ナリの願い
時間は、6時間前に遡る。
零の家で冷やし中華を食べていた4人は、千里を連れ戻すための作戦を話し合っていた。
「あのにゃ……誰かが奏太を見つけ出して、わざと魔法の国に連れて行ってもらうのはいい案だと思うんだけどにゃ……」
獣人族状態で冷やし中華を食べるナリの尻尾は、他3人を責めるように先を尖らせ、隣にいる詩乃の方へと向いていた。ナリが切ったきゅうり、ハム、卵は綺麗に切り揃えられていて、それは店を出してもいいような美しさだった。ナリのハムだけは、猫の形に切られていた。
「いい案だけど、なんだよ」
「いい案だと思うけどにゃ!私が囮になるのはおかしいにゃー!」
ナリが机をバンバンと叩いた。皿の揺れる音が机の上で反芻した。
「あ、零、福神漬けどこにあるの?」
「冷蔵庫開けて上から2段目にあるぞ」
それを聞いた参華が立ち上がったのを見て、「参華!零!話聞いてにゃ!」と、怒りを露わにして2人を睨みつけた。
「ナリ、そのハム可愛いよねー!今度作ってよ、どうやってやったの?」
「ああ、これは単純に猫の顔の型をはめて……って違うにゃ!詩乃!話題逸らさないでにゃ!」
詩乃も睨みつけられる。彼女は怯む様子もなく、さも当然のように言った。
「だって、しょうがないじゃん?今回の事件は、子供を対象にしてるんだよ?この中で子供に1番近いの、ナリなんだもん」
「いやいやいや!詩乃行けばいいじゃんかにゃ!」
「めるもう大学生だしー。そうじゃないとしても18だしー。願いなんてないしー」
「じゃあ零が行けばいいにゃ!」
「俺だって、二十歳を迎えようとする年齢だぞ?無理無理」
「じゃあ参華は……」
「いや、この中で1番年齢上の人に行かせる?普通」
3人に論破され、落ち込んで座った。耳は落ち込み、尻尾は垂れた。
「うう、でもにゃ……奏太に狙いがバレないように、魔法の国に連れて行ってもらうのは、結構大変なことなような……」
「大丈夫だって、本当に願ってること言えばいいんだよ」
零はそう言いつつ、(こいつの願ってること、なんだろうな)と考えていた。
「そうよ、ナリ。千里を連れ返すためには、重要な仕事なの。私たちは後ろからついて行くから、心配しないで。危なかったら助けるから」
零の言葉に同意して、参華がなだめた。
「まあ、そもそも稲子谷奏太が今晩どこにいるのかが分からないって話があるけどね。どこに連れていくかも分からないし、ナリを見失うかもしれない」
詩乃がきゅうりをポリポリと食べ、言った。
「そこは、詩乃とナリで何とかするしかねえんじゃねえの?」
零が、麺の端を食べた。食べ終わったようだ。「ごちそうさま」と呟いた。
「なんでめるが」
「お前、精霊くっつけた人を追いかける魔法とか持ってねえの?」
そう言われて、詩乃は思い出したかのように「……そうじゃん」と呟いた。
「よし!あとは稲子谷奏太がどこにいるかってことね。ナリ、そういうの分かったりしない?」
参華に言われ、ナリは「あー……猫の状態ならいけるかも、にゃ……」と答えた。あまり根拠はなかった。
「ならそれね。あとは詩乃が何か持ってるかしら?」
「ないよ、この広い町から1人を見つける魔法なんて」
詩乃も食べ終わったようで、ティッシュを取り、口元を拭った。いつの間にか参華も食べ終わっていた。
「じゃあ、あとは夜中に作戦を実行するだけね」
参華が立ち上がった。皿を片付けようとしたらしく、零が「俺がやるから座ってろ」と言った。参華がそれに反応する間もなく、詩乃が零の皿に自分の皿をのせた。
「あの……とりあえずにゃ……」
3人が皿をのせる光景を見てまた、ナリがわなわなと震え始めた。耳はつり上がり、尻尾はまた尖っていた。
「ん?なんだ?」
「私の食事中に皿片付けないでにゃー!」
そう言ってナリが慌てて食べ始めるのを見て、全員が笑った。ナリは、残り少ない冷やし中華をバクバクと食べ始めた。
そして、夜中の2時になった。
「……どうだ?」
家の外で、猫の状態で耳を澄ましているナリに、零が聞いた。
「《兎耳敏感》で聴力あげてるけど、にゃんとも……笛の音も聞こえないしにゃ」
