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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
渚のシンデレラ
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星の瞬き

 その日の夜。


(……眠れねえな……)


 零は1人、自分の為に敷かれている布団から這い出た。彼の瞼は重くなっていたが、眠りにつくにはまだ足りない、といったようだった。

 彼は、電気が消されて真っ暗になっている部屋を見回し、重たいカーテンの奥に潜む、ベランダに出た。星が瞬いていたのが、ひと目でわかった。


「おお……!」


 思わず声が漏れる。すると。


「あれ?零くん?」


 隣のベランダから、声が聞こえた。見ると、そこにいたのは美波だった。椅子に座って、缶の中に入っている何かを飲んでいた。少しはだけていて、零は思わず、目を逸らしてしまった。


「みっ、美波……お前、浴衣ぐらいちゃんと着ろよ……」


「え?ああ、ごめんね。今直すから、ちょっとあっち向いてて」


 言われるままに、美波と反対側を向く。衣擦れの音がした後、「もういいよ」と声がかかった。よく見ると、美波はほんのり首筋が赤くなっていた。


「おま……もしかしてそれ、酒か……?」


「そ。追い酒。いる?……って、未成年か。あ、でも、前は20歳超えてるのかな?」


「………俺は飲まないんだ」


「飲めないんじゃなくて?」


 美波にそう聞かれ、零は黙ってしまった。


「……ま、いいや。ちょうど良かった、零くんに話したいことがあったんだ。隣、座って。お茶でも飲みなよ。今、誰も起きてないからさ」


 そう言って美波は、隣の席を叩いた。零は頷いて、自分の部屋に一度戻り、冷蔵庫に冷やされていた麦茶とコップを持ってきた。他に誰もいないか確認しつつ、隣の席に座って、コップに麦茶を注いだ。キンとした冷たさが、熱帯夜の暑さに溶けていった。


「男子部屋はどう?皆仲良くしてる?」


「まあ……俺と陽斗が帰ってきた時、亥李は堂々と端の布団で寝やがるし、千里は本読んでて俺達に見向きもしないし……俺と陽斗でテレビ見てたけど、あんま楽しくはなかったかな。すぐ寝ちまったよ、皆。女子は?」


「女子も、男子とあんまり変わらないよ。ナリちゃんは獣人族になって寝ちゃったし、詩乃ちゃんはスマホ見て、「それっぽい人と連絡ついた!」って言ってたし。さっき料亭で怒ってたの、全部忘れたみたいにね」


「それっぽい人?」


「カメラ、水族館で落として、すり替わっちゃったんだって。詩乃ちゃんのカメラを持ってた人と、SNSで連絡したんだよ」


「ふーん……で?参華とお前は?」


「参華ちゃんと私は、売店に行って、お酒買ったんだ。シークワーサーのサワーと、さっき参華ちゃんが飲んでたビール。でも、参華ちゃん、私がご当地ビール飲んでたら、すぐ寝ちゃって……運転して疲れてたんだね。だから、すぐ酔っぱらっちゃった」


「……だから、今飲んでる……のか?」


 零は美波が手に持っている缶を指さした。缶には、「ご当地サワー」とロゴが書いてあった。


「そ。サワーも飲もうと思ってたのに、ビールしか飲めないなんて。それこそ眠れないよ。どう?美味しいよ?」


「……あんまり匂わせないでくれ。酒の匂いは嫌いなんだ」


 零が顔をしかめた。


「あはは。ごめんね?零くん」


 美波がまたサワーを飲んだ。もう空に近かった。


「お前って、酒飲むと結構大人しくなるんだな……大人しいというよりは、いつもより冷たいというか……」


 ぐびっ、と麦茶を飲んだ。外気に触れたせいか、少し熱くなっていた。


「そうかな?ふふふ、そんな風に言われたの初めてだよ。お酒、結構強いってのもあるかもしれないけど」


「そんなに強くないだろ。ちょっと酔っ払ってるよな?強い人は、飲んでも酔わなかったり、500ミリリットルの缶全部飲んでも大丈夫だったりすんだぞ?」

 

「そっか。じゃあ、ちょっと強い、かな」


 美波は恥ずかしそうに笑った。少し可愛い、と思ったが、すぐに首を横に振った。コップを少し傾け、それを美波に見せるように向けた。


「で?お前、話したいことって、それのことか?」


「ううん、違うよ。あのね……ナリちゃん、のことだけど」


 ナリ、という言葉を聞いて、零は背中が自然と伸びた気がした。


「零くん……私はね、ナリちゃんに助けられたんだ。氷の女王の時に、ナリちゃんが私を助けてくれなかったら……私は多分、ずっと氷の女王の手下だった」


 零はそう言われ、氷の女王と戦う前のことを思い出し始めた。


「美波!大丈夫だよ。寒くなんてないよ!だって、可愛いナリがここにいるんだもん!そうでしょ?美波の大好きなくまるんくらい可愛い私がいるんだから、寒くなんてない!ね?」


 ナリの飛び切りの笑顔で、美波の氷が溶けた。そんなこともあったなと、零は考えていた。美波は、そんな零の顔を見て、話の続きを言い始めた。


「だから……ナリちゃんが苦しんでいるなら、力になってあげたい。ナリちゃんが辛い思いをしているなら、大丈夫だよって、言ってあげたい。零くんは、どう?」


「……まあ、確かにそれは思うけど」


 零の脳裏には、旅行に行く前、金が無いと言った時のナリの泣き顔や、ショッピングモールに行ってこいと言った時の笑顔、旅行で見せた目を輝かせた顔……そんな、様々な表情を見せるナリが浮かんでいた。


