兄弟の絆
「Ballet of Ragnarok」を終わらせた頃には、もう日が傾いていた。
「今日の夕飯、何がいい?」
「んー、冷やし中華!」
「冷やし中華か……よし」
零と、《異形》で人間状態に変身したナリが、エコバッグを持って黄昏時の道を歩いていた。炎天下の道は、日が沈もうとする中でもまだ熱かった。
「そういえば、詩乃から電話、来なかったね」
「確かになー……千里のやつ、大丈夫なんかな……」
2人がそんな他愛もない話をしていた、その時。
プルルルル、という無機質な着信音が、零のズボンのポケットから流れでた。
零が見ると、詩乃からだった。慌てて出ると、詩乃の声が聞こえた。あまり焦っていないようだった。
「もしもし、零?悪いんだけど、今からトビー商店来て。ナリも連れてきて」
詩乃はそれだけ言って、電話を切った。
「あ、おい!詩乃!」
「詩乃?なんて言ってたの?」
「あー……トビー商店に来いって。今から行けるか?」
「ええと、グローブとブーツが欲しいかなー……」
「分かった。すぐそこだから、俺も定期取りに行く」
零とナリはすぐに家に帰り、エコバッグを玄関に放り投げた。零は定期券を、ナリはグローブとブーツを手に取って、走って家を出た。零のズボンには、《魔源収納》の結晶のストラップが括り付けられていた。
トビー商店に着いたのは、17時半の頃だった。
トビー商店のある「鍛冶屋つがね」の2階に行くと、そこには朝日と、参華と亥李がいた。亥李は鎖の取れた剣を朝日に見せていた。揉めているように見えた。
「ほんっともう!ケルベロスアイのダンバーはいっつも鎖を切って!しかも傷だらけだし!特注ってこと分かってます!?」
「いいじゃねえかよ、金はちゃんと払うって!で、いくらぐらいだ?今2000円しか持ってねえけど」
「…………」
朝日のこめかみが、ピクっと動いた。亥李に対して苛立ちを見せてるようだった。
「なあ、何揉めてんだ?」
零が話しかけると、朝日はくるっとそちらを向いて、「ああ、また冷やかしですか……さっさと帰ってください」と、疲れたような顔をして、追い払うように手を振った。そして。
「ケルベロスアイのダンバーの持つ剣と盾は特注なんです。この人剣と盾投げますから。毎回どちらかを無くされるので、鎖をつけたんです。ただ、鎖をつけるところなんて作ってませんから、特注なんです」
朝日はそう面倒そうに教えてくれた。
「前に普通の剣とか盾で《絶対命中》やった時、トビー……朝日に怒られたんだよな。だから特注だぜ。名前はカタストロフィ。で、いくらだ?」
亥李がドヤ顔で笑った。朝日は少し考えたあと、電卓を取り出して「税込み1650円で」と言った。亥李が「サンキュー!」と笑って2000円を渡すと、朝日は釣り銭を準備し始めた。
「はあ……とりあえず、カタストロフィをください。2日で仕上げますから」
「お?やったぜ。2週間後までかからなければ、大丈夫だ!問題ない!」
「はあ、そうですか」
「いや朝日、そこは「神は言っ」……」
亥李がニヤニヤと笑いながら何かを言いかけた、その時。
「どもー。冷たいお茶持ってきましたー」
という、ナリや零が聞いたことのない声が聞こえた。1階から、だらけた格好をした少女が、冷たいお茶の入った3つのコップをトレイの上に乗せ、持ってきていた。
「ありゃ、またお客さん増えたのか。さーせん、今から取ってきますわ。とりあえずこれ重いから、ここ置いときますね」
彼女はトレイをカウンターに置き、お茶を乱雑に置いた。そして、トレイを持って下に行こうとした。
「いや……眞昼、何してんの。上がって来ないでって言ったよね?」
朝日が呼び止めると、彼女は無気力そうに答えた。
「だってー、母さんにお茶持ってけって言われたしー。このクソ暑い中来てくれたお客さんにはお茶出すくらいとーぜんでしょーがー」
「だったら言ってよ、来なくていいから」
「あー、そんなこと言うんだー。せっかく可愛い妹がお兄ちゃんのお仕事減らしたのにー」
「言われたらやるから。母さんにも言っといてよ」
