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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
陸への憧れ、海への想い
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彼女の正体

 緊張した面持ちのまま、ナリ達は志学家の中に通された。昼間だというのに、中は薄暗かった。


「たいしたお構いも出来なくて、ごめんなさいね……今度は、ちゃんとお茶とお菓子を用意するから。冷たい麦茶、用意しますね」


 亥李の母親は、優しい笑顔でナリ達に席を促した。緑のチェックのテーブルクロスが引かれたダイニングテーブルの周りの椅子に、全員が座る。

 全員の案内をした後、亥李の母親はキッチンに立ち、冷蔵庫から麦茶を取り出すと、氷を入れたプラスチックのコップに注ぎ始めた。コロン、という子気味良い音がした。


「ねえ!お母さんいないんじゃないの!?」


 詩乃が亥李の母親を見ながら、ひそひそと聞いた。


「いつも昼はいないんだけど……確かに、たまにいるのよね。そういえば何回か会ったわ」


「それ、早く言えよ……ビックリするだろうが」


「悪かったわね。でも、なんでかは知らないのよ……」


 参華が疑いの目を亥李の母親に向けた。彼女はこちらを向くことはなかったが、参華の目線に気付いたのか、「今日は、夜勤明けだったんです」とだけ言った。


「夜勤明け……看護師さんなんですか?」


「ええ。夜勤明けの時は大体映画を見るか遊びに行くかしているんですが……今日は、息子が心配だから、もう家から出ないようにしようと思って」


 ナリの言葉に、亥李の母親は最後のコップに麦茶を注ぎながら答えた。そのまま、5つのコップと残りの麦茶をお盆に載せ、テーブルへ運んできた。


「亥李が、心配?どうしたんですか?あいつが心配かけるのはいつもの話じゃ……」


 参華が亥李を貶すように聞いた。「ありがとうございます」と言って茶を受け取る。すると、ひと段落ついて麦茶を飲んだ亥李の母親は、参華を真っ直ぐと見た。


「参華さん……それと、ええと、皆さんは……」


 名前を知らない3人の顔を、様子を見るように見た。


「月島零です」


「相沢詩乃です!」


「ええっと……月島ナリです」


 3人がそれぞれ答えた。月島ナリ、と聞いて零が一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに無表情に変えた。


「参華さん、零さん、詩乃さん、ナリさん……皆さんは、息子とどういうご関係なんですか?」


 そう聞かれ、全員が顔を見合わせる。そして、意を決したように参華が亥李の母親の方を向き、「ネットで知り合った仲なんです」と答えた。


「ネット……本当のお友達ではないのね」


「確かに、何回も顔を合わせて会うような友人ではないですが……俺たちは息子さんと、長い付き合いのように仲良くしています」


「亥李とはよくゲームして遊んだりしてますし」


 零と詩乃が口々に言った。だが、亥李の母親は未だ心配が消えぬ様子で、全員の顔を見た。


「ええ、分かってはいるんです……零さん達とは初めてお会いしたけれど、参華さんは前に何度か会いましたよね。一緒に飲みに行くから誘いに来ました、って……それに、皆さんでしょう?亥李と旅行に行ってくれたのは」


「は、はい」


 ナリが気圧されながらも答えた。


「きっと、私達親よりも、皆さんの方が亥李のことを分かっているのかもしれない……いいえ、分かっているんでしょう?恥ずかしい限りだけれど」


「そんなことは……」


「いいえ、参華さん。私達、昨日の夜、久しぶりに夫婦そろってあの子の顔を見たんです。前よりも……会社勤めをしていた時よりもずっと痩せてて、心配で心配で……」


「あいつ、昔はちゃんと会社に勤めてたんですか?」


 詩乃が尋ねると、亥李の母親は縦に首を振った。


「製薬会社に勤めていたんです。業界大手で、私もよく病院で名前を聞きました。母さんの仕事に、間接的だけど携われるなんて、って張り切ってて……あの子は、自分が作った薬で皆を笑顔にしたい。そう言ってました」


