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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
陸への憧れ、海への想い
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陸への憧れ、海への想い

 零の部屋の中は、月と星のオブジェで飾られていた。亥李はそれをチラチラと見つつ、誕生日席に案内された。

 ダイニングテーブルの上には、レタスの上に載せられた唐揚げや、グリーンサラダ、ポテト、ベーコンのアスパラ巻き、ほうれん草のキッシュなど、様々な料理が並べられていた。

 亥李が席に着くと、他のメンバーも席に着いた。折り畳み机によって拡張されたテーブルの上に、零とナリが持ってきた皿とコップが並べられる。オレンジジュースやコーラ、ビールの缶が机の上に置かれた。


「よーし!皆コップ持ったわね?」


 参華がビールの入ったコップを掲げた。千里がオレンジジュース、ナリ、詩乃、零がコーラ、それ以外の3人はビールをコップに注いでいた。


「それじゃあ、いくわよー?」


 参華が全員の顔を見た。そして、音頭を取って言った。


「亥李、誕生日おめでとう!!」


「おめでとー!!」


 全員のコップが、カン、と子気味いい音を立ててぶつかった。亥李は戸惑いながらも、同じように乾杯した。それは、異変後の亥李が初めて見せた、喜びの笑顔だった。

 全員自分の席から半ば立ち上がるようにして、食事を紙皿に載せていった。


「よーし、乾杯したところだし……」


 詩乃が近くに置いてあった袋から、包みを取り出した。赤い袋が緑のリボンで結ばれていた。


「亥李!これ、お誕生日プレゼント。大切にしてよ?」


 詩乃が笑って包みを亥李に手渡した。

 亥李がゆっくりとリボンをほどき、中を取り出した。それは、赤いプラスチックの宝石に二重の皮の紐が通され、白のビーンズが飾りとして所々に付けられていた。詩乃が朝日に頼んだブレスレットだった。


「これって……」


「ライフブレスレット。覚えてる?自分の耐久力を増やす、ってやつ」


 亥李はそう聞いても、ピンと来ない様子だった。詩乃は一瞬悲しそうな顔をしたあと、すぐにそれを取り繕って言った。


「まあ、効果はあんまり期待しないでね。綺麗だし、亥李にちゃんと似合うって!大切にして!ね!」


 詩乃は笑って、何事も無かったかのように食べ物を取り始めた。亥李はそのブレスレットを、しばらくじっと眺めていた。そして頬を緩め、左腕にブレスレットを付けた。

 参華はその様子を、何気なく見つめていた。



 テーブルの上の食事がなくなった頃、零と陽斗が皿を片付け、ナリと美波がケーキを冷蔵庫から取り出した。ホールのショートケーキだった。クリームの上にイチゴが置かれ、それに囲まれて「HAPPY BIRTHDAY かいり」と書かれたチョコレートが載せられていた。


「えへへ、ケーキは久しぶりに作ったんだけど……結構いい感じになったにゃ!」


「そうだね!美味しそう……」


 ナリと美波が話しながら、テーブルの上にケーキを置いた。座っていた亥李達4人が、身を乗り出してケーキを見つめる。詩乃は亥李の名前が映らないようにして、写真を撮っていた。


「おーい、ロウソク、短いの2本と長いの6本でいいんだよなー?」


 零が亥李の方を向いて聞いた。亥李が戸惑う中、代わりに参華が「そうよ」と答えた。

 それを聞いて、陽斗は8枚のケーキ皿と8本のフォークを、零は台所からロウソクとチャッカマンを持ってきた。


「月島零、それ貸して。僕がやる」


「ん?よし、分かった。そこ押しながら……」


 チャッカマンの使い方を教えようとする零に、「言われなくても分かってる」と千里が頬を膨らませた。そして、参華と詩乃が立てたロウソクに、炎を近付けた。蝋がゆっくり垂れていく。亥李はその光景を、どこかで見たことがあった。


