吟遊
「ナリ!千里!!」
詩乃の叫び声と同時に、門がこじ開けられた。
門を無理矢理こじ開けた音が、魔法の国に響いた。
魔法の国は、大きな箱のようだった。詩乃の叫び声が、ある場所から縦へ横へと反響していた。まるで、魔法の国が見えない壁で覆われているようだった。
足首ほどの背丈の草原が、辺り一面に広がっていた。近くには森があり、その近くに塔のような建物があった。所々に色とりどりの花がちらほらと見え、その蜜を吸いに、蝶がひらひらと飛んでいた。ひとたび風が吹くと、さらさらと言う草の音が、波を打つように風下へ向かっていった。
周りには、男の子や女の子がいた。木陰で休む子や、草原で遊ぶ子、建物の中へ入る子など、20人くらいの子がそこにはいた。その子たちはナリ達をじっと見て、不思議そうに見つめていた。中には、大人である参華を睨みつけている子もいた。彼女が、この平穏と楽園を壊すかもしれないと、思ったのだろう。
そしてその中に、千里がいた。千里は木陰で本を読んでいた。彼の周りには、彼が知りたがっていた「常識」の本や、「算数」の本、「学校」の本など、様々な分野の本が、青い木の葉で出来た傘の下に積まれていた。
千里は詩乃の言葉を聞いて、本を読むのをやめていた。彼は、あまりの衝撃に、言葉が出ないようだった。
「な……なんで……」
千里はやっとの思いで、そう呟いた。詩乃が千里を見つけると、鋭く睨みつけ、「千里!」と叫んだ。
「千里!千里はまだ子供なの!だから、大人ぶってないで、帰ってきなよ!」
詩乃はそう大声で言った。
奏太は、何が何だか分からないようだった。ただ、ナリがバク転をして離れ、零の隣で、虎のように唸っているのを見て、ナリが囮であったことに気付いた。
「……はは。ははははは」
壊れたように、顔を手で抑え、笑った。ナリ達全員の目が、奏太に集まった。
「……なるほどね。僕は、まんまと罠に引っかかった訳だ。君たちの目的は、最初から千里を連れ戻すだけ、だったのか」
「……そうよ!なんか可笑しい?める達は千里のことを思って……!」
詩乃が反論すると、奏太は大笑いし始めた。その場にいた全員が怯んだ。
「千里くんのことを思った行動なのかい?なら、なおさら連れ戻さない方がいい!彼は大人であることに誇りを持っているんだ……彼が願うことを、完全に叶えないとどうなると思う?復讐をし始めるのさ……僕みたいにね!」
千里が本を置き、奏太に近付き始めた。それに気付いた奏太が、千里に声をかけた。
「どうだい?千里くん!この女の子がしようとしていることは、君の願いを叶えられるのかい!?僕の方が叶えられるよ!君の願いを知っているのだから!」
そう言って、彼は笛を取りだした。ピューと、くっきりとした音が鳴った。千里は、泣きそうな、そして悔しそうな顔をして、詩乃を見ていた。
「……なんで」
千里が、ぼそぼそと呟いた。その声は、詩乃には聞こえていたようだった。
「な、なんで?」
「……なんで、ここに来たのさ。僕はここにいたくてここにいるのに。連れ戻しに来たの?僕は、そんなこと1度も願って……!」
千里の拳が、わなわなと震えた。
「お前なあ……仲間が誘拐されたら連れ戻しに行くだろ?」
「零の言う通りね。4人で精霊人、そうでしょ?ついでに、この誘拐事件を解決しちゃおうかしら」
零と参華が、千里から貰った《魔源収納》の結晶から武器を取りだし、構えた。ナリもまた、拳と拳をぶつけ、気合を入れていた。
「……そこの猫は関係ないじゃないか。なんで来たのさ」
千里が尋ねた。ナリは内心冷や汗をかきながら言った。
「……まあ、確かに私は千里のこと、あんまり助ける気なかったにゃ。でも、千里がいないとあんま面白くないしにゃ……それに、千里がさっき読んでた、あれ」
そして、木陰に隠れた、積み上がった本を指さした。全員がそれを見た。
「あれ、たぶん私たちでも十分教えることの出来るものだよにゃ?なら、奏太に着いていくとかいう、そんなわざわざリスキーなことしなくても、手に入るものじゃないかにゃ?まあ、つまり、何が言いたいかというと……帰ってこいにゃ、犬」
その言葉を聞いた千里は、黙り込んでしまった。詩乃は杖を取り出しながら、驚いたようにナリを見ていた。
「ああ……せっかく集めた復讐の材料が、こんなよく分からないチームに取られるなんて……許せない。本当に!」
