自称アイドルと自称天才
次の日。
「なあナリ、俺、キャリー持ってくのめんどいんだけど」
零とナリは、朝日の元へ行くため家を出る準備をしていた。
「ええー……完全な人間になった方がいいかにゃ?《異形》って疲れるから嫌なんだけどにゃ」
「なっとけなっとけ。切符代は払ってやるよ」
溜息をつき、獣人の姿から人間の姿になった。身長が少し伸び、尻尾と猫耳が無くなった。他の人から見たら完全に人間の少女の姿だ。
「よし、それでいいぞ」
「はあー……準備できた?」
「お前、靴どうしたんだ?」
「《異形》すると服と靴がセットだよ。ずっとこれで過ごしてたけど、気付かなかった?」
「外国人かよ。それ二度と中で履かないでくれ」
ナリが人間の手で扉を開け、外に出た。
(やったー!簡単に開いた……なんか、夢を見てるみたい。私、白黒の猫から人間になっちゃった!)
ナリがそう考えうきうきしている中、7月の夏の暑さが、零とナリの服に染みた。遠くに蜃気楼が見えた。
「暑いなー……黒い服着てるからかな」
「そうだねー……どっか服買いに行こうかなー……このワンピース、ちょっと夏には暑い……」
駅に向かい、切符を手に入れる。そして、駅のホームで、零ははっとしたように気付いた。
「なんかお前、語尾抜けてないか!?」
「……ああー!ほんとだー!語尾消えてるー!」
零とナリが駅のホームで叫んだ。
「いやー、意味わかんねえな、《異形》。ソルンボルの時は普通だったろ?」
「うん、でもこっちだと、勝手に語尾が変わって……いや、よく分かんないね、この世界とソルンボルとの繋がりは……」
零とナリがそう話しながら電車に乗った。休日の昼間の電車は少し混んでいたが、2人が並んで座れるくらいの混み具合だった。零の隣には、零くらいの若い女性と、それよりもっと若い男の子が座っていた。女性は黄色いTシャツに水色のパーカーを巻いており、男の子は黄色い服に水色のロングカーディガンを羽織っていた。
(んー……兄弟、ってとこか?姉ちゃんが弟を連れてどこかに出かけるんだな……兄弟とか、凛以外にいたことないから分かんねえな……凛ともほとんど兄弟らしい会話してないし……)
零がそう思いながら観察していると、女性が話し始めた。
「千里、お金無くなっても、めるは絶対払ってやんないんだからね。めるはめるの、千里は千里の武器買うんだから」
「当たり前だよ、分かってる?詩乃」
「なんでめるに聞くのさ、当たり前のこと聞かないでよ!千里より年上だもーん、めるの方が常識あるもーん」
それを聞いた男の子が絶句する。千里と呼ばれた少年にとって、詩乃と呼ばれる彼女は常識人ではないようだ。
「え、あの、千里?」
「……詩乃がそう思うならそれでいいんじゃない」
「え、ねえ、なにそれ、ね、めるは常識的で理知的な超絶可愛いプリティーガールでしょ?ね、ちょっと、千里?」
もう一度、千里が呆れて絶句した。
その会話を隣で聞いていた零は、詩乃が言った「める」に既視感を覚えていた。
(める……いや気のせいか……精霊人にも、自分のことめるとか言ってた奴がいたな……メルヴィナ……元気にしてっかな……いや、あいつのことは本気でどうでもいいんだけど。それよりもアルケミス……あいつ食細いからな……)
零は昔精霊人であった時のことを思い出していた。アルケミスの嫌いな、回復酒を取り扱う酒場に行った時の事だった。
「いやー!やっぱ回復酒って苦いけど上手いよね!ねえアッシュ!かぁーっ!」
クリスが顔を真っ赤にしてアッシュの肩に腕をかけた。ジョッキに入った、ビールのような味の酒である回復酒を、クリスはドバドバと美味そうに飲んでいる。アッシュは回復酒を飲んで酔っ払うクリスや酒場の客、そしてその匂いが大嫌いだった。
「いや俺飲んでねえし……なあメルヴィナ、クリス何とかしてくれよ、すげえめんどくさいんだけど」
