再会
一方、美波と陽斗は、一緒に飲み物を買いに行っていた。それは半分自分たちの為であり、もう半分は亥李の為だった。
「亥李くん、何飲むかな……ラムネとかでいいかな?」
「いいんじゃない?何渡されても喜ぶでしょ、きっと」
そう話しながらラムネの瓶を3本購入し、ビーチパラソルの方に戻っていった。
「美波はこれから、ナリと泳ぐの?」
陽斗が美波に向かって聞いた。
「うーん……零くんの反応が思ったより面白かったし、ナリちゃんの水着を愛でるのはまた今度!かな」
そう言いつつ、美波は冷たいラムネの瓶の蓋を開けた。カポッ、と子気味良い音がした。そのまま口を近付け、ゴク、ゴクとラムネを1口飲んだ。
「うん、美味しい!」
「なら良かった。じゃあ、1人で泳ぐの?」
美波はその言葉を聞いて、陽斗の方を向いた。そして首を傾げ、さも当たり前のように「陽斗くんと泳ぐつもりだったけど……」と話した。陽斗は、自分の耳が少し赤くなるのが分かった。陽斗はすぐ、目を逸らした。
「お、俺と泳いでもそんなに面白くないと思うけど……!」
「あれ、照れてる?珍しいね。でも絶対面白いから、大丈夫!陽斗くんの思い出作り、沢山しないと損だもんね!」
陽斗はそれを聞いて、言葉が出なかった。それは、美波が思い出作りについて覚えていてくれたのが嬉しくて、固まってしまったからだった。
「あれ?陽斗くん?」
美波が目の前に回り込み、顔を覗いた。陽斗は我に返り「ああ、うん」と曖昧に返事した。
「ほら、いこいこ!参華ちゃん、浮き輪持ってきてくれたはずだし!」
そう言って美波は、ラムネを持って走り出した。陽斗も慌てて、砂浜を走る。
(……まだ、昨日のことは言わないでおこう。もしかしたら、私の見間違いだったのかもしれないし……零くんも、黙ってる。陽斗くんに、余計な心配かける訳にはいかない)
美波は笑顔の裏で、そう決意していた。
日焼け止めを塗り終わったナリは、海に飛び出した。零も追いかけ、海に浸かる。塩水が、体に触れるのが分かった。
「おおー!案外怖くない!」
「海ってそんなに怖いもんじゃねえからな。ほら、下潜ってみろよ」
零がそう言いつつ、大きく息を吸い、海に潜った。ナリもそれを真似して、息を止めて潜る。
そこには、赤と橙のサンゴの世界が広がっていた。海藻をかき分けるようにして、色とりどりの魚達が泳いでいる。少し深いところに、赤いヒトデが見えた。水面が揺れて、太陽の光がたゆたうように見えた。
ナリは水面に顔を出した。零も顔を出す。ナリの顔は、感動に包まれていた。
「すっ……すっごい綺麗!海ってこんな感じなんだ!」
「ここの海だから、ってのもあるかもな。ここは日本中でも綺麗な海なんだけ」
「もっかい泳ぐ!」
零の話を遮り、ナリはまた潜ってしまった。
「あっ、ナリ!待てって、そんな潜るならゴーグル借りてくるから!1回出ろ!ナリ!」
零は、ナリが顔を出し、こちらを向いて「ごめんごめん」と謝るのを見て、安心したように息をついた。
ゴーグルを借りてきた後、更に潜って、目に水がかからないクリアな視界で海を見たいというナリの願いを叶える為、零は潜り方を説明した。ナリは真剣にそれを聞いていた。そんなナリを見て、零は心の奥底でとても嬉しそうにしていた。
冷たいラムネを渡され、亥李はやっと暑さから動けるようになった。欠伸を噛み殺し、ビーチパラソルの内側に敷かれたレジャーシートの上で、静かに寝そべっていた。
「なーに寝てんのよ。あんたが海行きたいって言ったんじゃない」
上から、参華の声が聞こえた。だが、参華がビーチパラソルの陰に隠れているせいか、姿がよく見えなかった。
「海には行きたかったんだよ。行ったこと無かったし」
「へえ、行ったこと無かったの?なら遊んできたら?」
「いや、いい。俺泳げねえし」
「じゃあなんの為に海来たのよ……」
参華が、寝転ぶ亥李の隣に座った。そこで亥李は、初めて参華の姿を目視した。
「…………!」
「え、なに、もしかして私の水着見てなかったの?ふふふ、私の美貌に酔いしれなさい!なんてね」
参華が冗談交じりに笑った。参華の赤いビキニは、亥李にとって刺激が強いものだった。赤い紐と布で固定してある赤いビキニを着て、参華は髪ゴムを口にくわえ、髪をまとめていた。後れ毛が、ピロンと垂れていた。
「…………」