「……どうしたの?亥李。ロウソクなんかじっと見て」


 隣にいた陽斗が声をかけた。亥李は黙って、自分に残っている僅かな過去を思い出そうとしていた。


「よし、全部付けた」


 千里がロウソクの火を全て灯し、チャッカマンを置いた。ナリが立ち上がり、リビングの電気を消した。


 その時。亥李の頭の中で、電気が走ったかのように、それは思い出された。

 真っ暗な空間に揺らめく炎。自分の視界にそれしか収まらないような、大きなケーキ。それを、亥李は見たことがあった。

 それは、去間空の出来事だった。



 4月12日。それは、去間空の誕生日だった。

 勉強の予定で埋まった毎日を過ごす彼にとって、4月12日はほとんど忘れ去られた日だった。


(今日は……物理の問題解いて……数ⅡBの問題解いて……)


 それは、彼の18歳の誕生日のこと。

 空はいつも通り、自分の勉強机に向かって予定を確認していた。彼にとってその時間は、ほとんど唯一と言っていいほどの休み時間だった。

 すると、コンコン、とノックの音が聞こえた。「どうぞ」と応えると、ノックの主はゆっくりと扉を開けた。母親だった。


「あの……空くん。ちょっと、来てくれる?」


 母親は怯えた様子で、空を見た。そして机の方を見た。机の上には、物理の問題集とノートが置かれていた。母親は安心した様子で、「少しでいいから」と付け足した。

 何も言わずに着いていくと、そこはダイニングだった。父親はいつものように、椅子に新聞を読んでいた。身が引き締まる思いがした。


「……勉強は進んでいるのか」


 父親は一度も空に目を合わさずに言った。空は「はい」と答えた。


「大丈夫よ。さっきも問題広げて勉強してたみたいだし」


「それならいいのだが」


 両親の会話を聞きつつ、空は椅子に座った。父親の対角だった。

 やがて、母親は台所から箱を取り出した。保冷剤が箱に貼り付けられていた。


「空くん、今日はお誕生日でしょ?今日くらい、勉強しなくてもいいじゃないかな、と思ったの。お父さんとも相談して、ね。毎年のことだし」


 母親はそう言いながら、手際良くその箱を開け始めた。金色のトレイが箱から見えた。


「お母さんも、お父さんも、この日をずっと、楽しみにしてたのよ」


 そして、母親は箱から、ケーキを取り出した。いちごのショートケーキだった。空の目が釘付けになった。そんな空を見ながら、母親は付属していたロウソクの束を取り出していた。短いロウソクが1本、長いロウソクが8本だった。

 母親はそれを、静かにゆっくりと刺し始めた。クリームを潰さないように、生地に刺していった。

 そして、母親は台所からマッチを取り出した。父親が電気を消す中、母親がマッチで火を付けていった。

 9つの炎が、ゆらゆらと揺らめいた。その炎の先に、父親の仏頂面が見えた。


「お父さん、空くん、いくわよ。せーの!」


 母親が楽しそうに2人を見た。そして、父親と母親は愛おしそうに歌った。


「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー!ハッピバースデーディアそーらー!」


 母親と父親が空を見た。空がどぎまぎしていると、母親と父親が最後のフレーズを歌い始めた。


「ハッピバースデートゥーユー!」


 母親の楽しそうな笑顔と、父親の無表情な顔が、空を見た。母親が「おめでとう!空くん!」と言って、空を見た。空は戸惑いながらも、目の前の炎を息で消した。炎は1発で全て消えた。母親からの拍手が聞こえ、立ち上がる音がした。一瞬、暗闇の中の父親の顔が、不器用な笑みを浮かべた気がした。

 それを言及しようとした、その時。パチンという音がして、電気が付いた。母親がナイフを持って、台所に向かっていった。空は何も言えないまま、母親を待った。


「お父さん、あれ渡したら?」


 母親が、ガスコンロで炙ったナイフでケーキに入刀しながら言った。父親は何も言わずに立ち上がり、自分の部屋から赤い袋を持ってきた。それを、「誕生日プレゼントだ。大切に使いなさい」と無愛想に手渡した。

