仲間との再会
「ねえ……ほんとに大丈夫?」
ナリが、人の少ない電車の中でそう言った。猫用キャリーの中で、静かに零に話しかける。
『大丈夫だから、とりあえず落ち着け』
零がスマートフォンのメモ帳のアプリに書き、それを見せてきた。
零とナリは、「Haruto Kusakabe」というアカウントと連絡を取り、彼の家で直接会うことになった。ナリの動画でのメッセージを理解したという女性も一緒らしい。
彼らは零と同じ川鞍大学の3年生だと言っていた。Harutoの方は20歳、女性の方は21歳だそうだ。
(ブレイン……そう名乗っていたけど、本当なのかな……これで詐欺だったら……?でも、そんなこと考えてる場合じゃないよね。ブレイン……そうなると、その一緒にいる女性ってのは、一体……)
ナリがそんなことを考えているうちに、彼の家がある駅についた。零がキャリーを持ち上げ、電車を降りる。
改札を通り、駅を出た目の前には、高級マンションがそびえ立っていた。零がスマホの画面を見て驚愕した。
「……あいつとの待ち合わせ場所……もしかして、このマンションか……?」
ナリにもそれが聞こえた。恐る恐る零が行くのを、ナリは見守った。
マンションの入口に着くと、呼び出すためのインターホンがあった。そこに、「2107」と打ち込む。
『はい、日下部です』
「あ、あの、連絡した月島とー……」
『ああ、君か!どうぞ、上がってください』
マンションの扉が開いた。緊張しながらも、零とナリは近くのエレベーターに入り、21階のボタンを押した。
「にゃあ……ブレインにゃのかにゃ、緊張してきたにゃあ……」
「俺は別の意味で緊張しそうだよ。こんな場所初めて来た……」
しばらくして、21階についた。地上階にいる人々や車のライトが霞んで見える。その21階の7つ目の部屋のチャイムを押した。
「はーい!あ、いらっしゃい!零くん!どうぞ中に入って!」
緑色の刺繍が施された黒いスカートに白いブラウス、そして大きなポニーテールの女性が、扉を開けた。
「えっと、あなたが日下部……」
「違う違う、私は土屋美波!とりあえず話は中でしましょ!」
うっかり目が大きな胸に行っていたが、慌てて零は目線を上げ、家の中に上がった。大きな玄関の奥にリビングがあり、そこに、カジュアルな服を着た男性がいた。窓から外を見ていたようだ。
「やあ、ええと……改めて、初めまして。俺の名前は日下部陽斗。一応、「テイルズナイト」っていう会社を立ち上げました。って、これ自慢になるかな。どう、美波?」
「いいんじゃない?肩書きそのものなんだし!あ、さっきも言ったから自己紹介は割愛!ただの川鞍大学の学生です、よろしくね!」
陽斗と美波が黒いソファーに座った。向かいのソファーに座るよう言われたので、ナリをソファーの上へ置いて、零が腰をかける。
「えっと……改めて、始めまして、月島零と言います。川鞍大学の2年生。まだ19だけど……よろしく」
「ねえねえ、そこにいるのがナリちゃんだよね?見して見して!」
美波が嬉しそうに言った。どうやら可愛いものが好きらしい。彼女の髪を結ぶ髪ゴムには、可愛らしい装飾が施されていた。零はそっと、ナリの入ったキャリーを開けた。
「きゃーん!ナリちゃん可愛い!動画で見たけど実際に見ると超可愛い!」
ナリを抱きしめ、顔をすりすりとナリにこすりつけた。ナリが少し嫌そうな顔をしていたとも知らずに。
「おいおい、それくらいにしときなって、美波……」
「まじ可愛いー!って、あ、ごめんね、ナリちゃん!」
陽斗に言われ、そっとナリを降ろした。ナリはソファーの上に飛び乗り、「にゃあ」と一つ鳴いた。
