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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
山風町の笛吹き
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コーヒーの味

「あ!ナリちゃーん!こっちこっちー!」


 中ヶ丘駅のショッピングモールに行くと、美波がエントランスで手を振っていた。他にも、陽斗、千里、詩乃、参華が待っていた。ナリもまた「遅くなってごめん!」と言って、手を振り返した。


「あれ?零くんは?」


「必要なものは持ってるから行かないって」


「ええ、なにそれ。わざわざ私に連絡したのに」


「え?美波に?」


 美波はそう聞かれ「あれ?」と首を傾げた。


「あれ?聞いてない?零くんが頼んできたんだよ。ナリちゃんの服選んでくれって」


 その言葉は、ナリにとって、予想外のことだった。


「れ、零が……」


「それはどうでもいいけど、早く買いに行こうよ。せっかく来たんだし」


 千里が呆れたように言った。


「まあまあ、そう焦らず行こうよ。僕と千里は男子の服見てるから、4人は女子の服見てきな。じゃあ、行こうか、千里」


 陽斗が苦笑しながら、千里の方を向いた。千里は「分かったよ、日下部陽斗」と呟いて肩を竦め、2階の紳士服エリアに向かおうとしていた。


「じゃあ、1時間後でいいかな」


「いいんじゃない?それじゃあね、陽斗!」


 陽斗と参華が手を振り、別れた。そしてそのまま、陽斗と千里は2階へのエスカレーターを登っていった。


「でさー、どこ行くの?めるの行きつけの場所?」


「詩乃の行きつけの場所じゃ、ナリの趣味には合わないでしょ。ね、ナリ?」


「まあ、確かに参華の言う通りかも……すっごいフリルとか着てそうだし」


「そんなことないよーん。めるだって普通の服着るのだ。それじゃ、れっつごー!」


「うん!まずは、ナリちゃんの旅行バッグ、買いに行こう!」


 4人は仲良く話しながら、3階の淑女服の階へ向かった。

 そこから、4人はナリの服やカバンを中心に、旅行に必要なものを買い揃えた。参華がいつも服を買っているという店で、水色の肩出しTシャツや、黒いタンクトップ、ブラウンのショートパンツ、そして新しい茶色のキャスケットを買った。


「きゃああ……可愛い!ナリちゃん!」


 試着室でナリがそれを披露した時、美波は声を高くしてそう呟いた。別の試着室に入っていた参華も「可愛いなんて、羨ましい限りねー」と笑って、胸が強調された赤い服を着ていた。

 

「ところでさ、亥李は何してんの?」


 詩乃が次の店に向かう間、参華に聞いた。


「さあ……電話したんだけど、「いらねえよ」って一言で断られちゃって。まあ、あいつのことだし、外には出ないでしょうね」


「ふーん……ま、亥李だし、いっか」


「いいわよ、気にしなくて。亥李だし」


「それじゃあ亥李くんが可哀想だよ……あ、次、私がいつも使ってる店に行くよ!」


 美波が後ろを向いて、苦笑しながら先導する。ナリはそんな会話にも乗らず、ショーウィンドウや店から出てくる客の服を見て、ウキウキしながら見ていた。人間状態だから尻尾はないが、あったとしたらふりふりと振っていたところだった。


(すごい……おしゃれな人ばっかりだ……こんなおしゃれな服、昔にお母さんに買ってもらったくらいしか……懐かしいなあ、また一緒に行きたかったなあ……)


 ナリがそんなことを考えていると「ナリちゃん!ナーリーちゃん!どうしたの?ぼーっとして」と美波に声をかけられた。ナリはビクッとして、振り返った。思わず、被っていたキャスケットのつばを握り、被り直した。


「あ、ううん、なんでもないよ!」


「そう?ここだよ、次行くお店!」


「う、うん……」


「ふふふ、次はナリちゃんはどんな服が気に入るかな……!」


 楽しそうに店に入る美波の背中を見て、ナリは冷や汗をかいた。


(……そうだよ。今は「山門有」じゃなくて、「ナリ」なんだ。「ナリ」として服を買いに来てるんだから、「山門有」だった頃のことは忘れていよう。だって……)


 ふと、足が止まった。他の3人は楽しそうに服を選んでいるというのに、ナリは思い出に浸ってしまっていた。


「有ちゃん。お母さんの服見るの、飽きちゃった?なら、有ちゃんの服見ようか。それとも、ノエちゃんのグッズの方がいい?」


 優しくて、当時の有とはあまりにも身長が離れていた母親の声が、ナリの脳の中で反芻した。今美波達がいる場所に昔あった、若い母親向けの服屋。そこで幼い有は、母親に我儘を言ったのだ。「ここ、つまんない」と。

 それでも母親は、笑って「ちょっと待っててね」と言っていた。有が不貞腐れる中、母親は楽しそうに服を選ぶ。そして、有最終的に有の服も、「ノエちゃん」のグッズも買いに行ったのだ。

