プレゼント
次の日。
ナリはリビングにあるテレビで「Ballet of Ragnarok」をプレイしていた。ナウリュのランクは65まで上がり、ナリ自身も操作に慣れてきていた。だが、ナリがプレイしていたのは遊ぶ為ではなく、「アリス」を探す為だった。
「……ナリ」
後ろから零が声をかけた。ナリは振り向きもせずに言った。
「やっぱり……見つからないにゃ。アリス」
「今日はログインしてねえんじゃねえの?」
「うん……そうかもにゃ。見つけたら謝りたかったんだけど……」
「……まあ、昨日の感じじゃ、来ねえだろうな」
零が前の日の亥李の様子を思い浮かべた。とてつもない剣幕で、ナリ達4人は追い返されてしまった。
「私の……私のせいだにゃ。私が、あの投稿を見つけたから」
「あれは、誰のせいでもねえよ。強いて言うなら、ああなるまで反省しなかった亥李のせい。お前は気にしなくていいだろ」
零はそう言いつつ、ナリの頭を撫でようと近付いた。だが、すぐに手を払い除け、誤魔化すように手を後ろに回した。彼の顔は少し赤く染まっていた。
「とっ……とにかく、ログアウトしたらどうだ?あいつ来なさそうだし」
「うん……そうだにゃ」
ナリはそう言ってログアウトを始め、ゲーム画面を閉じた。その時。
プルルルルルル、と零のスマートフォンから着信音が聞こえた。見るとそれは参華だった。
「もしもし」
「あーもしもし?零?今詩乃といるんだけどさ」
詩乃の「やっほー!」という声が電話口から聞こえてきた。どこか賑やかな場所にいるようで、子供の泣き声をマイクが拾っていた。
「どうした?なんかあったか?」
「あのさ、零……私、やっぱり誕生日会やろうと思うの」
ナリが驚きの目で零を見た。零も真剣な表情で「どういう風の吹き回しだよ」と尋ねた。
「昨日亥李に断られたじゃねえか。主役不在の誕生日会なんてやりたくないぞ、俺」
「そうだけど……やっぱり、寂しいじゃない。誰にも祝われないってさ……それに、もしかしたら気が変わるかもしれないじゃない?」
「まあ、確かにそうだけど」
「だから、準備だけして欲しいの。ナリは私と一緒に食材の買い出しね。美波にも頼んだから、よろしく」
参華の話はナリにも聞こえていたらしく、「分かったにゃー!」と電話の先に聞こえるよう大声で言った。
「それじゃあ俺は?」
「零は……詩乃、お願い」
参華の声が遠くなり、代わりに詩乃の声が近くなった。「もっしもーっし!」という詩乃の声は、参華と比べてとても大きく、零は一瞬耳からスマートフォンを離した。
「あれ、零?もーしもーし?きーこーえーてーるー?」
「……聞こえてる。聞こえてるからもう少しボリューム下げてくれ」
「え?あーごめごめ、こんぐらいでいい?」
先程より音量が小さくなった。零は安心したように溜息をつき「で、俺は?」と聞いた。
「えっとねー、零はプレゼント係!千里と一緒にトビー商店行ってきてね」
「プレゼント係?俺そんなにセンス良くねえけど……」
「だいじょーぶ!めるがもう何買って欲しいか決めてあるから!今メッセージに送るね〜」
少しして、零のSNSにメッセージが送られてきた。大まかな絵のようなものも一緒に送られていた。
「これか?これって……」
「まあ、この世界じゃお守りみたいなものかもしんないけど、ないよりいいかなって。零、今度いつ空いてる?千里はいつでもいいらしいよ」
「んー……明日だな」
「じゃ、2人は明日トビー商店行ってきてねー!」
「あ、待てよ。なあ、お金って……」
「零がカンパしてちょーだい!」
詩乃のその言葉に、零は絶句した。その様子を感じていた詩乃は、楽しそうに笑った。
「うそうそ、じょーだん!あとで割り勘するから立て替えしてて。よろしく!」
その言葉を境に、詩乃の声が遠くなっていった。そして「じゃあ、もう切るわね。よろしくね」と参華が言って、電話を切った。
「ねえ、詩乃から来たメッセージ、見せてにゃ」
ソファの背もたれに手をかけ、ナリが目を輝かせた。零がその絵を見せると、ナリは「あれ?」と呟いた。
「これ、詩乃が描いたのかにゃ?」
「そうだと思うが……どうかしたのか?」