2人が話している中、ナリは会話に割り込んで、朝日に聞いた。
「あの……その子、朝日の妹さんなの?」
それを聞いた彼女は左手でピースサインを作り、言った。
「あ、どもー。朝日がお世話になってます。朝日の妹の1人、津金澤眞昼でーす。今川鞍大学で建築の2年やってまーす。よろしくおなしゃーす」
感情の起伏もなく、「ぴすぴす」とピースサインを動かした。
「建築の2年?へえ、俺と同い年か!俺は経済なんだけど……月島零だ。よろしく」
「ふーん、よろしゃーす」
眞昼は、特に気に留める様子もなく、「じゃ、また来ますんでー」と言って、下に降りて行った。
「なんか、不思議な雰囲気の妹さんねえ……ていうか、妹の1人って言ってたけど、何人兄弟なの?」
参華が聞くと、朝日は面倒そうに答えた。
「4人兄弟です」
それを聞いたナリは、「お、多いね」と答えた。朝日は「こんなことお客さんに言いたくないんですがね」と呟いてから、教えてくれた。
「さっきのが長女の眞昼。その下に次男の夕也、その一歳下に次女の夜宵がいます。僕を含めて4人兄弟です」
「いいじゃんか、兄弟いっぱいいてさ!俺なんか一回もいたことなくてよー」
「ケルベロスアイのダンバー、兄弟なんていてもいいことなんてありませんよ。うるさいし邪魔だし」
亥李と朝日が話をしていると、また眞昼が上がってきた。手には、2つのお茶が入ったコップを置いたトレイを持っていた。彼女には階下で朝日の声が聞こえていたらしく、「朝日、デリカシー考えてー。せっかくお茶持ってきたのにさ」と、不満げに言った。
「ああ、これはどうも。終わったら早く帰って」
「知ーらなーいぞー。可愛い妹が謀反を起こして「つがね」を焼いても知らないぞー?」
「起こさないでしょ、眞昼なら。「つがね」はじいさんの遺産なんだから」
「ま、それもそうだけどー」
眞昼がコップをカウンターに置いた。
「ねえ、眞昼さん。眞昼さんは朝日の仕事手伝わないの?」
トレイをわきに抱えたところで、ナリが聞いた。
「手伝わないっすよー。そもそも何してんのかさっぱりだしー。朝日が変になる前はウチが「つがね」継ぐ予定だったからできなくはないけどー、大学忙しいしー」
「継ぐんだったら大学行かなくてもいいんじゃねえの?」
亥李が聞いたが、眞昼が苛立ったような顔をした。
「いや……恥ずいじゃないっすか。同窓会で「「親の手伝いしてる」って言うよりも「大学行ってる」って言った方がふつーだし。そもそも「つがね」継ぐために大学辞めた方がおかしいって。それまで継ぐ気なかったのにさ、「じじいの遺産なんてどうでもいい」とか言って」
眞昼は口を尖らせ、愚痴をこぼした。
「誰のこと言ってんの」
「さーねー。それじゃ、ごゆっくり」
眞昼がそう言って過ぎ去ろうとした、その時。
「ハロー朝日!めるだよーん!ナリと零と参華いるー?」
という、聞き覚えのある声が聞こえた。見ると、階段の下から詩乃が駆け上がってきていた。驚いている眞昼をよそに、「なーんだ、いるじゃん!」と、カウンターの上にあるお茶を1つ勝手に取った。
「ぷはー!上手い!って、ん?その子誰?」
眞昼を見て言うと、眞昼は「ども、朝日の妹の眞昼っす」と軽く挨拶した。
「お茶また持ってくるから、朝日」
「まっひー!それは要らないよー、なんてったってめる達もう出ていくから!」
その言葉に、朝日はピクっと反応した。「まっひー……?」と眞昼が詩乃に衝撃を受けている中、亥李は詩乃に、「どっか行くのか?」と聞いた。
「そうだよー?ほら、最近起きてる、理不尽な目にあった子……例えば、病気になったとか、虐待を受けたとか……そういう子が、誘拐されるとかいう事件。それを解決しにさ」
詩乃のその言葉を聞いて、「……虐待……」と呟いた。その言葉は、亥李には聞こえなかった。そして、朝日はゆっくりと立ち上がり、呟いた。
「その事件を解決する。それは結構なことです。僕だって応援しますよ。武器を治しに来た。それも結構なことです。一生懸命やりましょう。でも…………」
