助けたい
「うそ……だろ……」
亥李が、全員の言葉を代弁するように呟いた。全員、ただ唖然として、修復されていくドレスを見つめるしか無かった。
ドレスは、みるみる大きくなっていった。散り散りになった渚の怨霊は、詩乃の周りをぐるぐると浮遊し、自分の定位置を見つけたかのように、詩乃に張り付き、ドレスを再構築していた。それは、参華やアクアが最初に見た時よりは小さかったが、それでも先程よりは一回り大きくなって、ナリ達の前に現れた。
「……精霊みたいだとは……思ってたのよ……」
参華の唇は小刻みに震えていた。信じられない、というよりは、信じたくない、という風だった。
「詩乃ちゃんは、精霊使いだもん……精霊の回復魔法くらい、覚えてるよね、そりゃあ……」
美波は泣き顔で、詩乃を眺めていた。
「私達が頑張って削った渚の怨霊が……全部、元に戻ったってことかにゃ……?千里が倒れたのも、全部……」
ナリが、千里の方を見た。千里は苦しそうに倒れていた。
「……全部、無駄だった……ってことかにゃ……?」
ナリが、小さく呟いた。口をまともに動かせなかった。全員が、その言葉に打ちひしがれていた。
「もう……もう、やめてくれる……?あたしを殺さないでくれる……?」
詩乃の口から、その言葉が聞こえてきた。この砂浜で一番の強さを持つ詩乃は、目の前にいる仲間を、とても恐れていた。
誰もが、黙っていた。息を切らし、目の前の絶望から目を逸らしていた。その時。
「…………仲間を……仲間を助けるのに、才能は要らないんだろう?」
アクアが、全員の顔を見て、そう言った。全員の目がアクアに向けられる。アクアはそれに物怖じせずに、続けた。
「さっきの男の子……千里くんが教えてくれたんだ。仲間を助けるのに才能は要らない、って。それで……気付かされたよ。僕は、才能だ才能だって、ずっとそれに拘ってた。自分に、才能があるって信じてた。僕は最初から、何も持ってなかったのに」
「……あんた……」
参華が、驚いたように呟いた。
「でも……仲間を助けるのに、才能は要らない。そう言われて、初めて気付いた。才能なんか関係ない、仲間を助けたいって思いが、気持ちが、動く原動力になるって。そうでしょ?」
全員、はっと気付かされたように、アクアを見た。アクアは、自分の胸に手を当てて、悲しそうに言った。
「僕は……メルの、仲間じゃないけど……メルを殺そうとした、悪い王子様だけど……いや、だからこそ……」
アクアが、全員の目と目を合わせた。そして。
「だからこそ僕は、助けて、謝りたい。君達と一緒に、メルを助けたい。それは……君達も同じでしょ?」
アクアが確認するように聞いた。全員が、お互いの顔を見合わせる。その顔は、決意に満ちていた。
「……やるじゃん、あんた。名前は?」
参華が、楽しそうに聞いた。元気が戻ってきたようだった。
「……湊玖志。メルからは、レイヤー名の春宮アクアで呼ばれてたよ」
「よし、アクア!今からあんたは臨時加入ね!いいでしょ?皆!」
参華が周りを見回した。全員が頷く。
「……本当に?メルを殺そうとした僕が、仲間になっていいの?」
「あくまで臨時だにゃ。助けたいって気持ちがあれば、もうそれは仲間だにゃ。才能も、過去も、関係ないにゃ」
ナリが嬉しそうに笑った。アクアは涙を必死に堪えて、「ありがとう」と呟いた。全員、決意を胸に、詩乃の方を向いた。
「よおし!アクア!お前、なんか出来ることあるか?というかお前って往復転生者なのか?俺達の戦い見ても動じてなかったよな」
亥李がアクアに聞いた。それを聞いてアクアは少し恥ずかしそうに、答えた。
「うん……でも、僕はただの人間の商人の子で……たまに教会に行ってたけど、なんの魔法も……」
「んー……今詩乃を助ける為にやらなきゃいけないのは、千里を目覚めさせて、全員でまたドレスから渚の怨霊を引き抜いて、集めて、千里や零、参華に攻撃して貰うこと。なんとか千里を起こせれば、かなり勝率は上がるんだが……」
亥李が悩みながら、剣を右手でくるくると縦回転させた。近くにいた参華が「危なっ」と避けた。
「よし!アクア、お前は千里が起き上がるのを待ちながら、詩乃になにか起きないか観察しててくれ!」