「え、ねえ、ちょっと、なんか言いなさいよ、水着見たんだから。もしかして、なんも言えないほど綺麗だった?」
参華がにやけるように笑った。亥李は黙ったまま目を閉じ、そして起き上がって、目を見開いて叫んだ。
「海って本当に最高だな!水着姿がこんなにも見れるし!」
「……はあ?」
参華が首を傾げた。
「海来たことないから分かんなかったけど、よく見たらナリも美波も可愛い水着着てんじゃねえか!他の客もめっちゃ綺麗だし!目の保養にいいじゃねえか!」
亥李は興奮したように息を鼻から噴射し、叫んだ。周りの女性客が少し引いているのが、目に見えて分かった。
「あんた、なんてこと言ってんのよ!ほらほら、ちょっと音量抑えなさい!」
「参華もビキニ着てていいじゃねえか!いやー、サイコーだわこの旅行!」
参華が止めようと立ち上がり、肩を押さえた。だが亥李が落ち着いたのは、しばらく経った頃だった。亥李はビーチパラソルの中で、満足したように静かに笑った。
「あー満足した……俺しばらく海行かなくていいわ」
「水着だけで満足しないで欲しいんだけど……泳がないの?初めて来たんでしょ?ほら、ナリみたいに遊んできたら?」
参華がナリと零を指さした。2人はゴーグルをつけ、海に何回も潜っていた。
「いや、別にいい。俺、本当に海来たかっただけだし」
「ふーん……なんで?」
亥李はその言葉を聞いて、少し悩んだ。そして、口に出すのもはばかられるかのように、言った。
「俺は……自由な生活なんて、したこと無かったんだよ。だから、海や空を見ると、すげえ羨ましくなる。昔はカモメになるのが夢だったんだけどさ、流石になれねえし。ずっと来たかったんだよ、海」
参華は、それを聞いて黙っていた。だが、1つ何かを気付いたようで、亥李に向き直った。
「というか、自由な生活をしたことが無いって、今絶賛そうじゃない。それに、昔も引きこもってたんでしょ?超自由な生活じゃないの」
「それはそれ、これはこれ。親が厳しくてさ、海やら旅行やら連れてきて貰ったこと1回もねえし、本当に今回の旅行は楽しい!」
亥李が、腕を伸ばして笑った。「私とは真逆ね」と、参華が小さく呟いていたのを亥李は聞いていたが、聞かなかったことにした。亥李は満足げに、辺りを見回した。そして、あることに気付いた。
「……あれ?なあ参華、今もう1回水着の美女を見渡して気付いたんだが」
「なにその気持ち悪い言い方」
「詩乃、どこ行ったんだ?さっきから一度も見てないぞ?」
亥李にそう言われ、参華も見渡した。確かに、亥李の言う通り、詩乃はどこにも見当たらなかった。
「こんな広い海じゃ、迷子になってるかもね……亥李、私探してくるから、ここで留守番してて」
「よし、じゃあこっちもこっちで探してるわ」
こうして参華は、ビーチパラソルの元を離れた。亥李は辺りを見回していたが、海の家の方角や他のビーチパラソルの周りを目で探しても、それぞれで遊んでいるナリと零、陽斗と美波以外、仲間は見つからなかった。
しばらく時間が経過しても、詩乃は見つからず、参華も帰ってこなかった。
亥李は他のメンバーを集め、詩乃が行方不明なことを伝えた。
「ええ!?大丈夫なのかな……」
美波が口元を手で隠し、声を荒らげた。
「今、参華が探してるんだが……それにしても遅い。悪いんだが、今から皆で探すぞ。その後昼飯な」
「昼飯抜きは辛いね……探そうか」
陽斗の掛け声で、5人は別れた。だが、やはり見つからなかった。
「見つかんないよ……宿帰ったんじゃない?」
「ナリ、だとしたら何か俺達に言ってから行くだろ。どこ行っちまったんだ……?」
「あとは、立ち入り禁止って書いてあった、岩場の所ぐらいかな?行ってないの。詩乃ちゃんがそんなところ行くなんて思えないけど……」
「そんな場所にフラフラ行くなんて、そうとう怪しいよね」
ナリ達が次々に議論している中、亥李はただ1人、腕を組み、参華の帰りを待っていた。そして、それは思わぬ形で、期待通りになる。
「皆ー!!早く!早く武器持ってこっち来て!」
参華が、思いきり叫びながら、必死の形相で走り、こちらに向かってきていた。全員、驚いてそちらを見た。参華は息を切らして、ビーチパラソルに近寄った。
「ど、どうしたんだよ!武器持ってって……」
「亥李!御託はいいから早く来て!詩乃が……詩乃が、本当に大変なの!!」
時間は、少し前に遡る。
