僕らは飛べる!
「時を……飛ぶ?」
参華は立花に思わず聞き返した。立花は笑って言った。
「そうっすよ。時を飛ぶ。その実験を、私はずっとしてきたんす」
ずっと街の中を進んできた立花と参華は、山の中に足を踏み入れた。参華はなんとなく、立花がどこに行くのか予想がついた。
「最近話題になってる、幸運な人々ってご存知っすか?例えば……交通事故をギリギリ回避したり、結婚詐欺に気付いて通報したり」
「あー……なんとなくは」
「それ、なんでだか分かります?」
参華は考えながら、足を山に踏み出した。枝が折れる音が響いた。参華はそれを聞きながら、ある考えに辿り着いた。参華は顔を上げて言った。
「……まさか、時を……」
立花はそれを聞いて笑った。立花は山道を逸れ、獣道を歩き始めた。参華も着いていった。
「あはは、大正解。その人達はみーんな私の実験に付き合ってくれた人達っす。私が行った場所にいたお客さんを、私が「魔法」で過去に飛ばしてあげたんす。それで、その人達は過去を変えたんすよ。変えられたんすよ」
立花は最後の言葉を強調するように言った。彼女は続けた。
「私が鏡の先の妖精に導かれるままに進むと、必ずお客さんが現れるんすよ。いっつも暗い顔をしてて……交通事故で酷い怪我をしたとか、家が火事にあって顔を覆う火傷を負ったとか、結婚詐欺に遭って全財産失ったとか……いつも、皆悔しがってた。理不尽な目に遭った自分と運命を呪ってた。だから、私が導いたんすよ。時の回廊に」
「時の……回廊?」
「はい。そこを通ると、好きな時間に飛べるんす。その人達は皆、自分がやり直したい場所に飛べるんす。過去を変えられるんすよ。だから、世間的には「幸運」で済まされてるけど……本当はそんなことないんすよ」
「やり直したい場所に、飛べる……」
参華はその言葉を繰り返した。自分の中で、やり直したい場所は1つしかなかった。
獣道をどんどん進んでいく立花の目の前に、開けた場所が見えた。そこは月明かりで照らされていた。
「さて。そういう訳で、参華さんには今から時の回廊を通ってもらうっす」
立花が参華の方に振り返った。立花は相変わらず手鏡を持っていた。
「それじゃあ、実験に参加するんすよね?参華さん」
「……そうしないと、亥李を虎に戻すでしょう?」
「そりゃあ勿論。そういう取引っすから」
立花はそう言ってから「取引って言うとかっこいいっすね」と笑った。参華は嫌々ながらも、その実験にとても興味が湧き始めた。
「分かったわ。立花さん、あなたの実験に参加する」
「はい、ありがとうっす。参華さんならそう言うって信じてたっすよ。それじゃあ……」
立花は後ろを振り向き、手鏡を前に掲げた。そして、月の光が集まっている場所に向けた。
「《僕らは飛べる!》!」
立花がそう唱えると、鏡が反射した月の光が、1箇所に集まった。そしてその場所が、ゆっくりと門を形作っていった。参華はそれを、驚きの目で見ていた。
(これって……奏太の時に見た時と同じ、門を開く魔法……!)
参華がそう考えている中、立花は門の扉を開け「どうぞ、入ってくださいっす」と言った。参華は怪しく思いながらも、その中に入った。
中は不思議な空間だった。黒と紫が混じり合う中に、時計の模様が描かれていた。風が吹き込む袋のように、空間自体が絶えず流動していた為、奥行きや構造は分からなかった。立花と参華が歩く先に白い坂道が敷かれ、枝分かれした先には、丸い光が浮かんでいた。丸い光の中に映る光景を、参華は見たことがあった。
「ようこそ、参華さん。時間に縛られずに時間を旅できる、時の回廊へ」
立花が参華の方を向いた。そして、執事のように右手を胸に当て、左手を広げてお辞儀をした。時計の模様がカチ、カチと音を立て、反時計回りに針を戻し始めた。
次の日。
「零……悪いな、ずっと家に居させてもらって」
亥李が玄関で零にそう言った。他に一緒に帰る人達はもう全員外に出ていた。
「いや。とりあえず、お前が元通りになって良かったよ」
「そうだにゃ。気にしなくていいんだにゃ」
亥李は浮かない表情で「ああ」と答えた。
「……亥李、参華なら帰ってくるにゃ。大丈夫だから、今日は帰るにゃ」
ナリが心配そうに亥李を見た。彼の体は前よりも少し痩せていた。
「……ああ。いや……考えすぎだよな……じゃあな。なんかあったら連絡するから」
亥李は手を振り、扉を開けた。ナリと零はそれを見て、互いに顔を見合わせた。
「……大丈夫かにゃ、亥李」
「まあ……あいつの気持ちは分かるけどな。自分を助けてくれたであろう参華が、お礼も言えないままどっか行っちまって。普通に家に帰ってるだけならいいんだけどな」
零はそう言いつつ、旅行で美波が話していたことを思い出していた。
「私は、ナリちゃんに恩返しがしたい。ナリちゃんが苦しんでいるなら、助けてあげたい」