「でも、ある日……」


 参華がそう言うと、亥李の母親は「ええ」と頷いた。


「突然、おうちに籠るようになって……何回も、行ったらどうか、行かなきゃだめだって言ったんです。お給料もらえないでしょ、って。でも、「行かない」の一点張りで、部屋から出てこなくて……会社にも首を切られてしまったみたいで」


 亥李の母親は口を手で押さえ、嗚咽を漏らし始めた。


「皆さん……亥李のことはきっとあまりご存じないだろうけれど、それでも……何か知っていたら教えてほしいんです……亥李はなぜ、急に引きこもるようになったんでしょう?」


 突然「志学亥李」にダンバーの意識が転生したから、とは言えなかった。全員が何も言えないまま、顔を見合わせた。


「会社の人にも連絡したんです。でも、誰も心当たりはないって……高校時代のお友達のお母さんにも相談したり、自分で何回か診たりしたんです。でも、何も分からなくて……私達の育て方が、悪かったんじゃないかって、何度も……」


「お母さん。それは違いますよ」


 参華はきっぱりと、亥李の母親に向かって言った。亥李の母親が「え……?」と、顔を上げる。氷が溶け、カラン、と音を立てて麦茶の中に落ちた。


「息子さんは……亥李は、決して誰かのせいで引きこもってる訳じゃないと思います。亥李の根本的な部分が、そうさせている……んだと、勝手に思ってます」


「参華さん……」


「お母さん。もし、お母さんが亥李のことで悩んでいるなら、私達も力になります。私達も、なんで亥李が引きこもっているのかは分かりませんが……もしかしたら、私達だからこそ、聞き出せるものがあるかもしれない」


「顔を見合わせて作った友人より、ネットで知り合った友人の方が相談しやすいってのは、結構あるんですよ。顔も知らない友人の方が、重い話をしやすくて楽だ―、みたいな」


 詩乃が、まるで実体験かのように言った。亥李の母親は参華と詩乃の顔を見て、涙を拭った。


「なら……お頼みしても、いいでしょうか」


「勿論です!亥李のこと、外に連れ出してやりますから!」


 ナリが気前よく答えた。母親は嬉しそうに「ありがとうございます」と涙を浮かべて笑った。



 母親に場所を教えてもらい、ナリ達は2階に上がってきた。亥李の部屋は、階段を上がってすぐの部屋だった。


「……私達が往復異世界転生して、もう影響はないと思っていたけれど……こんなところにあったとはね」


 参華が、階段の下にいる亥李の母親を気にしつつ呟いた。


「とんだ親不孝者だよね。早く外に出してやんないと!」


「ナリ、張り切ってんな」


「もっちろん!親不孝な奴は許せないからね!」


 ナリが気合を入れるように握り拳を作った。そして、その手で扉をノックした。中からは何も反応がなかった。


「……いないのかな?」


「いや絶対起きてないか居留守でしょ。亥李ー!開けるよー!」


 ナリの横から無理矢理手を出し、ドアノブを捻った。


「うっわあ……」


 ナリが思わず顔をしかめる。中は家よりもさらに薄暗く、旅行の時の荷物が床に放置され、服や飲み物、食べ物が床に散乱していた。辛うじてベッドの上とパソコンの周りは綺麗にされていたが、埃が大量に舞っていた。

 その中で、亥李は部屋の隅でパソコンをいじっていた。まだ起きたばかりのようで、パジャマを着ており、寝癖がついていた。パソコンには、SNSのユーザー検索画面と思われる画面が映っていた。スクロールをしては、何か別の画面に切り替えキーボードで操作する、ということを繰り返していた。亥李はまだナリ達に気付いていないようで、「クラサイはタンクだけじゃ受かんねえっぽいから……」と呟いていた。