「ほんと便利よねー、それ。プログレス、だっけ?息と魔力を使って肉体を変えちゃうんでしょ?筋肉を肥大させたり、聴力を上げたり。ブランキャシア城下町のプログレス道場でしか教わることの出来ない、新たな種類の魔法、だっけ?」
参華が感心したように聞いた。ナリは頷いた。
「そうだにゃ。でもこれ、魔法みたいにダメージを与えるんじゃなくて、肉体サポート限定にゃんだにゃ」
「参華も来りゃ良かったのによ。無料版の体験だけしやがって」
「私は体験だけで十分。《肉体烈火》も教えてもらったしね」
こんな雑談をしている中、詩乃は2人の精霊を召喚していた。精霊は蛍の光のように、小さく、そして白い光が動いているみたいだった。
そして、時は訪れる。
「……いたにゃ!」
雑談の後、しっかり耳を澄ませていたナリが、道路の方をまっすぐと見た。
「ナリ、この子を後ろから追いかけさせるから、獣人族になったら隠して連れて行ってね。その子は、《探知精霊》……零が言ってた、「精霊くっつけた人を追いかける魔法」をやってくれる子なの。この子の場所はめるに分かるから、隠して連れて行って」
それを確認した詩乃は手早く説明して、片方の精霊をナリに見せた。ナリは頷いて、奏太の方へ駆けていった。詩乃は鋭く「ラフィ、あの猫を追いかけて。お願い」と精霊に言った。ラフィと呼ばれた精霊は、すぐにナリを追いかけた。詩乃の視界には、ラフィのいる方角が光っているように見えた。
「で、める達はこの子。この子は《沈黙精霊》をやってくれる子。この子がめるの近くにいると、める達の足音や呼吸の音も、相手には聞こえなくなるよ。でも、喋ったら効果は切れるから、絶対に喋らないで。いい?」
詩乃が言うと、参華と零は黙って頷いた。それを見て、「お願い、ティア」と言った。ティアと呼ばれた精霊は、一際強い光を放った。その光に包まれて、詩乃は人差し指を口に当てた。零と参華が頷いたのを見て、詩乃は移動し始めた。
そして、今に至る。
零達は、もうナリが近くに見えるほどの距離にまで近付いていた。ナリと奏太の会話も聞こえていたが、2人は、零達に気付かないように見えた。
「勇気なんかあっても、普通に生きていくのに要らないにゃ」
「そんなことないよ。勇気は生きていくのにとても重要だ。大人は、それを忘れているんだよ」
ナリと奏太は、そんなことを話していた。
「じゃあ、あなたは大人なのかにゃ?奏太は大人になって、勇気を忘れてるのかにゃ?」
「いいや。そんなことはないよ。魔法の国に行くのには、最初とても勇気がいった。でも、今では手を繋いで歩きたくなるほど、魔法の国と仲がいいさ」
「ふーん……その、魔法の国なんて、本当にあるのかにゃ?」
「おや、信じてないのかな?」
「半分信じてる。でも、もう半分は、本当かどうか分からない。そこに行った人の証言でもあれば、ちゃんと信じたかもしれないけどにゃ」
ナリはそう言って、奏太を睨みつけた。「はは、これは手厳しい」と笑った奏太は、ナリのスカートの中に隠れている精霊に気が付いていないようだった。
「そういえば、聞いてなかったね。君は魔法の国で、一体何を願うのかな?大抵のことは叶えられるよ。魔法の国で願えばね」
忘れていたことに気が付いたように、奏太が聞いた。
(確か、本当に願ってることを言ったらいいって、教えたはずだが……ナリが何を願うのか、気になるな……)
零はそう思いつつ、詩乃達と一緒にナリの後を追いかけていた。
「……私は……」
「私は?」
奏太が聞き返すと、ナリは恥ずかしそうに、
「……水着が欲しい、かにゃ……」
と、答えた。
(お前……)
詩乃と参華が零をじっと見ているのを、彼は気にしなかった。ただ、零にとってこの返答は、少し悔しかった。
「水着?お父さんかお母さんに買ってもらえばいいと思うけど、ダメなのかい?」
「お父さんもお母さんも、いないにゃ……同居人はいるけど、私、あんまり迷惑かけたくなくて……」
ナリは落ち込んだ様子で、とぼとぼと歩いた。それを見て、零達も歩みをゆるめた。
