山風町の笛吹き
稲光が、その場にいた全員の視界を、真っ白に染め上げた。
何事かと思って建物から出てきた子供達は、静かに倒れ伏した奏太を、不思議そうな目で見ていた。
呼吸を整え、ふう、とため息をついて立ち上がったナリは、やっと息を吸えた零の元へと駆け寄った。零は剣を草原に突き、片手で握りつつ、それを支えにして立ち上がろうとしていた。
「ふう……零、大丈夫?」
参華が額の汗を手の甲で拭い、槍を支えにして立ち上がると、零の腕を引っ張りあげた。
(あっ……そうすれば良かったかな)
ナリはそう思いつつ、思わず伸ばしていた手を引っ込めた。そして、奏太に近付く千里の方を見た。
千里は、詩乃と一緒に奏太に近付いていた。倒れている奏太は、くるりと仰向けになると「あーあ」と、諦めの笑いを見せた。
「全く、困ったもんだよ。せっかくいっぱい復讐の種達を集めたってのにさ、そのカードが僕に反乱するなんて。千里くん、どう責任取るつもりなんだい?」
奏太は、近付く千里にそう笑った。彼は笛や銃を手に取る様子もなく、ため息をついてばかりいた。息を整えた零達も、千里の方に向かった。
「あんまり落胆してないんだね。稲子谷奏太にとって、復讐はそんな軽いものだったの?」
「なあナリ、復讐ってなんのことだ?」
「え、さ、さあにゃあ……詩乃なんか知ってるかにゃ?」
「知らないよー、そんなこと」
「あとで千里に聞きましょうよ……今シリアスなんだから」
千里が問い詰める中、他の4人はそう話し合っていた。千里と奏太は、それを気にせずに話し始めた。先程出てきたはずの子供たちの声が、不意に聞こえなくなった気がした。
「いいや?軽いものなんかではないよ。僕にとってそれは、生きる糧だった。君だって、生きる糧の為なら、手段を選ばないだろう?君が僕に着いてきて、知識を得ようとしたように」
「……手段は、選ばないだろうけど」
千里は、そうやって言い淀み、目を逸らした。奏太は不敵に笑った。
「そうだろう?君はもう大人なんだ。僕もね。お互い、手段を他人に決められるようなら、それはただの子供だね」
「それは、ちょっと違うんじゃないかにゃ」
ナリが、会話に口を挟んだ。奏太は、目を丸くしてナリを見ていた。
「子供だって方法はいっぱいあるし、そもそも子供は大人に教えて貰って方法を学ぶもんだにゃ。教えて貰って、子供は最善の選択肢を選ぶんだにゃ。手段を選ばないのは、それしかなかったからなのか、それしか分からなかったのか……とにかく、ちょっと子供っぽいにゃ」
ナリは、説教をするような形で、奏太に話した。奏太は、硬い笑顔で聞いた。
「……は、ははは。なら、ナリちゃんは大人が、どんなものだと思ってるんだい?」
「え?大人?ええと……」
少し悩んで、ナリは尻尾を振った。そして。
「知らないことも沢山あるけど……それを、子供の時に身につけた技術だったり知識だったりで、カバーできる人。危ないことと危なくないことの区別がついて、危なくない方を選ぶ人。他人に頼りっきりじゃなくて、他人を頼って、頼られる人。自分に降りかかる災難を、今の自分に何ができるか考えて、災難を退けられるよう、自立して行動する人。かにゃ」
と、話した。その場にいる全員が、ナリを見た。彼女は続けた。
「だから、復讐とか、手段を選ばないとか、言ってたけど……千里も奏太も、子供っぽいにゃ」
奏太は、ショックを受けたように固まった。彼の唇は震え、じんわりと涙が零れた。それを右腕で覆い隠し、わざとらしく笑った。
「……ははは。ははは。ははははは!」
その場にいた全員が、ビクッとして奏太を見た。
「子供、子供かあ……私は、大人の顔をして、ずっと子供だったのかあ……」
「……「常識の本」。P244、第9章第6節」
千里は、それだけ呟いた。何事かと、奏太が千里を見る。彼はしゃがんで、「常識の本」というタイトルの本を開いていた。それは、千里が魔法の国で手に入れた、本の一つだった。
「「復讐は悪いことです。復讐をすると、憎しみが憎しみを生むと言われています。子供の時に恨みを持ち、大人になった時に知識や技術を駆使して復讐が起きるケースが多いです。そうならないよう、私たちは周りに気を配り、頼り頼られる関係を作らないといけません」」
「…………!」
奏太はやっとの思いで起き上がり、千里を見つめた。千里は続けた。