「いや……意外だなーと思って。亥李……というか、ダンバーがこれ付けてるの、見たことないにゃ」
零は「ふーん」と呟きながら、その絵を見つめた。確かにその絵に描かれた腕輪は、亥李にはあまり似合わない気がした。
中ヶ丘ショッピングモールの4階にいた参華と詩乃は、買い物カゴに装飾をポンポンと突っ込んでいた。かさばるものも多く、カゴの中いっぱいに装飾が入っていた。
「参華、詩乃!」
遠くから、今日呼び出した人物の声が聞こえた。陽斗だった。
「ごめん、遅れちゃって。今日は何するの?」
「あ、来たねー陽斗。今日はめるとお買い物!亥李の誕生日会の装飾買うよー!はい、とりあえずこれ持って!」
詩乃は持っていたカゴを陽斗に手渡した。陽斗が苦笑いしてそれを持った。少し重かった。
「じゃあ、あとは任せたわよ。私、バイト行ってくるから」
「え?ねえ参華、これどういう状況で――」
「じゃあねー!あとはめるに任せんしゃい!」
陽斗が尋ねる間もなく、参華は走ってエスカレーターに向かっていってしまった。その場に詩乃と陽斗が残された。
「えっと……詩乃、これどういう状況?」
「ん?えっとねー、亥李がこの前誕生日で……」
詩乃は陽斗に事情を説明した。陽斗は「なるほど」と呟き、詩乃に尋ねた。
「それで、俺は何すればいいの?プレゼントでも買うのかな?」
「それは千里と零がやってくれるから大丈夫。める達は、当日零の家に飾る装飾を買うよ!」
「分かった。でも、俺そんなにセンスは……」
「大丈夫!陽斗はめるが見つけたのを買ってくれればいいから!お、これいい感じー……」
詩乃が店先で屈み、紙で出来た星のオーナメントを見比べ始めた。
(つまり……俺は荷物持ちと財布か)
陽斗は苦笑いを浮かべ、店内に進む詩乃を追いかけた。
しばらくして、詩乃は「ね、これ買ってきて」とカゴの中身を指さした。陽斗が買ってくると、詩乃は「ナイス!」と笑った。
「あとで皆で割り勘するから、レシート持っててね!」
「ああ、そうなんだ。てっきり俺が全部払うのかと」
「他にも零達に買い物頼んでるから、一気に精算するのがいいでしょ?」
「うん、ありがとう」
「なら帰ろー!」
荷物を持たせ、詩乃が先陣を切ってショッピングモールの出口に向かった。陽斗も彼女を追いかけた。
肩を並べて駅に歩く2人に、長い沈黙が流れた。陽斗の心の中では気まずさが渦巻いていた。
(詩乃……普段話さないから、なんて話せばいいかよく分からないな……)
陽斗はそう思いつつ、詩乃の隣を歩いた。
「……亥李ってさー」
詩乃が突然話しかけてきた。陽斗が「うん」と相槌を打った。
「ちょっと……アク様に似てるよね」
「アクアさん?なんで?」
詩乃は「言い方が難しいなー……」と前置きしてから、頭の中を整理するように言った。
「なんというか……才能に固執してる?うーん、というより……誰かと比べられたくない……のかな?」
「誰かと比べられたくない?」
「うん……まあ、めるがなんとなく思ってるだけだけどさー……ほら、《絶対命中》なんて他の誰もやんないじゃん?普通の攻撃してるの見たことないし」
「確かに。亥李はほとんど普通の攻撃をしないね。俺もあまり見た事ないかな。ケルベロスアイ結成の時から一緒にいたんだけど」
「へー、そうなんだ」
「うん。俺と亥李……ダンバーと一緒に作ったんだよ。金銀財宝を探す為にね」
陽斗はそれから、詩乃にケルベロスアイ結成時の話をし始めた。詩乃はそれを面白そうに聞いていた。陽斗は話すネタに困らなくなったと、少し嬉しそうだった。
次の日。
零と千里は、トビー商店で待ち合わせをしていた。零が鍛冶屋つがねの2階にたどり着くと、そこには千里と不貞腐れた朝日がいた。
「あの……本当に待ち合わせ場所にするのやめて欲しいんですけど」
朝日が零にそう言った。怒っているようだった。
「待ち合わせが終わったらもう帰ってください」
「悪かったって。今日は買い物に来たんだ」
零のその言葉を聞いても、朝日は信用出来ないようだった。怪しいものを見るように、千里と零の顔を見比べていた。
