ナリの大冒険
「それじゃあ、ナリ。行ってくっから」
「行ってらっしゃいにゃーん。留守番はおまかせあれ、にゃ」
ナリと零が陽斗達と出会った次の日、零は川鞍大学に向かっていった。
川鞍大学は零の住んでいる家から約1時間で着く、総合大学だった。元々川峰創が経済学部だったため、全て覚えてる状態で授業に臨みにいった。実際はソルンボルで過ごしていた時間がある為、覚えていないことの方が多いのだが。
「おう、行ってきます」
零はそう言って、家を出て、鍵を閉めた。しばらく歩いた音が聞こえ、そして聞こえなくなる。
「……行ったにゃ?」
もちろん、ナリは大人しく待っているつもりはなかった。
(零には悪いけど、ここに連れてきてもらってから、外に1人で出たことは無かった。ほら、テリトリーは確認しておきたいじゃん?だからその、これは私は悪くない!悪いのは零だからね!零!)
そう思いつつ、ナリは扉の鍵に飛んでしがみつき、体ごと揺れて、ロックを外した。その拍子に、ナリは吹き飛んでしまった。
「にゃふん!いったー……でもよし!これで開いたにゃ!あとはドアを……」
ドアを開けるだけだ。だが、ナリはそれが、今のナリには難しいことに気付いた。
零の家は、人間が手で奥に押して開けるタイプの扉だったのだ。ナリの身長では、ドアを開ける為のノブには届かない。
「うわー……どうしよ……助走すればいけるかにゃ?」
少し後ろに下がり、ノブに思いっきり体当たりした。衝撃でナリの体全体が痛みに襲われたが、お陰で扉は開いた。
「にゃん!にゃんにゃんにゃんにゃん!」
叫びつつ転がって痛みを消した。しかしこれで、外に出ることは出来た。
(よし!これで外に出れた!さて、外はどんにゃ感じかにゃ……?)
ナリは起き上がり、周りを見回した。零の家の前には駐車場があり、そこにはナリを最初に轢いた青い車が停めてあった。
その近くには花壇があった。太陽に向けて輝く向日葵の花弁に水滴がついている。零が水やりをしていたのだろうか。
零の左隣の家は、売り物件となっていた。零の家とは瓜二つで、表札には何も書いていなかった。
(ふーん……売り物件?いつか誰か来るのかな……そしたら零の所に挨拶しに来るよね。楽しみだなあ、粗品……いや、違うからね?引越しの挨拶の粗品目当てな訳じゃないからね?)
ナリがそんなことを思っている中、ナリの耳にひそひそと声が聞こえてきた。
「最近、月島さんのところの零くん、変わった気がするんだけど、そう思わない?」
「確かに、前は花壇に水やりなんてしなかったのにねえ……それに、大学かコンビニくらいでしか外に出なかったんでしょ?」
道路の端で話していた2人の婦人だった。
(なるほど、月島零って人は、元々消極的な人だったんだ……でも、川峰創が入った月島零は、結構積極的……性格が同じだから転生した、って訳でもないっぽい……うーん……なんで、私たちは転生したんだろう。偶然って感じじゃない気がしてきた。まだよく分かんない……)
ナリがそう思っていた、その時。
それは前触れもなく、突然訪れた。ブツリ、という音が耳の近くで聞こえ、周りが真っ暗になった。だがそれも一瞬のことで、気が付くとナリは、先程居た場所に寝てしまっていた。
「にゃ……にゃにゃにゃ?」
先程居た2人の婦人はなぜか消えてしまっていた。太陽も心なしか前より動いている気がした。向日葵の水滴も見当たらなかった。
(ん?あ、あれ?なんで今、ブチって切れちゃったの?さっきの人たちもいない……時間が進んでる?あー、熱中症だったかなあ……7月だもんね。水……家か……)
立ち上がり、扉の前に立った。だがその扉は、外側からは引かなければ開かない扉だったのだ。さすがに、今のナリの力では引くことは出来ない。
「あ……」
そこで、ナリは初めて、零に猫用の扉を作ってもらえば良かったと思った。
「にゃ……にゃー!にゃー!」
とりあえず鳴いてみた。だが、たかだか猫が扉に向かって鳴いたところで、誰かが助けてくれる訳でもない。
「にゃー!にゃー!」
ナリがもう一度鳴いた、その時。
「な、ナリちゃん!?どうしたの!?」
美波がそこにいた。
「み……みなみぃ……」
美波はソルンボルの時から、公共語、エルフ語、ドワーフ語、獣人語、これら全ての言語を話すことが出来た。それを知っていたナリは、獣人語のままで話していた。
「なんで外に……零くんは?」
「大学行ったー……ねえ美波、扉開けてくんない?」
「え?うん、わかった……よ?」
美波が引き扉を開けた。ナリは中に入り、美波が扉を閉めると、ナリは清々しい気分で言った。
