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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
毒りんご事件
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美波の思い、凛の思い

「で?なんでうちに来たんだ?」


 零が美波に聞いた。ナリは現実に来て初めてお茶を淹れる為、お湯を沸かしていた。


「うん、それはね……は」


「にゃっっっつっ!!」


 ナリがやかんに触って、火傷をしたようだ。零がため息をついた。


「……あー……悪い、ちょっと待っててくれ」


「あ、うん、いつでも大丈夫だよ……」


 零が台所に向かった。「にゃつ、にゃつ」と言いながらやかんを持ったナリを、零が叱っていた。


「お前なあ……タオル使えよ。そしたら熱くないだろ。ほら1回置いて」


「うにゃー……やかんってこんなに熱かったっけー……」


 タオルを柄に巻いて、ナリがティーバックの入ったティーポットにお湯を注いだ。またタオルをティーポットの柄に巻いて、3つのティーカップに紅茶を注いだ。


「あはは、ありがと、ナリちゃん」


 ダイニングテーブルに座っていた美波と、席に着いた零、そして手に息を吹いて火傷を直そうとしているナリが紅茶を飲んだ。ストレートティーだった。ナリは猫舌のようで、「にゃつ、にゃつ」と言いながら飲んでいる。


「はあ……ついでに試してみるか。《氷風白煙(ブリザード)》!」


 零がナリのティーカップに向けて、氷の魔法を放った。そしてそれは、ソルンボルで放った時と同じように、ティーカップに小さな吹雪が当たり、冷めていった。


「おおー……すげえな。本当に、この世界とソルンボルは繋がってんだなあ……」


「そうだにゃー。魔法も使える、種族スキルも使える……やっぱどうなってんのかにゃー……うん、ちょうど冷めて美味しい!で、美波、なんの話に来たんだっけ?」


 紅茶を1口飲んだところで、美波は言った。


「うん、私が話に来たのは、陽斗くんのことなんだ。少し、頼みたいことがあって」


「陽斗?なんかあったのか?」


「うん……その、これは陽斗くんには言わないで欲しいんだけど……なんだか怪しいというか……辛そうだというか……」


「怪しくて、辛い?どういうことだよ、それ」


「うん。あのね、これは確信がある訳じゃないんだ。でも、最初にそう思ったのは、大学の講義が終わった後、陽斗くんと話した時。お互い、今の自分の体……というか身分?について分かってることを話した時……ソルンボルの時より元気がなかった。というか、落ち込んでたの。

 それで、確信がついたのは、最初に2人と出会う前……昨日の、昼前……」


 美波はそう言いながら、陽斗と話したことを思い出していた。



「陽斗くん。零くんだっけ?彼、何が好きかな?会うの楽しみ!」


 陽斗はそれを聞きながら、麦茶を飲んでいた。


「そうだね。彼がソルンボル出身なのかは分からないけど……少なくともナリはソルンボルのナリだよ。獣人語だったんだろ?なら大丈夫だよ、きっと」


「うん、なんだかすっごく楽しみになってきた!ナリちゃん、陽斗くんの経歴聞いて驚くだろうなあー!」


「そもそも零がDMで驚いていたっぽいけど……でも、俺としては、もう辞めたいんだけどね……」


 陽斗の悲しそうな顔が、麦茶に写った。


「え?辞めたいの?社長なんて夢みたいな職業じゃん!20歳で社長って、人生大勝利だよ!なんでそんなに悲しそうなの?」


「いや……社長なんて、俺には向いてないよ……そもそも、この歳で社長……というか、社会人になってるだなんて……俺は、ただの学生であった方が、俺としては良かったかな……」