「本当だよ、津金澤朝日。志学亥李の誕生日プレゼントを買いに来たんだ。詩乃に頼まれて」
「……誕生日プレゼント?武器屋に買いに来たんですか?」
「おう。これ、頼むわ」
零は詩乃から貰った絵を見せた。朝日の顔がみるみる変わっていった。
「なあ、その……ライフブレスレットって、なんなんだ?」
零がスマートフォンを見せながら聞いた。
「ライフブレスレット。簡単に言えば防御力が上昇し、体力の向上を図ることが出来る腕輪です。銀の指輪に赤い宝石をはめ込んだだけのシンプルな作りですが、その宝石によって宿った精霊が体力と防御力を増幅させる、という仕組みです。かなりの冒険者が愛用していました」
「あー……そうだったかもな」
「久しく作っていないので出来るかどうかは分かりませんが……これ、作り方を指定していますね。現代に溶け込めるようにアレンジしている。流石精霊人のメルヴィナですね。オシャレのことは考えた事がなかった」
朝日が感心しながら答えた。詩乃が描いた絵には、二重の皮の紐を、沢山ある白の小さな丸いビーズに通し、赤い宝石に2本とも繋がるように取り付けられていた。
「で、これ出来る?何円?」
千里が尋ねると、朝日は千里の方を真っ直ぐ見た。
「出来ないことはない、といった感じでしょうか。効果については、あまり期待はしないで欲しいですが……」
「ああ、それについては大丈夫だ。プラシーボ効果でもいいから、だってよ」
「そうですか。なら、アイデアを提供してもらいましたし、2500円でお引き受けしましょう。ただし、2日は猶予をいただきます」
「おっし、分かった。それなら誕生日会に間に合うし、頼むぜ」
零がそう言うと、朝日は「かしこまりました」と頭を下げた。
「しかし……ケルベロスアイのダンバーに耐久用の装飾品を渡せなんて、精霊人のメルヴィナはよく人を見ていますね。人の特徴をよく押さえている」
「ん?それ、どういうことだ?」
「ケルベロスアイのダンバーは、元々タンクをしていたんですよ。だから前に付けていたんです。この、ライフブレスレット」
零が「ええ!?」と声を上げた。千里も目をパチクリして朝日を見つめた。
「本当かよ、それ」
「本当です。僕が作りましたから。しかし、ある日ケルベロスアイのダンバーがたまたま投げた剣が、たまたま魔物の弱点にヒットし、そこから盾と剣を鎖で繋いだ特注品を作らせるようになりました。元々は最前線で、味方へのダメージを受けつつ指示を出す、そんなリーダーでした」
零が感心したように「へえ」と頷いた。
「ねえ、なんで志学亥李はタンクを辞めたの?《絶対命中》なら、別にタンクのままでも良かったんじゃないの?」
千里が尋ねると、「そんなもん本人に聞いてください」と拗ねつつ、朝日は答えた。
「まあ……諦めざる理由があったんでしょう。例えば、ある敵のダメージを抑えられない、とか。最初に投げた時も苦し紛れだったそうですし、彼自身限界が来ていたんじゃないですか?」
朝日はそう言ってから「あくまで僕の考えですが」と付け足した。
その後、零は会計を済ませた。支払いを済ませたあと、朝日は言った。
「あの……「光を集める宝石」って、ご存知ですか?」
それを聞いて、零と千里は呆然とした。「え?」と2人の声が合わさった。
「いえ、ご存知なければいいんです。精一杯、ライフブレスレットを作るので、ご安心ください」
朝日はそう言って、2人を見送る為に立ち上がった。そして別れ際に、朝日はこう言った。
「精霊人のメルヴィナに会ったら……少し相談したいことがあると、言っておいてください。きっと、今僕のところに来ている精霊使いの中で、一番精霊にお詳しいのが彼女ですから」
「分かった。伝えておく」
千里はそう言って、朝日の店を出ていった。
零は朝日の言った「光を集める宝石」と詩乃の関係が、気になって仕方なかった。
今回の章「海への憧れ、陸への想い」は人魚姫をモデルにしています。
また、番外編で投稿したプロローグ草案ですが、審議した結果草案1にしようと思います。ご協力ありがとうございました。
番外編の方に選ばれなかった両方を残しておくので、良かったらご覧下さい。