 中身は、参考書や問題集だった。どこかで、それを見て安心した自分がいたのを、空は知っていた。だがその中に埋もれるようにして、翼が象られたスニーカーが入っていた。空も聞いたことのある、鷹のマークのメーカーだった。

 空は父親を見た。父親は何も言わずに、母親から渡された1切れのケーキを食べ始めていた。


「ふふふ、恥ずかしがっちゃって。それ、お父さんが選んだのよ。空に似合うスニーカーが欲しい、って言って、帰ってくるの何日も遅くなっちゃって。明日履いてみてよ」


 母親が笑って、1切れのケーキを空に渡した。そのケーキは、甘くてとても美味しかった。



 亥李の目から涙が流れたのは、他全員がハッピーバースデーの曲を歌い始めた時だった。

 とめどなく涙が溢れてくる。他全員が歌う中、亥李は涙を抑えられずに、息を荒く吸った。

 隣にいた陽斗が気付き、「どうしたの?大丈夫?」と聞いた。亥李はそれに答えられることもなく、声を上げて泣き続けた。


「ハッピーバースデーディアかーいりー!」


 全員が亥李の方を見た。誰もその先を歌わないまま、亥李を見ていた。

 亥李は揺らめく炎を思い出し、叫んだ。


「俺……俺……!ずっと、毎日毎日、縛り付けられた人生だと思ってた……!でも、本当は違ったんだ……本当は、誕生日の日だけは、母さんも父さんも笑ってて……その日だけは、ケーキを食べられたんだ……!毎年増えるロウソクも、毎年貰った誕生日プレゼントも、全部思い出した……最後に貰った翼のスニーカーも、ずっと大事にしてた。なのに、なんで……なんで俺、こんな大切なこと忘れちまってたんだよ……!」


 陽斗が背中をさすった。亥李は俯き、沈むように落ちる涙を見つめていた。


「ずっと憧れてたんだ……親がなにも干渉しない、自由の世界に。でも、本当は……俺は、父さんにも母さんにも、大切にしてもらって、愛してもらって……でも、それを投げ出して、俺は自分のことしか考えずに、全てを無駄にして……!」


 ロウソクの蝋が、ゆっくりと垂れていった。


「裏切ってごめんなさい。父さん、母さん……!」


 亥李はそうやって、また声を上げて泣き始めた。参華はそれを、じっと見つめていた。そして電気を付けると、参華は玄関の方へ向かってしまった。詩乃とナリ、零が慌てて追いかけると、参華は玄関先で、覚悟を決めたかのように靴を履き始めた。


「さ、参華……!」


 ナリが声をかけると、参華はドアに手をかけた。そして、3人の方を見て言った。


「……零。悪いんだけど、亥李、家に泊めてくれる?皆は、食べ終わったら解散していいわ。私のことは気にしないで」


「参華、どこに行くつもりなの?」


 詩乃が聞くと、参華は真剣な表情で言った。


「あいつを……亥李を、あんな風にした犯人のところに」


 それを聞いて、その場にいた全員が驚愕した。零が目を丸くして聞いた。


「お前、犯人が誰か分かったのか!?だったら俺も……!」


「ううん。分からないわよ。でも……亥李の家の近くの歩道橋の上で出会ったらしいの。もしかしたら、今もそこにいるかもしれない。確信はないから、零とナリは亥李を守ってて」


 参華は笑って、「行ってくる」と言って扉を開けた。誰も彼女を止められなかった。


「山風町は、大変なことが起きてるっていうのにね」


 楽しそうに笑う満咲の顔が、ナリの頭の中に浮かんだ。


(大変なことって……もしかして、これのことなの……?満咲……)


 ナリはそう思いながら、閉じきった扉を見つめていた。



 猛獣の唸り声の噂が下火になった、夜の11時。

 参華は、亥李の家から最も近い歩道橋の上で、その人物を見つけた。他には誰もおらず、時々車が車道を走った程度だった。フードを深く被ったその人物は、手鏡を手にゆっくりとこちらに向かって来ていた。