ナリは「さて、食器洗いでもしようかにゃ」と言って、玄関から去っていった。零はその背中をじっと見つめていた。
(亥李も……助けてくれた参華に恩返ししたいから、心配してんのかな……心配しすぎな気、すっけどな……)
零はそう思いつつ、閉まりきった扉を見つめた。
しかし、参華は1日経っても、仲間達の前に姿を現すことは無かった。
亥李は何度も参華にメッセージを送り、電話をかけた。だが、既読もされないまま放置され、電話は留守電になってしまった。
(やっぱ……おかしいよな、あいつ)
亥李は自分のベッドの上に寝っ転がり、音信不通の参華に思いを馳せていた。
亥李が家に帰った時、亥李の母親は泣いて喜んだ。
「1日いなかったから心配してたの。あの参華さんと一緒に来た男の子が、元に戻らなかったら忘れろって言ったんだけど……大丈夫だったのね。良かった……本当に、亥ちゃんが無事で……参華さんにお礼言わないと」
亥李の母親は亥李を抱きしめ、静かに涙を流した。亥李は驚きで、何も声が出なかった。
(……母さんも……本当の母さんも、誕生日の時とかはあんな風にしたのかな)
亥李はベッドの上で、右手の手の甲を額に当てた。参華のことは、1日経った今でも言い出せなかった。
(……参華が俺を元に戻したなんて……なんも知らねえ母親に言えねえよな……)
亥李は起き上がり、スマートフォンで参華にまた電話を掛けた。また、通じなかった。
「……参華の家は……あっちだよな」
亥李はナリに無理矢理連れていかれた時を思い出し、恐らく合っているであろう方角を指さした。そして決意を抱いたように頷いた。
「行くか。参華の家」
亥李はボサボサな頭の上に野球帽を被り、部屋を出た。あまり似合っていなかったファッションで、彼は大嫌いな夏の太陽の光に晒されていた。
しばらくして、彼は参華の家に着いた。1回も地図を見なかったが、それでも迷わずにたどり着けた。
(ちゃんと来るのは……初めてか。いつも参華がうちに来てくれたからな……)
亥李はそう思いながら、インターホンを鳴らした。古いようで、音は途切れ途切れになっていた。薄暗い家の中からは返事はなかった。
「おーい、参華ー。志学亥李だ、居たら返事してくれー」
亥李がそう扉に向かって声をかけたが、やはり反応はなかった。亥李がやっぱりと思ってドアノブを握り、それを回す。扉は簡単に開いたが、直ぐに止まった。ドアガードが扉が開くのをを止めているようだった。
(これって……扉についてるチェーンのやつか?そういえばナリが止めてたような……)
亥李はそう思いつつ、チェーンを外して中に入った。
案の定、家には誰もいなかった。机代わりのダンボールにはビールの缶が2つ置いてあり、それらは開いていた。両方ともまだ飲みきっていなかった。
(……もしかして、この前俺と話をした時と変わんねえ、ってことか……?それじゃああいつ、ずっと帰ってきてないのか?)
亥李は缶を手に取り、シンクに中身を捨てた。中をゆすごうと蛇口を捻ったが、水は出てこなかった。どうやら水が止められているようだった。
(そういえばバイトで学費出してるって言ってたよな……ってことは、もしかして生活費も出してんのか?この前電気着けなかったのも、そういう……)
亥李は1人で納得しながら、周りを見回した。そして、比較的新しい棚の上に、2つの写真立てを見つけた。それに近付くと、1つは海で撮った集合写真だと分かった。亥李がほっこりとしてもう1つを見ると、それは新聞の切り抜きだった。1年前のものだった。
「安心と安定の安城不動産崩壊か 安城兵次郎殺人容疑で逮捕」
見出しにはそう書かれており、中年の男性が警察の車で運ばれる写真が大きく映し出されていた。
「安城?」
亥李はそれで、やっと思い出した。参華が元々、安城友香という名前だったということを。
(安城不動産……昔の俺でも知ってる。5つビルを経営してた社長って噂の超金持ちだ。1代でその財産を築き、郊外の広い土地で家族3人と沢山の使用人で暮らしてたっていう……でも、なんでその新聞がここに?しかも逮捕された時の……)
亥李はそう思いつつ、新聞を写真入れから抜き出した。記事を斜め読みし、裏がないか確かめる。すると。
「お父さん 幹部会議で5人殺害
凶器→うちのナイフ ←どうやって手に入れた?
被害者→狩井さん 糸川さん 内田さん 鍵本さん 伊賀さん
動機→腹が立った ←本当に?」
そこには、参華の直筆のメモが書かれていた。それはほとんど新聞記事の要約だった。亥李は最後の「本当に?」の文字が気になって仕方なかった。
(もしかして……たった1人の娘でさえも、自分の父親がなんで人を殺したのか知らされてないのか……?)
亥李はそう思いつつ、自分のスマートフォンに手を伸ばした。
亥李は零にメッセージを送りながら、その新聞の切り抜きをポケットに突っ込んだ。なんとなく、嫌な予感がした。
次回は1月24日です。




