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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
渚のシンデレラ
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山風町へ

「いやー、遊び過ぎたわー……」


 星が傾いた夜9時。亥李と参華は、バケツを持ってのんびり砂浜から上がってきた。その中には、1つのペアに分け与えられた分以上の量の花火が入っていた。他に人影は見えなかった。


「あんたが花火振り回しまくるからでしょ。陽斗達から巻き上げて。そんな楽しかった?」


「おう!旅行の締めに丁度良かったぜ!」


「途中悟ったみたいに色々言ってた癖に。はー……明日のこの時間はもう山風町にいるのね……」


「だな。はー……楽しかった旅行も、もうこれで終わりか……」


 亥李が腕を伸ばした。頭上では、月と星が美しく瞬いていた。


「……終わり……」


 そこで、亥李は思い出した。旅行に出かける直前に交わした、ほんの短い言葉だった。


「ここ最近、突然引きこもるようになって、どうしたのかな、って思ってたけど……本当に、嬉しい……!」


 顔を合わせることもほとんどない、志学亥李の母親だった。


「……あー……土産買わねえと……」


 土産を買って帰ると約束したことを、やっと彼は思い出した。


「土産?」


 参華がこちらを向いて聞いてきた。亥李は気だるげに答えた。2人の歩みがゆっくりになっていった。


「……出る時に珍しく母親に会ってよー……」


「一緒に住んでるのに珍しくって……それで?」


「いや……土産買うって約束したなーと」


「お母さん……あの優しそうな人か。さぞ喜んだでしょうね……」


「お前、会ったことあんの?」


「何回か。あんたと酒飲む時、チャットよりも直接行った方が連れていきやすいからね。その時に」


「俺より会ってるじゃん」


「その状況がおかしいんだけど……あんた、何買うとか決めてるの?」


 その言葉を聞いて、亥李は黙り込んだ。このリゾートで何が有名な土産が何かは知っていたが、その中で何がいいかと言われると、何も思いつかなかった。


「……まさか、なんも思いつかないの?」


 参華が呆れたように聞いた。亥李は慌てて弁明し始めた。


「いやいや、さすがに思いつか……思いつか……」


「思いついてないじゃない」


「いやいや、決めてるって!あの、美味(うま)そうなやつ!」


「なにそのアバウトな捉え方。なら今買いに行きましょうか。ついでに飲み納めしちゃおうかしら〜?」


 参華が楽しそうに前を歩いた。亥李は内心緊張しながら、参華の後を着いていった。



 次の日の朝。


「いざー、戦いの時ー……地球(ほし)の為にー、駆けろー……その身を焦がせー……前へー、進めー……」


 詩乃は一人、明朝の砂浜を歩いていた。靴を手に取り、一歩一歩を確かめるように歩いていた。波が、彼女の素足に触れた。


「さあ、変身だー……銀河に輝けー、ホシレンジャー……」


 小さな声で、詩乃は歌を歌っていた。顔は俯き、夢中になっているようだった。

 そのせいか、彼女は目の前に立つ存在に、気が付かなかった。


「コスモ戦隊ホシレンジャーのテーマ、だね」


 優しいその声に、彼女は思わず顔を上げた。そこには、苦笑いをして立っている、アクアの姿があった。


「あっ……!」


 慌てて距離をとる。アクアは静かに「もう何もしないよ」と言った。


「ここなら、君に会えると思ったんだ。もう、僕は今日帰ってしまうから」


「…………めるも、今日帰るよ」


 目を合わせないように、海の方を向いた。白い太陽の光が、2人を照らしていた。後ろに回された詩乃の手には、白い杖が握られていた。


「……そう、なんだ。きっと……もう、二度と会わないだろうね。僕達は」


「…………うん」


 詩乃がゆっくりと後ろに足を動かす。アクアはそれを見て、悲しそうに笑った。


「もう……もう何も、しないからさ。こっちに来てよ……って、僕は言えないか。はは……僕は、君を1回殺して、1回殺しかけたからね」


「…………アク様……」


「僕……やっと目が覚めたよ。千里くんと君に、目を覚まさせてもらった。才能のあるないに固執して……自分を棚に上げてた。君に嫉妬してたんだ。僕には最初から、才能なんてなかった」