「虎になったお兄さん、いいお土産持ってきてくれたっすねえ。これなら商売上がったりだ」


 その人物がフードを上げた。天然パーマの茶色のボブショートに、深海のような真っ黒な目をした、中学生くらいの女の子だった。彼女の左頬には、青い涙のフェイスペイントがされていた。


「あ、あなた……」


「お姉さんが来たのは、虎になったお兄さんを助ける為、っすよね?あの兄さんには、2つ「魔法」をかけたんすよ。1つは、段々自分に住む猛獣になる「魔法」。もう1つは、死んでも後悔してないような人を連れてくる「魔法」っす」


 彼女は笑って、手鏡をぎゅっと握った。


「さてさて。それじゃあ、ちゃんと「魔法」が発動してるのかの()()をしないとっすね。《あなたは誰?(サイファー)》」


 彼女は手鏡をじっと見つめた。


「ふんふん、今の名前は遠谷参華。バイトが趣味の大学院生っすね。で、昔の名前はクリスで、その前が……」


 彼女はその名前を、信じられないという風に見ていた。参華と手鏡を交互に見る。


「……安城……友香……」


 彼女が参華を見て呟いた。参華は何も言わなかった。参華は、彼女が笑ったような気がした。

 そして彼女は参華を見て、こう言った。


「参華さん。取引しましょ。私は虎になったお兄さんにかけた「魔法」を全て解きましょう。その代わり、参華さんは私の実験に付き合ってもらうんす。どうっすか?」


「……もし、断ったら」


「自分で考えたらどうっすか?私しか、彼の「魔法」は解けないっすよ」


 彼女はそう言って、ニシシと笑った。参華はその笑みに、嫌な感触を覚えた。だが。


「……分かったわ。あなたの実験に、付き合う」


 参華は、それを断る訳にはいかなかった。

 彼女は笑って「毎度あり」と呟いた。



 全てが元に戻る感覚がした。

 展開された数式を綺麗に因数分解できたように。逆算した時に問題に辿り着いた時のように。

 俺の記憶は、俺が去間空のことまでも忘れようとした瞬間に、全てが元に戻っていった。


 その過程で、俺は今、夢を見ている。


 夢は次々と場面が変わっていった。参華に自分の心の内を語った場面。リスナーに俺の悪口を書かれた場面。海で詩乃や千里が「特別な才能や力なんて要らない」と言った場面。参華達と再会した場面。ケルベロスアイの前線で戦った場面。俺の盾ではブレインやフィーネを守りきれなかったから、ずっと憧れていた剣で戦うことを決めた場面。自分が線路に飛び降りた場面。


 そして、母親と父親に誕生日を祝ってもらった場面。


 走馬灯のような夢の中で、俺は俺を見ていた。友人が死んだ目をしていたと言っていたが、確かにそうだった。


 厳しい父親のことが嫌いだった。何もしない母親が嫌いだった。

 たった1日だけ隠された愛情を見せてくれた2人を、俺は忘れていた。


 その1日も、貰った靴も、俺は嬉しかったはずなのに。どうして俺はそんな大切なことをずっと忘れて、親2人を恨んでいたんだろう。


 俺をいつまで経っても評価しないあの人達が悪かったんじゃなかったんだ。

 俺は俺の未熟な精神のせいで、自分を死に追いやった。


「ごめんなさい……2人のこと裏切ってごめんなさい……未熟で弱虫でごめんなさい……全部忘れててごめんなさい……」


 涙が止まらなかった。俺はそんな短い言葉ですら、空として生きていた時は思いつかなかったんだ。



 亥李が目を覚ますと、零の家のベッドで眠っていた。

 床には千里がベッドにもたれかかって寝ていた。時計は夜の0時を差していた。

 ベッドから体を乗り出すと、自分の体が軽くなっているのに気付いた。自分に生えていた耳や尻尾が、全て消えていた。


「…………参華……」


 亥李は、自分がずっと覚えていた唯一の名前を、ふと呟いた。

仏頂面は無愛想な顔という意味が普通ですが、本来の意味は仏頂尊のお顔のことです。

次回は1月17日です。

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