奏太はかなり慌てた様子で、笛を吹き出した。その曲は、田園風景を思い起こさせるような、穏やかな曲だった。
「これで、君たちの戦意は少し無くなるはずだ!そして……!」
「音楽をわざわざ聞くほど暇じゃないにゃ!《肉体烈火》!どにゃあ!」
ナリが話を遮り、奏太目掛けて殴りかかった。
だが。
「あ……あにゃにゃ?」
奏太の顔をまっすぐに捉えたはずのナリの右手の拳は、奏太に避けられてしまっていた。
「ならっ……!《有七種技》の4番目!《子虚烏有》!」
そのまま、左足を軸にして、ぐるりと横に回転した。そして、右足でかかとから思い切り蹴り落とした。いわゆる、かかと落としだった。
だがそれも、奏太に体を逸らされ、簡単に避けられてしまっていた。ナリは驚きながらも、ジャンプで零達の方へ戻ってきた。
「ナリ!お前、何避けられてんだよ!」
「いや、なんかあいつすごく避けるんだにゃん……!」
「そんな事ねえだろ、見た目へなちょこだぜ?《魔力魔撃》!」
零が両手で剣を握り、奏太に小走りで近付いた。そして、白い光が揺らめく剣で思い切り横に切った。だが、奏太はピョイと後ろに避けてしまった。
「のわっ!?」
「人の話を最後まで聞かないのが悪いよ!僕がさっき吹いたのは、《穏やかな環境音楽》!君たちの命中率が下がる、吟遊の魔法の1つさ!それと、僕はスラムで鍛えられたから、回避するのが得意でね!君たちの攻撃が届くと思わない方がいい!」
奏太が楽しそうに笑った。悪役のような、そんな顔だった。
「今度は僕の番だ!そこの君、僕の前に来たのを後悔するといいさ!」
そして、奏太はそう言って、零の右腕をがっちりと掴んだ。
「のわっ!お、おい、離せよ!《鬼神化》!」
零が、とっさに《鬼神化》をした。角が生え、体は青白くなり、筋肉も少し肥大した。奏太が持っていた腕も、少し掴みづらくなった。
「おおっと、混血種だったか。だけど、離さないよ!」
だが奏太はそれでも決して離そうとせず、片手で演奏し始めた。その曲は、眠くなりたくなるような、ゆっくり流れる曲だった。
「って、ちょっと、零!何音楽聞いてんのよ、さっさと反撃しなさいよ!」
参華が叫んだが、零は微動だにしなかった。ナリが慌てて近付き、ようやく手を離された零の体を揺すったが、零は眠たそうにしていた。慌てて目覚めようと、剣を握り直し、素早く瞬きをしていた。
「零!ちょっと、零ってば!」
ナリが零のパーカーのフードを持ち、無理矢理引っ張って戻る中、奏太は追い打ちをかけるように叫んだ。
「さっきのは《静かなる子守唄》。それを吹くと……零くんだっけ、彼みたいに眠くなるのさ。そして!」
バン、という音が魔法の国に響いた。黒くL字型の小さな武器が、彼の手に収められていた。拳銃だった。
彼は威嚇射撃として、空中に撃っていた。全員が、驚きの目で奏太を見た。
「じゅ、銃!?そんなもの卑怯じゃない!」
参華が叫んだ。だが、奏太は呆れたように肩をすくめた。
「卑怯も何も無いでしょ。僕は復讐を果たすまで、止まるつもりはないからね!」
奏太はそう言って、零に銃口を向けた。だがすぐ、ナリの方へと向けた。ナリが慌てて「ちょっ、零!起きてにゃ!起きてあれ弾いてにゃ!」とフードを引っ張ったが、零はぼんやりとして、動こうともしなかった。
「まあ……君を狙った方が面白いか、ナリちゃん。それじゃあ……!」
そう言って奏太が弾を込めた。ナリが思わず目をつぶった、その時。
カキン、という金属と金属のぶつかる音がした。ナリが目を開けると、参華が槍で、銃を突いたようだった。
「悪いけど、うちの牽制役とピンチヒッター、狙わないでくれる?私は槍を使った時から、気付かれずに近付くのが結構得意でね。まあ、なにもかも槍が軽いからなんだけど」
銃はくるくると回転しながら空を飛び、草原に落ちた。奏太が焦るように銃を取りに行くのを見て、「逃すか!」と参華が叫んだ。槍をくるくると手で回し、勢いよく走って、奏太を突いた。それすら避けられてしまったが、参華の槍は風を纏い、まるで波動ごと突いているように、ナリには見えた。
「すっごいにゃ……!あの回転が、参華の攻撃を増してるのかにゃ……?」
詩乃がいる所まで戻ってきたナリは零のフードから手を離した。零はドサッという音と共に、草原に顔面から落ちていった。詩乃はそれを見て溜息をつき、
