君への思い
「やめて……近付かないで……!」
彼女は、暗闇の中でそう呟いた。自分に降りかかる恐怖を、全て振り払うかのように。
暗闇の中で、必死に手を動かす。詩乃はただ、誰も自分に近付かないように、抵抗していた。
ふと気が付くと、遠くから、ナリや零、千里の声が聞こえてきた。何を言っているのかは分からなかったが、何か叫んでいるようにも聞こえた。それに気付いた詩乃が、辺りを見回す。
「……ナリ?零?……千里?」
辺りを見回して、自分が今、どこで座って怯えていたのか、やっと理解した。
「あ、あれれ……ここ……どこ……?」
周りは真っ暗だった。明かりはほんの少ししかなく、自分の体を見ることが出来る程度しか無かった。
「ナリ……零……千里……!皆、皆どこ……!?」
詩乃が立ち上がり、ありったけの声で叫んだ。
「皆!皆、どこにいるの!?」
だが、返事は返ってこない。彼女は自分の体の先から、静かに冷たくなっていくのを感じた。
「あたし……何があって、こうなったんだっけ……?」
彼女はその場にへたり込み、何故この場所にいるのか思い出そうとした。
「そうだ……アク様に殺されかけて、それで……あれ?どうなったんだっけ……ええと……あたしは……」
だが、そこまで思い出して、その先何があったのか、何も思い出せなかった。ふと、周りを見回す。相も変わらず、世界は闇に包まれていた。
「なにここ……皆、どこに行っちゃったの?あたしは、今どこにいるの……?」
暗闇の中で、詩乃はポロポロと涙を流し、俯いた。自分の涙で、小さな光が反射していた。
その時。
“泣かないで……僕達は君を、助けたいんだ”
世界全体に響くかのように、少年のような声が聞こえてきた。それは、精霊の言葉だった。驚いて周りを見回したが、声の主は見つからなかった。
「あ……あなたは誰?ここって……」
“ここは……僕達の世界。僕達は、生命のカナシイとかコワイとかを無くす為に生まれたんだ”
「……悲しい?怖い?」
“生命は、生まれたら誰でも……カナシイ、コワイ、ツライ……そんな気持ちを持っている。でも、中にはそんな思いを、自分の中に隠しちゃってる生命もいるんだよ”
人間の言葉を話し、精霊の言葉を聞く。そんな会話が続いた。詩乃は相手の言葉が、自分に重くのしかかった気がした。
“そういう生命はね。皆……隠してるフリして、内側では泣きそうなくらいツライんだ。助けてって、皆言うんだ。そんな生命を助ける為……僕達は生まれた”
「たす……ける?」
“うん。専ら人間なんだけど……君も、そうだよ”
「あた……めるが?」
“うん。これを見て”
相手の声と共に、近くから眩い光が目に飛び込んできた。何事かと詩乃が目をつぶる。そして、次に目にしたのは、映画館で上映される映画のように、自分を見上げる仲間達の映像だった。
詩乃は、仲間達に向かって攻撃をしていた。漆黒のおぞましい杖を握り、そこから放たれるレーザーが、砂浜を駆け巡った。そのレーザーは、執拗にナリを狙っていた。千里は倒れ、美波は立ち上がることもままならないまま、息を切らしていた。零の「ナリ!」という叫び声が、詩乃の耳に届いた。
「嘘……なにこれ……!?」
詩乃が自分の頬をつねった。とても痛かった。
“夢じゃ……ないんだ。ごめんね。僕達は君を助けたいのに……君のコワイを無くしたいのに、僕達はそれを増幅させて、暴走させることしか出来ないんだ”
相手が、悲しそうな声を出した。詩乃は、自分の見ている光景と、相手のその言葉が、とても信じられなかった。
“僕達もまた……カナシイとかコワイとか、そういう思いから生まれたんだ。だから、それを増やすことしか出来ないんだ。ごめんね。僕達はそれを消したいのに、それが出来ないんだ”
「……どうして……悲しいとか怖いとか、そういうのを、無くそうと思ったの?それらは……君自身でもあるんじゃないの?」