「……この本には、そう書いてあるけど。お互い、まともに親に育てられなかった同士……僕は、復讐が悪いものだとは思わない。僕は稲子谷奏太の話を聞いて、稲子谷奏太が可哀想だと思った。稲子谷奏太が大人に復讐するのは、道理だと思った。でも……稲子谷奏太が諦めるつもりがないなら……どうか、僕を頼ってみてほしい。僕の家、知ってるでしょ?僕は、頼られるのなら……稲子谷奏太を、助けるよ」
奏太は、ぱちぱちと瞬きした。そして、
「……君の方が、もう大人だった、んだね…………」
と、呟いた。彼の目はうるうると潤い、奏太は手でそれを隠した。
「……もう、行きなよ。僕の気が変わって、皆を閉じ込めるかもしれないよ?」
それは、涙声だった。千里は安心して立ち上がり「帰ろう」と詩乃に言った。
「大人ぶっちゃって。千里、まだ子供の癖に」
詩乃が笑いながら肘でつくと、千里は頬を膨らませた。
「僕はもう大人だよ」
「大人ー?めるより年下じゃーん!大人ってのは、年齢でも決まるんだぞ☆」
「そうだけど、僕は大人になるよ。まずは、我儘言わないように……」
千里がそう言った、その時。ナリが千里の頭を、乱暴に撫でた。
「ばーか。子供は、私たちに頼っていいんだにゃ。我儘言っていいんだにゃ」
千里は、自分より少ししか身長が変わらないナリを、驚いたように見つめた。その瞳からは、涙が溢れていた。
「わっ……我儘、言っていいの……?」
「当たり前にゃん。さっき、頼り頼られる存在だって言ったにゃ?頼っていいんだにゃ、私たちのこと」
千里が皆を見つめた。零達が、千里に笑みを見せた。千里は涙で腫れた顔を隠し、黙ってしまった。
「……ありがとう、ナリ。めるは千里の苦しみを知ってたけど、言えなかった」
詩乃がそう呟いた。ナリはそれを聞いて、詩乃に笑った。
そうして、全員で魔法の国の出口から出ようとした、その時。
「ごめんなさい……あなたの苦しみを知っておきながら、あなたを止めることが出来なかった……」
ナリ達が聞いたことも無い声が、聞こえた気がした。それは優しく、そして儚い、若い女の声だった。
「参華、なんか言ったか?」
「言ってないわよ」
全員が互いの顔を見合わせる。
すると。
「まっ……待ってくれ!僕はまだ、諦めたくないんだ……!お願いだ!魔法の国を消すことだけは……!」
ナリ達の後ろから、悲痛な叫びが聞こえた。慌てて振り向くと、それは立ち上がった奏太の声だった。奏太は空を必死に見上げ、誰かに何かを訴えていた。
慌てて駆け寄ると、声はまた、ゆっくりと話し始めた。ナリ達の視界には、草原の上をひらひらと舞う、モンシロチョウがいた。
「本当はこんなに過干渉になりたくなかった……でも、あなたは自分を、子供達を、傷つけ過ぎた。だから……あの子が壊してしまう世界を、私は、守りたいの」
「待ってくれ!待ってくれよ!私はまだ何もしてない!これからなんだ!だから……!」
奏太が、空に向かって叫び続けた。だが。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
声は、儚くそう言った。モンシロチョウが、草原に埋もれた花の蜜を飲み、また勢いよく飛び立った。
それを境に、ナリ達の視界は、真っ白に染まった。ナリ達は思わず、目をつぶった。
そして、ナリ達が目を開けると。そこは、入口だった山風町の山の中だった。
月明かりが、全員の顔を照らす。そこには、ナリ、零、千里、詩乃、参華の5人がいた。5人しかいなかった。
「あ……あれ?奏太は?建物の中にいた子供たちは!?」
ナリが慌てて探し始めた。だが、見当たるどころか、他4人が探すような素振りも見せなかった。
「おーい、ナリ、帰るぞー。こんな真夜中なんだし、そんな大声出してたら迷惑だろ」
と、少し下山していた零が声をかけた。皆が、ナリを見つめた。
「え……いや、零!皆!奏太が消えちゃったにゃよ?さっきまで、皆一緒に魔法の国に……!」
ナリが慌てて弁明する。だが。
「猫、さっきから言ってる奏太って、誰のこと言ってるの?お前、幻覚でも見てるんじゃないの?」
千里が、ナリに向かってそう言った。零が頷き、「ほら帰るぞ」と言った。
ナリは、自分が見ている光景が、信じられなかった。
この世界から、奏太と子供たちが消えてしまったのだ。
進捗がまずいんです。
8月が終わるまで、お休みさせてください。大丈夫、忘れないから。わかる人には分かるでしょう。
次回は9月3日です。