「……そうか、君は今は猫だって言ってたね。でも、本当にそれでいいのかい?君は、ほとんど一生に一度のチャンスを、水着に使っていいのかな?」
奏太の言葉を聞いて、ナリは立ち止まった。衝撃を受けているようだった。奏太はそれを見て、続けた。
「他の人は……例えば病気の子は、病気を治して欲しい、とか。事故で体がまともに動かなくなった子は、体を戻して欲しい、とか。虐待を受けて育った子は、静かな場所で暮らしたい、とか。病気のせいで何も知ることが出来なかった子は、全てを知りたい、とか」
それを聞いて、零は(最後、千里だろうな)と考えつつ、立ち止まった。他の2人もそうしていた。
「他の人は、皆「叶えることが出来ない願い」を願っているよ。君は、なんでも願いを叶えることの出来るこのチャンスを、何に使うのかな?」
奏太は、改めて聞いた。ナリはそれを聞いて、何かを思い出したように俯いた。そして。
「私は………………たい」
ナリは小さくそう言った。何を願ったのか、零には聞こえなかった。それは、詩乃と参華も同じだったようだ。
「……その願い……僕には、今の君でも出来ると思うけど……なんで出来ないのか、聞いてもいいかな?」
だが、その願いは奏太には聞けていたらしい。奏太が聞くと、ナリは首を縦に振った。
「私は大馬鹿者なんだにゃ。言うことを聞かないで、勝手に突っ走って…………を、一人ぼっちにしちゃったんだにゃ。………………だっていうのに、私は、追い打ちをかけてしまって」
ナリは、ぼそぼそと呟いた。その声は、泣いているようにも聞こえた。ところどころ、零には聞こえなかった。
「……君は、この世界に帰ってきて……ソルンボルに転生して、どう、思ったの?」
奏太が尋ねた。少し驚いているようだった。ナリの鼻をすする音が聞こえた。
「……最初は、びっくりしたけど……その後、これは私にとっての贖罪なんだって、思っちゃった。私、悪い子だから……死んでも死ねないんだって、思ったにゃ」
ナリが奏太の隣から、「……ごめんにゃ、奏太」と言って、奏太に微笑んだ。それは、彼女が転生した時と同じ、諦めに包まれた笑みだった。頬には、涙をこすった跡が残っていた。
「……いいよ。魔法の国に着くまで、存分に泣いてなよ」
奏太がそんな風に、自分の利益に関係なく優しくするのを、零は信じられなかった。ナリは「ありがとうにゃ」と言って、また泣き始めた。
(……私にとっての贖罪、かよ……あいつ、なんでそんなこと考えんだ?俺なんて、ただのボーナスステージだと思って過ごしてたぞ……)
零はそう思った。そして。
(……あいつの涙、これで2回目か……見たくねえ、つったら、あいつはどう思うのかな……)
零はそうやって、静かに考え込んだ。参華に肩を叩かれるまで、零はナリが進んでいることに気が付かなかった。
そして、山中を通り抜け、月明かりに照らされて一際輝いている場所に着いた。零達は少し遠くで、その様子を見守っていた。
「ナリ……着いたよ。ここが、君の願いを叶える魔法の国の門さ」
奏太がそう言って、笛を取りだした。
「でも、門なんてないにゃ」
ナリが言った。もう涙は枯れていた。目や声も元通りになった。
「今から出すから、見てて」
奏太はそう言って、笛を吹き出した。それは、千里の時にも鳴らした、《飾り気のない狂詩曲》だった。ナリや零達は、その光景を不思議そうに見つめていた。
そして、月の光がうねり、魔法の国への扉を作り上げた。ナリは、驚いて声も出なかった。
「それじゃあ……ようこそ、魔法の国へ」
奏太はそう言って、扉を開け、ナリの背中を押した。
「行くよ!」
それを見て、参華が2人に声をかけた。《沈黙精霊》の魔法が解けるのも気にせず、扉の中へと向かった。
「ナリ!千里!!」
詩乃が叫んだ。閉まりかかっていた扉を無理矢理こじ開け、3人は入っていった。
オリンピック終わりましたね。次はパラリンピックですね。私は車椅子バスケとブラインドサッカー、あと馬術がとても気になります。馬術放送してくれるのかな。
次回は8月13日です。




