期待と呪い
同じ頃。
「それじゃ、行ってきますにゃー!」
「おう。行ってらっしゃい。気をつけてな」
ナリは家の近くを散歩しようと、猫の姿に《異形》していた。零に扉を開けてもらい、外に出る。眩しい日差しがナリに浴びせられた。気温は前よりも過ごしやすくなっていた。
(そっか……もう夏も終わりの方だもんね……よし!お散歩お散歩〜)
ナリは尻尾をピンと立て、トコトコと歩き始めた。ナリの首にある鈴がチャリンと揺れた。枯れていく向日葵が、横に倒れていた。
(まずは……こっちにゃ!この前私が亥李背負って着地した空き家、どうなってるのかな?)
ナリが空き家の方に向かった。すると、そこはもう売り物件のチラシが置いていなかった。どうやら売れたようで、中年の女性が中に出入りしていた。家の前を箒で履いているようだった。
女性はナリに気付くと、ぷいとそっぽを向いてしまった。ナリは少し怖がりながらも、その女性を見ていた。
(猫、嫌いなのかな……なんにせよ、お隣さんが出来て零も喜ぶかもね。お名前は……?)
ナリが表札に近付いた。女性がまた険しい顔をした。表札には、何も書かれていなかった。
(あ、まだなのかな?なんて名前なんだろう……)
ナリがそう思いながら表札をじっと見る。すると、女性の箒の先がナリの体に触れた。埃がナリの顔に被る。ナリは嫌な顔をして、その場から逃げるように離れた。
(わ、もう、何あの人!猫嫌いだとしても、こんなにしなくたって……!ああもう、埃まみれ!)
隣の家から遠く離れたところで、ナリは頭をブルブルさせた。そして、また散歩を再開した。
道行く人に可愛いと言われ、ナリは嬉しそうにアスファルトの道路を歩いていた。錦鯉の泳ぐ池を見学したり、学生が自転車で爆走して遊びに行くのを見たりと、ナリは散歩を楽しく終えた。
そして、零の家に帰ってくると、凛がちょうど駅の方角から歩いてくるのが見えた。
「あっつー……ナリにゃん、久しぶり」
凛が額の汗を拭った。ナリは「にゃあ」と答えた。
「兄貴居る?会いに来たんだけどさ」
「居るよ!」
「居るっぽそうだね。じゃ、叔母さん家行こっか」
凛に連れられ、ナリは家に帰った。凛がインターホンを押すと、直ぐに零が出てきた。
「よう、凛……とナリか。おかえり」
「ただいまー!」
零は少し安心したようにナリを見ると、凛の方を向いた。
「で、凛はどうしたんだ?うちに来るなんて珍しいな」
零が尋ねると、凛はカバンから漬物の入ったタッパーを差し出した。
「はいこれ、渡してって。母さんから」
「お、さんきゅ。今日食べるわ」
零は1人分の漬物を見て「足りるかな……」と呟いた。凛はそれを聞いていたようだったが、聞いていない振りをしていた。凛は「そうだ」と言って、カバンから2冊のパンフレットを取り出した。
「これさ、うちの学校の学園祭のパンフレット。風ノ祭っていうんだけどさ、9月の祝日にやるから、良かったら来てよ」
「お、いいな!凛何するんだ?」
「私は……ずっとクラスの出し物してるよ。オカ研で占いとかもやってんだけどさ、私出来ないし」
「へえ……どのクラスだっけ?」
「3年D組」
「えっと……カフェか!分かった、行ってみるよ」
「せっかくだから彼女さんと来たらー?2つ持ってきたし」
凛が煽るように零を見た。零は慌てたように顔を赤くして「彼女なんていねえよ」と顔を背けた。
「あっれー?そうだったかなー?彼女いそうな感じしたけどなー?」
零が恥ずかしそうに「用ないなら帰れ」と言った。凛の言葉を、ナリは不思議そうに見ていた。彼女から見て、零に恋人はいなかった。
「はいはい、帰るって。んじゃ……」