「ああ、分かった」
アクアは頷いて、仰向けにされて倒れている千里を見た。全員がまた構える。
「ねえ、教会ってさ、どこの行ってたの?」
千里を介抱していた美波が聞いた。アクアは座って「太陽神ティラー」とだけ答えた。
「ティラー?本当に!?私太陽神ティラーの神官なの!」
美波が嬉しそうに笑った。
「へえ、なら、会ったことあるかもしれないね」
「そうだね!……って……ティラー?」
「そうだよ。それがどうかしたの?」
美波はそれを聞いて、何かを思い出したかのように、考えを巡らせた。そして、それは確信に変わった。
「亥李くん!千里くんを起こす方法……思いついたかも!」
美波が大声を上げた。亥李が「マジかよ!」と後ろを振り向いた。
「うん。《同神同命》って言って、同じ神を信仰している信者1人と自分の体力と魔力を分け合う、っていう魔法なんだけど、それを使えば……」
「……倒れてる千里くんを起こせる……ってこと?」
アクアが聞いた。美波は頷いてから、「あっ」と言って、申し訳なさそうな顔をした。
「でも……アクアさん、それをすると、私と体力を分け合うことになるんだけど……いい?私……かなり体力無いよ?」
アクアは少し考えてから、答えた。
「いいよ。僕のこの命、存分に使ってくれ!」
「い……いいの!?」
「どうせ僕に出来ることなんて限られてる。なら、出来ることをするまでだ……僕だって、役に立ちたい!才能なんて要らないんだろう!?」
アクアが叫んだ。それを見て亥李は、安心したように笑った。そして、仲間達8人を見渡し、叫んだ。
「よし!なら作戦を伝えるぞ!まず、美波はその《同神同命》でアクアと体力を分け、千里を魔法で回復!で、俺達は、まず俺と亥李、ナリが詩乃のドレスを攻撃!それで集まった渚の怨霊を、参華と零が攻撃!以上だ!短期決戦でいくぞ!いいな!」
その場にいた千里以外の全員が、「おう!」と応えた。
「じゃあ、いくよ!太陽神ティラー、どうか我らにお力添えを……《同神同命》!」
美波がアクアに向け、ロザリオを構えた。オレンジ色の光が、アクアと美波を包み込む。その途端、アクアの光が美波の方へと移っていった。光が移動した後、アクアはどっと疲れてしまい、汗が吹き出た。美波は、アクアから体力を貰って、少し元気が出ていた。
「よし!千里くん、今起こすからね!《魔力回復》!」
美波が、今度は千里へロザリオを構えた。紫色の光が、千里を包み込む。千里が、ぴくんと動いた気がした。そして。
「んん…………?」
千里が、そう呟きながら目を開けた。美波とアクアは嬉しくて「やった!」と小さく叫んでしまった。
「よし!俺達もいくぞ!ナリ!陽斗!」
亥李がその様子を見て、剣と盾を構え、走った。ナリと陽斗もそれを追いかける。零と参華は、少し離れた位置で待っていた。
そして、詩乃の足元にたどり着いた3人が、一斉にジャンプした。
「《勇者霊魂》!」
「《紅鏡》!」
「《有為転変》!」
全員で技名を叫びながら、亥李は上から剣を振り下ろし、陽斗は下から斬り上げ、ナリは6回殴ってから1回蹴って、詩乃のドレスを傷つけた。詩乃のドレスは先程よりも脆く、すぐに多くの渚の怨霊が散り、詩乃の杖の先へ集まっていった。
「亥李!このドレス、さっきより小さくなってるにゃ!さっきより簡単に取れたし!」
「マジかよ!多分、零と千里が魔法で消したのが響いてるんだな……」
「私もだっての。さて、やりますか!零!」
参華が零の方を見た。ウィンクして、槍をくるくると回転させる。
「おう。あの渚の怨霊、全部消しゃいいんだろ!?《火球火炎》!」
「そうよ!《槍の昇り藤》!」
零の手から火の玉が放たれた。それと同時に、参華が岩場を飛び、渚の怨霊へ思いきり突いた。渚の怨霊は、少しずつ消えていった。
着地したナリはそれを見て、自分の拳と掌をガシンと合わせ、言った。
「亥李!陽斗!もういっちょいくにゃ!」
2人が、「よし!」「分かった」と応えた。
「ああ、待って3人とも!」
千里を起こしていたアクアが、3人の声を聞き、言った。
「海水に武器をつけてから行くといいと思う。さっき猫娘ちゃんが海から頭突きした時、黒いのが多く離れていって、メルに直接攻撃が当たってた。だから多分あの黒いのは、海水に弱い!」