“そうだよ。でもね……可哀想だったんだ。カナシイ、コワイ、ツライ……その言葉すら言えない生命が。たとえ、僕達がそんな生命を助けることが、僕達の存在意義を否定することだとしても……僕達は、君のような生命を助けたかった。ごめんね。僕達は、君のコワイを暴走させて、君の思いをぶちまけさせることしか出来ないんだ”
その辛そうな口調が、詩乃を悲しい面持ちにさせた。
「ね、あのさ……さっきから思ってたんだけど、僕達って……君以外にもいるの?」
“うん。いっぱいいるよ。皆、ずっと閉じ込められてたから、すっごい元気だった。でも……”
「でも?」
“あのね……とても言いにくい事なんだけど……君の仲間に、皆消されちゃった”
その言葉を聞いて、詩乃は「ええ!?」と叫んだ。思わず立ち上がり、上映されている光景を見る。そこでは、零や参華が、自分の持つ杖の先に浮く黒い塊に向かって、攻撃をしていた。
「嘘……なんで!?」
“しょうがないんだよ……君の暴走を止めるには、君に取り付いた僕達を消すしかない。それに、皆気付いたんだ。だから、どうしようもないんだよ。僕達は、生まれて、消されて……そうやって生きていくしか、ないんだから”
その、切なく悲しそうな声を聞いて、詩乃はふつふつと煮えたぎる怒りが込み上げてきた。それは、自分が傷付けるのが恐ろしかった、仲間達へ向けたものだった。
「そんな……そんなのってないでしょ!?君は、めるの為に、自分の存在意義すら否定して、助けようとしてくれてるのに……それを、皆身勝手に殺して……!」
“仲間を……仲間を責めないであげて。皆、君を助けたいんだ。ほら、遠くにいるの、見て”
画面に目を移すと、立ち上がった千里の隣に、それを介抱する美波、そして彼女が恐れた男が、そこにいた。
「あ……アク様!?」
“彼は、後悔していたんだ。自分がずっと、才能に拘ってたこと……そして、才能があるのは君だって気付いていたのに、認められなかったこと”
詩乃は黙っていた。アクアが変わったのが本当にそう思っているのか、疑うしか無かった。
“だから、君を助ける為に戦ってる。君の仲間達も、才能に囚われないまま、君を助けようとしてる。君のコワイは、皆に届いたんだよ”
「そんな……だからって、君達が消えることなんて……!」
“いいんだ。僕達は、君のコワイが皆に伝わって、無くなってくれれば……僕達の存在している理由なんて、最初から消えてるんだ。だから、いいんだよ。君の為に消えられて、僕達は本望だ”
「そんなの……君が報われないじゃん!」
詩乃は、また涙を流していた。それは、紛れもない、自分を助けてくれた相手の為だった。
“報われない……それは、君の思いなの?”
「……そうだよ。これはめるの思いだ。めるは、こんなに君に助けてもらったのに……君が報われないのは、嫌だ!」
“ありがとう。でも……もう、間に合わないよ。僕達は消え、もう残り1つになってしまった。君を守る力ももうない。攻撃は止んでくれたけど、僕はもう、消えていくのを待つしか……”
近くで映されていた光景は、ナリに殴られ、黒の塊が消えたところで終わっていた。プツン、と音がして、上映されていた映像は消えた。また、世界は暗闇に包まれた。
詩乃は、その消え入りそうな声を救う方法を、一つだけ思いついていた。そして。
「待たないで!めるが……あたしが、君を守るから!」
詩乃が、ありったけの力で叫んだ。相手が怯んだのが分かった。
“守るって……どうやって?”
「あたしは精霊使いなの!君は精霊……多分、闇属性の精霊でしょ!?精霊の言葉を使うし、こんな暗闇を出せるのは闇属性しかないし!」
“たしかに、精霊の類ではあるけど……”
「なら、契約しよう!契約したら、君は私の使役する精霊になる!そうしたら、あたしが君の持ち主になるから……君を守れる!」
相手は、何も言わなかった。感動しているのか、困惑しているのか、詩乃には分からなかった。だが、彼女は相手を守りたい一心で、続けた。
「ねえ、契約しよう!君があたしを守った分……今度はあたしが君を守る!」
“……本当に、いいの?”