 しかし、そんな楽しい買い物も、もう出来ない。


(私はもう死んで、「ナリ」になったんだ……あんな我儘、もう言えない。千里じゃないけど、私だって大人にならなきゃ。だって……)


 ナリが険しい顔を見せた。「ナーリー?何してんのー?」という、詩乃の声が店の中から聞こえた。


「あ、ううん!すぐ行くよ」


 詩乃に言われ、駆け足で店の中に入った。


(お母さんとは、もう会えないんだ……)


 微かに熱くなった目尻を拭い、笑顔を作った。そして、店の中に入っていった。


 そんな風に、ナリ達は自分たちの服やカバンを次々と買った。ナリは「そんなに服要らないよ」と言ったのだが、美波は「服はあって困る物じゃないよ」と言って、ナリに似合うであろう服を試着させていた。ナリは笑って、買い物を楽しんだ。



 一方その頃。


「千里、何か飲み物でもいる?」


 早くに買い物を終わらせてしまった千里と陽斗は、待ち合わせの1階のベンチで、2人で座っていた。


「じゃあ……カルピス」


「分かった。そこで待っててくれ」


 しばらくして、缶コーヒーとカルピスウォーターを陽斗が買ってきた。千里にカルピスを渡し、ぐいっとコーヒーを飲む。「ぷはぁ」という声が漏れた。


「ねえ……コーヒーって、美味しいの?」


「ん?美味いよ。飲むか?」


「いい。苦いし」


「はは、大人の味ってやつだからな。この味が分かるようになったら、大人だな」


 陽斗はまた、コーヒーを飲んだ。苦い味だった。そして、ふと思いついたように、


「……千里。大人って何か、分かったのか?」


 と、尋ねた。ペットボトルの中身をぐいぐい飲み込む千里が、飲む体制のまま、陽斗を見た。そして、注ぎ口を口から離し、言った。


「分かんないよ。色んな人に聞いてみた。でも、これだ、っていう答えを教えてくれる人はいなかった」


 千里がキャップを閉めた。この日買った服が入っている袋が、たいした中身は入っていないのに重く感じられた。


「千里……誰も彼もが、答えを知ってる訳じゃないぞ」


「え?」


 千里は、どぎまぎとして陽斗を見た。陽斗は笑って教えた。


「当たり前だろ?大人が何なのか、明確な答えを知ってる人がいる訳ないじゃないか。皆、自分がどうして大人になるのか、それが分からなくて、もがいて苦しむんだよ」


 それを聞いて、千里の目が少し輝いた気がした。


「そ……そうなの?」


「そうだよ。俺達も、これが答えなのかな、これで正しいのかな、っていう不安を抱きながら、大人として子供に手本を見せてる。カッコつけちまってさ、不安なんてない振り見せるけど……本当は、誰だって不安だよ。俺も、この前言ったのが本当に正しいのか、よく分かってない」


「……大人でも、そんな風に迷うことがあるんだ」


「当たり前だ。簡単に決められたらいいんだけど、残念ながらそうはいかない。例えば……コーヒーの味の良さがわかる人、なんてどうだ?」


 ゆらゆらと片手で缶コーヒーを揺らし、言った。千里はぷっと吹き出した。陽斗には、なぜ彼が笑うのかよく分からなかった。


「そんなに笑うことか?」


「あはは、笑うことだって。そっか、そんな風に簡単に決めちゃったら、大変だね。コーヒーが苦手な人は、ずっと子供のままだ」


「そうだな。お、来た」


 こんな話をしていた時、ちょうど4人が現れた。



「よし!ナリの服も買えたことだし、帰りましょ!」


 参華の号令で、全員が立ち上がった。


「み、皆……今日は、本当にありがとう。すっごい嬉しかった!」


 ナリがそう言ってみると「どういたしまして!」と、美波が笑った。千里以外の他の人も、微笑ましそうにナリを見ている。千里は、どうでも良さそうに当たりを見回した。


 その時だ。


「あ。カサブランカ」


 千里が、ある花屋を指さした。全員がそちらを向くと、そこには、大きく、純白の花弁を悠々と見せつけ、飾り気のない赤色の雌しべが一際目立つ、美しいカサブランカが、堂々とそこにいた。それは花瓶の中で生けられており、1輪で500円ほどだった。


「へえ、カサブランカ……懐かしいわねー……」


 参華がそう呟き、店の方へふらふらと近寄った。ナリ達も後ろから着いていった。

 ナリ達は昔、カサブランカをブランキャシアで何回も見ていた。ブランキャシアにカサブランカが群生することから、ブランキャシアと名付けられたのは、ブランキャシア人なら誰もが知る有名な話だった。

 特に、3人の賢者のそれぞれの塔の周りと、ブランキャシア城の中庭には、花園と呼ばれたほど群生していたらしい。風で揺れるカサブランカ畑の光景は、間違いなく、全員のブランキャシアでの思い出に違いなかった。