(……カメラ届けてくれる人……水野ツキヤさんだっけ、最近有名になったレイヤーさん……まだ来ないかな)
詩乃は1人、スマートフォンを片手に、砂浜を歩いていた。詩乃が歩いている場所は、参華達のビーチパラソルから随分離れていた。
時々、画面を見た。ダイレクトメッセージの画面だった。ツキヤの「今その浜辺に着きました!」というメッセージで途絶えていた。
(あたしのカメラ、レイヤー仲間に拾ってもらえて本当に良かった……しかも、同じジュピターイエローを推す仲間。一般人に見られなくてほんと良かった……)
ふと、海の方を見た。海は、さんさんと照りつける太陽が、光り輝いているように見えた。
(海……きっと偶然なんだろうけど、海っていったら、昔のことを思い出すなあ……)
そんなことを思いつつ、1歩1歩を意識して歩いていた。観光客が、キャハハと笑いながら、詩乃の隣を走り去っていった。
すると、後ろから、「メルさん!」と声をかけられた。振り向くと、そこには水族館で出会った男が、爽やかな笑顔でいた。
「もしかして……ツキヤさん?」
「はい!いや良かった、途中で気付いたんですよ!はいこれ、メルさんのカメラ!」
ツキヤは笑って、持っていたカバンからカメラを取り出した。間違いなく、詩乃が飛行機の中で取り出したカメラだった。
「あ、それ!いやー、ありがとうございます!じゃあはい!これ、ツキヤさんの……」
詩乃のカメラを受け取り、ツキヤのカメラを渡した。そして、ツキヤがカメラを受け取った、その時。
「……今まで、確証が持てなかったんだ。SNSで写真を見て、もしかしたら、と思っていた。カメラワークも、名前も、同じだからね。でも、俄には信じがたかった」
ツキヤが、カメラを手渡している詩乃の手を、両手で握った。困惑する詩乃を見て、彼は続けた。
「SNSなら、パスワードとアカウント名さえ分かっていれば、誰でも簡単に乗っ取ることが可能だからね。使われないはずのアカウントを、誰かが悪戯で乗っ取っているんだと思ったよ」
「……使われない……?」
「そうだよ。そして、僕だけがその事実を知っている」
詩乃は、そう言われて、1つの疑念が生まれた。詩乃の心臓の鼓動が、段々早く、大きな音を立てていることが、よく分かった。逃げ出す為に手を引っ込めようとしたが、詩乃より大きな手で包まれた彼女の手は、引き抜くことが出来なかった。
「やっ……やめて……!」
「悲しいこと言わないでよ、昔は合同撮影会で何回も手を繋いだじゃないか。でも、その反応で確信したよ。僕以外にも、僕みたいにこっちに来た人がいたんだね」
詩乃が、彼の顔を見た。彼は優しく笑った。詩乃には、それがとても恐ろしく感じられた。息遣いが段々早くなった。
「カメラを見て、もしかしたら君かな、と思ったんだ。君はこんな風にカメラをデコってたからね。本当に、また会えて嬉しい。僕は再会できて、本当に嬉しいんだよ。メル」
「やめて……めるの前からいなくなって……」
詩乃の手が、唇が、足が、震えている。彼はそんな詩乃の手を引っ張り、抱き寄せた。
「こんなに震えて……可哀想に。僕が君を救ってあげるよ。僕は、君の王子様だから」
詩乃の目からは、涙が零れた。詩乃は目をつぶった。
「あれ?そんなに嫌だった?抱きしめたのは苦しかったかな?」
「違う……めるは、あなたとはもう二度と会えないと思ってた……だから、また会えて嬉しい……嬉しいけど……今すぐ居なくなって欲しい……!」
その一つ一つの言葉には、怒りが込められていた。彼は悲しそうに笑った。
「……昔と比べて、随分ハッキリ物を言うようになったね、メル」
「誰のせいだと思ってるの……!」
「でもさ、君と別れた最後の場所と奇しくも似てる場所なんだよ。因縁の場所っぽいところもあるしさ」
「そうだよ……だから、めるは会いたくなかった!」
「せっかくの再会に、なんで君は喜んでくれないかな。メル?」
「せっかくの再会だからこそ、めるは迎えたくなかったんだよ!」
そう叫び、詩乃は抱きしめられたまま、彼の目をまっすぐ見た。その目には涙が溜まり、彼女は手の震えを抑え、必死に睨みつけていた。
「アク様」
それは、彼の前のニックネームであり、昔の彼女を殺した名前だった。
10月18日(月)がリアルで忙しいのでお休みです。
次回は、10月22日です。