アッシュが助けを求めるようにメルヴィナを見るが、メルヴィナの方もかなり赤くなっていた。
「知らないもーん。めるはずっと来たかったのに、精霊人はクリスしか飲んでくれないじゃん!今日は2人も道連れー。それじゃクリス、精霊人の栄光にかんぱーい!」
「かんぱーい!ほらほらそこのオレンジジュース民ども!かんぱーい!」
クリスに強要され、アッシュとアルケミスも、小さく低い声で「かんぱーい」とオレンジジュースの入ったコップを掲げた。
「そうそうそれでいいの!ふっふーん、お子ちゃまども、回復酒、舐めてみるかい?」
クリスが腕をアッシュの肩に回したまま、そう言った。アッシュがその腕をほどき、回復酒の方を見ずに嫌そうに言った。
「お子ちゃまってなんだよ!俺は飲めねぇの!ったく、ほんとは酒場なんて来たくなかったのに……」
「ほんと、僕もだよ。なんでこんなことに……」
「アルケミスぅ、忘れたの?める達は「クーリエの迷い森」を攻略して、精霊達の足跡を見つけたんだよ!こうやって見つけていけば、この世界にいっぱいいる、精霊達の正体が分かるかもしれない。その為に活動してたんじゃん!」
「いや、それは覚えてるけど……」
メルヴィナ含め、全ての精霊使いは、自分たちの使う精霊たちの正体を知らずに、精霊達を操っていた。精霊の正体に興味があったというメルヴィナと、その友人のクリスが結託したことで、このギルドは始まった。
「まー、精霊使い達と契約していない精霊なんて滅多にいないし、いても人間のこと嫌ってることが多いからね。せっかく足跡が見つかったんだ、今日くらいいいじゃないの!あ、店主さん!もう一杯!」
はいよー、という声がカウンターの奥から聞こえた。テーブル席にいる精霊人の元に回復酒の入ったジョッキ1つが運ばれる。泡が弾ける音は周りの声で聞こえなかった。
「さてさてー、じゃあ今日は精霊人の記念すべき「足跡見つけたデー」ということで!かんぱーい!」
クリスがもう一度ジョッキを掲げた。アッシュとアルケミスは、見合わせたあと、「かんぱーい!」と、楽しそうに言った。
「ふふーん!めるの可愛さとー、めるの美しさとー、精霊人の発展に、かんぱーい!」
メルヴィナも、残り少ない回復酒の入ったジョッキを掲げた。アッシュとアルケミスは呆れたように、そのジョッキにコップを当てた。
(……そんなこともあったな……メルヴィナ……だったりするのか?それとも単に……)
そんなことを零が考えている中、ナリはというと、電車の中の広告や電子モニターに表示されるニュースを見ていた。
「山風町で行方不明者多発 大量誘拐事件か」
そういう見出しで書かれていたニュースは、ほとんど凛が教えてくれた内容と同じだった。
(凛ちゃんって情報収集能力高いんだねー……しっかし、毒りんご事件、前とは違う風に最近変わった人が被害者……ソルンボルから来た人、なのかな。零や私もそう。大丈夫だといいけど……)
そんな2人に、放送の声が聞こえた。次の駅が、2人の降りる駅だった。
電車がゆっくり止まっていき、それと同時に零とナリが立ち上がる。扉に近付くと、先程の詩乃と千里も立ち上がったのが分かった。
電車が止まった。零とナリは降り、また暑い日差しの中に入った。
「……ん?」
そこで零は気付いた。詩乃と千里が、零やナリと全く同じ道を辿っている事に。
「どうしたの?」
「いや、さっき俺の隣にいた人達が、俺達と同じ所歩いてるなー、と思って」
「え、そうなの?じゃあ朝日のところ行くのかな」
「いやこの辺に住んでるとかだろ……ほら、ここ、住宅街だし」
店などは減り、マンションや家が並んでいた。朝日は実家暮らしで、実家が営んでいる鍛治職人の店で働いていると、美波は言っていた。