「あ、ちょっと待ってくれ」
凛が振り向いた。零は過去の事件の時、凛の情報からヒントを得たことが多いことを思い出していた。
「なあ、最近変わったことってないか?」
「変わったこと?それって……前も聞いてなかった?」
「前にも聞いたけど、もっかい教えてくれ。新しい事があるかもしれねえし」
凛はそれを聞いて、首を傾げた。
「いや、特に何も……あ、前に言った幸運な人が増えたらしいよ。で、その幸運な人は皆こう言うんだってさ。「なんとか間に合った」って。変な話だよね、間に合うもなにも一瞬のことなのにさ」
凛はそう言って、「じゃあね」と手を振った。そして「あ」と呟き、凛は言った。
「そうだ。あのさ、前に山門有について聞いてきたじゃん。なんか進展あった?」
ナリの顔が強ばった。零はそのナリの顔を見てから「いや」と答えた。
「ふーん、ならいいんだけどさ……」
「というか、そういうのはお前の方が詳しいだろ。どうしたんだ?」
「ん、あ、えっと……今度、特集記事作るんだよね。「呪われたお料理部」って」
「呪われたお料理部?」
凛は零の言葉を聞き「まあ部外者だし言ってもいっか……」と呟き、言った。
「元々有はお料理部なんだけど、実はそのお料理部、有が行方不明になる6ヶ月以上前に、お料理部の先輩が自殺してるんだよね。山川和葉っていう、うちらの1年上の先輩」
「山川……和葉?」
「そ。山川先輩が自殺した理由は色々言われてるけど……関係者っぽい先輩達全員が口をつぐんでるんだよね。うちの学校の七不思議の1つ。風ノ宮高校のお料理部が呪われてるとかいう噂で新入部員が入らなくなって、今はお料理部は潰れたよ」
凛の言葉を聞き、ナリは衝撃を受けて凛を見ていた。和葉とは仲が良い訳ではなかったが、悪い程でもなかった。その和葉と自分のせいで、お料理部が潰れたなんて。
「それは……酷い話だな」
「ほんとは呪われてるわけでもなく、ただの偶然なんだろうけどね。部長は「風ノ宮高校に潜む悪夢の怪物だ!」なんて言ってるけど」
凛はそう言ってナリを撫でた。そして「じゃあね」と言って、今度こそ家を出ていった。
「……ナリ」
零が心配そうにナリを見た。ナリは《異形》で獣人族になると、不安そうに、凛が出ていった扉を見つめた。
「山川先輩は……ある日突然居なくなったんだにゃ。山川先輩と同い年の先輩に「山川先輩、なんで居ないんですか」って聞いたら、突然泣き出しちゃって……首吊って死んだんだってにゃ。遺書があったのかも、生徒には公表されなかったって……」
「それ……関係者とか居ないのか?」
「確か……1人、サッカー部の先輩が学校を辞めたとかなんとか……でもあんまり関係ないんじゃないかって。その先輩、山川先輩と関わりなんてなかったって、警察とかに言ってたらしいにゃ」
零はその話を聞いて、きな臭い話だと思った。そんな中、亥李から連絡が来た。家に行ってもいいか、という内容だった。
「亥李が今から来るってよ。相談があるって」
零はなんとなく、その相談が良いものではない気がした。ナリとダイニングでクッキーを食べる中、零は山川和葉のことを頭に巡らせていた。
参華は立花と共に、長い坂を登っていた。途中にある白い光の前で、少年少女が座り込んでるのが見えた。彼らは立花を見ると嬉しそうに手を振った。ファンがアイドルに手を振るかのように。
「立花さん……」
「立花でいいっすよ」
「そう?じゃあ、えっと……立花、随分人気なのね」
「そりゃあそうっすよ。あの子達は皆、私がここに連れてきたんす。過去を変えたくて……運命を変えたくて」
「そうなの?随分くつろいでるように見えるけど……」