その声は、とても悲しそうで、そして、嬉しそうな声だった。これこそが、カナシイやコワイを隠してきた生命を助ける相手の、隠してきた思いなのだと、詩乃は思った。
“きっと……君は不幸になるよ。僕は存在意義が歪んでいたとしても、やっぱり、どこまで行ってもカナシイやコワイ、ツライなんだ。君を、助けてあげられない。助ける為の力がない”
「いいんだよ。あたしが決めたことなら、あたしは後悔しない。それに……君はあたしを助けられなかった、そう言ってるみたいだけど……あたしは、君のお陰で随分救われたんだ。そうでしょ?あたしは覚えてないけど……君はあたしを、助けてくれたんでしょ?」
相手は黙っていた。詩乃は座り込み、契約の儀式の為の、小さな魔法陣を空に描いた。
「こんななんの効果もない、気休め程度の魔法陣しか描けないけど、今は……契約の儀式を成功できる気がする。なんも根拠なんてないけどさ。あたしは、君を助けたいんだ」
詩乃は静かに微笑んだ。そして、どこにいるのかも分からない相手に向かって、優しく聞いた。
「もし……あたしと、契約してくれるなら……その姿を、見せてくれるかな」
詩乃が聞いて、しばらくの沈黙が流れた。やっぱり強引だったか、と詩乃が立ち上がろうとした、その時。
詩乃の背中側から腹側へ、暗闇の世界が引っ張られていった。布を中心からつねって動かしているみたいだった。暗闇の世界が、詩乃の目の前で具現化していく。暗闇だった世界は、詩乃が最後に目にした、太陽が真上に光る、美しい海と輝かしい砂浜になった。
集まった暗闇がくるくると周り、1つの塊を作り上げていった。世界の全ての暗闇が集まった時、暗闇は小さな声で、
“……いいの?”
と聞いた。
「……君が……!」
“僕は……君を助けることなんて出来なかったのに……君に助けられていいの?”
とても、不安そうな声だった。震えたその声は、人間にとって、泣きそうな声に似ていた。
「……いいんだよ。それに、さっきも言ったけど……あたしは君に、助けられたよ。君のその素晴らしい力で……きっとあたしは、あたしの心を全部言えてるんでしょ?なら……君は、あたしを助けてくれたんだよ。誰かを助けるのに、特別な才能や力なんて要らないんだよ」
相手は、静かに黙っていた。詩乃は、それが了承だと信じて、精霊の言葉で契約の呪文を唱え始めた。
“三賢者ラヴ=ブレイヴ、ホープ=ドリーム、ウィル=フレンドシップの名において、私相沢詩乃は、闇の精霊と契約を交わし、いつ如何なる時も、闇の精霊を守り、助けることをここに誓う。
精霊の名は、エラ”
続いて相手が誓えば、契約は成立したことになる。詩乃は静かに、相手の誓いを待った。
そして。
“三賢者ラヴ=ブレイヴ、ホープ=ドリーム、ウィル=フレンドシップの名において、私エラは、相沢詩乃を主と認め、いつ如何なる時も、主を守り、助けることをここに誓う”
エラは、ふわふわと横に浮きながら、そう誓った。詩乃が顔をほころばせ、
「……ありがとう。これからよろしく」
と、優しい声で言った。エラは詩乃の影の中に向かってから、詩乃に言った。
“僕からも……よろしく、詩乃。僕の力が必要だったら、いつでも言って。単体だから力は弱いけど……誰かを攻撃する魔法なら、いつでも放てるよ。それと、誰かのカナシイを増幅させる力なら、いつでも”
そして、影の中に入り込もうとして、留まった。そのまま、エラは詩乃に尋ねた。
“ねえ……僕は、確かに性別がどっちとは言っていないけど……なぜ、僕はエラって名前なの?”
「ん?ああ、それはね……」
それを聞いて、詩乃は笑った。
「シンデレラの、本当の名前だからだよ」
エラはそれを聞き、何も言わずに影の中に入っていった。
気が付くと詩乃は、日が沈む砂浜の中で、エラを抱きかかえたまま、倒れていた。
次回は11月15日です。