「えー、素直に喜びなよ!陽斗くんならなんとかなるって!」


「違うって、そういうのじゃないんだ……俺は、ただ……」


「ただ?」


「……」


 陽斗が黙り込んだ。美波も、陽斗が何か話すのかと思い見つめた。その沈黙を破るように、チャイムが鳴った。


「……零かな。俺出るね」


 陽斗がインターホンに近付いた。その話は、その日は二度ともしなかった。



「……そういうことがあったの」


「確かにそれは怪しいにゃー……」


「そう、怪しいでしょ?今日もさ、零くんの家に行くけど行く?って聞いたら、「ごめん。俺、行くところあるんだ」って断られたんだよ?なーんか怪しい……いや、ただ行く場所あるのなら良いんだけど」


「そうだな……ちょっと注意してみよう」


「うん。あ、今日はそれだけ。これ飲み終わったら帰るね」


 美波はそう言って、静かに紅茶を飲み干した。



「うーん……陽斗がただの学生がいいって言ったにゃ?よく分かんないにゃあ……まあ、本当にやる気がないだけなのかもしれないけど……陽斗……というか、ブレインってそんな人だったかにゃあ……?」


「そんな人だったのかもしんねえだろ。実は」


「そうかにゃあ?だってブレインって言ったら……」


 ナリが、ブレインのことを思い出し始めた。それは、ブランキャシアの西の端のダンジョン、「コオニユ洞窟」へ行くための作戦を考える為、酒場で話していた時の事だった。



「「コオニユ洞窟」は、中は非常に寒くて、ダメージを受けるレベルらしい。だから全員、氷耐性は上げとけよ?」


 ダンバーがサラミを食べながら言った。


「ちょっとダンバーくん、食べながら話すのやめてよ。汚いよ。ねえ、ナリちゃん?」


「ほんとほんと。こっちとしては迷惑でしかないよ」


 フィーネとナリがそう言い合った。


「ちょ、いいじゃねえかサラミ食いながら話したって!なあ、ブレイン?」


「いや汚いって。で?ダンバー、「コオニユ洞窟」では何が手に入んの?」


 ブレインが聞いた。「しょうがねえなあ……」と言ってダンバーがサラミを飲み込み、話し始めた。


「なんと!「コオニユ洞窟」では氷結の冠が手に入るんだ!強いぞー、それを被っているだけで氷属性の魔法、攻撃を無効化する!売ったら何ゴールドで売れっかなあー……!」


「いやそんな強いもん売っちゃダメだろ。というか、「コオニユ洞窟」って氷結の女王が眠ってるとかなんとか……」


「そうだ!ブレイン、いい質問だ!かつてこのソルンボルを氷で支配しようと試み、結果ブランキャシアの王に敗北し殺された、氷の女王!そいつが被ってるんだ!今日はそいつの攻略法について教えっからな!覚えとけよ!」


「攻略法があるのか?そんな強そうな奴に……」


「あるぜ、よく聞いとけよ!誰か1人が囮になって、そいつの攻撃を受け止める!その間に、炎属性の魔法や攻撃で殴る!これだ!」


 それを聞いて3人が、一瞬の沈黙の後、「はあ!?」と叫んだ。周りの客が一斉にケルベロスアイを見た。ナリ達が恥ずかしそうに周りを見る。すぐに客は元のようにそれぞれで話し始めた。


「はあとはなんだお前ら!そんなに囮がいやか?盾って言った方がいいのか?」


「そういう問題じゃないでしょ!そんなの絶対嫌よ!囮だろうと盾だろうと凍りつくじゃない!」


「フィーネの言う通りだよ!なんでそんなことしなきゃいけないのさ!絶対嫌だ!ダンバーやってよ!」


「俺だって嫌だわ!だがな、ナリ……これは簡単な話だ。氷の女王は氷属性の攻撃を受けると、その攻撃をした者に攻撃を集中させる。つまり、氷属性の武器……お前なら氷属性のグローブを装備し、氷耐性に極振りした鎧やらを着れば、囮役……もとい盾役は完璧!あとは仲間が炎属性で殴るだけだ!」