 アクアの顔が、昇りゆく太陽の光に照らされた。彼の頬を、一滴の涙が伝っていった。


「僕は結局……最後まで不器用だった。君にいいコスプレの仕方を教えて欲しいとか、そういうこと言えば良かったのにね。そんなのも思いつかなくて、ただただ君を妬んで……君を、陥れようとした」


 そして、アクアは静かに、頭を下げた。


「メル。ごめん。本当にごめんなさい。僕には、君と肩を並べられるような才能なんてなかった。僕は、君の王子様にはなれなかった」


 詩乃は黙っていた。ただ、目の前の出来事に困惑していた。

 自分の尊敬するアク様が、才能なんてなかったと頭を下げた。その光景を受け入れるのに、時間がかかった。その間に、彼は頭を上げ、話を続けた。


「今日は、それだけ言いに来たんだ。もう、君の目の前から消えるよ。SNSでももう二度と話さない。君の目に僕が触れないように、精一杯努力するよ。それが、僕が君に出来ることだから」


 アクアはそう言って踵を返し、立ち去ろうとした。


「まっ……待って!待ってアク様!」


「……君は、まだその名前で呼んでくれるんだね」


 アクアが振り向いた。また、彼の頬を涙が伝った。


「アク様……めるも、アク様と会いたかったんだ。だから、待って。まだ行かないで」


「…………」


 アクアがゆっくりと、戻ってきた。彼は常に、人の腕が届かないぐらいの距離を保っていた。


「アク様……昨日、カメラ忘れていったでしょ。それ、渡したかったの」


 詩乃が小さなポーチの中から、黄色いカメラを取り出した。それは、マーズレッドとジュピターイエローのシールが貼られた、可愛いらしいカメラだった。


「メル。それは……君が引き取ってしまって構わないよ。僕にはもう、要らないから。もしそれが邪魔なら、メモリーだけ貰っていって」


「な、なんで……アク様の大切なカメラじゃないの!?」


「……メル。君、カメラがすり変わってから、結構写真撮ってたでしょ」


 そう言われて、詩乃はやっと気付いた。アクアが詩乃からカメラを受け取り、ポチポチとボタンを押した。

 そこには、ジンベエザメの写真や、ナリと零のツーショット、詩乃と千里のツーショットに、《異形化》した千里の写真など、他にも沢山の仲間達の写真が、そこには保存されていた。


「あっ……!」


「……僕は、君の王子様にはなれなかった。でも……君には、こんなにも楽しく居られる仲間達がいるだろう?君にはもう、要らないんだよ。君は再会の呪いを、君の仲間達に解かれた。君はこんなにも、幸せになれる」