ナリと零はしばらく歩いたが、詩乃と千里が彼らの視界から居なくなることはなかった。そして「鍛冶屋つがね」と書かれた表札の前で、全員が立ち止まった。
「ここがトビーの店か……」
「ここがトビーの店かー……」
「ここがトビーの店……」
「ここがトビーの家だね!」
零、ナリ、千里、詩乃が一斉に言った。
「え?」
全員が同じタイミングで声を発し、お互いを見合わせる。
「あんたらもここに用があんのか?しかもトビーって、もしかして……」
「まあ、まず中に入ろう。ここは熱い」
「確かにな」
零と千里が話し、4人は店の中に入った。包丁が並び、奥へ続く黒い扉と階段がある店だった。扉には「鍛冶場」と書いてあった。
「いらっしゃい!包丁ならいいのがありますよ!」
藍色の作務衣のおじさんが出迎えた。そして4人を見ると、すぐにピンと来たようで、
「あー……包丁じゃなさそうですね。朝日ですか?」
と聞いた。
「あ、はい、朝日さんを……」
ナリがそう言うと、おじさんは鍛冶場の扉を開き、その後に階段の方を見てから「こっちにどうぞ」と言った。4人は誘導された通り、2階に向かった。
2階にはレジスターのある古いカウンターがあった。カウンターの周りには、ソルンボルで売られていた「武器」と呼ばれる、剣、片手で持てるくらいの中くらいの斧、折りたたむことが出来る槍、グローブ、木でできた杖、ロザリオなどが飾られていた。
「どうも、いらっしゃいませ。トビー商店です」
若い青年が、藍色の作務衣を着てやってきた。身なりを整えていないらしく、髪はボサボサで、少し髭が生えていた。
「ちょっと、朝日!お客さんいんだからもうちょっと身だしなみ整えてよ!」
彼の母親であろう女性が、エプロン姿のまま階段を上がってきた。
「いいじゃん、母さん……それよりほら、あっち行ってよ」
「はいはい、でもちゃんと後で整えなさい」
母親はそう言って、さらに階段を上がって行った。
「はあー……さて、トビー商店にはどのようなご来店で?コスプレですか?」
朝日がため息をついた。カウンターの前に設置された椅子に座る。
「めるはレイヤーだけど、今回は違うよ!めるたち、武器が欲しくてきたの!売ってちょうだいな?」
詩乃が言うと、朝日は「前のギルドと名前を教えてください」と言った。
「ケルベロスアイのナリだよ」
ナリがそう言うと、詩乃や千里は驚きつつ、他3人も続けて、
「精霊人の……」
と言い始めた。朝日以外の4人が「え?」と一斉に発した。
「え?精霊人?まさかあんた……アッシュ!?」
詩乃が零を指さした。
「お前らこそ……まさかこのちびっこいの、アルケミスか!?」
零が千里を指さす。千里はナリの方を向き、不服そうな顔をした。
「そこの黒髪ロング、ケルベロスアイのナリなの?ふーん……お前もこっちに来てたんだ」
「はあ!?なによそれ、アルケミスはこっちでもちびなくせに!」
「はあ!?うるさい猫、もう少し静かにしろよ!」
千里とナリが喧嘩しているのを、詩乃と零は見ていた。
「おおーい、千里、そんなに声出してたら喉枯れて叔父さんがびっくりしちゃうぞー」
「叔父さん?」
「ああそう、今めると千里は従兄弟なの。あ、自己紹介してなかったか。ちょっと、千里」
詩乃が千里を隣に呼んだ。そして右手でブイサインを作り、広がっている部分を顔の右側に近付けて、言った。
「はろー!めるの名前は相沢詩乃!川鞍大学1年生の、可愛い可愛いみんなのアイドルだよっ!でも正体は、ブランキャシア唯一無二かつ頂点の美少女!精霊人の副リーダー、そして精霊使い!メルヴィナだよん!コスプレイヤー!今も昔もコスモ戦隊ホシレンジャーのイエロー担です!よろしく!」
千里もため息をつき、言った。
「僕の名前は虎前千里。中学3年生です。元は精霊人随一の天才アルケミス。よろしく」
17日、私の誕生日なんです。