「昔、ずっと見てたことがあったなあ。風で揺れるのが楽しくて」


「まあ、ナリちゃん猫だったからね……」


 ナリと美波がそんな会話をしていると、店員が現れた。


「いらっしゃいませー!カサブランカに興味がおありですか?」


「ああ、昔見たねって話をしていたんですよ。この時期に出てくるんですか?」


 陽斗が尋ねると、店員は笑って言った。


「そうなんですね!カサブランカは百合の女王とも呼ばれるんですけど、育てるのがとても大変で!でも、今年は凄い多く出回ってるんです。それで、例年より安く販売しています!いかがですか?」


「ああ、ごめんなさいね。私たち、今日は荷物が多くて。また別の日に買いに来るわ」


 参華がそう言うと「いえいえ!また遊びに来てください!」と、明るい声で店員が言った。ナリ達はその場を離れ、ふと周りの花屋を見回した。

 確かに、白くて大きな花弁が、至る花屋に見受けられた。その量は多く、カサブランカのブーケは、どの店もバケツからはみ出る程だった。


「すごいね……める、花に詳しくないからよく分かんないけど……カサブランカ、今年は大量って本当なんだ……」


 詩乃が呟いた。全員はそれに賛同し、ショッピングモールを出ていった。

 そしてそのまま、詩乃と千里、ナリ、陽斗と参華、美波で別れ、美波以外は電車に乗って帰っていった。



 これは、夢だ。間違いない。

 昔の夢だ。まだちゃんと話せる頃の、お母さんとの夢。


「これ?健ちゃん、読んだこと無かったっけ?」


 お母さんに、久しぶりに我儘を言った日だ。子供が読む本が読みたいと言っている。僕はそんな僕を、遠くで見ている。


「ふふふ、分かったわよ。誕生日はまだ先だけど、早いうちに用意しちゃうわね」


 お母さんの楽しそうな声だ。我儘を言ってもらえて、嬉しかったのかな。

 もし、僕が病気にならなかったら。今でも思う。きっと、大人がどうとか、子供っぽいとか、そんなことに悩まずに、大人になるのだろう。

 普通に生活をして、普通に我儘を言って、普通に怒られて。こんな生活してみたかったと、今でも思う。

 コーヒーの味の良さがわかる人、か。そんな簡単に決められたら、どんなに楽だったか。

 僕がもしコーヒーを飲めていたら、僕はお母さんに迷惑をかけずにすんだだろうに。我儘言わずに、自分の環境を受け入れられただろうに。


 もっと、大人であっていたかった。


「……ごめん。お母さん……」


 我儘ばかりで子供っぽくて、本当にごめんなさい。



「……千里?」


 夕日の光差し込む電車の中で、千里は詩乃に肩を揺さぶられ、ハッと目覚めた。

 詩乃の肩にもたれかかっていたようだ。千里は慌てて、詩乃から離れた。


「千里、そろそろ降りるよ。おばさんが待ってるし」


「ああ……うん。ごめん、もたれかかって」


「別にそれはいいけど……千里、なんか夢でも見てたの?うーうー唸ってたけど」


「見て……見てないよ」


 そんなことを話しながら2人は立ち上がり、電車を降りた。そして、そのまま改札を出て、家に向かおうと踏切を渡っていた、その時。


「お母さん!今日の夕飯、ハンバーグがいい!」


「あら、いいわね。今日は健ちゃんの誕生日だから、奮発しちゃうわよ!」


 ちょうど、隣をすれ違った、1組の親子。「健ちゃん」と呼ばれた少年は、千里よりもかなり小さい少年だった。そして彼は、若木健人と似て似つかぬ容姿をしていた。

 千里は、思わず振り向いて、立ち止まってしまった。少年が不思議そうな目をして立ち止まる。


「ああ、ごめんなさい!ほら、健太くん、行きましょ」


 少年の母親が慌てて彼と手を繋ぎ、謝った。千里は「いえ……」と、呟くしか出来なかった。


「あの……君、どこかで会ったこと、ある?」


 母親が、笑った。千里は泣きそうになったのを、必死に堪えた。


 少年の母親は、若木健人の母親だった。


「いえ……僕は、会ったことありません」


「あら、そう?ごめんなさいね、間違えちゃって。ほら、健ちゃん。お兄ちゃんにさよならって言おうね」


「うん!さよならー!」


 遠くから、隣の踏切の音が聞こえた。そろそろこの踏切も閉まってしまうだろう。


「せーんりー?何してんのー?」


 詩乃の間延びした声が聞こえて、我に返った。少年に手を振り、走って詩乃に駆け寄る。


「……詩乃」


「何?」


「……コーヒー、買ってよ」


 千里の、堪えていた涙が、アスファルトの上に落ちた。

 詩乃は千里の頭を抱き、「いいよ」と呟いた。

パラリンピック終わりましたね。印象が変わった。3年後また見ます。

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