 その別の画面を、ナリと零は知っている気がした。


「かーいーりー!」


 詩乃が苛立ったように叫んだ。その声でやっと気付いたのか、扉の方を見て「うお!?なんだ、お前らか」と言った。画面に「MENU」の文字が映った。


「どうした?参華は酒か?悪いな、今日俺忙しいんだよ」


「酒ではないけど……まあ、ついでに飲めるかなーとは思ってたわね」


「マジで?俺ってやっぱ天才かもな。参華の心の声が聞こえるエスパーだったりして」


「参華の心の声しか聞こえないならだいぶ使い勝手悪いエスパーじゃん。で、めるからは写真!昨日とかの写真、渡しに来たよん」


 詩乃がカバンから写真を取り出し、亥李に渡した。亥李は「お、さんきゅ。そこ置いといて」と、旅行用カバンの上を指さした。詩乃が「もっと片付けなよ」と、不満を漏らしながら写真を置いた。


「いいだろ別に、俺が分かれば。で?零とナリはなんで来たんだ?」


「俺達は参華と詩乃についてきただけだ」


「そうよ。私が行くからどうって連れてきたの」


 参華達が話している間、ナリは「あれってやっぱり……」と画面に夢中になっていた。そんなナリを放置し、参華は一呼吸置いてから話し始めた。


「亥李。あんた昨日誕生日だったんでしょ?」


「…………だからなんだよ」


 亥李の機嫌が悪くなったのがビシビシと伝わってきた。だがそれにもめげずに、参華は続けた。


「誰にも言うなって言われたけど、やっぱり誕生日を祝われないって悲しいでしょ。だから、今週の日曜日に、誕生日会。開きたいの」


 誕生日会、と聞いて、亥李の眼光が鋭くなった。


「ね、亥李来るで————」


「帰れ。今すぐ」


 亥李の聞いたこともないような低い声が、部屋の中に響いた。全員が驚いて亥李を見た。


「誕生日なんて……祝われても嬉しくねえよ。俺が一年老けた日だ。そんなん祝って何が楽しいんだよ?」


「そ、そんなこと言わなくても……」


「それともあれか?お前らは俺を嘲笑いたいのか?26歳だってのに定職にもつかず家の中に閉じ籠ってるもんな、俺。お前らと違って」


「そんな風には言ってないじゃん!話聞きなよ、馬鹿亥李!」


 詩乃が呆れと苛立ちを混ぜたように言った。


「うっせえ!とにかく、そのお誕生日会とやらはお前らだけでやれ!今までロクに祝われなかった俺が、これから祝われるわけねえんだよ!」


 亥李のその叫びに、零は眉をひそめた。そして、


「大人げねえぞ、亥李。せっかく参華が主催してお前の誕生日祝うってんのに、お前が行かなくてどうするよ」


 と、呆れたように言った。


「お前らが勝手にやるって言っただけだろうが!他に用ねえなら帰れ!今忙しいんだよ!」


 亥李が怒りを露わにしながら、パソコンの画面目を戻した。ナリが亥李に近付き、その画面を近くで見始める。亥李が苛立ちを見せる間もなく、「やっぱこの画面、Ballet of Ragnarok……だよね!」と言った。

 その発言を聞いた途端、亥李の顔がパッと輝いた。


「よく分かったな、ナリ!そうだ!今日の朝配信された巨風鳥コカトリスの攻略方法がまだ見つかって無くてな、それを早く見つけてえんだよ!だからSNSで探したりしてたんだが……」


 先程の怒りはどこに行ったのか、亥李は「クラッシュサイクロンっていう物理全体の必殺技があるんだよ」だの「タンクだけじゃ防ぎきれねえから何かギミックがあるはずなんだが」だのと語り始めた。参華達は呆れて「やっぱ亥李ね」と呟いていたが、そんなことは気にしていないようだった。


「すっごー……私まだそんな敵に届くほどランク高くないよ」


「大丈夫だって、すぐ追いつくからよ!」


「いやいや、亥李ってランクすごいでしょ、えっと……」


 ナリが画面の左端にあるランクを見た。その上にあるキャラ名は、ナリが良く知る名前だった。

 一瞬、ナリは見間違いだと思った。彼女(・・)は、女性だと思っていたのだ。


「ランク200の……機械族、アリス……?」


 それは、ナリがバレラグを始めた時、初めて出来たフレンドの名前だった。亥李のカーソルの動きが止まり、笑顔が張り付いたまま、微動だにしなかった。

真面目に改稿したいので月曜日はお休みします。

次回は12月24日です。

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