渚のシンデレラ
詩乃が目覚めた時、そこは日が沈もうとしている砂浜だった。周りには仲間達が、心配そうな顔をして詩乃を見ていた。1番近くにいた千里が「あっ」と声を出す。遠くで、アクアが目を伏せているのが見えた。
「ん……と……あ、あれ?ここって……」
詩乃が起き上がる。仲間達が喜びの声を上げた。
「よ、良かった……起きなかったらどうしようかと……」
「殴っちゃったから大丈夫かと思ってたけど……にゃあ、本当に良かったにゃ……」
美波とナリが、安堵のため息をついた。
「ええと……あた……いや、める、どのくらい寝てた……?」
「いや、そんなに長くねえよ。あー疲れた……帰って風呂入りてえ」
零が欠伸を噛み殺しながら教えてくれた。詩乃は「ふーん」と呟いて、ようやくそこで、闇の精霊エラを抱きかかえていることに気付いた。
「あ、あれ?エラ?」
「……詩乃。その渚の怨霊、今すぐ離して。殺すから」
千里が冷たく言った。杖が、エラに向けられる。彼もエラに気付いたようだった。その目は、何かを恨むかのようだった。
「せ、千里……殺すなんて物騒じゃん。それに……」
「それに、何?詩乃、あなたはそれのせいで暴走してたのよ。殺して当然じゃない?」
参華が槍をくるくると振り回した。その目は、いつもの朗らかな目からは考えられない、冷酷な目だった。
「そ、そうかもしれないけどさ、待ってってば。この子は……」
「この子は、何かにゃ?詩乃を暴走させた原因を、なんで詩乃が庇うんだにゃ?」
ナリが拳と拳をぶつけ、気合いを入れた。詩乃がその音が、とても恐ろしく聞こえた。
「それは……」
「それは?」
他の全員の声が重なる。詩乃は心臓をバクバクと鼓動させながら、言った。
「た……助けたかったんだ。この子のこと……この子が言ってたんだよ。この子達は悲しいとか怖いとか、そういう負の感情から生まれたものだけど……めるを助ける為に、自分の存在を否定してまで、めるを守ってくれた。だから、めるは助けようとして……」
「でも、それで詩乃が傷ついたのも事実。詩乃、今すぐそれを手放して。その渚の怨霊は、僕が……」
千里が杖をエラに向けた。エラがびくっと動いたのが、詩乃には分かった。
「せ、千里!待ってってば!さっきから渚の怨霊とか、よく分かんないこと言ってるけど……この子は!めると契約した闇の精霊なの!」
詩乃が叫んだ。他全員が、驚いた顔をして詩乃を見つめた。詩乃はそれに怯えながらも、続けた。
「名前はエラ!さっき、めるを助ける為に、めるを暴走させたって言ってたんだ……それしか、自分は出来ないからって。生命が隠してしまう負の感情を暴露させることしか、自分には出来ないからって!めるは、それに感謝してる……だから、守りたかったの!もう1人ぼっちになって、自分の生を諦めてて、ちょっと不器用だけどすごく優しくて……だから、めるは契約したの!」
“詩乃……”
詩乃が叫んだ。彼女の手元から、また泣きそうな声が聞こえてきた。詩乃は自分の腕の中にいるエラを見て、優しく笑った。
「エラ……大丈夫。今度はあたしが、君を助けるから」
そして、詩乃は上手く動かない自分の体を無理矢理立ち上がらせた。少しよろけたのを、駆け寄ってきた美波とナリに支えられた。そしてそのまま、目の前にいる千里を睨みつけた。
「千里……皆が、めるを暴走させた原因を最後まで消そうとするのは、すごく嬉しい。でも……この子が居なかったら、めるはきっと、何も言えないまま、どうしようもないまま終わってた。だから……皆の気持ちも凄く嬉しいけど、皆がエラを殺そうとするのは許さない。エラはもう、その渚の怨霊じゃなくて……めるの精霊だ」
詩乃は一呼吸置いてから、言った。
「誰かを助けるのに、特別な才能や力なんて要らないんだよ。その思いさえあれば、立場がどうであれ、助けていいんだよ」
詩乃のその言葉は、千里にも、そして遠くにいたアクアにも、響いたようだった。千里は何も言い返せないまま、黙って頷いた。参華の隣にいた亥李も、詩乃を黙って見つめていた。
「……誰かを助けるのに、特別な才能や力なんて要らない、か」
アクアがそう言いながら近付いてきた。体力はあまり残っていないようで、ゆっくりと近付いてくる。詩乃が思わず数歩後ずさった。全員、アクアの方を振り向いた。支えていた美波とナリが、驚いたように詩乃とアクアの顔を交互に見た。
「……アク様……」
「…………僕は、すっかり嫌われたみたいだね」
アクアが、寂しそうな顔をした。詩乃は、その顔が意外だった。
「アクアさんは、千里くんの体力回復に協力してくれたんだよ。アクアさんが居なかったら、詩乃ちゃんは助けられなかった」
美波が隣で、優しく耳打ちした。詩乃は、エラが闇の世界で教えてくれたことを、信じざるを得なかった。
「アク様、本当に……?」
「……僕は、何も出来なかった。君を傷付けて、君を殺そうとして……そんな僕に、助ける資格なんてないと思ってた。でも……」
アクアはそう言いながら、千里を見た。千里が自然と目を逸らす。千里にとって、アクアは一時的に協力しただけの敵に違いなかった。
