると回り始めた。嬉しそうな顔をしていた。
「そう!ベルに出会って、私の人生はやっと花開いたんすよ……!今までずっとゴミみたいな人生だった。おじいちゃんとおばあちゃんに謝っても謝りきれないようなことを何度もした。でも、これで私はやっと変われるんだ!そう何度も思ったっすよ」
「やっと変われる……いけないことをしてる自覚はあったの?」
「そりゃあありますよ。自分が犯罪に加担すれば、悲しむ人が増える。悲しむ人が増えれば、私にそれが返ってくる。私にそれが返ってくれば、おじいちゃんとおばあちゃん、お父さんとお母さんが悲しむ。だからしちゃいけないっす。でも……」
「でも?」
立花は大声を上げて笑った。近くの光に、5年前の12月の日付が書かれていた。
「誰だってしょうがないと思うことはあるでしょう?私が真実を知りたいと思ったのも、その為にお金が必要だったのも、そのお金を集める為に犯罪に加担したのも……全部しょうがないことだったんすよ。でも、これで私は全て変えられる。それで、ベルに頼んだんす。8年前のあの日を見せてって」
「8年前の、あの日……?」
「そうっすよ。参華さんも、真実を知りたいでしょう?8年前のあの事件。突然狂った安城兵二郎の事件の真実を」
立花が参華を一瞥して笑った。参華はその張り付いたような笑顔をじっと見つめていた。
(何……何なの、このざわめきは……立花は何を知ってるの?私の……お父さんの、真実を……)
参華はそう思いながら、事件が起きたあの日のことを思い出していた。
立花パートを書くとビックリするぐらい筆が進みます。多分今までの敵キャラの中で1番好き。
次回は2月4日です。