それを聞き、「ああ分かったよ!連れてってやるよ!」「分かった!」「分かったにゃ!」とそれぞれ叫び、3人は一斉に走った。詩乃のドレスを潜り抜け、向かったのは海だった。
そして、海に少し浸かると、ナリと陽斗はすぐに走って飛び上がり、亥李はその場で盾を構え、剣を投げる構えをした。
「《絶対命中》!」
「《紅鏡》!」
「《有為転変》!」
亥李が剣を投げ、陽斗は斬り上げ、ナリは6回殴り、1回蹴った。だが、亥李の剣は、詩乃のドレスに届かずに、落ちていってしまった。
「あっ……!」
「亥李!諦めんなよ!《魔力魔撃=水氷》!」
零がそう言いながら走り寄り、詩乃の近くでジャンプした。そして、青いオーラを纏った自分の剣を、落ちてくる亥李の剣に当てながら、詩乃のドレスに亥李の剣ごと攻撃した。
渚の怨霊は遂に全て散り、白のバラのブローチも、脱げたガラスの靴も、黒いレースのドレスも、全て消えてしまった。そこには、水着を着た詩乃が、大きな杖を握り、その杖の先に渚の怨霊の塊を従えて、数メートル上の空中に浮かんでいた。
「これ……どういう状況?もしかして倒せるの?」
ちょうどその頃、千里は立ち上がって、周りを見回していた。そしてアクアを見て、「逃げなかったんだ」と呟いた。
「ああ……僕も、メルを助けたいんだ。君の言っていたあの言葉の意味……ようやく分かったよ」
その決意が固まったアクアの顔を見て、千里は「ふーん」と、少し嬉しそうに呟いた。
「千里くん、今詩乃ちゃんが《精霊回復》を使って、皆で削って……で、今、千里くんはまた魔法で渚の怨霊を消せば大丈夫!全力全開でいっちゃって!」
それを見ながら、美波は手早く説明した。
「なるほどね。分かった。《魔力拡大》!そして……《天災雷撃》!」
千里が立ち上がり、杖を握った。杖から放たれた大きな雷が3つに別れ、渚の怨霊の塊へと飛んでいく。魔法が命中した時、渚の怨霊の塊は、一気に数を減らしていった。それは、ビーチボールほどの大きさになっていた。
「ナリ!決めてやれ!」
零が叫んだ。ナリが頷いた。
「やめてぇ!もう……もうあたしは……王子様なんて要らないの!!」
ドレスが消えてしまった詩乃が叫んだ。太陽が、水平線に辿り着いた頃のことだった。そして。
「《瑠璃光線》!《深淵灰弾》!来ないで!来ないでぇ!!」
詩乃が辛そうに叫び、杖を振り回した。残り少ない渚の怨霊から、黒と紫のレーザーが1本放たれた。それは弱々しく、ナリや陽斗、零、亥李、参華に向かって放たれたものだったが、ただ砂浜を駆け抜け、砂煙を上げるだけに終わってしまった。
だがその後、灰色の弾が、砂煙に隠れて放たれた。全員がそれに気付かないまま、喰らってしまった。全員が吹き飛ばされる。だがナリはそのまま、自分の後ろにある岩を確認してから、後ろにある岩を蹴った。
「詩乃!もう終わりにするにゃ!」
その後、前にある岩を蹴り、先程蹴った岩を蹴り、詩乃の杖の先へ向かっていった。
「《有備無患》!そして……」
ナリが渚の怨霊の塊に勢いよく頭突きした。そのまま、空中で《肉体烈火》を貯め、右の拳と左の拳を1回ずつ、渚の怨霊の塊に放った。その後、右手で攻撃する振りをして、右足でバランスを取りながら1回転し、左足の側面から蹴った。
「《朝有紅顔》に、《子虚烏有》……!?」
零が呟いた。零はナリが何をしようとしているのか、全く分からなかった。元ケルベロスアイの3人は、懐かしそうにそれを見ていた。
ナリは詩乃に真っすぐ向き、6回殴りつけた。そして、右足を軸にして、左足で2回、内側で回転しながら蹴った。
「《有為転変》!さあ、これで最後にゃ!詩乃!」
ナリが叫んだ。呼吸をする間もない程の攻撃の最後に、ナリは《肉体烈火》を貯め、渾身の一撃を詩乃に放った。
「《有七種技》が最後!《有終之美》!」
ナリが叫んだ。立て続けに攻撃されていた渚の怨霊の塊は、遂に消えてしまった。詩乃が支えを失い、杖を手放して、落ちていく。涙が、沈んでいく太陽の光に反射していた。
有備無患は、「備えあれば憂いなし」とも読みます。
次回は11月12日です。