「そこの……千里くんが教えてくれたんだ。誰かを助けるのに才能は要らないって」
詩乃が、驚いて千里の顔を見る。千里は恥ずかしそうに、詩乃とアクアから目を逸らした。
「……メル。君は、良い仲間を持ったね」
それだけ言って、アクアは踵を返した。千里も、アクアの方を見た。
「僕は……もう、僕が泊まってる旅館に帰るとするよ。君は……十二時の鐘が鳴ったから、帰らないとね。魔法が、解けるでしょ?それじゃあ、また会おう。渚のシンデレラ」
アクアはそれだけ言い残して、去っていった。
詩乃はその姿を見送ってから、自分の手元に、自分のカメラとアクアのカメラがあることに気付いた。呼び止めようとしたが、もう遠くに行ってしまった。仕方なく、詩乃は仲間達に支えられ、旅館に帰っていった。
ただ1人、亥李を残して。
「……誰かを助けるのに、特別な才能や力なんて要らない、か」
この日、あまり《絶対命中》が当たらなかった剣を見て、亥李は呟いた。
「…………俺の特別な才能って……俺の特別な力って……なんなんだろうな……」
その悲しげな表情を、参華は見ていた。だが、何を言っているのかは、波の音でかき消され、聞こえなかった。
長かった2日目も、もうすぐ終わりを告げようとしていた。
ナリ達は、自分達の部屋に着いた後、すぐに風呂に入り、料亭にも行かないまま、全員で寝てしまった。目覚めた頃、それは夜7時くらいだった。全員で起き上がり、8人揃って料亭に向かった。
「はあー……ほんっと疲れた、今日」
トンカツ定食を食べ終わった零が、腕を伸ばしてそう言った。
「あはは、ごめんって……」
詩乃がカレーを食べながら笑った。
「まあまあ。結果的に見れば、エラ……だっけ?と新しく契約して、詩乃とアクアさんとのわだかまりも多少改善されて、良かったんじゃない?かーっ!働いた後のビールはサイッコー!」
参華がグラスに入ったビールを飲み干した。呆れたように、亥李が肩をすくめる。先程のような悲しげな顔は、もう見せていなかった。参華は水を飲んで酔いを冷まそうとしながら、それが気になっていた。
「そうだぞー。それに、まだ最後のイベントが俺達にはある!」
亥李が威張りながらそう笑った。
「ねえ、それなに?最後のイベントって」
人間状態のナリが、味噌汁を飲みながら聞いた。亥李は「よくぞ聞いてくれた!」と言ってから、堂々と宣言した。
「これから、花火するぞ!夏の風物詩!どうだ?ちゃんと売店で買っておいたし、海で花火していいって書いてあったし!ほら、帰ったら普段着に着替えて、行くぞ!」
「花火かあ……いいね、子供の頃を思い出すよ」
「花火って……見たことない。空に打ち上がるでっかいやつ?」
「それは打ち上げ花火。私と亥李が買ったのは、小さな手持ち花火よ」
陽斗、千里、参華が口々に言った。
「よーし!なら、後で集合な!あと、ペア4つ作ってやるつもりだから、誰と組むか考えとけよ!」
亥李がそう言って立ち上がり、料亭に食器を返して、去っていった。他の7人も立ち上がって、食器を返しに行った。
「よーし!全員来たな!」
晩夏の夜、星の瞬く8時。寝て元気になった8人は、普段の服に着替え、誰もいないビーチに集合していた。
「今から花火とそれについてたちっさいバケツ、あとマッチとロウソク渡すから、誰と組むか決めてから、俺のところに来いよ!」
そう言って亥李は、売店で売られていたという花火セットを開け始めた。
「……美波。あの……」
「ふふ、同じこと考えたんだね。一緒にやろ!」
陽斗と美波が、お互いに顔を赤くして、顔を見合せた。
「詩乃。花火のやり方、教えて」
「え?うん、良いけど……分かるかなあ?」
千里と詩乃も、亥李の元へ花火を受け取りに行った。
「で?亥李自身は誰と組むか決めてんの?」
「お前こそ、誰と組むか決まってんのか?参華」
亥李と参華が顔を見合せた。暗がりの中、2人は合わせたように笑って花火を手に取った。
「……またこのパターンだにゃ」
「……またこのパターンだな」
獣人族状態のナリと、もう角が縮んだ零が、お互いの顔を見た。亥李達は「これ、お前らで分け合えよ!」とナリに渡して、参華を連れてどこかに行ってしまった。他のペアも、どこかに行ってしまった。
「……とりあえず、ここでいいかにゃ。ええと、まずロウソクに火をつけて……」
ナリが四苦八苦しながら、マッチに火をつける。その薄暗い光で、ナリの興味津々な顔が見えた。
(……今……ここでなら……)
零は1人、前日の夜のことを思い出していた。
「零くんは、そんなことないかもしれないけど……私は、ナリちゃんに恩返しがしたい。ナリちゃんが苦しんでいるなら、助けてあげたい。でも、ナリちゃんはきっと、零くんにしか、自分の事情を説明しないと思うんだ。だから……私の代わりに、恩返しして欲しいの」
酔っ払った美波が、零に真剣な目で言った言葉を思い出した。
(……美波の願い……叶えてやれるかもな)
零はそう考えながら、手に持っていたススキ花火やスパーク花火、そして線香花火を握りしめた。
次回は11月19日です。