 アクアが、カメラを詩乃の手のひらに置いた。そして、どこか悲しげで、そして嬉しそうな笑顔を見せた。


「メル。王子様では叶えられない幸せを……これからも君にあらんことを、僕は祈ってるよ」


 そして、また踵を返した、その時。


「しーのーっ!」


 遠くから、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。参華だった。

 そちらを見ると、仲間達全員がこちらに向かってきていた。詩乃は呆然としてそちらを見ていた。アクアが、涙を腕で拭ったのが見えた。


「…………ほら。シンデレラの話でもそうだろう?悪いことをした継母と姉達は報いを受け、シンデレラは幸せを掴んだ。君も、幸せになれる」


 それは、前の日の夜に千里が言った言葉と、ほとんど同じだった。


「アク様……」


 詩乃は、なんて声をかければいいのか、分からなかった。ただ、誇りに思っていいのか、慰めればいいのか、詩乃は言葉に悩んでいた。


「詩乃!良かったわ、ここにいて。朝起きてどこにも居ないから、心配したのよ?」


「早く朝御飯食べに行こーにゃー!」


 参華とナリが、そう話しながら近付いてきた。他の人もぞろぞろと近付いてくる。


「お前は……!」


 千里が静かに、手を後ろに回した。アクアが「何もしないよ」と笑った。そして。


「集合写真、撮ってあげようか」


 アクアが、囲んできた全員に向けて、優しく笑った。


「え……いいの?」


「確かに、集合写真撮ってねえから嬉しいっちゃ嬉しいけど……」


 美波と零が口々に言った。


「いいんだよ。むしろ撮らせてくれ。メル、カメラ貸して。ほら、並んで並んで」


 詩乃から詩乃のカメラを半ば強引に受け取り、8人を並ばせた。

 前列にいた詩乃は、どんな顔をしてカメラに映ればいいのか、分からなかった。だが。


「メル、笑って。君の……君達の、大切な写真でしょ?君達が再会出来た、記念にさ」


 アクアにそう言われ、アク様がそう言うなら、と笑顔を向け、右手でピースサインを作った。SNSにコスプレの写真を載せる時と、同じ笑顔だった。


「はい、チーズ」


 特有の言葉で、シャッターを切った。太陽の光が差し込んだ浜辺に、8つの笑顔が浮かんだ。

 全員が感謝の言葉を述べる中、アクアは手早くカメラを詩乃に渡し、「それじゃあね。元気でね」と笑って、去ろうとした。


「あっ……アク様!」


 詩乃が呼び止める。アクアが、「もういいよ。才能のない僕は、その名前で呼ばれる資格なんか……」と、悲しそうに笑って、振り向いた。


「資格なんて……資格なんて関係ないよ!それに……める、ずっと言いたかったんだけど……」


「……罵倒の言葉かい?」


 詩乃はすぐに首を横に振った。そして。


「めるは、ずっと……ずっと、憧れてた。死ぬ直前も、今も、ずっと……アク様の衣装制作の技術にずっと憧れてた。アク様は不器用なんかじゃない。めるよりもずっと器用で……コスプレに1番大事な衣装を、誰よりも上手く作れてた。だから……ずっと、尊敬してた。

 アク様は、才能がないって言ってたけど……最初から最後まで、ずっと才能に溢れてた人だった。だから……アク様に「メルには才能がない」って言われた時、すっごくショックだった」


 必死に言葉のピースを集め、繋げていった。一呼吸置いて、続けた。


「アク様。めるは、アク様のこと、多分許すことは出来ないと思う。でも……アク様も、幸せになって欲しい」


 アクアは、何も言わなかった。数歩離れて、立ち止まった。詩乃は、顔も見えないというのに、大粒の涙を流しているのが、声で分かった。全員が、何も言わずにそちらを向いた。


「………………君は…………魔法が解けても、優しいんだね」


 涙声で言ったその言葉を、詩乃は忘れられなかった。

 アクアはそのまま、ゆっくりと離れていった。声を上げて泣いていたのが、詩乃には分かった。



「アク様、いいこと思いついた!あのさ、お互いの衣装、交換してみない?」


「ああ、いいよ。僕がジュピターイエローの衣装を着ればいいんだね?」


「そうそう!めるがマーズレッド着るから、見ててよね〜!」


「メルの衣装、楽しみだな。さてさて、どこから駄目出ししようか……」


「駄目出し前提!?」


 ああ、これは夢だ。あたしが、昔のあたしの夢を見てるんだ。じゃなきゃ、こんな純粋にアク様が楽しそうな訳がない。

 あたしがアク様の衣装を着て、アク様があたしの衣装を着る。可愛いね、かっこいいね、結構似合うね……そうやって、お互いに褒めたかっただけだったのに。

 どうして、あんなことになったんだろう。あたしが、アク様を模倣したから?アク様を超えた自覚なんて、あたしにはどこにも無かった。

 でもきっと、アク様が言ったことだから、本当だったんだろう。


「わあ、すごい!やっぱり、アク様の衣装は着やすいのに原作再現が凄くていいね!」


「似合ってるよ、メル。君なら、マーズレッドの男装もいけるね」


「えへへ、そうかな〜?」


 ああ、そうだった。ああやって、お互いにお互いを褒めたかったんだ。

 なんで、あたし達は……純粋に、切磋琢磨出来なかったのかな。



「――詩乃。詩乃、起きて」


 隣から千里の声がして、目が覚めた。スクリーンで閉じられた飛行機の中は、いつの間にか明るくなっていた。さっきまで、暗かったのに。詩乃は内心そう思いながら、空港で買った水を飲んだ。