朝日の手はわなわなと震えていた。
「でも?」
零が聞くと、朝日は目を見開いた。
「トビー商店で待ち合わせする必要ないでしょうが!冷やかしなら出ていってください!眞昼、そこの4人を連れ出して!ケルッ……あなたはまだ残ってください!」
と、亥李を指さし、声を張り上げた。朝日の怒りを軽く受け流し、眞昼は亥李以外を連れ出した。
「申し訳ないっすわ、朝日は冷やかし嫌いみたいで……また来てくださいっす」
眞昼は「鍛冶屋つがね」の外で、ナリ達に言った。
「うん!また来るよ、まっひー!今度はちゃんとまっひーと話するから!じゃあね!あと、めるは相沢詩乃だよ!よろしく!」
「ま、まっひーって……よ、よろしゃーす……」
眞昼とそんな話をして、4人は別れた。そして。
「千里のことだよね?案の定、って感じ?」
人の少なくなってきた夕暮れの道で、参華が聞いた。詩乃は先程とは打って変わって真剣な顔をして、3人に告げた。
「そうだよ。だから呼び出した。居なくなったって電話来たから、間違いないよ。稲子谷奏太に誘拐された」
全員が息を呑んだ。詩乃は続けた。
「ナリと零、参華に連絡したのは、この事件のことを知っていて、巻き込めるのが皆しかいなかったから。千里は多分興味津々で着いていったと思うから、める達がしなきゃいけないのは、千里を連れ戻すことだよ」
「千里を連れ戻すって言ったって、どうするんだ?願いを叶える夢の国……だっけ。そこ、簡単に行けるのか?」
零が聞くと、詩乃は「分かんない」と言って首を振った。
「なら、稲子谷奏太を探し出して後を追うか、問い詰めるかすればいいんじゃないの?」
「そう。でも、あいつがどこにいるかなんて分からないしさ。千里が誘拐されたのは夜だから、夜になったら連れていくんだろうけど」
詩乃が困ったように肩を竦めた。
(は、初めて見た……精霊人が本気で悩んでるの……ノリと勢いで決めてたケルベロスアイとは大違いだなあ……)
ナリはその光景を見て、そう考えていた。
「あ、亥李置いてきたけど、良かったのかな」
そして、ナリは思い出したように呟いた。
「大丈夫よ。どうせあいつは「朝日のとこ行ったら疲れたわー。休憩させて?」って言うから」
「さすが参華、亥李のこと分かってるね」
「まあね」
参華が笑った。
「とりあえず、俺の家で作戦立てようぜ。まだ買い物してねえけど」
と、零が提案した。全員が頷いた。
「いいんじゃない?何食べる予定だったの?ナリ」
「冷やし中華だよ!せっかくだから4人作ればいいんじゃないかな?」
「そうだね!腹が減っては戦は出来ぬ、とか言うからね。めるも賛成!」
こうして4人は、日が沈み始めた道を歩いていった。
そして、その日の真夜中。
「……おや?」
誰もいない、零の家の近くを通っていた男の前に、白黒の猫が現れた。その黒猫は、尻尾や手の先、腹が白くなっていた。腹には縫い目が残っていた。
その猫は「《異形》」と唱え、獣人族の状態になった。尻尾をゆらゆらと揺らすその目は、怪しむように睨みつけていた。ナリだった。
「また会ったね。ええと、名前は……」
「ナリにゃ」
「そうか、ナリちゃんか。君は獣人族なんだね。驚いたよ。それで?君はどうして、こんな真夜中に出歩いてるのかな?親御さんが心配するよ」
「……願いが叶う夢の国とやらに、連れていって欲しいんだけどにゃ」
ナリがそう言うと、男は面を食らったような顔をした。そして、腹を抱えて笑った。
「ははは、君が?これは意外だな、君は千里くんよりお姉さんじゃなかったのかい?」
「千里よりは歳上だけど、関係ないと思うにゃ。誰だって、願いの1つや2つ、叶えて欲しいものだにゃ。誘拐されるって分かってても」
ナリの言葉に、男はまだ笑い続けた。電灯が男の顔を照らした。奏太だった。
「君は、勇気があるね。大人が羨ましがるさ」
彼は、そう言って笑った。
クライミングかっこよかったですね。オリンピックの中でも、「お互いに高め合う」っていう競技は珍しいと思います。
次回は8月9日です。