「ふう、良かったにゃー、入れて。みにゃみ、にゃか上がっていいよ!スリッパはそれ使うにゃ。零の家だから勝手に上げていいのかにゃ……いっか!どうぞにゃー」
率先してリビングの方に向かう。美波もナリに着いていった。
「いいの?ごめんね、今日来るって言わなくて……」
「いいんだにゃー。突然でも大丈夫にゃ!」
美波がリビングのソファーに座った。テレビの目の前にある、グレーのソファーだ。ナリも飛び乗った。
「ごめんにゃ。お茶とかは出せにゃくて……せめて「獣人族のニャリ」みたいににゃってたら、お茶も出せるんだけど……」
菓子を出した美波が、それを聞いて尋ねた。
「え?ナリちゃん、《異形》出来ないの?」
「え?出来んのかにゃ?」
美波が、ナリの方を向いた。
「うん。どうもね、この世界は……前までは気付かなかったけど、その、朝日くんに聞いて初めて知ったの。 朝日くんね。鉄を打とうとして、うっかりドワーフの時と同じ感覚で火に近付いたんだって。もう至近距離。真っ赤な火が手に当たっちゃったりさ。でも、火傷しなかったんだって」
「火傷しにゃかった?のかにゃ?」
「うん、らしいの。それを聞いて陽斗くんが火に近付いたけど……火傷しなかった。それで、よく分かったんだ。私たちが呼んでいた、所謂「魔法」や「種族スキル」は、私たちは現実でも、使えるって」
ナリはそれが、信じられなかった。
「……うっそだにゃ」
「ほんとだよ。ほら、やってみたら?獣人の姿にさ、《異形》!」
それを聞いて、ナリは目をつぶり、じっとイメージした。自分が猫の姿から獣人になる姿を。自分がソルンボルで戦いをくりひろげていたような、黒髪の、赤いスカートを巻き、茶色の皮ベスト、黒いブラウスを着た、黒い猫耳と黒い尻尾のある少女の姿を。
「にゃ……にゃー!《異形》!」
昔、唱え想像するだけで出来たことを、ナリはやってみた。
すると。
ナリの体が光り輝いた。美波が眩しそうに目を瞑る。
そして、その形はうねうねと動き、人間の少女の形を作りだしていった。
「おい!大丈夫かよ、ナリ!泥棒でも……っ」
零が慌てて帰ってきた。大学から帰ってきた時に鍵がかかっていなかったので、泥棒が入ってきたと思ったのだろう。光の漏れているリビングに向かって走って来た。
そして丁度その時、ナリの体は人間の形をした少女となり、猫耳、猫の尻尾がついていた。そしてその光が、周りに拡散した。
「おわっ!な、なんだ……!?」
零が目を瞑った。そして美波と零が目を開けると、彼女はそこにいた。
「にゃ……にゃ……ぃやったーっ!!」
ナリの体は、彼女が求めていた獣人の姿に《異形》していた。だが元の彼女とは少し違い、白いワンピースの上に四角い穴の空いた黒のワンピースを着ており、そこから尻尾が突き抜けていた。
「わーぁ!かっ……可愛いっ……!!」
美波が思わず抱きしめていた頃、零は唖然としていた。
「人間の手……人間の足……これぞまさしく、獣人の姿にゃ……!」
手や足、尻尾を見て喜んでいたナリは、零の帰宅に気付いた。
「あ、零おかえりにゃ!今美波がうちに来てね、それでソルンボルでの魔法や種族スキルが使えることが分かったんだにゃ!だから零も《鬼神化》出来るよって……零?」
「おま……お前……獣人の姿になった……のか……?」
「うん!これで生活に困ることはないにゃ!……ってあれ?「な」が「にゃ」にならないにゃ?でも語尾はにゃのまま……もしやこれは、獣人語の訛りってやつかにゃ!?いやいや……でも気をつけようとしたってにゃ……あ、にゃってついた……」
「ナリ……ナリ……!」
零の目には、涙が浮かんでいた。
「ええ!?ちょっと零、大丈夫かにゃ!?」
「零くん!?ちょっと、ほらティッシュ!」
美波に差し出されたティッシュで涙を拭き取り、零は言った。
「いや……お前が人間の姿になれたんだなって……俺、猫に話しかけるやべえやつになってたから、恥ずかしくて恥ずかしくて……!良かった……!」
「そっちぃ!?ねえちょっと、少しは新生ナリちゃんを見なさいにゃ!」
「見……見たって……ふはっ……」
「ちょっと、なんでこっち見て吹いてんだにゃー!」
その光景を見て、美波は笑った。2人が美波の方を不思議そうに見た。
「あ……いやごめんね?ついつい……ソルンボルの時も思ってたけど、ライバルだなんだって言いながら、やっぱ仲良いんだね、2人とも!」
零とナリがお互いを見つめ合う。そして、美波の方を同時に見て、聞いた。
「どこが?」
零は少しまだ笑っており、ナリは怒っていた。
「あはは、そういうとこ!」
美波は、また楽しそうに笑った。
少し前に、絵が描ける友人に「ナリちゃんと零のキャラデザ描いて」って頼んだんですけど、未だ来ません。