「……えっと、ここどこ……?」


「飛行機の中」


「馬鹿犬、そういう事じゃないって。もう山風町着くよ。シートベルト、してだって」


 千里の奥から、人間状態のナリが顔を出した。


「ああ……そっか、もう帰ってきたんだ……」


 詩乃はシートベルトをしてから、腕を前に伸ばして脱力した。


「なんか……すごい長い間向こうにいた気がする……」


「気持ちは分かるけど、そろそろ新学期始まるし」


「残念だったな、千里。大学生はまだまだ夏休みだ」


 後ろから零がニヤニヤしながら言った。それを聞きつつ、顔を外に向ける。

 飛行機はもう、雲を通り抜けていた。



「……ただいま」


 ほとんど開けたことのない扉を、静かに閉めた。もう誰も居ないだろう、そう思いながら、亥李は鍵をかけた。


「おかえり!亥ちゃん!」


 だからこそ、満面の笑みで出迎えた母親を見て、大仰に驚いた。


「たっただ……ただいま」


「無事だった?怪我してない?ちゃんと楽しめた?」


 矢継ぎ早の質問に亥李が困惑していると、母親の後ろから声が聞こえてきた。


「……本当に、亥李が外に出たのか……しかも3日も。誕生日を祝えなかったのは残念だったが……嬉しいよ」


 母親よりも低い声。自分と似た顔をした、背の高い男。それは、志学亥李の父親だった。

 亥李は思わず、目をつぶった。荷物を持つ手が震えた。


(あいつじゃないあいつじゃないあいつじゃないあいつじゃない……落ち着け俺!あいつじゃねえんだ……!)


 焦ったように心の中で唱えていたのを、両親は分からなかったようだった。


「おっ……お土産!紫芋のタルトだから!じゃあな!」


 お土産の袋を母親に押し付け、強引に荷物を持って2階に上がった。部屋に入り、荷物をその場に捨てるように置き、扉を閉め、鍵をかけた。


「落ち着け……落ち着け……!」


 心臓を上から押さえ、鼓動が平常に戻るのを、必死に待っていた。息は切れ、過呼吸気味になっていた。


「元に戻せ。お前の怠惰が、全ての原因なんだ」


 低く冷酷な声が、頭の中で聞こえた気がした。亥李は、心臓が止まったかと思った。


「もう……俺に関わらないでくれ……!」


 亥李が耳を押さえ、ベッドの上に飛び乗る。そこで見えたデジタル時計に、「8月22日10時59分 PM」と表示されていた。


「8月……22日……」


 そこで、亥李は初めて思い出した。


「誕生日を、祝えなかった……」


 父親の言った言葉を反復し、財布に入っていた免許証を取った。亥李には、その免許証を取った記憶はなかった。


「…………お誕生日おめでとう、俺」


 亥李は、自分の心臓の鼓動がゆっくりになっていくのが、静かに分かった。



「いやー、結構遅くなったなー……」


 零とナリは、引きずるように足を運び、やっと家に帰ってきた。


「帰ったらすぐ寝ることになるにゃー……」


「その前に風呂入んねえとな」


「ふ、風呂……うん、分かったにゃ」


 2人が会話しながら、家に向かった、その時。


「旅行は楽しかった?あなたは修学旅行行けなかったものね……」


 うふふ、と笑う声が聞こえた。目の前に、突如として、どこからか女の子が現れた。

 凛と同じ制服を着ていた彼女を、ナリは見たことがあった。だが、あまりのことで、頭が追いついてなかった。


「お前は……誰だ?」


 零が警戒しながら聞いた。彼女は妖艶な笑みを浮かべた。


「私?誰だっていいじゃない。それで、楽しかったんでしょう?詩乃が暴走して大変だったみたいね。でも、何とか出来た。いいことじゃない。山風町は、大変なことが起きてるっていうのにね」


「大変なこと……?」


 零が聞いた。彼女の長い黒髪が、風で揺れた。


「そうよ。うふふ、大変なことになりそうね。小さなヒーローさん」


 彼女はナリを見て、微笑を浮かべた。


「まっ、待って……満咲(みさき)!」


 ナリは、謎だらけの彼女の名前を、知っていた。

 満咲はその言葉を聞いてから、静かに消えてしまった。辺りに白い花びらが舞った。満咲がいた場所には、黄色い紙に包まれた白いカサブランカの花束が、まるで最初からあったかのように置かれていた。

月曜日は忙しい&改稿祭りしたいのでお休みします。

次の金曜日に改稿が終わっているかは分かりませんが、頑張ります。1話とサブタイトルをメインにするつもりなので、お楽しみに。またプロローグ変えてごめんなさい…

次回は12月10日です。

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