参華が彼らを見た。彼らはお互いに遊んだり、話したり、寝たりしていた。立花は笑った。
「それはそうっすよ。ここは時間の概念のない楽園。彼らは過去を変えたくても、変えられないんすよ。子供みたいに、誰かが変えてくれるのを待ってる。最後の一歩を押してくれる誰かを待ってる。だから、光の前で遊んでるんすよ。光に入れば、そこに映し出された過去に戻るっすから」
「そこに映し出された……過去?」
「はい。なぜかは分からないんすけど、時の回廊はこの世界に1つしかないんすよね。○○年○月、って感じで光は別れてるんすけど、そこに映し出される過去は人それぞれで違うんす。今に近い程距離も近いから、道案内も楽な時は楽なんすけどね」
「それじゃあ……私がどの過去に行きたいか、分かるの?」
立花はそれを聞いて、振り返った。そしてニッコリと頷いた。
「もっちろん。さっき《あなたは誰?》って唱えたでしょ?それがプロフィールを映し出してくれるんすよ。そういう「魔法」っす」
参華は先程からなにか引っかかる気がした。そして聞いた。
「ねえ、さっきから気になってたんだけど……その「魔法」、私達の使う魔法と違うって言ってたじゃない?」
「言ったっすね」
「あなたはそれを……ソルンボルにいた時から使えたの?私達の使う魔法と違うって、どういうこと?」
立花はそれを聞いて、ポカンと首を傾げた。そして言った。
「……そるんぼるって……なんすか?」
参華は驚きで少し後ずさった。立花は続けた。
「いや、そるんぼるって奴のことは知ってるっすよ?確か……異世界転生した時の世界の名前っすよね?うんうん、他の人もよく言ってたっす。でもそるんぼるとやらにいたことはないっすねー。私が「魔法」を使えるようになったのも、こいつのお陰っすし」
立花はそう言って、手鏡を参華に見せた。
「鏡……?それが「魔法」を使えるの?」
「そうっすよ。ほら、出てきてよ。ベル」
立花が呼びかけるようにそう言った。その時。
「ぬわぁあ……せっかく寝てたのに起こすなよリッカ……せっかくノンレム睡眠からレム睡眠に移行しかけてたのによ……」
手鏡の中に、誰かが映った。禍々しい雰囲気を漂わせる、濃い緑のローブを着た男だった。全体的に薄汚れていて、彼が見せた歯は垢ばかりだった。参華は驚きで声が出なかった。
「知らないよ。ほら、参華さんに挨拶してよ」
「ふぁああ……いつもいつも俺を叩き起こしては「魔法」で命令しやがる。俺の自由ってのはどこ行ったんだかなぁ……」
「「魔法」を使って私の悲願を達成する手伝いをする代わりに、ベルを自由にする手伝いをする。そういう取引じゃん。「魔法」を使えば使うほど元の力が取り戻せるんでしょ?ほら、早く出てきてよ」
「はぁああ……だりぃなぁ……」
鏡の中の彼が「よっこいしょ」と立ち上がった。そして、彼は鏡から現実の世界へ、手を出した。鏡から汚らしい右手が出る。本物だ。浮いた血管や破れた服、腕毛の生え具合が生々しかった。参華は、空を掴むかのように拳を握り締め、現実に出てきた彼の半身を、信じられない風に見つめていた。
彼は手を下に向け、右手で床をついた。そのまま背中を出し、足を出し、くるりと半回して、足から着地した。足を伸ばしたその姿は、立花よりもすらっとして高かった。参華はその顔を、指名手配書で見たことがあった。
「ようようサンカ。クリスって呼んだ方がいいかぁ?まあいっか。俺はベル。鬼宿しのベルなんて言われたなぁ。今じゃあそう呼んでくれるやつは居ねえけどなぁ?」
参華の額に、冷や汗が流れた。ベルは楽しそうに笑っていた。
次回は1月28日です。