「零くん、この子をどこで見つけたの?あなたは、ナリちゃんが言ったことが分かった?」
美波が聞いた。零に視点が集まる。
「あー……いや……分かったというか……なんというか……」
「え?分かったの?ナリちゃんの言ってることが?」
美波が興味津々に聞いた。零は言葉に詰まってしまった。そして、ナリはそれを見て何かを決心したように、人間の言葉で言った。
「あの……陽斗は本当に、ブレインにゃの?」
3人が一斉に振り向いた。陽斗と美波の目が白黒になった。
「ナリ……君は、人間の言葉を話せるんだね……!じゃあ、本当に、君は……!」
「ナリちゃん……最初はたまたまだと思ってたの。たまたま、あの言葉……ソルンボルで習った獣人語なんじゃないかって、すごく不安だったの。でも今ので確信した。ナリちゃん。あなたは、私達のチームメンバーなんだね」
2人はナリの方を向いて、安心したように言った。
「ナリちゃん。覚えてる?私はフィーネ。ケルベロスアイのエルフの神官、フィーネ」
「ナリ、本当に会えて嬉しい。俺はブレイン。ケルベロスアイのドワーフの戦士、ブレインだ」
(……フィーネ?ブレイン?じゃあ、本当にこいつらは、ケルベロスアイなのか?)
零はそう疑問に思いながら、目の前の光景を見ていた。
「やったあ……やったあ……フィーネぇ……ブレイン……」
「ちょ、ちょっとナリちゃん!泣かないでよ!こっちまで釣られて泣いちゃうじゃん!」
「まあまあ。よかったじゃないか、また会えたんだ!俺も泣きそう……」
元ケルベロスアイの3人は、会えた感動を分かち合っていた。
「にゃん。零!連れてきてくれてありがとう!にゃん……」
「……ああ。どういたしまして」
素っ気なくナリに応えると、陽斗はそんな零を見て、聞いた。
「零、君はナリの正体に気付いてたのか?君は……」
「……俺は、残念ながらケルベロスアイじゃないけどな。俺は精霊人のアッシュだ」
2人は顔を見合わせ、パッと顔を明るくさせて、「アッシュ!」「アッシュなのか!」と喜んだ。それを見て、なんだか零も嬉しくなってしまって、目を逸らした。
「本当に、アッシュにブレイン、フィーネ……皆に会えて嬉しいにゃ。それで、2人に聞きたいことがあるのにゃ。どうして2人は、お互いがソルンボルからの転生者だって分かったのかにゃ?」
「ああ、それは……」
陽斗が言おうとしたのを、美波が遮った。
「私が転生した日、ちょうど大学の授業があったっぽくて。しょうがないからよくわかんないまま行ったんだけど、そこで席が陽斗くんと隣でね。私がノートに状況整理してたら、陽斗くんにバレちゃったの。だから、分かったというより、バレちゃった?」
「そうだね。俺もあの日、転生したばっかで授業行くか悩んだんだけど、今思うと行ってよかったよ」
そう話している中、チャイムの音が鳴った。陽斗がインターホンに出ると、『ただいま、陽斗』という声が聞こえた。
「ああ、父さん!おかえりなさい、今開けるね。ごめん、親が帰ってきちゃったから、帰ってくれないかな?」
「ああ、悪いな、陽斗。邪魔したな。ほら行くぞ、ナリ」
「うん、ごめん、追い出す感じになって。今度は零の家に行くから。じゃあ、また」
零はナリをキャリーに入れ、零は外に出た。美波も「じゃねー!陽斗くん!」と言って付いてきた。
「あれ?お前も来たのか?」
「まあね。別に付き合ってるとか、そういうのじゃないし。ほら行こ!」
2人と1匹は、駅に向かって歩いていた。その間、零と美波はお互いの状況を整理していた。
「……つまり、陽斗は元々「青桐勇吾」っていう名前のサラリーマンで、美波は元々「小早川那月」って名前の大学生だったんだな」
