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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
渚のシンデレラ
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本当の名前

 ほかほかとした体をゆっくり動かし、エレベーターで2階に向かった。慣れないスリッパをカパカパと鳴らし、2階のエレベーターホールに出た。


「める達の部屋はー、212だよねー」


 詩乃が何気なく聞いた。右に曲がり、のんびりと歩く。


「そうよ。隣は男子だけど、もう行ったかしら……」


「参華ちゃん、夕御飯ってどうなってるの?」


 美波が参華に聞いた。


「下に料亭があったの、見えた?あそこで定食食べるわよ。荷物置いたら行きましょうか!男子はもう先に行ってるでしょうし」


「待てないのが約2名いるからね」


 詩乃のその言葉を聞いて、4人は笑った。ナリも腹を抱えて笑い、近くの扉にもたれかかってしまった。コン、という軽い音が聞こえた。


「ナリ、後ろ……」


「あっ、やば!大丈夫かな……」


 参華に注意され、慌てて扉から離れる。だが、見るとそこは、「倉庫」という表札が掲げられていた。


「……倉庫?」


 ナリが素っ頓狂な声を上げる。


「なんだ、倉庫か……良かった、他の人の部屋じゃなくて……」


 美波が、ふう、と胸を撫で下ろした。


「倉庫……何が入ってるのかしらね。普通に掃除機とか?」


「まあ、多分そうだろうけど……変なのあったら面白いよね」


「変なのって何よ?」


「んー……なんだろ……結界とか?実は冥界と繋がってて……」


「そんな訳ないでしょ、ファンタジーじゃあるまいし」


「あはは、そうかも。ここはソルンボルじゃないからねー」


 参華とナリが笑いながら部屋に戻っていく。美波も、「ソルンボルでもなかったよ、そんなの……」と苦笑いしながら、2つ隣の部屋に向かった。ただ1人、詩乃だけは、倉庫の扉をじっと見つめていた。


(……あれ……お札だよね……?)


 彼女の視線の先にあったのは、扉の上の方にある、謎の札だった。赤い毛筆で何かが描かれており、封印札のように見えた。

 だが、「詩乃ー?早く入りなさいよー」と、参華の声が聞こえてきた。詩乃は返事をして、部屋に戻っていった。

 彼女の耳には、ピリッ、という音が、聞こえなかったようだった。



 ナリ達は不要な荷物を置いて、1階の料亭に向かった。料亭は4人用テーブルが沢山あり、そのほとんどが埋まっていた。食券券売機が3つ壁際に並んでおり、そこで手に入れた食券を、厨房のカウンターにいる受付の女性に渡すことで、注文出来る方式だった。厨房は殺到していて、受け取る場所は人で混みあっていた。


「あ、あれ、男子達じゃないかな?」


 美波が、近くの席でまとまって座っている男子達を指さした。座って焼肉定食を食べていた陽斗が、女子達に対して「やあ」と声をかけた。


「君達も夕飯?先に行っててごめんね。亥李と千里が早く食べたいって聞かなくて」


 陽斗が苦笑いして、亥李と千里を見つめる。亥李と千里の目の前には、空の丼が置かれていた。


「お前ら、もう少しゆっくり食べろよ……」


 零がカレーライスを食べながら言った。呆れているようだった。


「食事なんて、そんなに手間かけるものじゃないし。早く帰って本を読みたいからさ。旅館の1階で見つけたんだ。この地域をモデルにした本らしいよ」


 千里がそう言って立ち上がった。


「…………ねむ……」


 亥李も立ち上がり、それだけ呟いた。瞬きする回数が多く、欠伸を噛み殺そうと努力していたが、大欠伸を連発していた彼は、それを止めることが出来ていなかった。


「という訳で、僕は帰るよ。じゃ」


「……俺も…………」


 そう言って、千里と亥李は自分の食器を手に取り、返却口に向かっていった。


「……ほんと自由勝手な奴らね。私たちも席を取りましょうか……」


 参華が呆れたように呟いた。


「席、取ってないの?それならそこを使うといいよ」


 陽斗が、隣のテーブルを指さした。ナリ達はそこに座り、食券を買いに行った。そんな中、ナリは金を持っていないと駄々をこね、零から食券を買える分の小銭を受け取った。零は「予め言えよな……」と呟き、ナリの背中を見送っていた。