「いやそれでも嫌だよ!?私そんなに装備集まってる訳じゃないし!フィーネは?」


「いや私も……水がいけるからって氷の中でいけるわけではないんだよ?絶対に嫌だ。絶対に、凍りたくない」


 フィーネが目を伏せて言った。


「……なら俺がやるよ。俺、装備集めてるし」


 ブレインが言った。


「お、いいのか?頼んでも!なら安泰だな!」


「まあ、頼まれて悪い気分はしないし」


「ブレイン、いつもありがとな!お前が盾をやってくれるから、俺たちは戦える!」


 ブレインがそれを聞いて、嬉しそうに笑った。


「そうか……なら、今後とも皆の為に、頑張ろうかな。今度からは、立候補するよ」


「おう!その意気だ!」


 ダンバーとブレインが、楽しそうに言った。



「そんな人には思えないにゃ……きっと、なんかあったんだにゃ!」


 ナリがそう言ったその時、ピンポーン、とチャイムの音が鳴り、その後、「入るよ兄貴」という声が聞こえた。


「やべえ凛だ!ナリ!猫になれ!」


「え、ええー……」


 ナリが猫の姿になり、凛が入ってきた。


「お、ナリにゃん!よーしよーし……」


「……いや、凛、何の用だよ。お茶でもいるか?」


 制服姿の凛が、ナリを撫でるのをやめた。ビクッ、と体が動いた。


「いらない……その、今日来たのは……いや……」


「いやなんだよ、言えよ。まさかナリに会いに来るためだけにここに来た訳じゃないだろ?」


「うう……確かにそうなんだけど……あ、兄貴の様子見に来ただけ!」


「この前来たばっかじゃんか。そんなにお兄ちゃんに会いたかったのか?」


 お兄ちゃん、の部分をわざとらしく言った零を、凛が睨みつける。そして、観念したように言った。


「本当に、兄貴の様子見に来ただけ。最近、変な噂があるの。この町で、行方不明者が多いって」


「行方不明者ぁ?そんなこと心配しに来たのかよ。俺は大丈夫だって」


「俺は大丈夫、あの人なら大丈夫、それが1番危ないって詐欺とかでよく言うじゃん。それ。あのね、最近突然変わった人とか、くらーい人が行方不明になってんの。その数20人。10人ずつ一気に行方不明になるから、危ないんだよ」


凛は顔をしかめ、指で零を指さして続けた。


「で、その犯人とか言われてるのが、「ホワイト教」の教祖、毒島安寿(ぶすじまあんじゅ)

 まあ証拠はないんだけどね。ただ、その信者だって人が、「教祖は我らの毒を抜いてくださる。だから我らは、周りの毒を抜き、世界を平和にするのです」って言ってんの。前までふつーだったのにね。実際にその人は、自分の臨死体験とか、実際に死んだ?こととか、苦しかったこととかしか話さない。変でしょ?

 だから、私たち風ノ宮高校オカルト研究部は、この事件をこう名付けたんだよね。「毒りんご事件」って」


「毒りんご……事件」


「そ、毒りんご事件。白雪姫に出てくる毒りんごを作る過程みたいでしょ?って、こんなこと兄貴に話してたら部長に怒られちゃうじゃん。じゃ、それだけだから」


 凛は最後に零を睨みつけて、「いなくなんなよ、最近変わった人」と言って出ていった。



「ここが……ホワイト教か」


 彼はただ、祈りを捧げる為にやってきた。神ではなく、その教えを広める者に。


「ああ……いらっしゃい。あなたは?このホワイト教に入会しに来ましたか?」


 その者は、大きなステンドグラスの前で、多くの信者に囲まれていた。


「はい。俺は、もう、苦しみたくない」


 その言葉を聞いて、教祖、毒島安寿は、ニヤリと笑った。


「これはこれは……毒を、抜いて差し上げましょうね。あなたのお名前は?」


「……日下部陽斗。前の名前は、ブレイン。その前の名前は、青桐勇吾です」


 陽斗の顔が、ステンドグラスを通した青い光に、照らされていた。

書いててナリちゃんがとにかく可愛いです。


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