「そう!陽斗くんはあんまりその事喋んないんだけど、ちょっとだけ教えてくれたんだ。私はー……バイトしまくってた苦学生だったよ」
零の心臓が、ドキンと鳴った。立ち止まった零を、ナリと美波が見つめる。
「……ああ、悪い……」
「うん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫……」
ナリが心配する中、美波はわざと明るく振舞って、言った。
「あ、あのさ!私達、他にこっちに来た人知ってるよ!津金澤朝日っていう人。彼は零くん達みたいに、SNSで募ったの。「レプリカの剣やナックル、杖を売ってます。これであなたもコスプレマニア! トビー商店」ってね。ほら、覚えてない?武器屋のトビー」
トビー。その名前を聞いて、零は思い出した。彼が、まだアッシュであった時のことを。
「よー、トビー!また来たぜ」
ブランキャシア城下町の陰、スラムが近くにある市民街の奥。トビーと呼ばれるドワーフの若い男は、暗い店の中、唯一の光である炉の前で毎日鉄を叩いて、大量の武器を作り出していた。ブランキャシア王国の冒険者なら、誰でも1回は行く場所だった。
「……何度も言いますけど、精霊人のアッシュ、素材を持ってこないとより強い武器は作れないんですって。お引き取り願います」
「ちゃんと取ってきたって。ほら、アルケミス」
隣にいるアルケミスが、ため息をついて鉄を取り出した。精霊人が入ったダンジョン「ササハリ鉱山」には、精霊は居なかったが、アッシュが昔から探していた「月の鋼鉄」という非常に硬い鉱石が多少見つかった。それを持ってきたのだ。
「ほら!月の鋼鉄!これがあれば、新しい剣が作れんだろ?」
「ああ、持ってきてくれてたんですね。なら作りますよ、仕事なんで」
仕事なんで、をトビーはわざとらしく言った。
「もう1つ、クリスが余った鉱鉄で、槍を強化して欲しいって。はい」
アルケミスが、クリスのイニシャルが掘られている槍を取り出した。
「はー……精霊人のクリスの?ほー……分かった、任せてください」
クリスの槍を見て楽しそうに見つめたトビーに、アッシュは不満げに口を尖らせた。
「なあ、なんでそんなに俺の剣作んの嫌いなんだ?クリスの槍は作るの好きな癖に」
「それは簡単です。精霊人のアッシュ、あなたは無い素材で新しい物を作り出せと言ってきます。そんなの不可能です。でも精霊人のクリスは、素材が集まった時だけやって来て、武器を作って欲しいと言います。それは可能です。だから、僕は精霊人のクリスが好きなんです。僕は、この仕事そのものは好きですから」
「なんだよそれ。なあ、アルケミス?」
アッシュに聞かれ、アルケミスはため息をついた。
「アッシュ……そもそも、頼み方の問題だと思うけど……」
「頼み方?ああ、ごめんな!トビー!頼む!新しい剣作ってくれ!」
トビーは、カウンターの上で、手を合わせて顔を下げたアッシュを見て笑った。
「はい。僕はこの仕事が、とても好きですから」
そんなトビーが、今この世界にいるのだ。
「トビー……トビーも、こっちに来てたんだにゃ……!」
ナリがキャリーの中で嬉しそうに言った。彼女もトビーのことを知っているようだ。
「なあ、津金澤朝日だっけ?の所、教えてくれ!」
「うん、分かった!2人の住んでるところからね……?」
そうやって美波から教えてもらい、駅で別れた。
「明後日行くぞ、トビーの所。俺、授業あるから」
「分かったにゃーん。ふふ、楽しみだにゃ!」
ホームで待ち合わせしている間、ナリはそう言った。
それを聞くのが、なんだか嬉しかった。
ほとんどのキャラクターは、有名なとある物語をモデルに作成しています。