 そして、ナリは海鮮丼、参華は焼き鳥とビール、詩乃は豚しゃぶサラダ、美波は南蛮定食を買ってきた。


「零ー、ありがとー!これお釣り!」


「はいはい。お前ほんとマグロ好きだよな……」


 ナリが持っているお盆の上には、マグロとサーモン、たまごといくらが積まれていた、海鮮丼が置いてあった。きらきらと光り、新鮮そのものだった。


「え?まあ、確かにマグロは好きだけど……猫になってから、魚がすっごい好きになったかな?昔はそんなでもなかったよ」


「分かる分かる。魚って骨ばっかで面倒だし味しないし、刺身になんないと美味しくないよねー」


 詩乃が頷きながら座った。「そういう意味じゃないけど……」と、ナリは困ったように笑って、座った。他の2人も座る。

 そして、4人は目の前にある食べ物を食べ始めた。モモとつくね、皮とネギまの4種類の焼き鳥とビールを頬張る参華や、チキン南蛮にタルタルソースをかけてにっこりする美波と、全員思い思いに食べ始めた。


「マグロ……!サーモン……!いくら……!たまご……!」


 箸を巧みに使い、刺身の分量を考えながら、ナリは嬉しそうに海鮮丼を食べていた。醤油が大量にかけられた海鮮丼は、白米が少し茶色く染まっていた。


「なあ、そんな醤油かけて大丈夫なのか?」


 零が水を飲んでから聞いた。ナリは口に含んでいた物を飲み込んでから「海鮮丼は、醤油をかければかけるほど美味しいんだよ!」と、力強く言い放った。


「それはねーだろ」


「ないことはないでしょ。かければかけるほど美味しいっていうのは、案外いっぱいある物だよ?例えば、めるが食べてる冷しゃぶサラダ!」


 詩乃が箸先を零に向けた。「詩乃ちゃん、人に箸向けちゃ……」という美波の忠告も聞かず、詩乃は続けた。


「冷しゃぶサラダに大根おろしとポン酢かけると美味しいんだよ?ここはちゃんと理解してくれてるいい場所!いいダイエットになるね!お腹周りが痩せてると海でも映えるし!」


 詩乃のその言葉を聞いて、参華も頷いた。同じ頃、陽斗と零は食べ終わっていたが、2人とも、何も言うこともなく、水を飲みながら、ただ4人を待ち続けていた。


「そうよ。明日は海行くんだから、ちゃんと太らないようにしないと」


「え?明日海行くのか?」


 零が尋ねた。参華は「ん?言ってなかった?」と前置きしてから、答えた。


「明日は海で1日中遊ぶわよ!ほら、水着買ってって言ったでしょ?ショッピングモールで買い忘れたなんて言わせないわよ!」


 参華のその言葉で、ナリは思い出した。ナリは服を買いに行く際、水着も買ったのだった。美波と詩乃に太鼓判を押され、ナリ自身も気に入ったその水着を、まだ零に見せたことはなかった。


「さて、説明し終わったし……今日はもう運転しないから飲めるわよー!」


 参華がビールを手に取った。そして、ゴク、ゴク、と喉を通る音が聞こえた。ぷはー、と声が漏れた。零がそれを、じっと、羨ましいかのように見つめていたが、やがて、左手で拳を作り、自分の膝に叩きつけた。その表情は、苦難に満ちていた。


「あー、美味い!このビール、特産品らしいけどなんて美味しいの!前はこんなの飲めなかったし、毎日バイトバイトで大変だけど、転生して本当に良かったわ!」


 参華が大笑いしながら叫んだ。美波が慌てて止めようとするが、参華は焼き鳥とビールを次々に口に入れていった。頬や首元が、次第に赤くなっていった。


「ちょ、参華ちゃん、酔っ払うの早すぎだよ!それに、そんな大声で話したら……!」


「え?いーじゃん別にー!いやー!ほんとサイコー!」


 参華はあっという間に、ジョッキに入っていたビールを飲み干してしまった。新しくビールを注文しに行こうとする参華を、美波は抱きつき、全力で止めていた。


「行くの行くのー!ビールおかわりー!」


「あとで私と売店行って飲もうって約束したでしょ、もう!だーめ!」


「ご当地ビールなんて昔飲めなかったんだもん!いいじゃーん!」


 ナリは参華がそう叫んでいるのを見て、ふと、昔参華はどんな人物だったのか気になった。そして、無理矢理席に戻される参華に「ねえ、参華。昔ビール飲めなかったって言ってたけど、なんでなの?」と、聞いてみた。