「違うよ。あれ、ただのかっこつけ。まあ、相手を威圧するっていう面では優秀なんだけど……お互い、こう、なんでリーダーは変な特技ばっかり増えるのかね。さて、零を何とかしないと……」
と、しゃがみこんで零を起こそうとした。
「詩乃!こいつ……すっごい避けるから!魔法!打って!ナリは零起こして!」
躱される槍を突きつつも叫ばれた参華の指示が聞こえた。「りょーかい!」と笑って、立ち上がった。「ナリ、よろしく」と呟いて、杖を奏太に向けた。
「参華、離れて!《地震精霊》!」
彼女の白い杖の先に付けられた黄色の宝石から、光が溢れ出した。そこから、黄色の光がふわふわと浮遊して、奏太の立っている場所に一目散に向かった。土属性の精霊達だ。
そして精霊達が土の中に入ると、そこがグラグラと揺れだした。参華は飛んで避けたが、奏太は足を取られていた。
「おっと、おっとっと。局所的な地震はやめて欲しいんだけどね。さて!」
奏太は銃を取るのを、一旦諦めた。そして、やっと零を起こすことが出来たナリを見た。
「千里くんのお姉ちゃんは、精霊使いだね。槍使いのお姉さんは、見えないところから突然現れるから少し厄介だな。回避だけは得意だけど、流石に厳しそうだ。零くんは魔法戦士かな?でも、ナリちゃんは、僕に有効打はなさそうだ。なら、ナリちゃんからだね!」
零の眠気が覚め、《魔力魔撃》の剣を持って近付いて来た。詩乃は遠くから、もう一度《地震精霊》を打とうとしていた。参華は零とは別方向から、槍を構えて近付き始めた。ナリは、いつの間にか《狼牙人手》を唱えていたらしく、手に狼の牙を生やして、他2人とは別の方向から殴りに来ていた。
そのナリの間合いに、奏太はわざと入った。そして。
「《呼吸忘れる練習曲》!」
奏太は叫び、笛を吹いた。零や参華の攻撃、そして詩乃の魔法すら回避し、ナリに近付いて、その曲を吹いた。戦慄がかき鳴らされるような、恐ろしい曲だった。
(これはちょっと、まずい、かも……!)
ナリが慌てて手で耳を抑えた。だが、手で隠した隙間から聞こえる音が、彼女の肺の中に響いた気がした。
その途端、彼女は息がしづらくなった。息が早くなる。その間、零達は詩乃が召喚した精霊の《地震精霊》に足を踏み入れた結果、足を取られていた。詩乃は走ってそれを止めつつ、ナリを助けようと新しい精霊を召喚しようとしていたが、零達を助けるのに手一杯で、ナリを助けることが出来ていなかった。
(ナリ!くっそ、《火球火炎》!)
零も助けようと火の玉の魔法を放ったが、地震のせいで上手く照準が奏太に合わないようだった。
(零達は無理そうだ……なら、私が何とかしないと……っ!)
息をするのが段々難しくなる中、「《有為転変》!」と叫び、演奏中の奏太に6回殴り、左足で蹴り飛ばそうとした。だがそれすらも、最後の左足の蹴り以外、全て避けられてしまった。そこで、ナリの力が尽きようとしていた。
(嘘……!?これ、いつまで続くの……!?)
やっと地震が終わり、零と参華が慌てて奏太に攻撃しようとした。だが、最初に狙った時より、距離が遠のいてしまっていた。
もう間に合わない、とナリが目をつぶった、その時。
「《天災雷撃》」
単調な声が、ナリの耳に聞こえた。大きな雷鳴が、雲もない魔法の国で響いた。突然のことに、全員が空を見回した。そして。
「どこ見てんだか。こっちだよ、稲子谷奏太」
雷が、その声と共に奏太に落ちた。奏太が慌てて魔法に抵抗しようとするが、遅かった。彼は笛を庇った状態で雷をくらい、吹くのをやめた。ナリは、あまりの出来事に、呼吸が可能になったことを忘れていた。
「ナリ!大丈夫か!?」
零が慌てて近付いてくる。ナリは、詩乃の近くにいた彼を見ながら「……千里」と呟いた。
「……本当は、猫なんかに説得されたくなかったんだけどね。お前がいないと張り合う相手がいなくてつまんないから、こんな奴相手に負けんなよ。馬鹿猫」
千里は、「ごめん、今から復帰する」と詩乃に宣言した。詩乃は衝撃のあまり「……うん」としか、言えなかった。
「……馬鹿とか言わないで欲しいんだけどにゃ、犬!木も登れない癖に!」
「相変わらず猫は脳が馬鹿なんだね。いっつも同じ事しか言わないじゃないか」
「はあ!?うっさいわ犬!」
千里とナリの罵倒を、参華は「まあまあ」と、嬉しそうに止めていた。奏太は、それを呆気に取られて見ていた。
次回は8月16日です。