「あいつ、旅行中はずっと楽しんでただろ。俺たちが気を遣う必要ねえんじゃねえの?」


「……零くんは、飛行機の中でナリちゃんが言ってたこと、聞いてなかった?」


 美波が真っ直ぐ零を見つめた。酔っ払ってとろんとしている瞳が、途端に鋭くなった。その目に押されるまま、彼は飛行機での出来事を思い出していた。


「……ジンベエザメ知らないって言ってた……ぐらいだよな?」


 零が尋ねた。だが、美波は首を横に振った。


「ううん、その後……私が、ナリちゃんと話してた時。ナリちゃんに、もしかしてナリちゃんの家、貧乏だった?って聞いたの」


 零にとってその話は初耳だった。驚いたように美波の顔を見た。


「あのね……ナリちゃんに聞いたら、貧乏ではなかったって言われたの。ただ、忙しかったって。介護みたいなことしてたからって、言われたの」


「介護……みたいなこと?」


「うん……それが具体的に何なのか、怖くて聞けなかったけど……多分、ナリちゃんはそこに、ナリちゃんが苦しかったことがある……と思うの」


 夏真っ盛りであるにも関わらず、零と美波の間には、冷えた空気が漂っていた。ピュー、と生ぬるい風が吹いた。


(確か、旅行に行く前に、水着買うなって言ったらあいつ、泣いてたよな……でその後、俺の言う通りだって……あいつ、人間として生きてた時から、ずっと無理してた……って、ことなのか……?)


 零は、麦茶に映る自分の顔を覗いた。その顔は、困ったような、悲しいような顔をしていた。脳裏にはまた、ナリの顔が思い浮かんでいた。


「あのね……零くん。お願いがあるの。君にしか、出来ないことなんだけど」


 美波にそう言われ、零ははっとして、美波の方を向いた。美波は続けた。


「ナリちゃんは……多分、時々、息が詰まったみたいに苦しいんだと思う。ナリちゃんの人生が、どんな風だったのか分からないけど……きっと、それを時々、思い出しているんだと思う」


 美波はそこで、一呼吸置いた。そして、零の方を真っ直ぐ見つめ、言った。


「零くんは、そんなことないかもしれないけど……私は、ナリちゃんに恩返しがしたい。ナリちゃんが苦しんでいるなら、助けてあげたい。でも、ナリちゃんはきっと、零くんにしか、自分の事情を説明しないと思うんだ。だから……私の代わりに、恩返しして欲しいの」


 零は、声が出なかった。自分が何をすればいいのかは明白だった。だが、たとえ元ライバル、現同居人とはいえ、他人の事情を詮索していいのか、彼には分からなかった。


「にゃ……そ、そうだよにゃ。零の言う通りだにゃ。にゃ、にゃんで私にゃいてるんだろにゃ。元々金銭的に私迷惑かけてるのに、さらに迷惑かけることはできにゃいにゃ。我儘言ってごめんにゃ、零」


 泣きながら、必死に堪えて笑ったナリの目を、零は思い出していた。


(……あれを、知っていたら……あんな無理してるあいつを、一度知ってしまったら……)


 零は、少し目をつぶり、考えていた。


「分かった。やってみるよ」


 そして、目を開き、美波を見つめた。その目は真剣だった。


(……放っておけないよな。ナリが苦しんでるって、知ったのなら。ナリにとってこの旅行が、どれだけ重要なのか、知りたいのなら)


 零は内心そう思いつつ、ナリの喜んだ顔を、想像していた。


「ありがとう……零くん。そう言ってくれて、とても嬉しいよ……お願いね」


 美波がそう言って、笑った。その時。

 ガタンガタン、と何かぶつかるような音が、美波の後ろから聞こえてきた。美波と零が慌てて立ち上がり、213号室側に避難する。零が美波を守るように右腕を伸ばし、左手を腰に付け、少し屈んだ。服に付けたままの《魔源収納(マナシェルター)》の結晶さえあれば、すぐさま剣を握ることの出来る体制だった。


「な、何……!?」


「今、何か物音がしたよな!?」


 2人がじっと立ち尽くし、様子を見る。物音は、ガタン、ガタン、ガタン、と、何回も壁にぶつかり、遂に、212号室の隣にある倉庫の部屋の窓を透け、何かが出ていった。白くて、丸く、輪郭がぼやけていた。だが、それが何かは、2人には分からなかった。それは、何体も何体も出ていき、しばらくして、収まった。窓には何も外傷はない。その現象は、まるで最初から何もなかったかのように、一瞬で終わってしまった。


「……今のって……倉庫?」


「倉庫?お前の部屋の隣がか?」


「うん……そうらしいけど……ご、ごめん、零くん……私、もう寝るね」


 美波が缶を持ち、慌てるように窓を開けた。零も「お、おう」と、動揺しながら頷いた。


「おやすみ、零くん」


「お、おう……おやすみ、美波……」


 零も、自分の部屋に帰り、コップを棚の上に置いて、そのまま布団の中に入った。


(なんだったんだ、今の……まさか……幽霊か、何かか……?)


 零はそんな風に考えつつ、目を閉じた。だが、彼がまともに寝られたのは、それからしばらく経った時のことだった。

次回は10月8日です。

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