 いつもより早く酔っ払ったこの日なら、いつもなら聞けないことでも、聞ける気がした。


「……え?私?」


 参華が、訳の分からないという顔をして、ナリを見た。ナリはたじろいで、説明を加えた。


「あ、あのさ、ご当地ビール飲めないって、どんな生活だったのかなー……なんて」


「それって、もしかして仲間かもーとか思ってたりする?」


 参華がナリを真っ直ぐ見た。ナリはぎくりとして、言葉に詰まってしまった。


「まあいいや。私はー、私の想像してるナリの昔とは違ってー、結構裕福だったんだよ?安城友香(あんじょうゆうか)っていう名前だったんだけどさ」


 その名前を聞いて、詩乃が箸を机に落としてしまった。慌てて拾い上げ、新しい割り箸を取った。


「あ、安城って……()()安城!?」


「あの安城ー。それ以外は教えないわよーん」


 参華がそう言いつつ、水をコップに注いだ。喉渇いたー、と彼女は呟いた。詩乃は、驚いて声も出ないようだった。


「というかー、私だけ言うのは恥ずかしいというか……皆はどんな人だったの?名前は?」


 全員が黙り込んでしまった。お互いの顔を見合わせる。そんな5人の顔を見つつ、参華はまた水を飲んだ。


「……私は、山門有って名前の、高校生だったよ。普通に高校生だったけど……」


 重い空気の中、最初に口火を切ったのは、ナリだった。


「けど?」


「…………」


 そこで、ナリは顔を伏せ、何も言わなくなってしまった。何かを思い出しているようにも見えた。


「……俺は、川峰創っていう大学生だった。まあ、割と普通だったな。経済学部の3年だった」


 次に零が話した。それを聞いて、陽斗と美波がそれぞれ話していった。


「俺は、青桐勇吾っていう会社員だったよ。社会人3年目……だったかな」


「じゃあ、次私かな。私は、小早川那月って名前の大学生だったよ。教育学部だったけど……あ、コンテナでバイトしてたよ!」


 そして、全員の目が、詩乃に向いた。


「……え?な、何?」


「あと詩乃だけだよ?言ってないの。どんな名前だったの?どんな人だった?私だけ言って、詩乃が言わないのは嫌でーす」


 参華が駄々をこねるように口を尖らせた。


「めっ……めるはめるで……」


「そんなの通用しませーん。ほらー、早く言いなさいよー」


 参華はまだ酔っ払っているようだった。苛立ったように、詩乃を見つめる。詩乃は、苦し紛れに、一言、「めるは……」と呟いた。


「めるは?」


 参華が聞き返した、その時だった。

 詩乃が突然立ち上がった。椅子を膝の裏で突き放し、歯を食いしばっていた。そして。


「めっ……めるは、夜夜中メルだよ!夜が2つに中央の中、カタカナでメル!本当の名前がそれなの!もう……める、部屋帰ってるから!」


 詩乃は半ば慌てるようにしながら、食器を手に取った。そのまま走り去るかのように、返却口に向かってしまった。


「参華ちゃん、急かすからだよ。あとで詩乃ちゃんに謝っとこう?ね?」


 美波が優しく、参華を責めた。


「いいじゃーん!不公平だぞ不公平!夜夜中メルって、SNSで使ってる名前じゃんかー!」


 参華がぎゃーぎゃーと騒ぎ始めた。残ったナリ、美波は慌ててそれを止めつつ、食事を再開した。零と陽斗は、帰ったあいつらの様子を見てくる、と言って、先に帰ってしまった。

 そして、残された3人は、残り少ない夕飯を食べ、部屋に戻っていった。

台風の被害が少ないことを祈ります。

次回は10月4日です。

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